アイスランドでは2016年10月に行われた総選挙の結果を受け、約2か月にも及ぶ7政党間による話し合いの末、2017年1月11日アイスランド独立党は改革党、明るい未来党と共に新たな連合政府を設立することを発表した。しかしこの連立政権が出来るまで、アイスランドの政治は非常に不安定なものであった。
2008年からおよそ7年にわたる政治不安が続き、その状況は悪化していった。2008年9月サブプライムローン問題を発端としてリーマンショックが起こり、世界的金融危機となりその影響を受けて10月、アイスランド国内の主要3銀行カウプシング、ランズバンキ、グリトニル銀行が債務不履行により銀行破たんに追い込まれた。全国的な金融危機に襲われアイスランド市場は暴落、アイスランドコルネは通貨崩壊した。これによりアイスランドの経済は低迷したわけであるが、このとき国民全体を困惑させていたのは経済だけではなかった。この経済破たんが起こる1週間ほど前、機密情報を公開するウィキリークス(WikiLeaks)はカウプシング銀行内部の報告書をウェブサイトで暴露した。この報告書により、銀行の株主や株式に大きな経済的利益を有する者にハイリスクのローンを提供していたこと等が明らかになっていたのである。後に銀行の株価を不正に引き上げようとしていた詐欺容疑で会長など4人が逮捕され有罪判決を受けることになった。カウプシング銀行にはアイスランド国内のみならず、イギリスなどの顧客も多く、人口約33万人という小さなアイスランドに対し銀行の規模はあまりにも大きくなり、やがて銀行の債務がアイスランドのGDPを数倍越えるレベルまで達していた。そのため、破たんを政府の力で対処することが出来ず国際通貨基金(IMF)からローンを受けることになったのである。
さらに、銀行の顧客情報を守るためという理由から、カウプシング銀行はリークされた報告書の公開を止める差止め命令を裁判所に請求した。アイスランド国営放送(RUV)は、この問題について夕方のニュースで報道する予定だったが、放送開始5分前に差止め命令を知らされ、報道を断念せざるを得ないというアイスランドのメディア史上初めての出来事が起こった。RUVはこれに対して予定していたニュースを報道せずに、報告書が掲載されていたウィキリークスのウェブサイトだけを紹介し、問題が一気に表面化した。
この一連の事件によって、国民による政治およびエリートへの批判が高まり、首相は辞任に追い込まれた。さらにこれは、報道の自由及び政治の透明性に対する国民の意識を高めることとなった。そこで新政府は、情報、発言、表現の自由を保護する法律を制定させるべく、立法に対して助言提案を行うInternational Modern Media Institution(IMMI)を設立した。この事件はアイスランドの銀行に対する規制を改善させるだけでなく、民主主義を強化させることにもなったのである。
この事件から5年が経過し、再び昨年4月に起こった新たな政治スキャンダル、パナマ文書問題は、アイスランドに再び政治不安をもたらした。パナマ文書によって、グンラウグソン元首相が2007年にタックスヘイブンの中心地の一つであるイギリスのバージン諸島にオフショア会社「ウィントリス」を設立、そこを通してアイスランド3大手銀行に投資していたことが明らかにされたのである。国のトップによる秘密取引への関与がパナマ文書で暴露された初めてのケースとなった。また、グンラウグソンは2009年4月、国会議員に当選した際に会社の名義を妻名義に切り替え、保有財産として公表してこなかったことも明らかになった。さらにインタビューで、彼がウィントリスに関する各メディアからの質問への回答を拒否し自身の悪事を認めなかったことも加わり、国民から猛烈な批判を受けた。その直後、国内では数万人にのぼるアイスランド史上最大規模のデモが起こり、グンラウグソンは完全に信頼を消失、野党は不信任決議案を提出しグンラウグソン元首相は辞任に追い込まれた。
この事件によってアイスランドでは政治腐敗及び政治の透明性の問題がさらに注目されるようになり、それらの改善を掲げる海賊党の支持率が激増した。海賊党は、現行の著作権法がインターネット社会の現実にそぐわないとして法改正を訴える民間人によって組織された政党であり、2006年にスウェーデンで最初に誕生、アイスランドでは2012年に設立され、政治権力や社会問題に広く取り組む政党へと発展した。
海賊党は政治家の汚職問題や政治・経済エリートの不正が世界中で注目されてきている近年、若者を中心に急激に人気を得るようになった。海賊党が設立された翌年2013年の選挙では全体のわずか5%の3議席であったのに対し、2016年、グンラウグソン元首相が辞任した際に与党進歩党の支持率が40%にまで下がった影響で海賊党の人気が急上昇、過激派政党が設立からたった4年で当初の3倍以上の10議席を獲得するという異例の成長を遂げた。そして2016年10月の総選挙を控え4月に行われた調査では、進歩党はさらに7.9%まで支持率が低下、独立党も21.6%まで下がり、海賊党への投票意思を示すものは43%に上り暫定1位、両与党の総得票を上回る結果となった。しかし実際の10月の総選挙では14.5%を獲得し得票率は第3位となっている。
この結果を受け、第一党となった独立党は中道右派政権設立に向けて海賊党との連立交渉を始めるも失敗におわり、さらに第二党となった緑の党も中道左派政権設立に向け交渉するがこれも実現には至らなかった。その後も各政党が連合の交渉を続けたその結果、今回連立するに至ったのが独立政党、改革党、明るい未来の3党である。また今回新首相となったベネディクソンも昨年のパナマ文書騒動の際に、オフショア会社の株式を所有していたことが明らかにされており、今後も不安はぬぐえない。しかし2008年から約9年にわたって短期間での政権交代が続く中、今回の新政府設立は大きな前進であることは間違いない。これによってアイスランドの不安定な政治を立て直すことが出来るのか、今後のアイスランド政治から目が離せない。
ライター: Saeka Inaka
グラフィック: Mai Ishikawa