2018年に東南アジアで100種の新型覚醒剤や合成薬の生産が発見された。 過去2年間で、タイでは高純度の覚醒剤の押収事件が10倍以上も増えている。2018年だけでタイでは、18.4トンの覚醒剤が押収されたという。
歴史的には、ミャンマー、タイ、ラオスが構成するいわゆる「黄金の三角地帯」はアヘンの生産地・流通地として知られていて、その元となるケシ畑が特にミャンマーでは多く存在していたことで有名になった。ところが、ミャンマーで作られる麻薬の主流は近年、アヘンとヘロインから覚醒剤などの合成麻薬に大きく変化した。

高純度の覚醒剤の一種、クリスタル (写真:Radspunk/Wikimedia [C.C. BY-SA 4.0])
黄金の三角地帯から流れ出る覚醒剤はミャンマー、タイ、ラオス以外にも、その周辺国であるベトナム、カンボジア、バングラデッシュ、インドや中国にも流れている。また、それらの国々に止まらず、日本、韓国、台湾、インドネシア、マレーシア、シンガポール、フィリピン、オーストラリア、ニュージーランドを含む、アジア太平洋地域全般にも広まっている。
覚醒剤とは
そもそも覚醒剤とは何だろうか。覚醒剤とはアンフェタミン類の精神刺激薬(ATS)である。アヘンやヘロインの原料となるケシ栽培で作られたものではなく、覚醒剤は化学原料を混ぜて作る合成麻薬である。
この地域、とりわけミャンマーで作られるのは主に2種類の覚醒剤だ。「クリスタル」、または「アイス」とも呼ばれている高純度のものはタイや中国に渡り、日本、韓国、オーストラリアなどに運ばれ高額で取引される。もう一つが地元で「ヤーバー」と呼ばれる低純度の覚醒剤の錠剤だ。単に快楽のためにヤーバーを使用する人もいれば、夜間ドライバーや長時間の工場労働者が眠気覚ましの興奮剤として用いることもある。ヤーバーは製造過剰による供給の増加で、2018年にミャンマーでの価格が一錠300 キャット(約21円)になり、数年前の価格の5分の1に下落した。

低純度の覚醒剤、ヤーバー (写真:Labib Ittihadul/Flickr [C.C. BY 2.0])
黄金の三角地帯の現状
黄金の三角地帯の現状を見てみよう。ミャンマーでは、カチン州を拠点とするカチン独立軍(KIA)やシャン州を拠点とするワ州連合軍(UWSA)とその政治部門のワ州連合党(UWSP)などの反政府勢力が、自治権拡充を目指し、中央政府の国軍と長年闘争を繰り広げてきた。米国国務省は,2016年版国際麻薬統制戦略報告書 で、UWSAが覚醒剤を製造し、またUWSAとUWSPが覚醒剤生産から得た利益を戦費として使っていると西側諸国は主張している。また、組織犯罪集団はこの紛争に巻き込まれた地域に進出し、多数の反政府勢力や民兵と取引をして、 現地における覚醒剤の生産と密輸を増やしている。さらに、親政府の民兵も覚醒剤の生産と流通に関わっているそうだ。これらの民兵は反政府勢力と同様に、覚醒剤生産から得た利益を戦費として使っている。それに対しミャンマー軍は、その行動を批判するどころか民兵の覚醒剤生産を密かに支持しているとされている。
その一方、タイとラオスは覚醒剤の生産国ではないが、ミャンマーのシャン州とカチン州で生産された覚醒剤の麻薬密輸の主な密輸ルートであると言われている。ミャンマーで作られる麻薬がアヘンとヘロインから覚醒剤などの合成麻薬に大きく変化した理由は何だろうか。まず、覚醒剤の生産コストはアヘンやヘロインを生産するよりも低く、人員もケシ栽培ほど多く要らないため、収益が大きいことを大きな原因として挙げられる。さらに、覚醒剤の製造工場が隠されやすいことも大きな理由である。国連薬物犯罪事務所(UNODC)や政府による耕作制限などの取り組みによって、ケシの生産量を年々減らすことに成功している。しかしながら、生産場所を突き止められやすいケシに比べ、工場で生産される覚醒剤は、人の目にも付きにくく、法の網をかいくぐりやすい。また、覚醒剤の需要が高まっていることも理由の一つであると推定できる。タイをはじめとする国々に、組織犯罪集団が大量の覚醒剤を持ち込み、低価格で覚醒剤を売ることによって、覚醒剤の「新規ユーザー」が生み出され、ユーザーが精神依存性の強い覚醒剤に依存することで新たな覚醒剤が必要とされる。高まった需要に対して、生産者がヘロインとアヘンの生産を減少し、覚醒剤の生産を増やすようになった。

カチン州の反政府勢力:カチン独立軍 (写真:Paul Vrieze (VOA)/Wikimedia)
覚醒剤の蔓延
覚醒剤は黄金の三角地帯からどのように諸国に拡散されているのだろうか。下記の図でわかるように、覚醒剤蔓延の規模はかなり大きく、深刻であることを窺える。
まず、覚醒剤はミャンマーのシャン州とカチン州内で製造され、トラックなどで運ばれてラオス、タイ北部チェンライを経由し、タイ中部のアユタヤ県に密輸されることが多い。その後、タイから隣国マレーシアを経由して、オーストラリア、シンガポール、日本、韓国などに運搬される。
覚醒剤がいかに普及しているかは、各国の覚醒剤の押収の量から理解できる。2019年5月25日に、インドネシアの国家麻薬委員会当局は、西ジャワでキャベツを運んでいるトラックの中に35キログラムの覚醒剤が隠されているのを発見した。東南アジアだけでなく、黄金の三角地帯から離れたオーストラリアや日本でも麻薬問題が深刻化している。2019年6月に、タイから運ばれてきた1.6トンの覚醒剤がメルボルンの警察によって押収された。また日本では2016年と2017年の2年連続で押収量が1トンを突破し、未曾有の事態に直面している。
対策
日々深刻になっていく覚醒剤問題に対して、各国や国連はどのような対策を打っているのだろうか。まずは生産過程における取り締まりの現状を見てみよう。覚醒剤の生産過程の取り締まりを難しくしているのは、先述したような製造場所の問題だけではない。覚醒剤の生産過程に用いられている物質にも厄介な点がある。製造工程に用いられる前駆化学物質は、製薬や化粧品、プラスチックなどの製品にも用いられる合法の化学物質であるため、原料の段階での取り締まりは難しい。さらに、前駆化学物質は、ベトナムやタイ、中国など、巨大な産業構造を持つ国々からも流入してきている。その多くは、生産や流通、販売の過程で秘密裏に麻薬製造者にわたってしまったものであり、政府や産業自体が、違法に漏れ出てしまった前駆化学物質の量を把握しきれていないところに問題点があるといえる。
5つもの隣国を抱え、地理的にも他国との接触を避けられないミャンマーにとって、各国との連携は取り締まりに必要不可欠であり、生産過程の一つ一つを丁寧に追っていくことが、法の抜け穴を小さくするための鍵となるだろう。

覚醒剤の流通問題の対策の一つ:貨物船の監視 (Kali Pinckey/ US Dept of Defense)
生産過程における取り締まりにも見たように、やはり、他国とのつながりは、覚醒剤の流通過程においても重要な意味をなす。黄金の三角地帯の諸地では、中国の一帯一路政策によって大幅なインフラ整備が行われ、経済発展とともに、世界とのつながりを得る上で大きな役割を果たした。しかしながら、その交通の利便性が、皮肉なことに、シャン州の奥地から南アジア一帯に覚醒剤が広まるのを助長する結果となってしまったのである。2019年、たった5か月間の間に2017年度の合計を超える麻薬がマレーシアとミャンマーで押収された。これは、法律による流通の取り締まりが功を奏したという見方ができる一方、市場に出回る量が増え、実際に消費者の手にわたる覚醒剤の量は、変わらないどころか、増えているのではないかという捉え方もできる。覚醒剤の大量生産を行って価格を下げることにより、一定数が押収されてしまっても、麻薬製造者がきちんと利益を上げることができるような構図が出来上がってしまっていることも確かだ。まずは、生産者から消費者を結ぶ無数の巨大ネットワークを割り出し、多方面からアプローチすることが求められるだろう。
各国では、消費者に対して、どのような対策がなされているのだろうか。低所得国、高所得国ともに、覚醒剤の押収量の観点では年々成果を上げてきているが、覚醒剤の傍受の検挙率はいまだに低く、対策が追い付いていない。この現状を打破するため、タイでは新たな取り組みが行われている。それは、職業訓練や社会復帰のためのプログラムである。このプログラムでは、麻薬を使用した罪で逮捕された者だけでなく、販売者などの提供に関わった者に対する支援も行われている。タイでは、貧困のために、青年の頃から薬物の密売などに手を染めるケースが頻繁に起こっており、基礎的な教育を受けていないことが負のスパイラルを生んでしまうことが少なくないのである。薬物からの更生か必要なくても、基礎教育だけを受けて社会に戻っていった元受刑者も大勢いる。こうした、地域レベルの根本的な問題の解決は、長期にわたる地道な努力が必要となる。しかしながら、麻薬に頼らざる負えない社会の構造その者を見直すことが、タイに限らず、あらゆる地域の抜本的な解決にとって必要不可欠なことだといえるだろう。

覚醒剤の生産が多いシャン州の州都、タウンジー (写真:Beyond Access/Flickr [C.C. BY-SA 2.0])
このように、当事国や国際組織は、覚醒剤の生産、流通、消費のそれぞれの段階における対策を試みている。しかし、状況が改善されているとは言えない。無論、生産地であるミャンマーのカチン州とシャン州における政府機能の正常化および生産能力の撲滅が急務である。この最も根本的な問題を放置したままでは、他のどんな対策もその場しのぎのに過ぎないと言わざるを得ない。しかし、消費国における高い需要が続く限り、生産とその流通を断ち切ることもできない。それは警察などによる取り締まりのみならず、使用に結びつくさまざまな社会問題の解決も肝心であろう。世界の国々が、どれだけ自身のこととしてこの問題を捉えるかによって、黄金の三角地帯の未来は大きく変わるといえるだろう。
ライター:Yow Shuning
グラフィック:Yow Shuning, Saki Takeuchi
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覚醒剤の主な生産国がミャンマーであることを初めて知った。覚醒剤は一国の問題ではなく、生産国、その周辺国や覚醒剤利用国、国際的問題である。一国が覚醒剤を取り締まる政策を実行しても無駄。各国の国際的協力が不可欠であるが、やはりミャンマーが覚醒剤生産国であることから抜け出せない大きな理由として、貧困国であるということがあり、覚醒剤をただ取り締まるだけでなく、ミャンマーの内情や経済を国際的に支え、覚醒剤以外からしっかりお金を生み出せるシステム作りに協力することが必要であると思う。
覚醒剤や薬品の押収量が増えているということは、薬に頼らなければ生きていけない人が増えているということだ、という解釈もでき、悲しくなりました。経済的に貧しい国にとって、覚醒剤は一つの大きな経済圏を創り出すことのできるものであり、その動きが大きくなってしまうのは、悲しいけれど、自然なことだと思います。だからこそ、日本など、経済的に豊かな国には、そうした国々のより良い社会の構築を協同して目指す使命があり、覚醒剤ユーザーを増やさないために、世界が一体となって、精神的な豊かさをより多くの人が手に入れられる努力をするべきだと思いました。そのアプローチは、芸術、スポーツなども含め、多方面からの柔軟な取り組みが期待されます。
日本でもたくさん押収されているんですね。驚きです。
ニュースで芸能人の麻薬使用が報道されているように、日本に関係のない話ではない。各国の需要を満たすために、教育を受けていないもの、経済的に弱いもの、社会的弱者が運び屋として利用されていることも事実。早急に対策が必要だと考えます。現状がリアルに伝わる良い記事だと思います。
ミャンマーに限らず、麻薬の蔓延による利益を受けている人間は世界にたくさんいるのだろうなと思います。増え続ける麻薬を取り締まるよりも、そういった人たちを取り締まる方が早いような気もします
貧困が原因で青年の頃から麻薬販売に手を染めてしまうという点は、かなり印象的だった。貧困という根本的でそして大きな問題に取り組まなければまた同じことの繰り返しが起きることは確かだろうと感じた。ミャンマーだけでなく、貧困に苦しんでいる国は他にもたくさんしそういった国でも同じ問題が蔓延しているのだろうと思う。貧困対策、教育の充実を一つの国でもきちんと行い、たとえゆっくりでも解決の道を模索していくべきだし、日本のような国も手助けを行うべきだと思う。
貧困と紛争が、麻薬と切っても切り離せない関係にある現状を知った。さらに、覚醒剤の取引によって得られた利益が反社会的な勢力に加担してしまうことを知り、この流れを断ち切ることがどれだけ重要であるかを考えさせられた。記事にもあったように、覚醒剤の生産国だけではなく、それらが行き着く先となる国も連携をとって取り締まりを行うことが大切だと思う。物流はよりスムーズかつ大規模になってきたが、そのような状況でこそ物流を監視することを怠ってはいけないと考えた。
流通する麻薬の主流が、ケシの実を原料とするアヘンやヘロインからプラスチックなどにも使われ合法である前駆化学物質等を混ぜて作った覚醒剤へと変化したことや大規模なインフラ整備による物流の拡充によって、麻薬の蔓延を水際で取り締まることはとても困難になってきていることが分かり、やはり根本的な解決を目指すには覚醒剤を生産する動機となっている生産国内の貧困や紛争、教育、政治といった問題に適切なアプローチをしていく事が重要だと痛感させられた。
麻薬と言えばメキシコのイメージがありましたが、アジアでもこんなに大きな問題になってるとは驚きました。
記事にもあるように、覚醒剤等の問題は取り締まりを強化するだけでは、再発し根本的な解決には至らないので、覚醒剤の需要やそれに頼らざる得ない社会構造そのものから少しずつ変えていく必要があると思いました。
覚醒剤問題はこんなに深刻になっているのは初めて知りました。貧困状態に陥っている人を駆け込んでいる組織犯罪集団は本当に最低ですよね。。。ミャンマー政府も自国における覚醒剤の生産を無視して、場合によってむしろ支持するのも許せない。