米IT大手グーグル(Google)は圧力に屈した。それはユーザー、クライアント、政府からの圧力ではなく、自社の社員たちからのものであった。グーグルはアメリカの国防総省と契約(※)を結び、人工知能(AI)の技術を提供していた。そして、2018年3月にそれが米軍の無人飛行機(ドローン)の映像解析・識別ソフトの開発に使われ、車両や人物などを判別・追跡するためのものであることが明らかとなった。その翌月、全体の3%に当たる3,000人以上の社員が「戦争ビジネスに参加すべきではない」とする抗議文書に署名し、12人のエンジニアが辞職したことを受け、グーグルは国防総省との契約更新をしないことを発表した。
2015年にグーグルの親会社アルファベット(Alphabet)が設立された際に、長年グーグルの行動規範の一部として掲げられていた「邪悪になるな」(Don’t be evil)の社是は採用されず、「正しいことを行え」(Do the right thing)が社是となったところであった。そして、国防総省との契約が問題にされていた時期の2018年5月頃、なぜかグーグルも行動規範の中から「邪悪になるな」を削除している。

ミサイルを積んだドローン (写真:U.S. Air Force photo / Brian Ferguson)
グーグルの例と同様に、社員が自社の行動に対して倫理上の理由で抗議・抵抗する事例が他にも出てきている。この現象について、この記事で探っていく。
思いがけない「ヒーロー」
「正義」のために立ち上がった人や組織が世界中で活動している。例えば、多くの国際団体が世界各地で、環境問題、貧困国における天然資源の搾取問題、タックスヘイブン問題、人権問題などの調査を行い、多国籍企業や政府に抗議活動を行っている。それよりも圧倒的に数が多いのは、問題の現場に近い地域の組織や活動家である。農業や鉱業系の多国籍企業から自身のコミュニティや国の土地・環境を守る活動をしており、命がけの場合も少なくない。2017年だけで、ブラジル、フィリピン、コロンビア、メキシコ、コンゴ民主共和国などで少なくとも207人もの活動家が殺害された。
しかし、この記事においては、コミュニティや世界を変えることを目標にして、自分の人生をかけている人々を取り上げるわけではない。本来ならばリスクを負うことなく、一般の社員としてキャリアを積んでいく人が、なんらかの倫理的な理由や信念により自社の行動に反対したことで、自身のキャリアを危険にさらす、いわゆる思いがけない「ヒーロー」に着目している。場合によっては、その人が立ち上がる理由やとる行動について、「正しい」かどうかをめぐり議論が巻き起こるかもしれない。しかし、グローバル化の負の側面がますます目立つようになり、力関係的に有利な多国籍企業や力を持った政府が貧困国等で自身の利益を追求する中、外部からはなかなか見えない実情に対して、信念に従い内部告発者としてとる行動に脚光を浴びさせることも重要であろう。
技術「革命」?
AI技術をめぐり社内からの「反乱」に直面しているのはグーグルだけではない。だが、それは決して不思議なことではない。技術の軍事利用はともかく、現在は広告収入を獲得するために、我々が検索エンジンに入力する言葉やインターネット上でのすべての行動が、気づかないところまで企業などに追跡される時代だ。家庭内でもカメラや感知器が付いたさまざまな電化製品がインターネットにつながるようになり、外から追跡可能な範囲が広がる一方で、我々に関する膨大なデータをもちAI技術で分析する企業がとる行動を疑問視する声が社内外で確実に増えてきている。
米IT大手マイクロソフト(Microsoft)も2018年に社内で抗議を受け、アメリカ政府の部局との契約を取りやめることになった。クラウドコンピューティングや画像識別・顔認識技術をアメリカの移民関税執行局(ICE)に提供していた。当時、同部局は移民や難民としてメキシコから入国しようとする親子を引き離す政策をとっており、人権問題として多くの批判にさらされていた。マイクロソフトの社員も自社がこのような政策に協力していたことに対して抗議をしていた。

監視カメラ(写真:Kai Hendry/Flickr [ CC BY 2.0])
しかし、社員の抗議のすべてが良い結果をもたらすわけではない。米アマゾン(Amazon)も同じような顔認識技術などをアメリカの警察に提供している。移民の親子引離し問題をはじめ、黒人活動家、難民の追跡にも自社の技術が使われていることに対して、複数の社員が2018年6月に抗議文書をCEOのジェフ・ベゾス氏宛に提出した。その文書の中で、ナチス・ドイツによるユダヤ人の抑圧と虐殺の際に、ITインフラ大手IBMが人を追跡・管理する技術提供をしていたことも引用していた。しかし、アマゾンはこの抗議の要求に応じなかった。また、アマゾンはアメリカの中央情報局(CIA)にもクラウドコンピューティングの技術を提供している。
企業として、このような反乱を起こす社員を解雇することは、手続上比較的容易である。しかし、優秀な技術者に対する需要が高い中、IT企業は技術者の抗議を無視したり抑えたりすることがそう簡単にはできない場合もある。また、社会で批判の多い問題については、ユーザーやクライアントからの反発や反感を受けることも予想される。
港湾労働組合
自社の行動に反対する社員は一時的に団結するだけではなく、労働組合という組織を通して行動を起こすこともある。傾向としては港湾労働組合の活動が特に目立っている。それは国際貿易と直接かかわる仕事をしているからであろう。
2008年、アフリカのジンバブエで長年政権を握っていたロバート・ムガベ大統領は6期目になる選挙に挑んでいたが、野党の人気が高かったため、警察・国軍など保安部隊を起動させ、野党の政治家や支援者を暴力で抑えつけようとしていた。国軍は中国に武器を発注し、海上輸送された武器は南アフリカの港で降ろされ、トラックで内陸のジンバブエに納品される予定だった。しかし、その武器で人権が侵害されるに違いないと、南アフリカ経由で届けられることに反対した地元の弁護士や人権団体が強く反発した。武器が南アフリカ・ダーバンの港に到着した時には、港湾労働組合がその運動に加わり、船からコンテナを下ろす作業を拒んだ。南アフリカで下ろすことを諦めた船舶は、隣国モザンビークやアンゴラで下ろすことを試みたが、同じように港湾労働組合の力で阻止された。

南アフリカ・ダーバン港(写真:Media Club/Wikimedia Commons [ CC BY-SA 2.0])
パレスチナ問題に対しても、イスラエル政府の行動への反発の一環として、世界各地の港湾労働組合がイスラエルの船舶の入港拒否をするケースが少なくない。例えば、イスラエルが2007年以降、ガザ地区に対して陸海空で閉鎖を強行しているが、2010年に人道支援物資などを積んだ船が閉鎖状態を破ろうとした時、イスラエル軍が阻止するために船に乗り込み、それに抵抗した活動家を9人も殺害した。これに対して、スウェーデン、インド、トルコ、アメリカ、南アフリカの複数の港で、港湾労働組合が動き出し、イスラエルの船に対して入港の阻止を行った。その他にもイスラエルがパレスチナに侵攻した時に同じような入港拒否を行った経緯がある。
リークをする社員
社員が個人として立ち上がることも多い。主に、社内の秘密文書、データ、映像等を報道機関に提供するなどして公開してしまう内部告発者のことである。会社や政府の秘密の漏洩となると解雇されるにとどまらず、法に触れ逮捕される可能性も出てくる。
政府が対象になることも少なくない。例えば、アメリカ政府と協力関係にあったランド研究所(RAND Corporation)で勤務していたダニエル・エルズバーグが、ベトナム戦争に関する政府の内部報告書をコピーし、1971年にニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙にリークした。これはいわゆる「ペンタゴン・ペーパーズ」であり、戦争に関してアメリカ政府が国民に隠していた当時の政権に不都合な事実が数多く含まれていた。
コピー機で印刷して持ち出すのではなく、インターネットでデータとして簡単に持ち出せる時代となり、このような事例はますます増えていった。アメリカ国家安全保障局 (NSA)の下請けをしていたコンサルティング会社のブーズ・アレン・ハミルトン(Booz Allen Hamilton)で勤務していたエドワード・スノーデンの行動が有名な事例となっている。2013年にアメリカやイギリスの政府などが莫大な量の個人情報収集を違法に行っていたことを暴露し、現在もロシアに亡命したままである。

「Yes we can」ではなく「Yes we scan」 アメリカ政府による個人情報収集に対するベルリンでのデモ(写真:Mike Herbst/Flickr [ CC BY-SA 2.0])
また、政府関連以外でも、個人が自社の行動についてリークをする事例も数多く存在している。内部告発者によって、タックスヘイブン問題の規模や仕組みなどが暴露されたパナマ文書やパラダイス文書などが有名だが、そこまで有名にならなかったケースもある。例えば、2006年のイギリス・オランダの多国籍大手商社トラフィグラ(Trafigura)による有害廃棄物の不法投棄事件が挙げられる。オランダで処理を断られた500トンもの廃棄物を、アフリカ・コートジボワールに運び、下請け会社がアビジャン市内にばら撒いたところ、30人が死亡し、10万人が治療を求める事態となった。この事件に関するトラフィグラの内部報告書は存在していたが、同社が隠蔽しようとしたところ、内部告発者によってリークされ、やがてイギリスのガーディアン紙によって暴露された。
人間以外の被害についても暴露されることがある。2018年に、オーストラリアから中東に運送される肉食用の羊の過酷な船舶内の様子を乗組員が職を失う覚悟で撮影し、テレビ局にリークした。利益を最大化するために、船舶に過剰に詰め込んだため、熱中症で多くの羊が死亡し、船から捨てられることになった。このリークにより、オーストラリアなどのメディアで大きく取り上げられることとなった。
通信技術の進歩やSNSの普及によって、物理的にリークをしやすくなった。さらに、ウィキリークス(Wikileaks)などが用いるプラットホームだと、高い匿名性が担保される。

コートジボワール・アビジャン市内を走るゴミを積んだトラック(写真:Ouioui/Wikimedia Commons [ CC BY-SA 3.0])
社員は本来ならば自社の利益を第一に考えるべきであろう。しかし、会社が社会や世界に対して害を与える場合や、そのような現実を隠蔽しようとしている場合、さらには社内でその問題を指摘しても聞き入れてもらえない場合、社員としてどのように動けば良いのだろうか?同じ思いを持った社員と団結して立ち上がることも効果的かもしれないが、リークなどを通して個人でも劇的な効果を生じさせることがある。巨大企業が多くの国のGDPを超えるほどの力を持つようになっている現在、社員も監視の目となることで、より良い世界に向かうことができるのではないだろうか。
ライター:Virgil Hawkins
※ 契約は2017年に開始された国防省のプロジェクト・メイビン(Project Maven)の一環だった。
自分の職を失う可能性もあるのに、そのリスクよりも社会全体の利益を考えて行動している社員の勇気が報われる世界になればいいなと思いました。
情報は見えにくいものなので、どう扱われているかもっと危機感をもって知っておかないといけないなと怖くなりました。
内部からの告発がしやすい企業や社会になればいいなと思います。
巨大なグローバル企業は、世界にとって何が良いことなのか、考えて行動する社会責任があると思いました。
経営層が自社の利益を優先する中、社員たちが正義感をもって声を上げているのは、頼もしいです。
このような風潮がもみ消されないことを祈るばかりです。
グーグルやアマゾンなどのグローバル企業が私たちの生活を豊かにしているのは事実だと思いますが、それらの企業が負の影響をもたらす場合もあるという事実も、消費者として理解しなければと実感しました。ただ、その負の側面を消費者が直接に知ることは難しく、内部の人間の告発に頼らざる終えないので、消費者として、彼らを応援していたいと思いました。