2019年11月、ボリビア左派政権のエボ・モラレス(Evo Morales)大統領がメキシコに亡命した。彼は、10月に行われた大統領選挙において不正を行ったとして抗議デモが発生し辞任に追い込まれ、亡命に至った。しかし、この辞任には右派勢力及び軍が関わっており、軍によるクーデターであるとされている。その後、大統領の亡命を受けて、モラレス政権復活を求めるデモが発生し30人以上が死亡した。

ボリビアのモラレス氏(写真:Samuel Auguste / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
中南米諸国ではボリビア以外の国でも近年政権に対するデモが頻発している。これらの地域では何が起こっているのだろうか。中南米諸国の揺れ動く政権について詳しくみてみよう。
左派政権の到来
まず、中南米諸国の政治的背景から振り返る。歴史的に、中南米諸国では左派政権が誕生しにくい状況が続いた。植民地時代から格差が激しく、地主などの富裕層が権力を握ることが多かった。また、アメリカの影響力が大きく、グアテマラ(1954年)、ブラジル(1964年)、チリ(1973年)などでは社会主義を掲げる左派が政権に就くと、アメリカが関与するクーデターが発生した。そのため1980年代から中南米諸国では主に独裁的な右派政権が続いていた。
しかし、冷戦が終結したことでアメリカによる大々的な介入が減少した。さらに、1990年代に世界銀行と国際通貨基金(IMF)による構造調整プログラム(※1)の失敗の影響もあり、経済危機に陥った国が多発した。例えば、アルゼンチンでは経済が崩壊し、ボリビアでも経済が停滞し貧困の増加が見られた。このように中南米諸国の経済状況が悪化し人々の生活に悪影響を及ぼすようになった。
このような状況下で1999年ベネズエラでは選挙の結果、左派のウゴ・チャベス(Hugo Chavez)氏が大統領となり左派政権が誕生した。経済状況が悪化し貧困状態にある人が増加する中で、チャベス氏は「21世紀の社会主義」と掲げ、社会や経済の改革を行った。石油による収入の増加を背景に、貧困や教育問題に取り組む「使命」という社会計画を進めていった。
2000年代に入ると、ベネズエラに引き続き中南米諸国で次々と左派政権が誕生した。ボリビアでは2006年に左派のモラレス氏が大統領となった。ブラジルでも2002年から左派である労働党が政権の座に就いた。他にも、チリ、ウルグアイ、アルゼンチン、エクアドル、メキシコ、ニカラグアなど2000年代半ばまでに中南米の4分の3にあたる人口が左派政権下で暮らすようになった。チャベス氏が政権を握ったことからはじまった左派政権への動きは「ピンクタイド」と呼ばれ、この現象は中南米全体に広がった。
ピンクタイドの特徴
「ピンクタイド」(※2)とは、このように2000年前後に中南米地域の多くの国において次々に右派政権から左派政権に変わった現象のことを示している。左派政権における政府は、各国で程度の違いはあったもののアメリカやIMF、世界銀行による介入を批判し反ネオリベラリズム(※3)や反帝国主義を掲げた。そして、政策としては格差を減少させ、貧困問題の改善に取り組むことを目指した。また、複数の国の経済では西欧諸国の社会民主主義を掲げ、自由市場経済と福祉国家の両立を目指した。
具体的には、中南米諸国では格差や貧困の減少などを目的に、教育や保健、社会保障制度が整備されるようになった。ブラジルでは左派のルーラ・ダ・シルヴァ(Lula da Silva)大統領が「ボルサ・ファミリア(Bolsa Familia)」という政策を行った。この政策は、富の再分配として貧しい家庭に現金を支給するものであった。子どもを学校に通わせることと定期的に健康診断を受けることが現金支給の条件となっていた。また、「飢餓ゼロ・プログラム(Fome Zero)」という政策で食料を給付し飢餓の減少に努めた。これらの政策によりブラジルでは2007年から2011年の間に人口の44%の人々が極度の貧困状況から抜け出すことができた。このような政策の成功には中南米諸国における経済成長が関係している。石油や鉱物資源の輸出による収入に頼ってきた中南米諸国では、石油や鉱物資源などの市場価格が上昇したことを受けて好景気となった。この好景気を背景に経済が成長した。

2009年の世界経済フォーラムでのルーラ・ダ・シルヴァ氏 (写真:World Economic Forum / Fickr [CC BY-NC-SA 2.0])
また、ボリビアでは左派のモラレス氏が財政赤字を立て直すとともに貧困状況を改善した。主に、市場価格の上昇により炭化水素産業からの利益を得たことが政策の成功につながった。中南米全体でも人口の35%が中間層になり、2000年から2014年の間で貧困率は45%から25%まで下がった。
これらの政権は貧困や格差の減少に加え、性差別の改善や人権保障など権利の保障にも力を入れるようになった。アルゼンチンではクリスティーナ・フェルナンデス・デ・キルチネル(Cristina Elisabet Fernández de Kirchner)大統領が同性婚に関する法律を制定した。これを受けてウルグアイやブラジルでも同性婚を認めるようになった。ブラジルではルーラ氏の後任であるジルマ・ルセフ(Dilma Rousseff)氏が大統領となり人権保障を中心に政策に取り組んだ。そして女性の地位向上にも努め、政治に積極的に女性を登用した。
ピンクタイド衰退の原因
このように左派政権下において様々な改革が行われ、社会保障や貧困の改善など社会状況に大きな変化をもたらした。しかし、2009年にホンジュラスで左派のマヌエル・セラヤ(Manuel Zelaya)氏に代わり右派の大統領が政権を握り始めた。それ以降、中南米の複数の国で次々に右派政権が誕生した。なぜこのように「ピンクタイド」の動きが弱まるようになったのか。詳しくみていこう。
まず、中南米諸国における経済の後退が挙げられる。2008年のリーマンショック以降、世界的に石油や鉱物資源への需要が減少し市場価格が下がっていった。中南米諸国はこの石油や鉱物資源の収入により好景気を作り上げていたため大きな打撃となった。経済成長が止まり、各国の経済状況が悪化した。一方で政府は公的な支出を制限するようになった。経済悪化に伴う影響で人々の生活状況が厳しい状況に置かれるようになり、日々の生活への不満からデモが発生する国も現れた。経済危機の最も極端な例ではあるが、ベネズエラではハイパーインフレションによる経済危機から深刻な人道危機に陥っている。このような状況下で中南米諸国の左派は政権を維持することが難しくなった。

2011年のニカラグアの選挙運動の様子(写真:gaborbasch / Shutterstock.com)
経済のみならず政治家の権力濫用も左派政権の失墜につながった。ボリビアのモラレス氏は大統領任期の上限を撤廃し、政権を握り続けようと試みた。ベネズエラではニコラス・マドゥーロ(Nicolas Maduro)大統領による価格管理政策により多くの企業が倒産し物資の不足が続いた。また、政治家の腐敗問題も続いていた。さらに、マドゥーロ氏を中心に国民議会の権限が弱められた。そして、ベネズエラのみならず、チリやペルー、アルゼンチンなど多数の国で、賄賂などの政治家の汚職問題も明らかになった。例えば、ブラジルでは数多くの政治家を含む大規模な腐敗が見つかり、ルーラ氏も汚職に関与した疑いで2018年の大統領選挙期間中に逮捕され、有罪判決が出ていた。
国内の問題にとどまらず外部からの大きな影響力もあった。アメリカがピンクタイドの政権の弱体化を目指し、直接的または間接的に様々な外交政策を行うようになった。2002年、ベネズエラでは軍部がチャベス政権に対しクーデター未遂事件を起こしたが、この背景にはアメリカが関与していたとされている。また、2004年にハイチで起こったジャン・ベルトラン・アリスティド(Jean-Bertrand Aristide)大統領に対するクーデターにもアメリカが関わっていた。米国は他にも2009年にホンジュラスでも左派のセラヤ政権に対するクーデターに関与したとされている。そして、近年ではベネズエラに対する厳しい経済制裁をかけ、左派のマドゥーロ政権打倒の計画に関与しているようだ。
右派政権の再浮上
こうして2012年以降、アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、ペルーなど多くの国で左派に代わり右派が国を指導する傾向になった。多くの右派政権では左派政権下での不満から経済危機に対応しようと試みていた。しかし、右派政権も様々な問題を抱えている。右派政権下の各国の状況についてみてみよう。

ペルーのオジャンタ・ウマラ(Ollanta Humala)元大統領と大臣(写真:F.A.Alba / Shutterstock.com)
アルゼンチンでは2015年に右派のマウリシオ・マクリ(Mauricio Macri)氏が大統領に就任した。マクリ氏は貧困問題の改善を中心とした経済状況の改善を掲げて当選した。しかし、緊縮財政政策が失敗しスタグフレーション(※4)と失業率の増加につながった。経済状況が危機的な状況に達した。
2018年にコロンビアでは右派のイヴァン・ドゥケ(Ivan Duque)氏が選挙の結果大統領となった。ドゥケ氏は主に税制の改革を行った。しかし、国民から最低賃金や民営化、年金などに関する改革を求める声が増している。また2016年に反政府勢力であるコロンビア革命軍(FARC)との間に結ばれた和平に反対しており、和平プロセルが崩壊の危機にある。
ブラジルでは2019年に極右のジャイール・ボルソナーロ(Jair Bolsonaro)氏が大統領に当選した。財政赤字に対する経済政策として、定年年齢を引き上げ、国の支出の40%を占めていた年金システムの見直しを行った。そして失業率は就任から8カ月で0.7%減少した。ブラジルでは左派政権時に権利の保障が積極的に行われたのに対し、新政権の政策の結果として女性や先住民族に対する差別が悪化した。特にアマゾン地域の先住民に対して人権侵害が繰り返され、先住民の土地での開発が進められている。このアマゾン地域での政策により外国からの投資も減少している。そして、左派政権と同様に腐敗問題は続いている。

チリのセバスティアン・ピニェラ(Sebastián Piñera)大統領(左)とブラジルのボルソナーロ大統領(右)(写真:Palácio do Planalto / Flickr [CC BY 2.0])
揺れ動く政治体制
ピンクタイドの時代に比べて右派政権が増えたことは事実であるが、右派政権に対する大規模なデモが発生したり、左派が再び政権をとるようになった国も出てきた。
チリでは、右派政権の下で公共サービスの値上げや補助金を削減するといった経済政策が労働者や中間層に大きな打撃を与えた。そして、2019年にはネオリベラリズム経済、先住民に対する差別や格差の拡大といった社会の不平等に対し、大規模なデモが発生した。このデモでは100万人以上が参加し、少なくとも20人が亡くなり約1,600人が負傷している。同様にエクアドルでも補助金の支給中止に関する大規模なデモが発生している。さらに、冒頭で述べたボリビア、コロンビアやハイチなどでも政権に対するデモが発生している。

ボリビアでのモラレス氏支持派によるデモの様子(写真:Zlatica Hoke / Wikimedia Commons [public domain])
2019年アルゼンチンでは経済危機を受けて、左派のアルベルト・フェルナンデス(Alberto Fernández)氏が大統領となり、左派政権が復活した。メキシコでも左派が大統領に選ばれた。ウルグアイでは右派政権が誕生することなく左派政権が続いている。
また、極右政権であるブラジルでも2019年に大きな動きがあった。ピンクタイド時代に大統領として貧困などの解決に取り組み、その後汚職問題で逮捕されていた左派のルーラ・ダ・シルヴァ氏が保釈 された。この汚職事件は作り上げられたものであると裁判所に認められ保釈が決定した。2018年の大統領選挙においてルーラ氏は圧倒的な有力候補となっていたが、選挙期間中の逮捕を受けてボルソナーロ氏が大統領となった。ルーラ氏の逮捕には政治的な目的で作りあげられていたとみられている。そのためブラジルの政権も揺らぐ可能性は否定できない。
このように時代を追って各国の状況を見ると、2000年代に「ピンクタイド」現象が表れたのちに徐々に弱まっていったことはわかるが、完全に終了したとは言うことができない。国内のみならず外部の影響もあり中南米諸国の政権は揺れ動いている状況であるのだ。2000年代には左派政権の政策によって貧困や格差が改善したが、依然として貧困問題は残っている。さらに、右派であれ左派であれ政治家の腐敗問題は続いている。また、どの政権であっても経済は鉱物資源採掘や消費ブームのもと成り立っており、その影響で環境も大きく破壊され、保護されているはずの先住民や鉱山採掘が行われている地域に住む人々に被害が及んでいる。政権に対する不満からデモも多発している。このような状況を改善するためには、右派であっても左派であっても、持続可能な経済状況を維持し、社会保障の充実や貧困の改善を中心に国民が納得できる自立的な政治体制を構築することが求められる。
※1 構造調整プログラム:債務問題の解決など低所得国の経済構造を改革するために、政策などを変更し政府による介入を減らし市場の自由化を図ることで、経済成長につなげる計画。
※2 ピンクタイド:もともと共産主義が広がるという意味である赤潮(レッドタイド)という現象があった。それに対し、中南米で発生した左派政権への移行は共産主義までには達しない程度に社会主義的な政権が誕生したことから、少し共産主義の度合いが低いという意味で、赤色より色の薄いピンクを使ってピンクタイドと言われている。
※3 ネオリベラリズム(新自由主義):政府の市場への介入を減らし、規制緩和を行い、市場の自由競争の結果を重んじる経済政策の立場。
※4 スタグフレーション(stagflation):不況(stagnation)と物価の上昇(inflation)が同時に発生する現象。
ライター:Saki Takeuchi
グラフィック:Saki Takeuchi
他の地域に比べ、各国の政権を左派が握る時期と右派が握る時期とが地域内で重なるのが面白いなと思いました。
その背景には経済状況や主にアメリカの介入などがあるからかもしれませんが。
汚職問題が明らかになる時期はここまで重なるものなのだろうかと疑問を感じましたが、一つの国で明らかになると芋づる式に出てくるような感じだったのでしょうか。
右派、左派どちらが良いという問題ではありませんが、人権の保護や社会格差を小さくすることに取り組む姿勢を見せる左派が政権には適しているのではないかと考えてしまいます。