1960年代より武力紛争が続いてきたコロンビア。そんな中、2023年6月に人民解放軍(ELN)という武装組織と政府が停戦合意に至ったという。成し遂げたのは2022年8月7日より就任したグスタボ・フランシスコ・ペトロ・ウレゴ大統領(以下ペトロ氏)。紛争問題解決の試みのほかにも、そもそも紛争の原因のひとつになっている貧困・格差を是正するため、いくつかの改革法案を議会に提出したり、熱帯雨林の破壊などにみられる深刻な環境問題にも向き合い、改善策をとなえている。このようにペトロ政権が着任早々から試みている大胆な改革は多数ある。それぞれがどんな改革で、またその見通しはどうなっているのかについてみていく。

就任式時のペトロ大統領(写真:Raul Ruiz-Paredes / Flickr [CC BY-SA 2.0])
コロンビアの抱える問題とその背景
まず、コロンビア内の不和についてその歴史的な背景を追う。現在のコロンビアの領土では、複数の民族グループが農耕を中心に、他の集落との交易も行いながら暮らしていた。しかし16世紀にスペインによる植民地支配が始まると、この地域はスペインによる恣意的な影響を大きく受けるようになる。その広大で肥沃な土地ではプランテーションが作られ、輸出用の砂糖やタバコが生産されるようになる。その生産の背景には、先住民が住んでいた土地で彼らを強制労働させる制度(エンコミエンダ制)など入植者による支配的な農地所有が主流となったことがある。スペイン政府から派遣され土地の管理を担った執政官は、入植者が献上する富と引き換えにこれを許した。
1810年にコロンビアはスペインから独立したが、今度はアメリカの影響を強く受け始める。独立当時現パナマと現ベネズエラもコロンビアの一部となっていたが、1830年に内部分裂によってベネズエラが分離したことを始めに、その領土は縮小していった。1903年にはパナマがコロンビアから独立したが、この背景にはパナマ運河の開発利益に着目したアメリカの存在があった。また、果物を扱うアメリカ系企業によるコロンビアでのプランテーション建設もはじまり、そこでは現地の労働者が、低賃金で長時間働かせられるといった過酷な労働環境に置かれた。土地の所有のみならず労働条件にも現れた格差と、それに伴う貧困や搾取に耐えかねた人々は、1928年にアメリカ系企業が運営するバナナのプランテーションでストライキを起こした。しかし、アメリカの圧力もあり、企業側の利益を優先したコロンビア軍がストライキ中に集会を行っていた人々に向けて発砲し、多くの死傷者がでた。バナナプランテーションで起こったこの出来事は、のちに「バナナ虐殺」と呼ばれるようになった。
その後も、少数の経済的エリートと農民の間の土地の不平等や、それに起因する貧困・格差は改善されなかった。特にこの問題が深刻だった農村部では、この不平等に立ち向かい農民を守るために農業共同体が作られるなどしたが、1950年代のキューバ革命の影響を受け、さらなる土地の権利を求めるようになった農民や労働者によって1964年にコロンビア革命軍(FARC)が創設された。しかし、これを脅威と見なした国家や大土地所有者は解散させようと軍隊の派遣を決め、抵抗した彼らとの間で武力紛争が始まる。ELNもまた、不平等な土地や資源の分配への抵抗を目的に、1964年に創設された武装組織で、大土地所有者やインフラ企業などに攻撃を行っていた。政府軍と武装組織の戦いが続く中、政府軍側につく民兵は複数出没し、多くの死傷者が出た。
さらに1980年代から深刻化した麻薬問題もこの紛争を激化させた。政府の監視が行き届かない土地でコカインの違法生産をおこなう巨大な麻薬組織が生まれ、FARCやELNだけでなく、政府側の民兵などとも協力した。コカインは、需要があり高値で売れる欧米諸国を中心に密輸され、麻薬組織や武装組織に莫大な利益をもたらした。麻薬組織を撲滅することを名目に、アメリカがコロンビア政府に対して多くの軍事支援を提供してきた。
そんな中、2010年に着任したフアン・マヌエル・サントス元大統領は紛争解決を目指し、FARCと2012年に和平交渉を開始した。2016年に和平合意に至るが、その内容がFARCに譲歩しすぎだという指摘から国内で反対運動が広がり、一旦否決となった。その後修正会議を経て和平合意が正式に発効され、和平に向け大きく前進した。しかしFARC内の一部メンバーはこれに反対して離反、その後新たにFARCエスタド・マヨール・セントラル派(EMC)などの分離組織も残ることとなった。また合意内容には、土地をもたない農民に使用されていない農地を引き渡すという農地改革が含まれていたが、その後あまり進んでいないという問題が残っている。合意に基づきFARCが武装解除した元支配地で、新たに麻薬系犯罪組織が勢力を拡大しているという現状もある。
政府はELNとも2017年10月1日から2018年1月9日までの相互一時停戦に至った。しかし、紛争の政治的解決を求める一方でELNによる停戦以降の武力行為は続き、2019年1月には政府側が和平交渉を停止した。

コロンビア北部にあるメデリンの町並み(写真:Luis Perez / Wikimedia Commons [CC BY-SA2.0])
現在も各地で紛争が続くコロンビアの経済状況についてみていく。世界銀行によると、1日7.5米ドル以下で暮らすコロンビア国内の貧困層は、2021年時点で43.4%となっている(※1)。土地所有における格差は、21世紀に入っても農地の半分を1%の大地主が所有したという、少数が大規模な土地を支配する構図から改善されていない。長く続いた保守的な右派政権が、地主などの経済的エリートや進出するアメリカの経済的エリートを優遇してきた過去が、今も深刻な影響を及ぼしている。右派政権と彼らは資金面での癒着もあり、汚職など政治腐敗が続いた。
1980年代から盛んになった石炭および石油産業も、コロンビアの経済に深く関わっている。特に輸出のうち49.1%を占める石油には経済的に大きく依存している。石炭の産出も豊富で、石油に次ぐ輸出品目となっている。2010年の着任からサントス元大統領は外資を呼び込んで探鉱・開発の活性化をめざし、2018年に着任したイバン・ドゥケ元大統領も石油・ガス産業の推進を掲げ、生産量の引き上げを行うなど、これまで政府は事業を支持してきた。しかし石油・石炭産業の発展の裏では森林破壊が進んでおり、1990年から2015年の25年間にかけて約600万ヘクタールの森林が失われた。またコロンビアは豊かな生物多様性をほこるが、森林の減少によりその生態系が脅かされている。
ペトロ政権の登場
これまでみてきたとおりコロンビアは長らく右派政権が連続し、その治世では少数の支配層が土地や資源の大部分を握るという不平等・格差が是正されなかった。これに対する人々の不満が増していくなか、2022年の選挙で注目されたのが左派のペトロ氏だった。
ペトロ氏は彼自身が過去に左翼ゲリラの4月19日運動(M19)という組織に属していたという過去がある。M19とは学者や医者などの知識層が創設し、主に都市部で活動していた組織だ。彼は構成員として1985年軍に捕まるがのちに釈放され、1990年にM19が武装解除して左翼政党を結成する道を開いた和平交渉にも参加した。彼の政治家としてのキャリアはここからはじまり、国会議員や首都ボゴタの市長を務め、大統領選挙への出馬を繰り返した。ペトロ氏の反対派である少数の支配階級層は、彼が掲げる大胆な社会改革に難色を示し、長年当選に至らなかった。
2022年、再度大統領選に臨んだペトロ氏は、やはり一部の強い抵抗と戦うことになった。しかし彼が紛争解決に向け包括的な和平をめざす政策や、紛争の背景にあった格差・貧困の是正といった社会改革に挑む政策を示したことが、有権者の期待につながった。この結果、彼は2022年6月に当選した。同年8月の着任後改革に着手するためには、彼の所属する歴史同盟連合(The Historic Pact coalition)の議席が過半数に満たないという障害があった。彼は中道派や保守派の政党と接触し、連立政権を組んだ。
また、彼の考えるもうひとつの計画には、石油・石炭の削減方針という、国内の森林減少と世界的な気候変動という内外の環境問題に取り組む政策がある。以下でこれらの政策を紹介する。
「全面平和」に向けて
ペトロ氏は紛争を終結させ、国内の平和を実現するという主旨の「全面平和」計画(※2)をうちだしていた。国内で活動を続ける武装組織と積極的に対談の場を設けようとしている。この動きは、冒頭で述べたようにELNとの停戦合意につながった。2022年11月に交渉の初回の場が設けられてから、双方の意見の食い違いによる緊張状態に陥りつつも協議が重ねられた結果、両者の間で6ヶ月の停戦協定が結ばれた。政府は他にEMCなど、他の武装勢力との和平交渉についても積極的に取り組んでおり、2023年2月にEMCを含め4つの武装組織と非公式の停戦に達したとも述べている。

密輸されるコカイン(写真:Coast Guard News / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
紛争と密接に関連してきた麻薬問題についても対策を講じ始めている。これまでコロンビア政府は、アメリカの軍事支援を受け、軍を通じて麻薬組織と対抗してきた。しかし、コカインの主成分であるコカの栽培面積は、2021年には43%増加しているように、武力を用いた規制では効果がみられなかった。そこでペトロ大統領は、武力統制の代わりに、農民を違法なコカ栽培から持続可能で合法的な農作物へと移す計画を立てており、すでに土地の拡充を進めている。しかし、コカ以上に収益のある作物は現状存在しないため、達成できるかどうかは不透明である。また、ペトロ氏は最終的にコカやコカインの生産や貿易の合法化を目標としている。政府がコカイン市場を統制することで違法取引をなくし、麻薬の収益性を下げることが狙いだ。
武力紛争のみならず、外交においても進展がみられている。そこまで関係が良好でなかった隣国ベネズエラとの国交回復もペトロ大統領就任からの大きな動きだ。コロンビアとベネズエラ両方で活動するELNに対し、ベネズエラ政府はコロンビア政府が和平交渉を提案することに協力した。これはELNとの第1回の交渉の場がベネズエラに設けられるなど紛争解決の一つの足掛かりにもなった。反対にベネズエラの現政権を認めていないアメリカとの関係が緊張する恐れがあった。しかし2023年4月にペトロ大統領がアメリカを訪問した際は、アメリカ大統領とは前向きに話が進み、両者の意見に大きな相違はみられなかった。
貧困と格差の緩和に向けて
ペトロ政権は紛争の根源ともなっているこの問題に対し、富・資源の再分配や国民の貧困軽減、最低限の生活の保障などを通じたさまざまなアプローチを試みている。ここでは税制、労働、年金、健康の分野で行われた改革・法案を追う。
1つめは税制改革である。選挙中から示していた高所得者層への増税のほか、主に石炭・石油などの採取産業へ、特別利益に対する超過利潤税を課すことを取り決めた法案が、ペトロ氏の就任からわずか2か月半の時点で可決された。この成功にはペトロ氏が議会の過半数を占める連立政権を誕生させたという背景が大きい。これにより税収は増え、財政赤字も改善の兆しが見えている。
2つめは労働条件の改善である。労働時間を短縮し、残業代を引き上げる法案を2023年5月に議会に提出した。この改革を通じて労働者に対する搾取を無くし、公正・公平な労働条件を整えることを目指している。批評家はこの措置が雇用創出の妨げになると述べているが、政権は貧困軽減や人々の生活の安定にもつながるとして、この改革を進めていきたい考えだ。

コロンビアのコーヒー農園で働く人(写真:CIAT / Wikimedia Commons [CC BY-SA 2.0])
3つめは年金改革である。政府は国民の4人に1人だけが年金を受け取る条件を満たしていると述べている。そこで、もっと多くの人に年金を受け取る機会を用意できるよう、年金制度自体を拡大させる法案を2023年5月に議会に提出した。政府の資金調達に影響するという懸念もあるが、ペトロ大統領は国家が国民の権利を保障するという関係を確立したいとしている。
4つめは医療体制の改善である。これは、全国的に医療へのアクセスを増やすと同時に、医療サービスを提供する施設に資金を提供し、医療従事者の給与を引き上げることを目的としたものだ。また、政府は民間医療団体(EPS)という既存の医療ネットワークを廃止し、代わりに市や州の職員にその役割を担わせることを考えていた。EPSとは民間の医療保険提供団体で、加入している人々に医療へのアクセスを提供し、医療費を一部負担している。しかし近年その財政が悪化し、人々への医療提供や医療機関に対する支払いが滞っていることが問題になっていた。ところが、EPSの担っていた役割を政府機関が負うことで医療が政治化され、腐敗が進むと批判された。ペトロ政権はEPSの排除を撤回したが、医療機関への支払いの一元化など、一部の機能を制限する規定内容を示している。この改革から、連立を組んでいた政党の離反がみられるようになった。
グリーン経済への移行
国の経済の支柱とも言える石炭・石油の採掘が、コロンビア国内の森林破壊だけでなく、世界の二酸化炭素排出量増加や気候変動問題の原因であるとし、ペトロ大統領はこれらを削減したい考えだ。この一環として政府は化石燃料の探査の許可を新たに発行しないことを表明した。すでに承認された探査については終了するまでを期限としている。現状、2022年末には増加していた原油生産量が2023年に入ってから減少したり、いくつかの炭鉱が閉鎖するなどの動きがみられている。

コロンビアの炭鉱現場の様子(写真:Hour.Poing / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
この大胆な改革に対し、「経済的自殺」に等しいという指摘がある。石炭・石炭が主な輸出品目であるため、削減すれば経済状況にダメージを与えることが必至だからだ。政府は農業と観光の推進で補うことや段階的な削減をすることを前提にしているが、見通しが不明確であるため投資が減少した。
一方で、国内の電力供給という面から見ると、化石燃料を用いる火力発電の割合は少なく、国内の電力供給は水力発電が64.9%を占めているため、前述の問題に比べるとこの目標は達成しやすいといえる。他の再生可能エネルギーの開発や風力及び太陽光発電のシェア増加により補完が進められている状況だ。
今後の展望
この記事でみてきたように、コロンビア国内の改革は進んでいるように見える。だが道のりは必ずしも楽ではない。政治的腐敗のスキャンダルがあり、ペトロ氏の支持率は政権発足時は48%だったが、その9ヶ月後の時点では30%と、これまでの右派政権が記録した支持率よりも数パーセント低い結果が出ている。また、連立を組んでいた政党が健康改革を推進していた時期から、方向性が一致せず離心していっている。
ペトロ大統領が改革を進めようと急ぐほど、周囲と乖離してしまうなど新たな問題を生んでしまっているものの、発足から約1年でここまで改革を進めたペトロ政権は今後も注目に値するのではないだろうか。
※1 GNVでは世界銀行が定める2021年現在の極度の貧困ライン(1日1.9米ドル)ではなく、エシカル(倫理的)な貧困ライン(1日7.4米ドル)を採用している。ここではデータの都合上7.4ではなく7.5を使用している。詳しくはGNVの記事「世界の貧困状況をどう読み解くのか?」参照。
※2 FARCとの和平合意内容にもある本質的な農地改革の実施、ELNとの和平交渉再開、FARC分離組織との和平合意の実施、国の少数エリートとの積極的な対話、平和に関する教育への投資という5つの支柱からなる平和計画。
ライター:Kanon Arai
グラフィック:Misaki Nakayama
潜んだ世界の10大ニュースでペトロ大統領について一部取り上げられていましたが、今回詳しく知れてよかったです。
これまでの歴史から継承されてきたことから脱却するためには、相当な決断力と行動力を要することが、この記事から理解できました。
ペトロ政権下で、税制改革や労働環境の改善などの改革がなされたようですが、これは、トップのすぐ下にいる官僚たちの協力もなければできないことだと思います。その点でも、昔から何か大きな変化はあったのでしょうか?
薬物って、なんでこんなに高く売れてしまうんでしょうかね、、、。
モノカルチャー経済ってよく言いますけど、稼ぎ口を複数確保しておくことって、国家の維持にとても重要な様さなんだなあと思いました。
左派政権というと独裁に突き進んでいくことが多いイメージでしたが、実現可能性は別として国の根本的な問題を解決しようと取り組んでおり、イメージが変わった。また、左派とアメリカは仲が悪いイメージでしたが、うまくやっていけている?のが意外でした。
ペトロの改革が成功したら、中米の希望になれそう。アメリカに洗脳されずに頑張って欲しい