2017年2月、パナマの法律事務所「モサック・フォンセカ」の経営者ユルゲン・モサックとラモン・フォンセカが、ブラジルの汚職問題に絡んだマネーロンダリング容疑で逮捕された。この法律事務所は、2016年4月に国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)により世界に公開された「パナマ文書」で問題になった当事者である。パナマ文書の公開直後は世界中で話題となり、アイスランド首相の辞任やロシアのプーチン大統領に対する疑惑など各国で様々な動きが見られた。しかし一年が経過した現在では、その進展は少なくなっており、この法律事務所トップ二人の逮捕はパナマ文書問題に関する久々の大きなニュースである。
パナマ文書について今一度説明すると、モサック・フォンセカ法律事務所で作成された、タックスヘイブンを利用した金融取引に関する2.6テラバイトに及ぶ膨大な量の機密文書である。誤解されることがあるが、タックスヘイブンは税金逃れを指す言葉ではなく、税率が著しく低い、もしくはゼロの地域や国そのものを指す。この地域では、低税率であるとともに、そこで取引を行う企業・個人の匿名性や秘密が法律で固く守られている。世界のタックスヘイブンにはイギリスの海外領土が多く、現在、世界のトップ5のタックスヘイブンはバミューダ、ケイマン諸島、オランダ、スイス、シンガポールだとされている。
この文書が公開された当時、パナマ政府は「パナマ文書」というネーミングを批判した。パナマやパナマ政府よりもあくまでモサック・フォンセカ法律事務所とその客の問題であるという主張である。事実、不正な目的で世界中からの企業・個人の関与は確認された。しかし、タックスヘイブンとなっているパナマは国家政策である税制システムや金融秘密主義システムに則って構築されており、パナマ政府はタックスヘイブンを促す立場にある。さらに、フォンセカはパナマ大統領のアドバイザーでもあり、親しい友人でもある。

パナマ市の夜景 写真:BORIS G/flickr [CC BY 2.0]
そもそもタックスヘイブンは何が問題なのか。タックスヘイブンを利用した租税回避行為自体は違法な場合もあれば合法な場合もある。しかしいずれにしろタックスヘイブンを個人や企業が利用することで、彼らが所属する国家は本来得られる税収を失うことになる。世界の貿易の50%がタックスヘイブンを経由しており、莫大な金額が「節税」されているのだ。また、これはどの国にとっても手痛い被害であるが発展途上国ではより深刻な事態となっている。不正な貿易価格設定により本来得られるはずの税収を失い、国を発展させるための資金を得られず先進国との貧富の差がより開いていくのだ。世界経済において弱者である彼らはその対策を行うことも難しい。
また金融に関する規制が極めて緩く、加えて秘密に関する規制が厳しいため、パナマはマネーロンダリング(資金洗浄)の一大拠点でもある。タックスヘイブンを経由し資金を取引することで、資金の流れを不透明に、ひいては匿名化し、その資金の出処を分からなくさせるのだ。それが犯罪行為によって得られた資金であっても、洗浄してしまえばわからなくなる。パナマではそれがコロンビアやメキシコなどの犯罪組織に利用されており、麻薬密売、詐欺、人身売買などの違法取引で得た資金が「綺麗な金」に変換され、それらの組織の資金源となっている。特にドラックマネーは重大な問題である。
また、パナマの緩い規制基準・低課税が起こしている問題はこれだけではない。便宜置籍船も同様に様々な危険を孕んでいる。船籍は本来、その船を運用する国で登録しなければならないが、税金や規制を回避するため船を所有するためだけのペーパーカンパニーを違う国に作り、所有者の所在国と異なる国に船籍が置かれる事が決して少なくない。パナマは便宜置籍船が世界で最も多い国であり、次に続くリベリア、マーシャル諸島と合わせて世界の60%の船籍がこの3カ国に置かれている。これらの国々は意図的に便宜置籍船を勧誘するため、労働基準や安全規制を他の国に比べて甘く設定しており、労働環境の整備や安全対策が十分になされていない船が多い。それに加え、管理・監督が甘いことを利用し、麻薬や兵器の輸送、違法漁業など、様々な犯罪行為が便宜置籍船を使って行われていることも問題である。
パナマがこのような体質の国家になったのはその独立に起因する。パナマは1903年、コロンビアから独立を果たしたが、それはアメリカの強力な影響で行われたものであった。新憲法ではパナマ運河地帯の主権をアメリカに認める条文があり、実質的にアメリカの保護国のような立場にあった。そしてタックスヘイブンとしての役割はこのアメリカ保護下時代の1919年から始まる。アメリカの大手石油会社スタンダードオイルが、アメリカの税金や規制から逃れるために船籍をパナマに置いたのが始まりとされる。これに他の企業も追随し、パナマに便宜上の船籍が置かれるようになり、その後もパナマはアメリカの影響の元、タックスヘイブンの体制を整えていった。
また1989年のパナマ侵攻もこの問題を語る上で欠かせない。パナマ国防軍の指揮官であったマヌエル・ノリエガは、1983年にパナマの独裁者となり、麻薬マフィアと繋がりを持っていた。しかしアメリカはそれを黙認し、ノリエガはその間にパナマのマネーロンダリング事業を確立させた。実際、CIA(米中央情報局) にとってノリエガが中南米でアメリカの不法行為を含む政策を裏で支える有用な人物として、同機関から給料を支払われていた事実もある。だがアメリカと不仲に陥ったノリエガに対して、パナマ侵攻が始まり、彼は麻薬取引を口実として追放された。1999年にパナマ運河はアメリカから返還され、パナマは「保護国」ではなくなっているが、未だにアメリカとの関係は深い。また、パナマ文書を分析したところ、モサック・フォンセカ法律事務所を使用した企業の本拠地がアメリカとなってものは必ずしも多くなかったが、パナマに子会社・関連会社を設けている企業の数で、最も多いのはアメリカのものであることも分かっている。
パナマはこれほど多くの重大な問題を抱えているわけだが、パナマ政府に積極的な解決の姿勢は見られない。一例として、パナマ文書の公開の後、パナマ政府は調査のための委員会を設置したが、この委員会は結局まともに機能することはなかった。この委員会にはノーベル賞を受賞した経済学者のジョセフ・スティグリッツを含む7人が参加し報告書を作成した。しかし、パナマ政府は一度調査結果の公開を約束したにも関わらず、この報告書の公開を拒否したのである。これを受けスティグリッツと委員の一員であるマーク・ピースは委員を辞任し、独自でレポートを作成・公開した。また解決に向けての行動を殆ど行っていない一方で、パナマ政府は文書公開の後、広報会社に月5万ドルを支払い、自国のイメージ向上を図っている。「パナマ文書」によるパナマへの悪印象を払拭するためだ。
パナマは多くの犯罪・搾取の拠点となっているが、政府は現状維持の姿勢を取っている。パナマ政府やエリートが現状のシステムから利益を得ており、改革は都合が悪いことも含むためだ。またこれは全世界の金融システムとも深い関わりがある。パナマ文書はこの問題が注目されるきっかけとなったが、引き続きこの問題に注目する必要があるだろう。

散らばる紙幣(goldyg/shutterstock.com)
ライター:Mai Ishikawa
グラフィック:Mai Ishikawa