2016年の和平合意によって平和への道がひらかれつつあった国、コロンビア。2018年5月には元武装勢力が初めて政党として参加した大統領選挙も行われた。しかし、和平合意後のコロンビア国内では元武装勢力も新大統領も和平合意の内容に対し不満をもち、和平が進むより逆戻りする可能性が出てきている。元武装勢力の支配地では今も新たな勢力集団が力を伸ばしている。今後の和平合意、コロンビア国内はどうなるのだろうか。コロンビア情勢についてみていきたい。

2016年のコロンビア政府とFARCの和平会談のセレモニー (写真:Gobierno de Chile / Flickr[CC BY 2.0])
和平合意への道のり
コロンビアでは、19世紀後半から20世紀にかけて、国の借金を払うために広大な土地を個人やプランテーションを作る外資系企業などに売ったことで少数のエリートが広大な土地を所有し、農民との間に大きな不平等が生まれた。そのころ、1964年、コロンビア国内の不平等に立ち向かおうと農民と土地労働者によってFARC(コロンビア革命軍) (※1)が創設された。FARCの創設者たちは農民を不平等から救うため農業共同体を作るなどしたが、1950年代のキューバ革命の影響を受けて、さらなる権利と土地を求めるようになった。しかし、こうした行動は大土地所有者や国家にとって脅威とみなされ、それから、コロンビア政府との間で52年に及ぶ戦いが繰り広げられてきた。この紛争により、22万人が犠牲となり、700万人もの人々が移住を余儀なくされる難民となった。

FARCの兵士 (写真:Andrés Gómez Tarazona / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
1964年には、コロンビアの不平等な土地や資源の配分に立ち向かおうとするもう一つの集団ELN(人民解放軍) (※2)が創設された。国の石油や鉱物資源は他の国ではなくコロンビア国民に共有されるべきであると主張し、大土地所有者や多国籍企業に攻撃を行ってきた。
さらに、1980年代から大きな問題となっていった麻薬取引も深刻であった。FARCやELNが支配していた地域では政府の統治が届かないため、お金が最も得られるコカインの違法な生産が盛んに行われた。同じ時期に、FARCとELNに対抗するために、政府や外資系企業や大土地所有者と協力するAUC(コロンビア自警軍連合)(※3)などの民兵組織も勢力を伸ばし、麻薬ビジネスにも大きく関与するようになった。また、コロンビアで生産されたコカインが中米北部の三角地帯などを通ってアメリカに密輸される。コロンビアからコカインが流れていくという南北アメリカ麻薬密輸経路が形成されている。その影響で、中米北部では国際犯罪組織が活動し治安が悪い地帯となっている。また、コカインの売買で財力をつけた武装勢力が活動するなど南北アメリカ大陸の他の地域にも悪影響を及ぼしている。
2012年、フアン・マヌエル・サントス元大統領がコロンビア国内の平和を目指すことを宣言し、政府とFARCの間で和平交渉が始まった。この和平交渉では、主に、農民に使われていない農地を与える農地改革やFARCの武装解除について話し合いが行われた。国際連合が和平合意の実行とFARCの武装解除を監視することになったことを受け、2016年9月、コロンビア北西部のカルタヘナでサントス元大統領とFARCの指導者ロドリゴ・ロンドニョが和平に署名した。しかし、アルバロ・ウリベ元大統領がこの合意に反対したなど反対意見もあり、和平合意は最終的に国民投票に委ねられることになった。同年10月に行われた国民投票では、長い間FARCの攻撃の被害にあっていた国民の支持を得られず、また、和平の内容がFARCに有利という意見もあり、和平合意に反対する国民が多数という結果になった。ところが、同年11月にコロンビア議会で修正された和平合意が承認された。

Al Jazeeraの地図データを元に作成
武装解除した元FARCの兵士に政治参加を求める和平合意の内容の表れとして、和平合意から数か月後、FARCは政治政党となった。そのままFARCを政党名として使っているが、同じ略語を保ちながらFARC(市民の新たな革命勢力) (※4)という意味に変更されている。2018年3月の議員選挙に候補者を出し、5月の大統領選挙には元FARCの指導者ロンドニョが出馬した。
和平合意後のコロンビア
和平合意から1年たった2017年、12,000人以上のFARCの戦闘員が、市民社会に戻ることを約束し、およそ8,994個もの銃や武器を国際連合に渡した。その結果、紛争が最も激しかった2002年には3,000人の死者を出していたが、100人以下に減少し、移住を余儀なくされた難民も79%減少した。
政府は、武装解除したFARCのメンバーに市民生活に戻る助けとして1か月につき215ドル支給している。
国際的な支援も受けるようになった。2016年、和平協定の実行の助けとしてEUから約9,600万ユーロの資金提供を受け、さらにEUは和平合意の強化と実行のために1,500万ユーロの追加資金提供を承認した。このお金は経済活動の活性化や紛争の被害を受けた地域の再建などに使われることを想定して提供されている。

援助を求めてヨーロッパを訪問するサントス元大統領 (写真:Martin Schulz / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
和平合意後の残された問題
しかし、和平協定の内容の多くが実行されておらず、コロンビア国内では麻薬の生産・輸出や武力行使などが続いている。
武力行使に関しては、ELNとの和平に関する対談が進んでいない。2017年2月からエクアドルで和平会談を行ってきたが、2018年1月、ELNのメンバーが7人殺害し40人以上の負傷者を出す攻撃を行い、それに対し政府が非難し和平交渉が6週間の間中断されていた。ELNは、国民の平等を実現するために社会的変化を求めており、コロンビア政府とは異なり合意を急いでいない。
また、FARCが武装解除した元支配地では、他の武装集団やギャングが支配している。特に、現在大きな問題となっているのはメキシコの麻薬カルテルである。例えば、コロンビア南西部のトゥマコは、コロンビアで最も暴力が多く続いており、FARCが儲けていた地域で収入源を得ようと入り込んでいる他の集団が支配をめぐって争っている地域である。さらに、トゥマコはコカインの原料となるコカの最大の産地である。2016年には188,000ヘクタールに達した。他の農作物より利益がでるため、貧しい農民によるコカの栽培が違法に行われている。コロンビア政府によると、コカインによる国の収入は年間約130億ドルにもなるそうだ。
このコカインをめぐって、コロンビアから主要な消費者になるアメリカに輸送・取引を行うメキシコ麻薬カルテルは、FARCが去った領域に勢力を伸ばしている。このメキシコの麻薬カルテルは、地域のギャングを通してコカインを入手している。一方でサントス元大統領は、和平協定の支持を得るためにFARCの元支配地に軍隊と投資を約束し、コカの栽培をやめて他の作物から国の収入を増やそうとした。しかし、経済が弱体化している影響で出資が難しく、コカの栽培中止に反対が多く暴動も起こった。現在もメキシコ麻薬カルテルや70の武装勢力やギャングが国内に存在している。

コカイン工場を燃やすコロンビア軍 (写真:Policía Nacional de los colombianos / Flickr [CC BY-SA 2.0])
地方のリーダーや人権保護活動家への攻撃も行われている。2016年1月から2017年7月の間に、186人以上の社会的指導者や人権擁護者が殺害された。こうした犯罪は、武装集団の多い、政府による統制が行き届いていないFARCの元支配地で多く発生している。政府による保護がなく、こうした地域の指導者たちは常に死への恐怖を感じている。
2018年の選挙活動においては、FARCも政治政党として参加したが、ロンドニョが攻撃されるなど妨害にあい選挙活動を中止した。長年にわたってFARCの攻撃を受けてきた有権者も多く、政党は支持を受けることが難しい。政府の支援が行き届いておらず、元FARCのメンバーが社会の一員として政治に参加できることを目指す和平合意は実行されていない。元武装勢力が市民社会に復帰するには安全な状況ではないだろう。
新体制における和平合意の未来
2018年、FARCが政治政党として初めて参加する選挙が行われた。6月に行われた大統領選挙の最終結果、和平合意の内容に反対するイバン・ドゥケが54%の得票率で、和平合意に賛成派であるグスタボ・ペトロに勝ち、8月から新大統領となることになった。

新大統領に選出されたドゥケ(写真:InterAmericanDialogue / Flickr [CC BY 2.0])
ドゥケは、民主中道党で和平合意に反対していたウリベ元大統領の支援を受け選挙に挑んだ。和平合意がFARCの元戦闘員に寛容すぎると主張し、元戦闘員の戦時中の罪に対して罰を与える内容を含んだ和平合意の再交渉を掲げている。その内容としては、次のようなものが挙げられる。まず、最大で8年間元FARC戦闘員の自由を制限することで戦争犯罪者に厳しい罰を与えることである。さらに、戦争犯罪に参加した元戦闘員はコロンビアの最高裁判所の裁判にかけられ、また、戦争犯罪に責任のある武装集団は制裁金を払うまで官職につくことができないことなどである。
しかし、和平合意は19か月かかってなされたものであるため、変えることになると武装勢力が再び武器を持つ状況になりかねない。2018年から2026年の間、和平合意によると選挙結果に関わらずFARC政党の上院と下院それぞれ5議席ずつが確保されている。しかし、戦争犯罪にかかわったものは制裁金をはらうまで官職を持てないようにするというドゥケの選挙時の主張が実現すると、この内容が変わる可能性がでてきており、指導者が戦闘員とともに武装解除地域を去り、新たに別の武装集団を形成する可能性が懸念されている。
また、すべての犯罪活動をやめ、国際的な監視や交渉時間の設定などの一定の条件のもと以外では、ELNと政府の和平交渉を行わないとドゥケは主張している。ELNは交渉を続けたがっているが、この条件を受け入れる様子はない。武装勢力との紛争がコロンビア国内からなくなることを妨げることになりそうだ。
南米大陸で最も長い52年に及ぶ武装勢力と政府の戦い。FARCは武装解除し、政党となり暴力をやめ民主制に参加しようとしている。一方の政府側は平和への道のりを進んでいけるのだろうか。ドゥケが新大統領に選出されたことで、和平合意を軽視し、サントス元大統領が作りあげてきたFARCとの和平合意が実行されない可能性が高まっている。コロンビア国内の紛争を終わらせた和平合意であったが、政府の統治力不足や財政状況の悪化などで十分に実行されていないためにさまざまな問題がいまだに残っているなか、和平合意に反対する大統領への交代によりコロンビアは和平合意前に逆戻りしつつある。コロンビアの平和の行く先は、新大統領ドゥケにかかっているのかもしれない。

カリブ海に面したコロンビアの町カルタヘナ (写真:R. Halfpaap / Flickr [CC BY-ND 2.0])
※1:Fuerzas Armadas Revolucionarias de Colombia
※2:Ejército de Liberación Nacional
※3:Autodefensas Unidas de Colombia
※4:Fuerza Alternativa Revolucionaria del Común
ライター:Saki Takeuchi
グラフィック:Yuna Takatsuki
コロンビアは麻薬とギャングの温床だというイメージをもともと持っていましたが、どういう経緯で治安が悪くなってしまったのかがよくわかりました。和平合意後も残る課題解決のために、他の国々がなんらかの形で助けることができたらいいなと思います。
大土地所有制による不平等の解消は難しいんだな、、と痛感しました。
実態を伴った、持続的な和平が進んでほしいです。
コロンビアの和平合意に関する国民調査に先立って行われた世論調査では、賛成派が反対派を大きく上回ったという話を聞いたことがあります。実際ところ、国民は和平をしぶる人が多数なのでしょうか…?