2019年3月、アメリカのドナルド・トランプ大統領がツイッターでメキシコとの国境封鎖を示唆した。メキシコからの不法移民の侵入を防ぐためであるそうだ。貿易が盛んなアメリカとメキシコの間の国境が封鎖されると、人の移動ができなくなるのはもちろんだが、影響はそれだけではない。そこでまず注目されたのはアボカドの輸入だ。国境封鎖によって3週間以内にアメリカ国内でアボカド不足に陥ると危惧された。実際に国境封鎖は行われなかったが、それほどアメリカがメキシコにアボカドの生産を頼っていることがわかる。アメリカだけでなく、アジアやヨーロッパの国々もメキシコに頼っている。メキシコはアボカドの生産量が世界一で、世界の生産量のおよそ34%を占めている。
しかし、メキシコのアボカド産業にとって脅威となっているものはアメリカの国境封鎖政策にとどまらない。メキシコでは麻薬密輸集団(※1)の影響で治安が悪化している。そして、この集団がメキシコのアボカド産業にも大きな悪影響を及ぼしているようだ。

ハス・アボカド (写真:sandid / Pixabay)
アボカド輸出量世界一のメキシコ
世界ではアボカドの需要が急速に伸びている。世界全体におけるアボカド生産量は2016年に546万トンに達したが、今後も増え続け2020年には642万トンに達すると予想されている。アボカドの輸入量が世界一のアメリカでは一人あたり年間平均消費量が約3㎏に達している。また、ヨーロッパでも輸入量が過去10年で150%も増加している。
こうしたアボカドの需要の増加の一因にはアボカドの健康面への良い影響も含まれる。アボカドは、ビタミンCやカリウムなどを含む20ものビタミンやミネラルといった栄養素を豊富に含んでいる。また、コレステロール値を下げるなどの効果も見られ、病気の予防にも効果があるとされている。そのため健康面を意識する人々の間でもアボカドは人気となっている。最近ではインスタグラムなどのSNSでアボカドトーストが人気になっている。
そこでアボカドの生産量、輸出量、消費量すべて世界一位である国、メキシコのアボカド産業について詳しく見てみよう。
メキシコのアボカドの輸出量は世界の約45%を占め、アメリカに輸入されるアボカドの約80%はメキシコ産である。そして、メキシコから輸出される約90%のアボカドがミチョアカン州で生産されている。アボカドの栽培にはオレンジの栽培に必要な水の約4倍の量が必要となる。そのため一定の雨量と肥沃な土壌に恵まれたミチョアカン州はアボカドの栽培に適した土地であり、アボカド生産の中心地となっている。
現在ではメキシコの農業収入の60%をアボカドが占めており、アボカドはメキシコの経済にとても重要な生産物である。
アボカド産業に入り込む麻薬密輸集団
ところが、メキシコ国内の治安が悪化し、政治腐敗や麻薬密輸集団の力が増したことで、売上げが伸びているアボカド産業に麻薬密輸集団が入り込むようになりアボカド産業全体に大打撃を与えている。詳しく見てみよう。
メキシコはコロンビアやペルーなどの南米の国のコカインをアメリカへ密輸する際の中継地点となっており、この密輸を複数のメキシコの麻薬密輸集団が行っている。さらに人身売買や強奪といった犯罪も行っているようだ。メキシコ国内で麻薬密輸集団は互いに麻薬貿易のルートをめぐって争ってきた。加えて政府と麻薬密輸集団の間でも戦いが発生した。2006年にフェリペ・カルデロ元大統領がこの状況を「犯罪」ではなく「戦争」であると捉えるようになり、麻薬密輸集団に対して軍事的な対策をとり始めた。それにより国内で2006年から2018年の間に約15万人もの人が犠牲になった。2006年以降のメキシコ国内のこの状況は「麻薬戦争」と呼ばれている。

メキシコ軍の特殊部隊 (写真:Ejército Argentino / Wikimedia Commons)
この当時メキシコ国内では政府や軍隊が腐敗していた。政府は国民からの信頼を失い国の領域を統治することができない一方で、麻薬密輸集団が国の大部分に影響を及ぼすようになった。この結果、麻薬密輸集団が地域政府とつながりをもつようになり様々な地域に入り込んだ。麻薬貿易の地盤を固めるために脅迫や賄賂といった手段を用いて地域の警察や政府に影響を与えた。そしてさらなる収入源を求めて地元産業に介入し始め、とても儲かるアボカド産業に目を付けるようになった。
特にミチョアカン州でアボカド産業に関わったのは「テンプル騎士団(Caballeros Templarios)」という麻薬密輸集団であった。農業大臣が所有するアボカド農家に関する情報を手に入れて各農家の収入などを知り、アボカド農家や包装、貿易会社などアボカド産業全般にわたり「税金」として資金を要求するようになった。税金を払えなければ身代金をもとめて誘拐を行ったり、殺害した。こうして年間1億5千ドルを手に入れていった。

メキシコのアボカド工場の様子 (写真:Pan American Health Organization PHAO / Flickr [CC BY-NC 2.0])
農家は麻薬密輸集団にお金を払うためにアボカドの値上げを余儀なくされた。地域政府も麻薬密輸集団の活動を抑止することができなかった。さらに麻薬密輸集団は地域の警察にも影響を及ぼし、地域住民に脅迫や殺害を行ったため住んでいた地域から逃亡する住民も多く発生した。その結果ミチョアカン州で2006年から2015年の間に8,258人もの人が殺害されるなど犯罪も増加し、ミチョアカン州の治安は悪化した。
「アボカド警察」
ミチョアカン州では腐敗した政府や警察にかわり麻薬密輸集団に対抗するために、自衛を始める農家や住民の団体が現れるようになった。
先ほども述べたように、ミチョアカン州はメキシコのアボカド生産の中心地であるが、その州のなかでも特にタンシタロ市は1日に100万ドル分以上のアボカドを輸出している。2013年、有力な警察がいなかったこの地域で自衛を行おうと考えた地域住民は、麻薬密輸集団を追い出すために自警団を作った。搾取の対象であったアボカド農家もこれらの自警団に資金を提供し協力した。
最初に活動していた自警団(Autodefensas)は主に麻薬密輸集団などから自身を守る集団で攻撃力を備えていなかった。そのため軍備を備え十分に訓練された新しい組織の創設が求められた。そこで当時大きな力を持っていたアボカド協会がミチョアカン州のアボカドを守るためにCUSEPT(タンシタロ公共安全集団)を作り訓練を行った。
CUSEPTは、アボカド農家などの一般の地域市民から軍備を備えた自警団を組織しようとしていた。そのため麻薬密輸集団の関係者ではないと信頼できるように、CUSEPTの一員になるためにはタンシタロ出身かタンシタロに十年以上住んでいる人という条件もついていた。また、CUSEPTは防弾服を身にまとい、ライフルや銃を常備して武装し、十分に訓練も受けていた。メキシコでは武装することが法律で禁じられているが、CUSEPTはアメリカから密輸された銃を使っている。麻薬密輸集団の持つ銃もアメリカから密輸されたものである。さらに、麻薬密輸集団の侵入を防ぐために町の入り口などには頑丈な検問所を設け、同時に防弾仕様のトラックでパトロールも行っている。のちに国の公式な警察の協力も得ることができるようになった。
こうしたCUSEPTなどの活動により麻薬密輸集団の力が弱まり麻薬密輸集団による脅迫や殺害も減少した。麻薬密輸集団にのっとられていたアボカド農家も搾取におびえることなく栽培を再開することができるようになった。
アボカド産業の将来
タンシタロのように麻薬密輸集団を追い出すことに成功した町もある。しかし、麻薬密輸集団は国内にたくさん存在しており、現在もアボカド産業が狙われている地域も他にある。実際にミチョアカン州では「テンプル騎士団」は衰退したが、近隣の州からきた「新世代(Nueva Generacion)」という麻薬密輸集団の力が増している。
また、実際には多くの場合は政府・知事・市長といった権力によってその地域が統制されているが、腐敗やえこひいきで秩序が乱される可能性は否定できない。犯罪が減少した地域でも「戦争」時と同じ権力構造を保っているところも多い。タンシタロ市のアボカド警察も法による支配がないため、政治や社会システムの構築ができるわけではない。アボカド警察はアボカド産業を守ることが目的であり、市民や町全体の安全や福祉のための組織ではないからである。

(写真:Pxhere)
アボカドに関わる問題は麻薬密輸集団に関るものに限られない。アボカド生産による農地開拓で森林破壊が進み、栽培に際して大量に水を使うことで水不足を引き起こしている。森林破壊や水不足は国内にとどまらず周辺国にまで広がっている。さらに、不公平な価格設定や低賃金で貧困に苦しむ農民や労働者も多数発生している。その一方で腐敗した政府と低賃金で労働者の搾取を行うプランテーションからお金を取り上げ、貧しい地域に学校や病院を建てる資金を提供している麻薬密輸集団もいる。そのためこうした麻薬密輸集団が市民の人気をある程度得ている地域もあるのだ。
健康面でも近年ますます人気になっているアボカドであるが、その主な生産国となっているメキシコ国内は麻薬密輸集団の影響でアボカド産業全体が危機に直面している。アボカドの人気が増し、需要がさらに高まることでアボカド産業全体により利益が増えるようになる。一方で、アボカド産業は一層麻薬密輸集団に狙われるようになり、麻薬密輸集団との争いから一般市民も犠牲になるという事態が発生する。さらにアボカド産業全体を守っている自警団などの警備コストが増し、加えて麻薬密輸集団に「税金」としてさらに資金を要求されることで、アボカドの値上げは避けられないものとなる。このようにメキシコから遠く離れた国であっても消費者はメキシコ国内の問題に少なからず影響を与え、そして影響を受けているのだ。
また、アボカド産業の脅威となっているこうした集団は麻薬貿易が主な収入源となって活動している。アボカド産業から麻薬密輸集団を取り除くのため、そして治安回復のためには麻薬密輸集団を取り締まり解体させることが重要になる。そのためにメキシコの政府や警察が正常な機能を取り戻すことが必要である。さらに、メキシコ国内の問題は世界の麻薬問題と深く関わっている。麻薬の消費者が欧米やアジアに存在し、それらの地域からの需要がある以上、国際的な麻薬貿易や麻薬密輸集団の活動は止まることはないだろう。メキシコ国内にとどまらず諸外国にも責任があり、世界規模の対策が必要となるだろう。

ミチョアカン州のパツクアロ市にある教会 (写真:Ricardo Villar / Flickr [CC BY-NC 2.0])
(※1)一般には「麻薬カルテル」と呼ばれている。しかし、カルテルとは業界が協力して価格設定を行うことで市場を独占する状況を指す。メキシコを含む中南米の麻薬問題はこのような構造にないため「カルテル」という言葉を用いることはふさわしくないとされる
ライター:Saki Takeuchi
グラフィック:Saki Takeuchi
アボカド大好きでよく買っていました。スーパーで売ってるアボカドほとんどメキシコだったなと思い出しました。麻薬の密輸とアボカドが関わっているとは思いもよりませんでした。脅迫されお金を取られるだけならまだしも、そこからは殺人にも及んでいるとは驚きでした。
アボガドほぼ毎日食べてるので問題を身近に感じました。
アボカドだけでなく、他のフルーツなどでもこのような問題は多々あるような感じがします。
アボカドや麻薬の需要が本件の遠因になっており、改めて世界が繋がっていると感じた。
アボカド問題に限らず、世界の問題はその一国だけでは解決できない場合がほとんどである一方、世界規模での対策は難しく頭が痛い。
アボカドがめっちゃ好きなんですが、私のような人の需要で森林破壊や水不足という問題を発生させることが嫌です。
国内が腐敗している中で国際社会での産業保護や麻薬流通対策する方法は何かあるのでしょうか?
介入していくのも難しいのではないかと感じました