パナマ文書が国際調査報道ジャーナリスト連合(ICIJ)により暴露され、世界を揺るがした一連の騒動を覚えているだろうか。パナマ文書とは、2016年4月に、パナマのモッサク・フォンセカ法律事務所から流出した、タックスヘイブンを利用した金融取引に関する機密文書を指す。そこには、21万4,000社、1万4,000人の名が記されていた。詳細まで覚えている、理解している人は多くはないかもしれないが、大半の人々が一度は「パナマ文書」という言葉を耳にしたことがあるだろう。一方で、「パラダイス文書」というまた別のタックスヘイブン問題に関する大規模なリークがなされたという事実はどれほどの人が知っているのだろうか。なぜこのような2つのリーク間に認知度の差が生じているのか、この記事を通して分析していきたい。

パナマ文書のイメージ図(写真:VectorOpenStock/Wikimedia/ CC BY-SA 3.0 ])
タックスヘイブンに関するリークの数々
そもそもパナマ文書は、世界の富裕層や企業によるタックスヘイブンを利用した秘密の取引や租税回避・脱税に関する世界初の情報漏洩ではない。パナマ文書の登場以前にも、同様にICIJにより、中国リークス、ルクセンブルクリークス、スイスリークスといったタックスヘイブンの詳細を暴露した情報漏洩がなされてきた。また、先に述べた通りパナマ文書 の露見以降にも、バハマ文書やパラダイス文書を通し、多くの企業・個人による秘密の取引が暴かれてきた。タックスヘイブンとは、課税率が低いもしくはゼロであり、他国との実効的な情報交換を行っていない地域を指す。多くの場合、本拠地や、実際に企業活動が行われている場所以外の国や地域(オフショア)で取引が行われている 。富裕層や多くの大企業が節税・脱税を行うために、タックスヘイブンに実体のない関連企業を設立し、それらのペーパーカンパニーを介して資産を運用する傾向が目立つ。この過程において、タックスヘイブンの秘匿性により、資金の流れが非常に見えにくくなってしまうのだ。

租税回避・脱税対策について話す欧州議会議員(写真:European Parliament/flickrCC BY-NC-ND 4.0]
次に、ICIJによる主なタックスヘイブンに関する情報漏洩の概要を簡単に紹介しておく。中国リークスとは、2014年1月に中国、香港、台湾の3万7,000人に及ぶオフショア企業を保有している人々の名が記された資料が公開されたことを指す。その中には習近平の親戚など政財界と深い関わりを持つ人物もいた。ルクセンブルクリークスは2014年12月に公開された。2002年から2010年の間に、大手会計事務所であるプライスウォーターハウスクーパースとルクセンブルクの税務当局が結託し、AmazonやIKEAなどの340社以上の顧客への課税優遇措置を行ったとする経緯が示されたものである。中には課税率が1%を切るものもあり、1つの住所に対して1,600以上の企業の登記が行われていたという。次に2015年2月に暴露されたスイスリークスは英金融大手HSBCが、4,000人以上の富裕層顧客の巨額の租税回避・脱税をほう助すると同時に、武器商人や「紛争ダイヤモンド」の密売人といった国際犯罪者らと取引を行い、利益を得ていたことが判明した事件である。
また、バハマ文書は2016年9月に公開された、1990年から2016年の間にカリブ海に位置するタックスヘイブンである、バハマで設立された法人約17万5,000社に関する情報が記されたデータを指す。法人の役員の中には欧州委員会のクルス元副委員長の名もあった。最後に、最新のリークであるパラダイス文書は、2017年11月に大手法律事務所アップルビーから流出した。その内訳は、アップルビーの内部文書683万件と、シンガポールの法人設立サービス会社「アジアシティ」の内部文書56万6千件、マルタなど19の国・地域の登記文書604万件だ。これにより、米国のロス商務長官の関連企業が米政府による経済制裁対象のロシア企業と取引していることなどが明かされた。
それぞれのリークに関する報道量
日本ではそれぞれのタックスヘイブンを利用した金融取引に関する情報漏洩についてどの程度報じられているのだろうか。以下は中国リーク以降のタックスヘイブンを利用した金融取引に関するリークの報道量を示している。今回は日本大手3社である毎日、朝日、読売新聞からデータを収集し、分析した。また、期間をそれぞれの機密文書露見時から半年間と設定し、それぞれのリークに関する記事を記事数で比較している。
どの新聞社においても、パナマ文書に関する報道が突出して多く、全体的に他のリークに関する報道量はかなり少なくなっており、中には一切報じられることのなかったものもある。新聞社間で比較すると、朝日新聞については、パナマ文書とパラダイス文書の報道量にあまり差がないようであるが、それに比べ毎日新聞、読売新聞に関してはパラダイス文書への関心の低さが顕著である。
このような報道量の差はなぜ生じているのだろうか。まず、朝日新聞のパラダイス文書への一定の関心の高さはICIJに関与しているということが起因しているであろう。ICIJは、世界70か国、100社の報道機関と、200人以上の記者により構成され、国境を越え、中立な調査報道を目指し活動している。朝日新聞については、報道量だけではなくその内容も比較的踏み込んだものとなっており、包括的にタックスヘイブンを利用した金融取引の全体像について、報じているようだ。
また、規模の大きさも報道量の違いに関係していると考えられる。発表されていない中国リークス以外の露見したデータの大きさはグラフの左から順に、4.4GB、3.3GB、2.6TB、38GB、1.4TB である。(※1)確かに、パナマ文書は2.6TBという群を抜いて膨大なデータであることが分かる。しかしながら、それと同時に、パラダイス文書も1.4TB というかなり大きなデータの量であり、その他のリークにおいても何千もの企業や個人の名が含まれており、パナマ文書に及ばずともどれも規模は大きい。朝日新聞を除く2社ではなぜこれほど報道量に違いが出てしまったのであろうか。一つには、文書に登場する人物に対する私たちの潜在的なイメージが関わっているとの指摘がある。というのも、パナマ文書には、ロシアのプーチンや中国の習近平、シリアのアサドやジンバブエのムガベなど大物である上に、「悪いイメージ」を抱いているような人物やその関係者の関与が多く見受けられたのだ。他のリークにも有名な企業や個人も含まれていたが、既存の「悪いイメージ」に当てはまらなかったため、報道価値があるものとして扱われなかったのかもしれない。また、「真新しさ」にかけたというのも、メディアの報道意欲を阻害したものとして挙げられている。同じような内容であれば以前に報道されたもの以上の衝撃がなければ取り上げられにくいのだ。
視点の偏ったタックスヘイブン報道
次に、報道の内容という観点から、タックスヘイブン問題に関する報道にどのような傾向があるのか分析していく。以下のグラフは、毎日新聞におけるパナマ文書関連の取り上げ方の内訳を示している。
分類としては、リークに名前が含まれていた首脳やその関係者、著名人などの個人、企業、銀行が記事の主体となっているもの、分析・調査方法に関するもの、先進国と発展途上国それぞれでの被害・対応という6つに区分した。7のサミットが日本で開催されたことも相まって、先進国での被害・対応に関する報道が%を占める結果となった。次いで多かったのが首脳やその関係者、著名人などの個人が記事の主体となっているもの、そして分析・調査方法に関する報道であった。ICIJという国境を越えた報道機関の協力により膨大なデータを解析したという、通常の報道形態とは異なっている点に着目した記事も多くあった。確かに、昨今の様々な問題構造の複雑さや資料規模の大きさなどの点では、今後のメディアによる報道においても、こういった形式での調査・解析は有意義なものであり、報道するに値するであろう。しかしながら、特定の事柄に対して、あまりに過度な関心を向けてしまうと、それと引き換えに報道されることのない重要な側面が出てきてしまうのではないだろうか。
今回の問題においては、発展途上国の被害や対応といった内容の記事はつだけであった。しかしながら、先進国の被害・対応に関する他の記事においても発展途上国も言及されることはある。文字数単位で発展途上国に関連した報道量がどれほどのものなのかを調査した。
結果としては、発展途上国に関連する報道量割合は、文字数に換算しても全体の約1.6%に止まった。租税回避・脱税により、先進国と発展途上国を問わず、徴収しうる税収を逃すことになるため国家は不利益を被り、富の偏りを助長することは明らかである。とりわけ発展途上国においては、不法資本流出がかなり深刻であり、主要な貧困の原因のひとつになっていると言っても過言ではない。
タックスヘイブンは合法な商業行為と不正な資金管理の間の境界が曖昧になっている。多国籍企業、外国人投資家、国家の政治エリートなどにより、天然資源などを輸出するプロセスを通じて、アフリカからは少なくとも年間820億ドルもの資金が不正に流出されていると推定されている。ODAなどの援助によりアフリカが1ドル得るたびに、不正な取引により2ドル以上を失っているのだ。調査対象とした記事の中で、発展途上国の租税回避・脱税問題への対応において、先進国による知識的・人的資源の乏しい発展途上国への「援助」が必要という内容のものも多くあった。しかしながら、そもそもアフリカをはじめとした発展途上国から搾取しているのは先進国自身であるとも捉えられうるのであり、本質的には「援助」とは言えないのではないだろうか。しかし、タックスヘイブン関連のこの重大な問題が取り上げられないかぎり、適切な改善策を見出すこともできないだろう。

NO TAX HAVENS! (写真:GUE/NGL/flickr[ CC BY-NC-ND 2.0])
2014年から2017年というわずかな期間にこれほど多くのリークがなされ、隠された無数の取引と莫大な資産が明らかとなったが、これは氷山の一角に過ぎないだろう。タックスヘイブンを介した租税回避・脱税が、ごく一部の「悪い」個人や企業により行われているわけでなく、国際取引の通常の形態であることも明らかになったと言っても過言ではないかもしれない。そして、このような取引により不利益を被るのは、発展途上国や市民、企業である。
先進国の視点からのみではタックスヘイブン問題の本質を捉えることができず、根本からの解決につながるとは言えないのではないだろうか。対等な立場で、問題解決に取り組むことが必要となるだろう。その過程において、報道機関の果たしうる役割は大きい。問題を包括的に捉えつつ、その実態を明確に反映した報道が求められる。
[脚注]
※1ファイル数では、中国リークス:250万件、ルクセンブルクリークス:2万8,000ページ、スイスリークス:6万件、パナマ文書:1150万件、バハマ文書:130万件、パラダイス文書:1340万件であった。
ライター:Hinako Hosokawa
グラフィック:Hinako Hosokawa
ICIJが「西アフリカリークス」を発表しましたね。
https://www.icij.org/investigations/west-africa-leaks/
報道されることはなさそうですね。またぜひ、調べてみてください。