昨年2016年2月、バングラデシュ中央銀行からの不正送金事件が、不正資金とカジノの密接性を世界に突きつけた。
犯人は、まずバングラ中銀のシステムをハッキングし、米NY連邦準備銀行のバングラ中銀の口座から、10億米ドル近くをフィリピンやスリランカの銀行口座に送金しようとした。スリランカへ送られた2,000万ドルは犯人の記載ミスにより無事回収されたものの、フィリピンに渡った8,100万ドル(約91億円)の一部がその後カジノに流入することによって行方が分からなくなり、回収が不可能になった。
カジノでなぜ、このように金は「消えてしまった」のか。それは常に金が顧客との間で流動しているカジノでは、1人の人間が持ち込んだ資金の行方を追うことに、困難が伴うからだ。さらに、預金や両替、送金、外貨交換、キャッシング、小切手現金化といった、カジノの提供する銀行的なサービスが、より一層カジノ内での金の動きを複雑化している。銀行であれば明確に残されるはずの資金運用の記録が欠如し、政府の規制や監視の目からも逃れやすい。つまりカジノの性質自体、単に人々がギャンブルを楽しむだけではなく、「汚い金」にまつわる犯罪を誘発するリスクをはらむ場所なのだ。
よってマネーロンダリングや不法取引に関連して、カジノが利用されるケースや方法は細かく見れば様々ある。ただ不正資金運用においてカジノの役目とは、きれいな金を出すこと、汚れた金を消すことの2点に括れる。窃盗や横領、賄賂などで入手した金も、カジノから出る時にはギャンブルで儲けただけの「きれいな」金と主張できる。また、不正資金で買ったチップをカジノ内で仲間に手渡すことで、外見上その汚れた金は賭けに負けて消えたことになるのだ。一方カジノの中でドラッグなどの違法な取引が行われる場合、チップが貨幣代わりに用いられることもある。カジノに入る金自体汚れてはいないし、取引に用いた金額は賭けに負けた分と主張でき、把握することは難しい。
不正な資金運用をするのに「安全」な金融機関としてのカジノは、その越境的な性格によって、さらに存在意義を増す。2015年の企業別収入ランキングでは、1位「ラスベガスサンズ」(アメリカ)、2位「MGMリゾート」(アメリカ)だが、2社ともにアメリカ、マカオ、シンガポールをはじめグローバルに店舗を展開している。企業によっては、一方の店舗で買ったチップや小切手を他方の店舗で受け取る事ができるなどのシステムもあり、国際送金が簡単にできる。昨今、オンラインでのカジノも拡大を見せ、電子送金システムによってその簡単さに拍車をかけていることも見逃せない。
加えて、「ジャンケット」という中間の存在が、金の動きをより複雑に、不透明にする。ジャンケットとは、カジノへのツアーの企画・運営を行い、宿泊施設や交通手段といった顧客の旅行をあらゆる面でサポートする仲介組織だ。カジノが運営するものも、別個の組織もある。この存在自体に問題はないが、時に「運び屋」として不正資金を国外や法的制約の外に流出させる役割を担う。例えば、中国本土からマカオへは持ち込む金額に制限があるが、出発前にジャンケットへ金を預け、客とは別にフェリーで運ばれたその金をマカオのカジノで受け取ることができ、中国の官僚達のマネーロンダリングを大きく助けて来た。
最後に、カジノの秘密主義が、不正資金の運用を試みる存在にとってカジノの利用価値をまた一段と増大させる。カジノ経営は、VIPや大金を賭ける人々の存在に大きく依存しており、例えばカナダのカジノでは、売上の80%が全顧客の1%のVIPから生み出されている。この現実からカジノ側はVIPルームでの出来事を明るみにすることはできず、不正行為を目にしてもそれを黙認したり、時に積極的に匿ってきた。さらには、犯罪組織が自らカジノのオーナーとなることさえあるのだ。いずれにしろVIPルームという秘密の空間を利用して、VIP達もカジノ側も共に大きな利益を得てきたことは確かである。

カジノ内部の様子 写真: Municipalidad de Talcahuano/flickr (CC BY-SA 2.0)
このように不正資金運用の温床となっているカジノの状態を問題視して、近年カジノに対するAML/CFT(Anti-Money Laundering/Combating the Financing of Terrorism[マネーロンダリング対策/テロ資金供与対策])が世界レベルで強化されつつある。AML/CFTの動きは、1989年のG7サミットにてマネーロンダリング対策を行うための政府間組織、FATF(Financial Action Task Force[金融活動作業部会])の発足を皮切りに、その後テロの未然防止にテロ組織の資金供給ルートの解明と遮断が必要であることがマネーロンダリング対策と重なるとして、テロ資金供与対策も担うようになったという経緯がある。現在はIMFと協同して対策に当たっている他、APG(Asia-Pacific Group on Money Laundering)のように地域レベルでの対策組織も活動している。
政策としてカジノを導入する目的には、カジノを含む統計型リゾート(IR)における雇用創出、観光客の取り込みとその効果としての地域経済の発展が掲げられる。しかし、アジア、アフリカの発展途上地域に先進国からの資本が投下され、カジノができていく様は、規制の目を避けて新たな場所を探しているようにも見える。カジノの弊害を巡る議論は、ギャンブル依存や依存が招く貧困について主にされるが、カジノが犯罪組織や不正行為を行う個人にとって安全地帯となること、さらに世界レベルのネットワークを築く危険性についてより憂慮すべきだ。例えば、マカオ経済はカジノや関連施設での収益に依存してきたが、ここ2年程は習近平政権の粛清政策によって、主要な顧客である中国官僚達の足が伸びなくなり、収入は激減した。いかにカジノが彼らの汚職から生まれた「汚い金」に頼って来たかが、浮き彫りにされている。
経済発展のためといえども、本当の意味でカジノで利益を得ているのは誰なのか。地域住民か、カジノ経営者か、国境を超えてやってくるVIP達か、はたまた犯罪組織なのか。マカオのきらびやかな建物の一歩外には、古びた家屋が待っている。

カジノと周辺に広がる家々(マカオ) 写真:doviliux/pixabay
ライター:Miho Kono
グラフィック:Miho Kono
初めて考える視点で、大変興味深く読みました。表面上の議論に留めず、より本質的な問題に目を向ける必要があるのだと分かりました。