この記事の執筆時点では、コソボの現役大統領が旧ユーゴのコソボ紛争時における戦争犯罪の疑いで起訴され、ポーランドでは大統領選挙が行われ、洪水が東ヨーロッパの様々な地域に悪影響を及ぼした。東ヨーロッパには常に「ニュース」が溢れている。しかし、日本のメディアにおいてはこの地域がどれほど報道の対象になっているのだろうか。この記事で東ヨーロッパに関する報道を詳しく探る。

ポーランドにて大統領候補者の看板 (写真:MOs810/Wikimedia [CC BY-SA 4.0])
東ヨーロッパの歴史的背景
そもそも東ヨーロッパの地域に含まれている国についての定義が統一されていない。東ヨーロッパの地域をロシアより西側にある旧ソ連国に限定するものもあれば、もっと広く捉えるものもある。この記事では、国連加盟国の東ヨーロッパのグループに含まれている国々を東ヨーロッパとする。東部・北部のロシアから西部のチェコ、南部のアルバニアやアルメニア・アゼルバイジャンまでとなる(※1)。
冷戦が終わるまで、ウクライナ、ベラルーシ、バルト三国、ジョージアなど、多くの国は独立国ではなく、ソ連の一部であった。また、他の東ヨーロッパ諸国、例えばルーマニア、ハンガリー、ポーランドなどは独立国であったが、ソ連の勢力圏内に含まれていた。その中で例外だったのは旧ユーゴスラビアで、社会主義国でありながらソ連の影響を直接的には受けなかった。
ソ連が弱まり、冷戦の終結が近づくと、一部のソ連の共和国が独立を要求し、大規模なデモが行われた。これらの現象の影響やベルリンの壁の崩壊などの末、1991年にソ連が解体された。
では、冷戦後に東ヨーロッパ諸国はどのように変わったのだろうか。計画経済を運営していた大半の東ヨーロッパの国々が市場経済制度を導入した。ソ連とその勢力圏の分解によってただでさえ弱っていた工業基盤が崩れ、貧困や格差が急増した。経済回復を果たすのに10数年かかる国が多かった。また、2004年には東ヨーロッパの8か国(スロベニア、スロバキア、ハンガリー、チョコ、ポーランドとバルト三国 )が欧州連合(EU)に加盟した。さらに、2007年にブルガリとルーマニア、2013年にクロアチアもEU に加盟し、その結果、東ヨーロッパ諸国の経済や法律が他のEUの国々と統合された。しかし、GDPから見れば、西ヨーロッパ諸国は東ヨーロッパ諸国より裕福であり、よりよい生活を求め、出稼ぎ労働者となったり移住したりする人が大勢いた。実際には、1990年から2012年まで約2,000万人が東ヨーロッパから主に西ヨーロッパとアメリカに移住した。それに加えて、東ヨーロッパでは高い移住率のため、出産率が減少し、少子高齢化問題が起きている。例えば、現在ではブルガリアは人口減少世界一の国である。
冷戦後にも東ヨーロッパでは安全保障に関する様々な問題が発生した。例えば、 旧ソ連からの独立がきっかけとなり、アゼルバイジャン・アルメニア、ジョージアなどの旧ソ連諸国では武力紛争が勃発した。また、ロシアのチェチェン共和国ではロシアからの分離独立を目指し、1994年から1996年までの第一次チェチェン紛争と1999年から2009年までの第二次チェチェン紛争が起きた。また、1991年にユーゴスラビアが崩壊し、独立宣言をしたボスニアとクロアチアでは激しい武力紛争が1995年まで続いた。さらには、コソボもセルビアからの分離独立を求め、1998年から1999年までコソボ紛争が行われ、北大西洋条約機構(NATO)の軍事介入によって事実上の独立状態となった。この紛争は、現在もその独立を認めていないセルビアとの対立につながっている。 コソボ以外にも、ジョージア、アゼルバイジャン、モルドバなどで未解決の領土問題も残っている。また、2014年にウクライナ革命がきっかけとなり、ロシアがクリミア半島に介入し、結果的にロシアに合併された。それによりウクライナ東部にも紛争が勃発し、現在も続いている。

ウクライナの戦車(写真:Drop of Light/Shutterstock.com)
2015年から多くの難民や移民が中東や北アフリカ等から西ヨーロッパを目指し、東ヨーロッパ諸国を経由することになった。これが一因となり、反移民の立場をとっているハンガリーやポーランドの右派政治運動は活発になっており、EUとの関係に影響を与えている。 ロシアを含めたこれらの国では強権的な政権が目立つようになり批判の対象となっている。
報道される東ヨーロッパの国とその内容
では、実際のデータに基づき、日本のメディアはどのように東ヨーロッパについて報道しているのかを見ていこう。データとして、朝日新聞の3年間(2017年~2019年)の東ヨーロッパの23か国に関する報道を調査(※2)してみた。まず、国ごとの文字数(※3)を示し、以下のグラフに各国の報道量のランキングを作成した。ロシア(36%)、ウクライナ(26.1%)、ポーランド(7.9%)は東ヨーロッパの報道量上位の3か国であり、合わせて全体の7割を占めている。その反面、14か国それぞれの報道量は1%以下になっている。その上、分析された期間にわたって、10か国の1年間の平均報道量は1記事未満であった。さらに、モンテネグロとモルドバに関する記事は2017年から2019年までに一度も報道されていない。
この調査において一つの記事でいくつかの国が報道されている傾向が上位3か国にはみられる。例えば、ウクライナが含まれている記事の42%にはロシアも含まれていた。その記事では特に、ウクライナ東部紛争のことが書かれておりウクライナとその紛争に関与するロシアなどが多く報道されている。
また、記事に見られる国は東ヨーロッパの国だけではない。東ヨーロッパに関する報道において、東ヨーロッパの国より多く報道された、地域外の国もあった。特に、アメリカと日本は東ヨーロッパにある21か国より頻繁に報道されている。 文字数においては、アメリカは全体報道量の8.6%であり、ドナルド・トランプ大統領とウラジーミル・プーチン大統領の会談に関する記事が多く報道されている。ウクライナの81件の記事には、26の記事にアメリカが登場しており、そのほとんどの記事の内容はウクライナ情勢よりも、トランプ大統領の弾劾調査に関する報道だった。2019年に、トランプ大統領はウクライナの大統領に政治的なライバルに関する有害な情報を掘り起こすよう圧力をかけたことにより、法律を破ったとして非難され、これが欧米で大きく取り上げられた。また、ロシアに関する記事(114)にも33の記事にアメリカが登場していた。日本は全体の報道量の4.8%を占め、日ロの北方領土問題の交渉についての記事が多く、天皇のハンガリーやポーランドへの訪問も報道されている。
では、報道の内容についてはどんなものだったのだろうか。以下のグラフは東ヨーロッパに関するトピックごとの報道量を文字数(※4)で表しているものだ。
グラフから見てわかるように、政治に関する記事の割合は59.0%であり、極めて多いのが明らかである。実際に、1位であるロシアの78%の記事は政治に関するものだ。例えば、ウクライナ東部紛争やプーチン大統領とトランプ大統領の会談に関する記事が多い。政治の次に、戦争・紛争のカテゴリーは全体の報道量の11.0%を占めている。最も報道されている2か国であるロシアとウクライナの記事にはウクライナ東部紛争に関するものが特に多かった。次に、事件のカテゴリーは全体の8.7%を占めており、3位である。その多くの記事はトランプ大統領の弾劾調査についてである。
今回の分析からスポーツに関する報道を含めていないが、含めた場合、東ヨーロッパに関する報道全体の4分の1にも上がる。その多くは2018年に開催されたサッカーワールドカップの試合に関する報道であった。スポーツに関する報道がそうでない政治、経済、事件などのすべての報道を上回る国もあった。例えば、クロアチアに関する報道はスポーツ関連の記事が15件あったが、それを除けば1件しか残らない。
報道されない東ヨーロッパの国
では、調査期間の2017年から2019年にまで、朝日新聞で報道されていない東ヨーロッパの出来事にはどのようなものがあるのだろうか。多くある中、東ヨーロッパの国における事例をいくつか見ていきたい。
この調査の3年間にわたって、ルーマニアは大きな政治的な混乱を経験した。2017年に、政治家や官僚を汚職摘発から守るために、新しい法令が議会に提出された。これに対して国民は大きく反発し、2017年から2019年まで約40のデモが行われた。それらのデモのなかで最も大規模なものは2017年2月5日に行われ、約50万人が参加した。結果的にはデモの影響で新法令の提案が撤退され、法令を提出した法務大臣が辞任した。この抗議デモだけではなく、ルーマニアにおける汚職問題が世界のメディアによって注目されている。しかしこの調査の3年間にわたってこれらの出来事は朝日新聞に一度も報道されていない。また、モルドバでは2019年の選挙において絶対多数をとれる政党がなかったが、その後の交渉でも連立政権に関する合意をとることができなかった。その結果、モルドバは憲法の危機に陥った。さらに、2019 年にモンテネグロにおいて宗教に関する対決法案が可決されたことに対して大規模の抗議デモが行われ、この問題は2020年時点でも未解決のままである。 モルドバに関してもモンテネグロに関しても3年で報道されることはなかった。

ルーマニアにて汚職に対する抗議デモ(Mihai Petre/Wikimedia commons [CC BY-SA 4.0])
同期間に、東ヨーロッパのバルカン地域にも様々な問題が発生しており、コソボとセルビアの間では1998年~1999年のコソボ紛争が未解決のため、領地問題や軍事問題などに関する対立が続いている。例えば、2018年6月に、セルビア系住民が多く住んでいるコソボ北部をセルビア領とし、アルバニア系住民が多く住んでいるセルビアの南部をコソボ領とする「領土交換」の提案がセルビアの大統領に提案されたが、コソボ大統領が提案に拒否し、二国の間にまた政治的な緊迫が高まった。また、2018年12月には、コソボが軍隊を創設する予定であることを示唆し、この問題が国連安全保障理事会の会議でコソボとセルビアの間で激しく議論された。このような出来事は2017年から2019年まで朝日新聞では報道されていなかった。
報道されていない出来事は政治的な摩擦や対立ばかりではない。例えば、エストニア政府が世界の先端を走る統治のオンライン化(電子政府)についてさまざまな動きがあった。数年前から、政府のサービスの大半をデジタル化するなどのような技術発展が進んでいるが、この調査機関の3年間でもさまざまな進展があった。オンライン上で使うスマートIDを利用する住民は10%から35%に増加した。さらに、2017 年にエストニアはルクセンブルクにおいて世界最初のデータ大使館を開くということが報告された。具体的には、このデータ大使館は最も重要な機密データのコピーが保存され、もし国家がサイバー攻撃の対象になっても、情報がデータ大使館においてバックアップされているので、データが失われることはない。電子政府の他にも技術関連の進展があった。例えば、2019年にエストニアの首都では自動運転バスの運営が開始された。朝日新聞はエストニアのサイバー防衛やビジネスのデジタル化について2つの短い記事で報道しているが、上記の出来事については報道することはなかった。

「E-エストニア(EU2017EE Estonian Presidency/Wikimedia commons [CC BY 2.0])
報道量の比較をする過去のGNVの調査が示すように、東ヨーロッパに関する報道は少なく、西ヨーロッパに比べて報道における大きな格差がある。東ヨーロッパに関する報道の中でも大きな偏りがみられ、「東ヨーロッパ」のイメージが主に「ロシア」や「ウクライナ」となってしまう。国家間、国内での政治的対立や大規模なデモ、見習うことができる電子政府の発展など、さまざまな出来事や現象が東ヨーロッパ各国で起きている。しかし、朝日新聞の読者はその多くを知ることができない。このままで良いのだろうか。東ヨーロッパに関する報道における改善は求められる。
※1:アルバニア、アルメニア、アゼルバイジャン、ベラルーシ、ボスニア・ヘルツェゴビナ、ブルガリア、クロアチア、チェコ共和国、エストニア、ジョージア、ハンガリー、ラトビア、リトアニア、モンテネグロ、北マケドニア、ポーランド、モルドバ共和国、ルーマニア、ロシア連邦、セルビア、スロバキア、スロベニア、ウクライナ。
※2:「聞蔵Ⅱビジュアル」にて、紙面:国際面、発行社は【東京】を選択、期間:2017年~2019年は調査条件である。東ヨーロッパの国を中心のテーマとして記事をすべて選出し、記事数と文字数を算出した。スポーツに関する記事は含まれていない。
※3: 1つ以上の国であった場合、報道された国の数に応じて文字数が分割された。
※4: カテゴリーは2つであった場合、文字数の量が2部に分割された。
ライター:Adriana Nicolaie
グラフィック:Adriana Nicolaie, Yow Shuning
東ヨーロッパは世界史の教科書でも触れられることが少ないなど前提知識を持つ人が少なく、身近に感じづらいような現状があると感じています。
東ヨーロッパ全体への注目度を高めることができるような報道を期待したいです。
バルト三国はIT先進国などで日本のバラエティーとかで見たことはありますが、普段はみませんね。これからも政治やロシア中心以外の記事が増えてくるといいなと思います。
私自身も東ヨーロッパに関する知識をあまり持っていないことに気づきました。報道が多くなり、詳しく知ることが出来たら、もっと興味を持てるようになると思いました。
東ヨーロッパで電子政府のような技術関連の進展があったことは全然知らなかったです。
東ヨーロッパは面積が小さい国が多く、地理的なイメージが湧かないことも、報道量が少ない一員なのかもしれません。
電子政府など画期的なシステムを導入している国もあると知って驚きました。日本も真似ができる良いポイントを知ってもらうという意味でも報道の意義があると思いました。
エストニアのデジタル化について全く知らなかったので、驚きました。オンライン投票をだいぶ前から行われているほか、役所とのやりとりも最小限に抑えられているということで最先端技術が駆使されていてすごいと思いました。また、東ヨーロッパの報道量の少なさを改めて感じたので、これからの報道に期待したいです。
一見日本と関連性が少ないと思われてしまいがちな東ヨーロッパでも、エストニアのデジタル化をはじめ、日本で報道される意義があることも多いと思うので、報道がもっと包括的になっていってほしいと思いました。
エストニアのIT化には驚きました。他で電子政府が進展している国はあるのでしょうか?
ウクライナの記事の多くにアメリカが登場されているのが興味深かったです。結局のところ、ウクライナの情勢について知ることができないのは残念だなと思いました。
地理的に近くても東ヨーロッパと西ヨーロッパでは報道量が全然違うと改めて思いました。東ヨーロッパに関する記事でもアメリカとの関わりが多く報道されていることは驚きました。