2021年6月から2022年6月までの1年間で原油価格が2倍以上になった国がある。ラオスである。この国の原油価格は同様の期間の原油価格の世界平均が約1.5倍に上昇していることと比べてみても、とりわけ高騰しているといえる。他にも食品や衣類、医薬品などの日用品でも軒並み大幅なコスト上昇が起きている。今、ラオス国民は苦難を強いられているのである。この記事では、こうした状況がどのようにして引き起こされたのかを、その背景にある貧困問題や政治問題との関連性と共に見ていきたい。

ラオスのガソリンスタンド(写真:Ilya Plekhanov / Wikimedia [CC BY-SA 3.0])
ラオスの概要
ラオスは東南アジアの内陸に位置し、人口は750万人ほどで、その半数以上を占めるラオという民族のアイデンティティを持っている人とその他約50の民族で構成される多民族国家である。産業構造としては、人口の約7割が農業に従事する一方で、国内総生産(GDP)構成比でみれば約4割を占めるサービス業や近年急速に拡大する水力発電や鉱業が主力と言える。
さらに特筆すべき点として現在の「独裁」と言われる政治体制があるが、そこに至る歴史を簡単に確認しておく。14世紀に最初の統一王朝が築かれ、それ以降は隣国と衝突しながら数々の王国が勃興した。19世紀にはフランスが進出し保護国化されたが、第二次世界大戦後の1953年にはフランス-ラオス条約が結ばれラオス王国として独立を果たした。1970年代には王政廃止の機運が高まっていった。
また冷戦時代にはアメリカとソビエト連邦のイデオロギー対立のあおりを受け、自国内でも右派と左派が闘争した。具体的には、隣国でベトナム戦争がはじまるとラオス本土がアメリカによって大規模な爆撃を受けたり、アメリカ軍が右派に対して軍事的な支援をしたりした。これにはラオス国内での左派である共産党勢力の台頭を抑え込む狙いがあったものと思われる。1975年にはベトナム戦争はアメリカ軍が撤退し終了したが、ラオスでも左派勢力がこの闘争に勝利し、社会主義国としてラオス人民民主共和国が誕生した。これ以降はラオス人民革命党が一党独裁体制を敷いている。
忍び寄る影
本題である経済危機に入る前に、今の危機につながる要素を説明しておく。具体的にはラオスの経済が脆弱であったこと、閉鎖的で抑圧的な政治システムを持っていたことだ。経済の脆弱性については主に3つの要素が挙げられる。貧困問題、対外債務、不発弾だ。
1つ目にラオスでは貧困層の割合が多く経済基盤が脆弱であった。具体的には、エシカルな貧困ライン(※1)とされる1日あたり7.4米ドル以下で暮らす人々の割合を見てみると、2019年時点で約82%であり国民の大半が深刻な貧困状況で暮らしていることがうかがえる。それでも2009年にエシカルな貧困ライン以下で暮らす人々の割合が約93%であったことと比べると、一定の改善はみられる。しかしこれに伴って国内の貧富の格差が拡大しているという深刻な問題も発生している。実際、0から1の数字で格差の度合いを表すジニ係数を見てみると、2012年には0.36であったのが2018年には約0.39に大きくなっている。また実態として、国民の約半数を構成する少数民族の経済・教育レベルが全国平均より低いことも指摘されている。
続いて対外債務問題である。ラオスの政府の抱える対外債務は1980年頃から徐々に増加していき、2000年代半ばから急激に上昇している。特に2013年以降には中国の「一帯一路」政策が始まり、ラオスも鉄道開発に着手し多額の債務を負うこととなった。結果、2013年に約73億米ドルであった対外債務は2020年には約161億米ドルに上っている。2021年にはこういった政府の債務はGDPの約88%にあたるという試算があり、深刻な問題となっていた。なお、対外債務のうち約半分は中国に対する債務となっている。これについて中国が債務の返済が困難となった債務国に対して支配力を持つ「債務の罠」だとする見解も存在するが、そもそもこういった中国の低所得国に対する債権を「債務の罠」とする証拠がないという主張もある。いずれにせよ、現状のラオスでは通常為替介入や対外債務の返済に充てられる資金量を表す外貨準備高では債務を順調に履行するだけの余裕がなく、自国通貨であるキープへの不信感が高まっていたと考えられる。
そして3つ目として不発弾問題がある。1964年から1973年の間にラオスは58万回の空爆をアメリカから受けた。投下された爆弾のうち約3割が不発弾となっており、今でもこれによって被害者が出ている。不発弾は直接的に人に危害を加える可能性があるだけでなく、今日の経済の貧弱化にも影響を与えている。第一に不発弾の除去作業や不発弾によって傷を負った人々の治療に資金が費やされるということがある。2017年の時点で不発弾の除去は全体の2%しか進んでいないという。また、不発弾が埋まる土壌は開発がされにくく、土地開発やインフラ整備が遅れ、結果的に経済の発展を阻害していると言うことができる。例えば農地の37%が不発弾による危険にさらされているというデータもある。実際に、不発弾の存在と貧困には関連性があり、貧困レベルが最も深刻な46の地域のうち42の地域に不発弾が広範囲に存在するという。このように、不発弾問題は国家レベルでの経済の成長阻害要因になるだけでなく、地域レベルでも貧困の要因となりうるのだ。不発弾問題について、詳しくはGNVの記事「ラオス:世界で最も空爆された国」を参照されたい。

ラオスの通貨であるキープの紙幣(写真:Axel Drainville / Flickr [CC BY-NC 2.0])
続いて、政治システムについて述べていく。一言でいうと、ラオスの政治は一党独裁体制で、政治活動、抗議活動、報道の自由は非常に乏しいものである。政治的な活動が抑圧された例としては、1999年にデモ参加者が逮捕され拷問されたり、2012年に活動家が行方不明になる事件が起きたり、2019年には政府批判をした活動家や民主化集会を計画した活動家が拘留されたりしている。また報道の自由に関しては国境なき記者団という団体が毎年発表する「報道の自由度ランキング」で180か国中161位となっている。実際に外国メディアの常駐が許されていなかったり、政府がインターネットの厳しい統制や監視を行っていたりする。
また、このような政治体制下での経済システムについても触れておきたい。1975年の独立後、ソ連に倣った中央集権型の計画経済を進めた。しかし先の紛争の被害から既に国力は疲弊しており、計画経済はとん挫した。その後1986年に新経済メカニズム(NEM)と呼ばれる開放政策が実施され、以降年平均6%前後のGDP成長率を達成してきた。しかしその陰では上に述べたような貧困問題が依然として深刻であり、すべてが順調というわけではなかった。例えばこれまで政府が注力してきたのは水力発電や鉱業といった資本集約型の産業であり、大きな雇用創出には繋がらなかった。
上のような資源を輸出し外貨を稼ぐビジネスのほかにも、農業や教育、ヘルスケアといった部門に投資をしておけば、労働生産性の向上とともにより長期的な利益をもたらした可能性があるが、ラオス政府はそういった基盤を築くことはなかったのである。また、NEMによって経済が自由化された後も大規模な国営企業が数多く存在し、国営にも関わらずそれらの経営体制の貧弱さや横領といった問題から慢性的に損失を出していることも大きな問題である。
また、ラオス政府は経済戦略だけでなく、その内部にも問題を抱えてきた過去がある。政治腐敗だ。ラオスの「腐敗認識指数ランキング」は緩やかな改善傾向が見られるものの、2021年には180か国中128位となっている。実際に、汚職や不透明なネットワークによって政治的エリートに富が集中していることや、2016年以降の約6年間で汚職により約7億6,700万米ドル損害が出ているという報告があり、改善が求められている。

ラオスの首都ビエンチャンの様子(写真:Philip Roeland / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
経済危機の3つの引き金
ここからは、現在ラオスに起きている経済危機について、新型コロナウイルス、世界的な物価高、米金利上昇という3つの要因から見ていく。まず2020年から世界に広がった新型コロナウイルスのパンデミックの影響が甚大であった。上に述べたようにGDPで見れば成長を続けてきたラオスであるが、2020年にはマイナス0.4%を記録した。主な要因として、電気や鉱物、ゴムに支えられていた輸出産業が打撃を受けたこと、国外の出稼ぎ労働者からの送金が減少したことが考えられる。
続いての経済危機の要因は世界的な物価高である。冒頭に述べたように、特に燃料をはじめとして様々なものの値段が著しく高騰している。これには主に3つの理由が挙げられる。まず、新型コロナウイルスの流行によってあらゆる商品のサプライチェーンがひっ迫したことだ。第二に、こうした不況からの回復の兆しが見えていること、その状況下で企業が値上げなどを行い過剰に利益を上げていることだ。第三に2022年2月から続くロシアによるウクライナ侵攻とそれに対する制裁で原油価格が上昇していることだ。特にラオスは輸入品目の上位に石油、自動車があることから、この物価高のあおりをもろに被ったものと思われる。
そして最後に、アメリカの政策金利が上昇し米ドルの相対的価値が上がることでラオスの自国通貨(キープ)の価値が下落していることが経済危機の要因として挙げられる。この背景としては、上記2点のような世界の経済状況を受けてアメリカでもインフレーションが進行しており、その状況を抑制させるためにアメリカの中央銀行である連邦準備理事会(FRB)が利上げを決行したのだった。これによって米ドル需要が高まり相対的にドルの価値が上昇すると同時に、先に述べていたように対外債務を多く抱えていたラオスにとっては債務履行の負担が大きくなったものと考えられる。

ラオスの大型バス(写真:hiroo yamagata / Flickr [CC BY-SA 2.0])
経済危機の影響
ここまで、ラオスの経済的に脆弱にしてきた要因、そして直接的に経済危機を引き起こした要因について述べてきた。ここで改めて、今回の経済危機についてまとめておきたい。大きな問題は急激なインフレーションと債務不履行の危機という2つだ。上に述べてきた背景、要因からラオス国内では急激かつ深刻なインフレーションが発生しており、燃料をはじめとして様々なものの値段が高騰し、民衆は経済的に困難な生活を強いられている。また、そもそも十分な外貨準備高がない状況で世界的な不況、インフレーション、キープ安が重なったことでラオスは債務不履行(デフォルト)の瀬戸際にあるとされ、政府は対応を迫られている。
またこの経済危機による中長期的な影響として、ラオス国内の貧困問題が深刻化する可能性がある。というのも、この危機は特に都市部の低所得層への影響が大きいという見方がある。加えて約20%の農家は燃料の高騰のために畑を耕すための機械を動かせないといった状況がある。これによって、貧富の格差が拡大するだけでなく、貧困層そのものが増加するというこれまでの発展に逆行する現象が起こることさえあり得るだろう。
さらにこうして貧富の格差が広がると、ラオスの政治システム上支障をきたす可能性がある。というのも、ラオスは名目上、社会主義を基に平等で公正な社会を目指す体制にありながらも国内では貧富の格差が拡大しているという矛盾をはらむことになってしまうからだ。すると現在の政治体制に対する不満が募る可能性が大いにある。現にラオスでは伝統的な政治的エリートが存在し、富が集中するという構造がある。また実際に、新型コロナウイルスのパンデミック下における政府の財政的な対応に対して民衆からは不満の声が出ているようである。

ビエンチャンにある大統領公邸(写真:David McKelvey / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
危機からの脱却へ?
最後に現在の危機から脱却する方向性を検討する。まず対外債務の問題については、上でデフォルトの可能性については言及したが、実際には中国にラオスの履行を強く求めているという見解がある。これに関してはラオス政府から債務の再編を求める可能性が考えられるだろう。続いて急激なインフレーションであるが、2022年6月にはラオスの中央銀行が預金準備率及び基準金利の改定を発表している。この金融政策によって自国通貨価値の安定とインフレーションの抑制が図られている。それでも今回のインフレ―ションに対するこういった国内の金融政策の有効性は限定的だと見られている。
長期的に経済そのものを盤石にしていく必要性もある。貧困問題については、政府の農業部門の労働生産性向上や非農業部門での雇用創出などに対する積極的な取り組みが求められると同時に、国内の平均年齢が24.4歳と非常に若いことから、これを強みとしたこれからの発展が期待できる。政治問題に関しては、その体制そのものの転換は困難にしても腐敗の改善や国民の要求に応えていくことが求められているだろう。それでもラオス政府が単独でできることには限りがあると思われる。特に不発弾問題に関しては、爆撃を行った当事国であるアメリカの支援のより一層の強化や各団体の関心と介入を必要としているだろう。また世界的なインフレーションやアメリカの金利引き上げなどの影響は、改善されなければラオスにもしわ寄せは続くことになるだろう。
※1 GNVでは世界銀行が定める極度の貧困ライン(1日1.9米ドル)ではなく、エシカル(倫理的)な貧困ライン(1日7.4米ドル)を採用している。詳しくはGNVの記事「世界の貧困状況をどう読み解くのか?」参照。