地球の生存を脅かしている気候変動。二酸化炭素などの温室効果ガスを大量に排出している自動車が、この現象の大きな原因の1つだとされている。しかし、自動車が現代社会に欠かせない存在となっている以上、使わないわけにはいかない。そこで、化石燃料の消費量が少ないハイブリッド車や、ガソリンを使わない電気自動車(EV)が、その対策として開発されている。例えば、2030年までには世界で1億1,800万台の電気自動車が走るようになると推定されていたり、ヨーロッパでは2040年(もしくは2050年)までにガソリン車の禁止を発表している国まで現れている。
ハイブリッド車や電気自動車と従来の内燃機関で動く自動車を比べれば、走行中の温室効果ガスの排出量は、確かに少ないのかもしれない。しかし、走行中の温室効果ガスの排出量のみを基準に、環境に優しいかどうかを判断しても良いのだろうか?この記事では、電気自動車による環境への負担について探っていきたい。

電気自動車のモーター(写真: A. Aleksandravicius / Shutterstock.com)
ライフサイクルで比較した温室効果ガスの排出量
自動車が環境に与えている負担は、走行中にのみ発生するわけではない。自動車に含まれている鉱物資源などの原料の採掘や製錬、本体やパーツの製造、組み立て、メンテナンス、そして廃車の際の解体、リサイクル作業などの過程においてもエネルギーが必要となり、温室効果ガスも排出される。つまり、自動車のライフサイクル全体の排出量を計算する必要がある。
電気自動車の大部分はバッテリーで構成されており、その製造にかかる原料の採掘や製錬などで大量の温室効果ガスが発生する。車種にもよるが、電気自動車の製造にかかるエネルギーとその過程で排出される温室効果ガスは、従来の内燃機関で動く自動車の倍に上るとされている。しかも、バッテリーの構成は複雑であるため、廃車時の解体やリサイクル作業での過程が、現時点で環境へ与える負担は大きい。
製造の段階では、電気自動車のほうが内燃機関で動く自動車よりも排出量が多く、マイナスからのスタートになるが、走行し始めるとそれが少しずつ逆転していく。つまり、内燃機関で動く自動車は、ガソリンやディーゼルを燃やして走るため、多くの温室効果ガスを排出する。それに対して、電気自動車の場合、充電された状態で走れば排出することはない。とはいえ、多くの電気自動車に書かれている「(走行中)排出ゼロ」は、大きな誤解を与えるものである。充電のためには電力を作り出す必要があり、発電のプロセスによって排出量は大きく変わる。水力・風力・太陽光などの自然エネルギーで作られた電力だと、排出量は低く抑えられるが、石炭などの化石燃料を燃やして作られる電力になると、大きく跳ね上がる。つまり、電気自動車であろうと、発電自体が「きれい」なものでなければ、排出量は多くなる。さらに、充電する時間帯によっても排出量は変わってくる。例えば、夜に充電する場合、太陽光は使えないので化石燃料による可能性が高くなり、当然ながら排出量は増える。

太陽光発電の充電施設(写真: Argonne National Laboratory [CC BY-NC-SA 2.0])
では、発電方法の違いを考慮しつつ、自動車のライフサイクルの視点から、内燃機関で動く自動車と比較した場合、どのような結果になるのだろうか。2013年に発表された研究によると、化石燃料への依存度が高いインド、オーストラリア、中国などの電気自動車の二酸化炭素排出量は、ガソリン車とあまり変わらない。これらの国よりはエネルギーミックス(電源構成)が多様な欧米や日本においても、ガソリンも使うハイブリッド車と同程度の排出量となる。アメリカを中心にみた2016年の研究でも、ハイブリッド車並みの排出量が推測された。
しかし、研究の前提によって、結果は変わってくる。例えば、廃車までの走行距離を長く設定すればするほど、電気自動車の排出量は、内燃機関で動く自動車と比べて少なくなる。欧州連合に関する研究において、廃車までの走行距離を20万キロと設定して計算した場合、発電に使われる化石燃料の割合が高いポーランドでも、ディーゼル車と比べて電気自動車による二酸化炭素の排出量が25%少ないと示された。発電に使われる石炭の割合が圧倒的に多い中国でも、電気自動車の排出量は、内燃機関で動く自動車よりかろうじて少ないという研究がある。
結論として、電気自動車が温室効果ガスを本格的に減らしていくための改善策となるには、社会全体の発電において再生可能エネルギーを大幅に増やしつつ、一台一台の電気自動車をなるべく長持ちさせることが肝心のようだ。
原料関連の環境破壊
しかし、電気自動車による環境への負担は、温室効果ガスの排出だけに止まらない。バッテリーの原料となるレアメタル等の鉱物資源の採掘や製錬は、土、空気、水の汚染やその他の環境破壊を伴う。特に、バッテリーや充電施設に必要なコバルト、ニッケル、リチウム、銅が問題視されている。電気自動車に必要とされる量は、決して微量ではない。一台当たりに必要な銅は90キロ(内燃機関で動く自動車の場合は20キロ)で、コバルトは約8キロとなっている。電気自動車の製造によって見込まれる需要の影響で、コバルトの市場価格は2年間で3倍に跳ね上がっている。

コバルトと銅が採れるコンゴ民主共和国の鉱山(写真: Fairphone [CC BY-NC 2.0])
このような鉱物資源の採掘と製錬は、必然的にある程度の環境破壊を伴うが、採掘・製錬が行われる国によっても、その破壊の度合いは大きく変わる。例えば、世界のコバルトの54%がコンゴ民主共和国(主にカタンガ州にある複数の鉱山)から採掘されており、同じ地域で銅も大量に採れる。鉱業において環境を保護するための規制は、ほぼ皆無といっても過言ではない。大幅な森林伐採が行われ、深刻な川・空気汚染がたびたび報告されている。しかも、同じ鉱山にはウランも含まれており、放射能による汚染も問題視されている。鉱山の周辺や、その近くにあるコンゴ民主共和国で人口が2番目に多いルブンバシ市では、呼吸器系疾患や出生異常等の数が跳ね上がっている。鉱物自体は現地で非常に安く取引されており、労働環境もひどい。鉱山ではマスクなどの保護具なしで働く労働者も多く、さらに児童労働も大きな問題となっている。電気自動車の需要増加に伴い、コバルトや銅の採掘量も急増しており、環境と人間へ与えるダメージは、今後もさらに増加し続けるであろう。
ニッケルの採掘と製錬においても、大規模な環境破壊が発生している。例えば、2016年にロシアのノリリスクで起きた鉱山の事故で、大量の有害物質がダムから流れ出て、川が真っ赤に染まった。また、世界一のニッケル生産量を誇るフィリピンでは、2017年に環境破壊と現地社会への影響を理由に、政府がその生産量の50%(世界の10%)が採掘されている計16の鉱山の閉鎖を命じた。

ノリリスク(ロシア)のニッケル製錬工場(写真: Ninara [CC BY 2.0])
チリ、アルゼンチン、ボリビア等、主に南米で採れるリチウムの採掘・製錬における環境破壊は、コバルトやニッケルに比べてまだ少ないとされているが、決して環境上の問題がないわけではない。製錬には大量の水が必要であり、汚染が発生することもある。また、火災事故も発生しやすいとされている。他の鉱物資源と同じように需要が増えれば増えるほど、環境や現地住民への負担も懸念されている。
改善策へ
電気自動車の開発と普及は、温室効果ガスの削減に向かう大きな第一歩ではある。しかし、バッテリーの充電が、主に化石燃料で作られた電力で行われるとなると、その効果はそれほど大きくない。また、たとえ電力を再生可能なものに切り替えることができたとしても、バッテリーに使用されるレアメタル等の鉱物資源は、再生可能なものではない。埋蔵量には限りがあり、鉱物資源を土から掘り起こし電気自動車の一部にしていく過程において、環境や人間社会に与えるダメージは大きい。
それでは今後どのようにしていけば良いのか?改善策のひとつは技術にある。電気自動車の本体やバッテリーをより軽量化すれば燃費が上がる。鉱物資源の採掘や製錬の負担を減らすためには、バッテリーに含まれる鉱物資源をうまく取り出し、リサイクルをする技術の進歩が必要となる。しかし、現段階でリサイクルにかかるコストは高く、新たな資源を掘り起こしたほうが安く済む。技術を発展させ、そのコストを下げる必要がある。もっとも、バッテリーは電気自動車だけの問題ではない。パソコン、スマホ、カメラなどの電化製品に使われているバッテリーにも同じような鉱物資源が含まれており、それらの資源のリサイクルも急務である。なお、電気自動車のバッテリーは再利用することも可能である。たとえ車を動かすだけの力はなくなったとしても、家庭等で利用できることが指摘されている。

風力発電(写真:HO JJ)
しかしながら、電気自動車における技術の進歩は、あくまでも改善策の一部に過ぎず、もっと包括的に考えていかなければならない。そもそも、自動車の利用自体を減らす必要があるだろう。また、現実的に自動車の利用を前提として考えた場合、環境に対する電気自動車のメリットは、社会全体、世界全体のエネルギーミックスにかかっているといっても過言ではない。再生可能なエネルギーにも鉱物資源が必要である等の別の問題も抱えているが、一刻も早く現在のエネルギーミックスを変えていかなければいけない。また、コバルト、ニッケル、銅などの鉱物資源が、どこで、どのように採掘・製錬されているのかも探り、その改善にも力を入れる必要がある。環境も人の命もかかっている。
目の前で静かに走っている「(走行時)排出ゼロ」と書かれた電気自動車だけを見れば、勘違いをしてもおかしくないが、その実態をみると環境へ与える負担はまだまだ大きい。電気自動車ブームは世界中で巻き起こっているため、世界全体のレベルでそのメリットとコストを直視しなければ、この現実が変わることはない。
ライター:Virgil Hawkins
質問をしてもよろしいでしょうか。
“ 電気自動車の大部分はバッテリーで構成されており、その製造にかかる原料の採掘や製錬などで大量の温室効果ガスが発生する。車種にもよるが、電気自動車の製造にかかるエネルギーとその過程で排出される温室効果ガスは、従来の内燃機関で動く自動車の倍に上るとされている。しかも、バッテリーの構成は複雑であるため、廃車時の解体やリサイクル作業での過程が、現時点で環境へ与える負担は大きい。”
この文章の、“倍に上る“という部分のエビデンスを教えていただけませんか?
ご質問ありがとうございます。
文中につけているリンクはこちら(https://www.weforum.org/agenda/2017/11/battery-batteries-electric-cars-carbon-sustainable-power-energy/)ですが、「倍」ともともと推定しているのはノルウェーの大学から発表された論文です。こちらです:https://onlinelibrary.wiley.com/doi/full/10.1111/j.1530-9290.2012.00532.x。
バッテリーのための鉱物資源の採掘やバッテリーの製造のプロセスに必要よエネルギーが大きく関与しているとのことです。
夜間の充電では発電量に占める水力や原子力(ベースロード電源)の割合が増えるので昼よりは環境負荷が小さいのではないでしょうか?
https://www.kepco.co.jp/sp/energy_supply/energy/nowenergy/future_energy.html