2020年2月、アメリカ政府がソマリアに2件の空爆を行い、過激派組織の一員を殺したことを報じた。しかし、実際犠牲になったのは過激派組織の人間ではなく、2人の一般市民だったのである。それは2020年4月、国際NGOのアムネスティ・インターナショナルの調査によって明らかになった。
毎年、世界では大量の空爆が行われているが、それがきちんと報道されていることは実は少ない。また、上記の件のように、政府による発表のみに頼っていては別の事実が見えないままになっているかもしれない。さらに、もしかすると空爆をする国、される国によって報道に偏りがあるのかもしれない。空爆のために犠牲となった人々が数多くいること、それも多くの民間人が巻き込まれていることを、メディアは伝えることができているのだろうか。この記事では、空爆の実態をメディアが正確に把握・反映できているのかを複数の観点から調べていく。

2004年にイラクで行われた空爆の様子(写真:Thomas D. Hudzinski/Wikimedia Commons [ Public Domain ])
空爆の実態
まず、空爆とその実態について説明したい。空爆とひとくちに言っても種類はさまざまであり、例えばパイロットに操縦されている爆撃機によるものもあれば、まったく遠く離れた場所から無人のドローンを操縦することで空爆を行うものもある。このドローンによる攻撃は昨今の空爆において使用の割合が高くなってきている。また、爆弾の種類は大きさ、破壊力、誘導システムなどによっても分類することができる。誘導システムについていえば、無誘導の「樽爆弾」と呼ばれるものがあり、自由落下に頼った爆撃を行う。さらに、標的に向かって狙撃することのできる精密誘導のものもある。
では誰がどこに空爆を行ってきたのか。紛争データを収集している非政府組織ACLED(Armed Conflict Location and Event Data Project)によれば、2010年から2019年までに世界で行われた空爆の総数は、把握されているものだけで53,726件ある。これはあくまでも把握されている空爆の最低件数であり、爆撃の数はさらに多いことが予測できる。ドローンを多用しているアメリカ軍でさえも、正確に空爆の数や死傷者数を把握できておらず、同国では追跡しにくいドローン攻撃を「例外」とし、そのデータを計上しなくなった。
この期間に空爆を行った国については、サウジアラビアとアラブ首長国連邦(UAE)が率いる連合、アメリカと西欧諸国が率いる連合、ロシアとシリアが率いる連合が8割以上を占めている。そして同じ期間に空爆された国の9割を、シリア、イエメン、イラク、アフガニスタンの4カ国が占めているというのが現状である。
空爆を行う目的がいくつか考えられる。空爆は主に、敵対勢力の戦力を破壊する、もしくは戦意を喪失させるために用いられる。具体的には、敵対勢力の指導者を暗殺すること、敵対勢力を支えるインフラや社会を壊すことなどが挙げられる。イランの軍司令官・ガーセム・ソレイマーニー氏が、アメリカのドナルド・トランプ政権によって殺害されたこともその一例だ。また、自国への攻撃に対する報復として空爆を行うこともある。
しかし、空爆は必ずしも標的のみを狙撃しているわけでなく、多くの一般市民の犠牲も付随する場合が多い。例えば、シリア政府は反政府勢力に対して樽爆弾を多用してきたために、軍事的な効果も疑わしいまま市民が無差別に犠牲となっている。また、精密誘導の爆弾を使用し、標的を狙って爆撃を行ったとしても、その破壊力のために周辺の人々まで犠牲になることも多い。さらに、地上で集めた標的に関する情報が間違っていれば、狙った標的に爆弾を届けることができたとしても、誤爆となってしまう。技術の問題で標的を外すことなども起こりうる。

アメリカ軍の戦闘機(写真:TSGT Michael Ammons, USAF/Wikimedia Commons [ Public Domain ])
例えば、2008年にロシアがジョージアとの紛争で落とした爆弾のうち、半分は標的を逃したうえ40%が不発弾であった。この紛争では、標的を外した空爆が近くの住民アパートを誤爆するということも起こった。当時よりは爆撃の精度が改善されているにしても、2015年に同国がシリアに落とした爆弾は未だ多くが無誘導爆弾だったという。また、カナダがイラクにおいて使用した、狙撃の精度が高いとされている「スマート爆弾」も、使用された606弾のうち17弾は的を外したという。アメリカがアフガニスタンに対して行った空爆においても、犠牲となった人々のうち約90%は本来の標的ではなかったようだ。それでも「過激派」や「テロ組織の一員」を殺害したと報告されることは多い。
空爆の被害
空爆の及ぼす被害の実態について、よりつぶさに例を挙げたい。例えば、2015年以降、サウジアラビアが率いる連合によるイエメンでの空爆によって、確認されているだけで1万8千人以上の一般市民が死傷している。無差別空爆とも言える状況の中、多くの病院、学校なども空爆を受けている。このような空爆が世界最大の人道危機を引き起こしている。
また、アメリカでは中央情報局(CIA)が行ったイエメン・パキスタンでのドローン暗殺計画において41人の標的を暗殺することに失敗している。それに加え、1,147人の市民を巻き添えにしていた。ドローンを使った空爆はすでに多用されており、アメリカのドローン攻撃はもはや「テロリズム」であると批判されている。さらに、イラクやシリアでのIS(イスラム国)に対する空爆によって、多くの一般市民が殺害されている。しかし、アメリカ軍が爆撃地に足を踏み入れてきちんと視察を行い、市民犠牲者を調査することもまれだという。空からの攻撃は被害が見えづらいために、確認された死傷者の数が実際のものよりも低く見積もられていることにも注意したい。
さらに、先にも述べたが、シリア政府によっては無誘導爆弾ばかりが使われてきた。シリア政府が国内を空爆する際に大きな破壊力を持ったこの爆弾を使用したために、民間人と軍人の区別さえ行われず、一般市民に大きく被害が及んだのである。多くの罪なき市民が無差別に犠牲となったことは想像に難くない。

イスラエルによる爆撃を受けたパレスチナのガザ地区の様子(写真:Oxfam International/Flickr [ CC BY-NC-ND 2.0])
空爆の報道とのギャップ
さて、ここで以上に述べたような空爆の実態を日本の報道が把握し報道できているのかが疑問となる。今回、空爆に関する報道を調査するために、読売新聞のデータベースを利用し2010年〜2019年の10年間の記事のうち、見出しに「空爆」のキーワードが含まれているものを抽出し、518記事を分析した(※1)。
以下のグラフは、10年分の世界における空爆数の推移(※2)と、読売新聞の空爆に関する記事数を比較したものである。ここから明らかなのは、空爆の回数の多さと報道量は比例していないということだ。2015年から2017年にかけて空爆の回数は大幅に増加し、その後も維持しているが、報道はそれに逆行するように減少を見せている。2015年はアメリカが率いる連合がイラクやシリアで対ISの攻撃を行ったことに加え、サウジアラビアの連合がイエメンに大きく介入していたことで空爆数が増えている。この時期は、ISの台頭が比較的に注目されたこともあり、他の時期よりも報道量が増えていると言える。特に2014年には日本人がISに拘束され、空爆への注目をかきたてる要因になったことでピークを示している。その後も、イエメン、シリア、イラクでおびただしい空爆は続き、イラクの都市モースルやISの拠点であったシリアのラッカでは悲惨なほどに市民の犠牲が伴っていた。しかし、2017年以降は空爆数の多さを顧みることなく報道量は大きく減少している。
次に見せるのは国・連合別に空爆を行った回数と、各々の報道量との比較である。アメリカや西欧等が率いるさまざまな連合はイラク、シリア、アフガニスタン、リビアなどで空爆を繰り返しており、またアメリカが単独でパキスタンやソマリアなどにも空爆してきている。シリアとロシアはシリアを中心に空爆を多く行っている。確かに、これらの国による空爆は報道ではある程度反映されている。しかし、空爆の回数は報道と比例していないところもある。例えば空爆数がもっとも多かったサウジアラビア・UAEとその連合国のイエメンでの行動はほとんど報道されていないことが右グラフより読み取れる。世界の空爆数の34%を占めているにもかかわらず、報道のおよそ5%しか占めていない。
次のグラフは空爆をされた国の割合と、それらの報道量の割合を比較したものである。空爆を行う国のデータとも比例するが、空爆を受けた回数が多いシリアやイラクに関する報道も多い。しかし、サウジアラビアが率いる連合によるイエメンへの空爆がほとんど報道されていない。一方、イスラエルによるパレスチナ(ガザ地区)への空爆は回数自体は比較的に少ないのだが、読売新聞には大きく注目された。空爆の数では全体の1%程度だが、報道では約16%を占めてる。パレスチナは461回の空爆を受けているのに対して、イエメンはその40倍の18,250回を受けている。しかしイエメンの報道量はパレスチナの半分以下にとどまっている。また、アメリカがかかわっている紛争の中でも差は見られる。例えば、アフガニスタンは多くの空爆を受けているものの、報道量は比較的に少ない。
空爆する国、される国、ともに報道されるかどうかにはさまざまな理由が考えられる。日本の外交政策はアメリカと密接につながっており、報道の関心もその関係に沿っている。また国際報道において、日本のメディアはアメリカのメディアから影響を受けているとも言える。したがって、アメリカによる空爆やアメリカの関心が強いイスラエル・パレスチナにも注目するだろう。アクセスの問題も考えられる。サウジアラビアは自国にもイエメンにも厳しい入国制限を設けており、取材には大きな壁がある。
空爆被害と報道とのギャップ
空爆による被害についても、メディアは現状を報じきれているのだろうか。空爆の被害について、読売新聞にて死傷者に関する言及があるものを抽出し、その中でも国や連合別の割合、被害者の属性を分析した(※3)。死傷者について言及したは132件あった。そのうち、その空爆に加担した国が明記されているものを国別に割合の大きい順に並べると、シリアが関与したものが24.2%、アメリカが関与したものが21.2%、イスラエルによるものは21.2%、ロシアが関与したものは9.8%、サウジアラビアによるものは5.3%という結果になった。また、シリア政府による空爆がトピックである見出しのうち67%に死傷者に関する言及があり、サウジアラビアだと38%、アメリカだと17%であるなど大きな差が見受けられる。上記のグラフと比較してみると、空爆した回数が3位のシリアについては死傷者への言及率がトップであり、一方で空爆した回数が最も多いはずのサウジアラビア(とその連合)については、死傷者への言及率が低いことには甚だ疑問が残る。
また、死傷者の属性について情報があるものを分析すると、指揮者・幹部が20.5%、軍事関連(兵士や武装勢力、兵器施設など)が20.6%、市民(難民や病院を含む)が18.9%、子供が9.8%、特定されていないものが40.2%であった。アメリカによる空爆がトピックの見出しでは、死傷者情報のおよそ7割が軍や過激派組織の指導者であった一方で、シリアによる空爆がトピックの記事では死傷者情報の8割以上が一般市民もしくは不明のものであった。このことから分かるのは、アメリカによる空爆では標的の暗殺成功が報じられることが多いことだ。これはメディアがアメリカ政府による公式情報を鵜呑みにした、冒頭でのソマリアの件を彷彿させる。シリアでの死傷者に関しては、読売新聞の多くの記事では政府公式の情報ではなくシリア人権監視団という人権団体によるデータを頼りにしていることも念頭に置いておきたい。

空爆に使われる爆弾の数々(写真:Amber Grimm/Pacific Air Forces[public domain])
このように、空爆に関して報道はその実態を正確に伝えることができていないと言えるだろう。空爆に関する報道自体が少ない上に、空爆が多いところに対して報道が少ない場合、少ないところに対して報道が多いケースもある。また、空爆の数だけでなく、空爆する側からの視点から見る報道では、その悲惨さも読者には伝わりづらい。冒頭でも述べたが、政府が空爆の実態を隠すことも多い。ドローンの普及により空爆の透明性がますます怪しくなっている状況を考えると、メディアの番犬としての役割がますます重要になってくる。空爆のような透明性の低い情報に関しては、より注意深く情報とその根拠を見極め、正確な報道につなげる必要があるのではないだろうか。
※1 全国版(および東京版)の「国際」には1,883記事に「空爆」が含まれ、見出しのみに「空爆」が含まれる518記事を母体とした。
※2 世界で発生している暴力事件や武力紛争に関するデータを、事件ベースで集めている非政府組織ACLED(Armed Conflict Location and Event Data Project)のデータベースをもとに作成。
※3 見出しのみの判断であるため、記事の本文中に死傷者に関する言及があったものはカウントしていない。
ライター:Mina Kosaka
データ:Virgil Hawkins
グラフィック:Saki Takeuchi, Yuka Ikeda
空爆の実態と報道の間のギャップがかなり大きくて驚きました。透明性が低いからこそ、報道がより正確な情報を与えていくべきという点に共感します。
「報道されない世界」という言葉の意味が、現実のものとして実感できました。とても面白い記事だと思います。