東南アジアでは認可されたカジノが230あり、その中の150はカンボジアにある。カジノと言えばギャンブルの場だけではなく、違法取引などのためのマネーロンダリングの場としても使われることが多い。カンボジアはアンコールワットなどの世界遺産でも有名である一方、多様な違法取引の温床にもなっている。カンボジア政府は2019年12月、マネーロンダリングを防ぐことを理由にオンラインギャンブル禁止令を発令した。このオンラインギャンブル禁止令は違法取引およびマネーロンダリングへの厳しい取り締まりが始まったことを意味しているのだろうか。

フン・セン首相 (写真:World Economic Forum/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
背景
カンボジアは1954年にフランスの植民地から独立したものの不安定な政治状況が続いた。1975年に、ポルポト率いるクメールルージュ勢力が首都を制圧すると、壊滅的な「革命」が起こり、知識人や学識者をはじめ一般市民を含む120万人が殺害、過労、栄養失調、病気などにより命を落とした。ベトナムの介入によってポルポト政権は倒されたものの、1990年代の前半まで紛争が続いた。1991年にカンボジアは国連の保護領となり、1993年には国連監視の下、公正な制憲議会総選挙が行われた。しかし、1997年にカンボジア人民党フン・セン氏がクーデターを起こし、実質的な一党独裁に成功した。それ以降、カンボジア人民党は与党の地位を確立し、フン・セン氏はカンボジア首相であり続けている。
フン・セン氏は国内の権力の一元化していると言われており、反対する政治家などに対しては軍隊や警察を使うなどの抑圧的な統治が明らかになっている。官僚制度も縁故主義(ネポチズム)であるなど透明ではないと言われており、汚職も公共調達、税務管理、税関管理などに広く存在し、賄賂の頻発も問題となっている。
このような汚職が多く続く中、違法取引が発生しやすい。カンボジアでは覚醒剤の密輸などさまざまな違法取引が蔓延しているが、本記事ではカンボジアを取り巻く違法取引の中でも特に多額な利益をもたらしている木材取引、動物関連の取引、タバコ密輸、そして人身売買に着目して紹介する。
違法木材貿易
カンボジアの主要な違法取引問題の一つは違法木材貿易だ。年に数百万米ドルの利益をもたらす違法業界である。また、違法森林伐採により、カンボジアでは毎年14.4%森林面積が減少しているとされている。カンボジア政府は企業に経済的土地営業権を渡し、経済的土地営業権がある土地のみでの森林伐採を企業に対して許可している。このような森林伐採を進めているのはカンボジアの企業だけではなく、ベトナム、中国、マレーシア、タイ、韓国、シンガポールなどの企業の進出も見られる。
しかし、カンボジアで経済的土地営業権外の土地外でも森林伐採を行う企業があると環境保護団体は主張している。また、政府は環境保護地区内の土地の経済的土地営業権も企業に渡しているため、環境保護地区での伐採も相次いでいる。森林の伐採を続けることで、環境や住民にも悪影響を与えている。それによって象や虎などの野生生物の減少や、森の木々から樹脂の抽出などをして生計を立てる周辺住民の生活が脅かされるなどの問題が起きている。この経済的土地営業権を獲得できるのはセン首相の家族や個人的な交友関係をもつビジネスマンが多いとされ、これらの企業の違法森林伐採行為に対して政府が積極的に取り締まることはない。さらに、これらの違法伐採を行う企業はカンボジア人民党関係者や州知事に多額の賄賂を支払うことで、違法木材取引業界を守っていると言われている。
中国やベトナムの高級木材で作られたアンティーク風家具が高額で販売されていることを受けて、これらの違法木材の需要が高まっている。中にはローズウッドという絶滅危機種の木を使った高級ベッドが100万ドルで売られたことも報告されている。また、森林が伐採された後の土地はゴムプランテーションなどの換金作物の栽培地として使用できるため、企業にとっては大きな利益につながる。
例えば、トライ・ぺアップ・グループ(Try Pheap Group)のトップ、オクニャ・トライ・ぺアップ氏(Oknha Try Pheap)はカンボジアの様々な森林地区や保護地区で伐採作業を行っている。オクニャ・トライ・ぺアップ氏は2010年から2012年まではフン・セン首相の首相補佐官を務めていた経験もあり、また同氏は国や州の軍人を協力者とすることも多く、その中にはフン・セン首相のボディーガードもいる。このような首相との個人的な繋がりからトライ・ペアップ・グループは政府や軍の支援を受けることができ、違法木材貿易は政府も関わる組織的な問題となっている。

モンドゥル州での違法森林伐採の残骸 (写真:Christian Pirkl/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
動物関連の違法取引
カンボジアでは野生生物や象牙などの違法取引も行われている。この取引も数億米ドルの利益をもたらす業界で、カンボジアの野生生物が取引されたり、アフリカからの象牙やサイの角などが密輸され集まるハブになっている。野生生物は主にカンボジアから他の国へと取引されるが、その種類は様々で、ハリネズミ、サル、センザンコウ、シベットなどはペットとして、他にも食用肉、漢方薬や伝統薬として取引されるものもある。これらの野生生物はカンボジア内で消費されたり、隣国のタイ、ラオス、中国、ベトナムなどに輸出されている。さらに、カンボジアでのこれらの野生生物の需要が増えたことにより、タイやラオスから輸入するケースもある。
また、アフリカから流れる象牙やサイの角などは、家具やアクセサリーに使われ、サイの角は漢方薬に使われることもある。このような国際違法貿易において、カンボジアやベトナムはエジプト、スーダン、南アフリカなどから中国などアジアの国々への重要な通過点とされている。カンボジアの税関局によると、カンボジアで2016年から2018年の期間に5トン以上の象牙が押収された。このような野生生物や象牙などの違法取引がなくならない背景には、これらの取引が生み出す莫大な利益が関わっており、1キロの象牙は2,000米ドル以上の価値で取引されることもある。
カンボジア政府は2019年から象牙や野生生物を対象とし取り締まりを始め、現在カンボジアの観光地の商店で売られている象牙やサイの角は環境省が没収することを発表した。しかし、環境保護団体などによると、カンボジアで法律が制定されているものの政治家なども法律に違反することがあり、そのことにより法執行があまり有効的ではない。

センザンコウ。食用とされたり、鱗が漢方薬の材料として使われたりする。(写真:B kimmel/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
闇で取引されるタバコ
カンボジアは世界中で4番目にタバコが安く買える国だとされている。そのためか、カンボジアでのタバコ消費者は増加傾向にあり、闇市でのタバコの違法売買も少なくない。また、タバコの違法取引により、政府は年間300万米ドルあまりの税金を集められていないと推定されている。
違法タバコ取引は主に二つの方法で行われる。一つ目は偽タバコの生産だ。偽タバコとは、ブランドタバコの模造品のことを指す。2018年にはカンダル州で35トンの偽タバコが押収され、それらはカンダル州のカンポンサムナ村で製造されていることが分かった。また、同年に首都プノンペンでも偽タバコ工場が政府により摘発され、製造停止となった。偽タバコは国内でも多く消費されているが、主に輸出用である。タイなど東南アジアに密輸されることが多いが、ヨーロッパへも密輸されることもある。2019年のEU(欧州連合)の税関報告書によると、EUに密輸される約半分の偽タバコはカンボジアからだ。
もう一つの違法タバコ取引はブランド品などの「本物」のタバコの密輸であり、この問題は偽タバコ以上の重大な問題となっている。欧米や日本の大手タバコメーカーの多くは、世界の多くの国でこのような密輸に関与しているとされる。大手メーカーが密輸に関与する背景には関税を避けたいというメーカー側の理由がある。タバコ会社は自社のタバコを合法的なルートで売るよりも密輸することで高額な関税を回避し、より多くの利益を得ることができる。世界的に密輸タバコの60~70%は、タバコ会社による自社製品の密輸であることがわかっている。
カンボジアでも大量のタバコが密輸されていることが推測できる。2011年のWHO(世界保健機関)の調査によると、カンボジアにおけるタバコの需要の約67%が現地で消費されておらず、公式の輸出もされていない。この「原因不明の余剰」はカンボジアから他の国へと密輸されているタバコだと思われる。このような算出が出るのはタバコ規制法があまりないカンボジアへと公式輸入し、その後他の国へと密輸されているためであると推測されている。大手タバコメーカーはカンボジア政府に圧力をかけ、合法的に侵入できない市場にも侵入し、カンボジアからタイやベトナムへのタバコの密輸をも促進しているとも言われている。

タイとカンボジアの国境 (写真:eric molina/Flickr [CC BY 2.0])
人身売買
カンボジアは人身売買の出所、目的地、そして通過地点だとされている。人身売買が行われる方法も様々であり、小規模の事業からネットワークが多数ある組織暴力団まで人身売買を行うアクターも幅広く存在する。また、ローカルの顧客を相手にした事業や人身売買被害者を海外へ送り込む事業など、その形態も様々である。
特に問題となっているのは性的人身売買だ。性的人身売買が蔓延している主な理由は二つある。一つ目はカンボジアの法執行機関の限られた組織力によって、人身売買業者が捕まりにくい状況ができていることだ。その結果、カンボジアは性的人身売買のハブとして知られている。被害者はカンボジア人女性だけではなく、ベトナム人女性や東ヨーロッパ出身の女性、さらには子供もいる。性的人身売買の通過点とし、ベトナムから来た被害者たちがカンボジアを通過し、最終的にタイやマレーシアに連れていかれるケースが多い。また、取り締まりをする組織の弱さによって、いわゆる「セックスツーリズム」も横行している。中国、日本、タイ、オーストラリア、欧米などからの観光客が性的サービスを目的にカンボジアを訪れることも少なくない。
性的人身売買がなくならない二つ目の理由は貧困率の高さにある。カンボジアは隣国のタイやベトナムよりも貧困率が高く、生計を立てるために外国へ出稼ぎに行く人が多い。人材派遣会社などの仲介を得てタイやベトナム、マレーシア、中国、そしてサウジアラビアへと出稼ぎに行った際に、騙されるなどして性奴隷になってしまうケースが後をたたない。
性的人身売買以外にも、労働人身売買と呼ばれるものとして、体が丈夫な人は工事労働者や家政婦としての仕事をさせられるほか、高齢者や障がい者は組織化された物乞いをさせられるというものがある。また、漁業でも「海上奴隷問題」として、労働者の拘束が問題となっている。性的人身売買の場合と同じように、労働者は「良い仕事」があると人材派遣会社などに言われ、タイやマレーシアへと行くが、非人道的な労働条件の中で働かされることが多い
政府は、反性的人身売買委員会を設置したり、人身売買について意識を高めるイベントやセミナーを開くなど、表向きは積極的に人身売買の問題に取り組もうとしているように見える。しかし、カンボジア政府内の激しい汚職状況の中では効果のある対策が採られることはあまり多くない。中には政府関係者も性的人身売買の顧客だと言われている。また、警察と政治家や軍との深い関係や脅しにより、現場での警察が公正な調査をすることが不可能な場合もある。

シェムリアップ州の夜の街(写真:Marcin Konsek/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
ここまでで見てきたように、カンボジアは様々な違法取引の温床となっているだけでなく、それぞれの問題の原因は根深い。政府や国家の上層部の人間がこれらの違法取引に関係していたり、恩恵を受けているため、解決に向けた積極的な取り組みは未だなされていないのが現実である。これらの違法取引の根本にカンボジアの深刻な貧困状況などが存在していることからも、違法取引の取り締まりだけでなく、貧困や格差、汚職といった問題への取り組みが急がれる。
ライター:Namie Wilson
グラフィック:Yow Shuning
カンボジアは去年の夏に行きましたが、このような問題が根強く残っているとは知りませんでした。特に動物の密輸や森林破壊は個人的にアフリカのイメージが強かったので、近いアジアでも起こっていることが衝撃でした。こうした色んな問題、日本も関係ないとは言えないですね。
読みやすかったです!
カンボジア、全然知らなかったので、まず、知識として知ったことが多かった。タバコや人身売買もグローバル化の恩恵をうけて波及していることがあり、この記事をきっかけに日本にいながらでも、生活を構成する一場面から、世界のどこかの問題を、深められると知った。今まで以上に、Made in 〇〇に注目したいと思いました。
違法取引の温床となっている原因の根深さは、正に政府国家の上層部が関係している事。悪の連鎖も貧困の連鎖も、断ち切る方法やチャンスを探さねば。それを探し実行に移すのは容易ではないが、貧困に喘ぐ者がさらに苦しむ状況は作ってはならない。
カンボジアにおいてこれほど違法取引があることに驚きました。政府や国家の上層部の人々がこれらの違法取引に関係する以上、恩恵を受けるので、政府に解決策を求めるのは無駄ですね。政府が率いた汚職はほかの国でも見られます。政府は国民のために働くはずですが、権力の濫用で政府本来の存在意義がなくなるのは残念なことです。
様々な問題の中でも人身売買は非常に衝撃的でした。身近な国で人身売買、なかでも性的人身売買が行われているとは思いもしませんでした。
日本などの先進国からの観光客が性的人身売買を利用していることは非常に問題だと思います。人身売買を止める取り組み、規制も必要ですが、人身売買を利用する側を規制することも重要だと痛感しました。
いつの時代でも多くの人たちの飽くなき欲望。そして犠牲になるのは貧しい人、立場の弱い子供、女性たちです。アジア圏をはじめ
世界各国で同じ様な問題がたくさん有りますが、どうすれば少しでも無くしていけるのでしょうね。これからの若い世代に希望を託します。
記事では難しい問題をわかりやすく説明してくれていて読みやすかったです。ありがとうございます。
こんなにも色々な違法取引が横行してるなんて…政府の規制以外に市民社会組織や国際機関などはどのような動きをしてるんでしょうか?ローズウッドや象牙なんかは国際的に取引が規制されてる中で、政府は関係機関とどんな連携をしてるのかが気になりました!
カンボジアの貧困によって違法取引が無くならず、またこの違法取引によって搾取され貧しくなっていく、、という負のスパイラルが見えました。非常に残念です。
特に、先進国の人々や政府関係者が人身売買による性的サービスを利用することは深刻な問題だと感じます。