空を覆う黒い影。2019年から東アフリカを中心にサバクトビバッタが大量発生しており、中東、南アジアにまで広がっている。また、パラグアイで発生したバッタの大群が南米で広がっている。この大量発生は、サバクトビバッタにとって繁殖するのに好ましい環境が大雨によって形成されたことに起因しているとされており、気候変動との関連も見られる。そしてこの大群が人間にとって深刻な食料不足を引き起こしている。サバクトビバッタは「世界で最も破壊的な害虫」と呼ばれており、1キロ平方メートルの大群が1日で35,000人分の食料を食べ尽くしてしまう。実際にパキスタンでは2020年6月時点で、収穫の25%が被害を受けたとされる。また、2020年は、東アフリカで2,500万人、イエメンで1,700万人が危機的な食料不足の状況に陥ると予測されている。

サバクトビバッタ(写真:Max Pixel [Public Domain])
しかし、このような食料不足の問題はバッタの大量発生のみに限らない。様々な原因が複雑に絡み合って、現在世界では何億人もの人々が食料不足に陥っている。しかし、このような深刻な状況は報道されているのだろうか。報道されているならばどのように報じられているのだろうか。この記事では、食料不足の実態やその要因、食料システムの問題点を紹介した上で、食料問題に関する報道を分析していきたい。
世界の概況
世界には全人口分の食料を賄うのに十分な食料が存在している。それにも関わらず、実際には飢餓に苦しむ人々も多く存在している。国際連合食糧農業機関(FAO)などの国際機関が出している報告書「世界の食料安全保障と栄養の現状2020年(The State of Food Security and Nutrition in the World 2020)」によると、2019年は重度の食料不安の状況(※1)下にある人々が約7億5,000万人であった。この人数は2015年から増加し続けている。地域別に見ると、アジアが一番多く、約4億2,200万人、その次がアフリカで約2億4,900万人となっている。しかし、その蔓延率で比較してみると、アフリカが一番高く、19%、アジアは9%であった。さらに男女で比較した場合では、女性の方が蔓延率が高かった。また、中度の食料不安の状況下にある人々も含むと20億人を上回り、世界全体で4人に1人の割合となる。他にも、食料危機に立ち向かう国際組織が中心となるネットワーク(The Global Network Against Food Crisis)の食料危機に関する報告書(Global Report on Food Crisis: GRFC)によると、難民の食料不足も大きな問題となっている。世界の難民の半分以上は8ヶ国(※2)内にいるとされていて、その国々は食料不足の危機的状況(※3)にあり、多くの難民が食料不安の状況下にある。
また、食料へのアクセスが不安定な状態が続くことで、栄養不良(※4)に陥っている人々も多くおり、2019年で栄養不良の状態にあるのは、6億9,000万人とされ、世界人口の8.9%であった。この指標においても、蔓延率が一番高いのはアフリカで、19.1%となっている。アフリカの中でも特に中部アフリカの割合は29.8%にも上る。また栄養不良は子供に大きな影響を与えるとされている。栄養不良による発育阻害に該当する子供の蔓延率は2000年から2019年の間で、3分の1にまで減少しているものの、依然として、世界の5歳以下の子供の21.3%が発育阻害の状態にある。
食料不足を引き起こす要因
以上のように食料不足や栄養不良の事態は深刻である。ではなぜそのような事態が起きてしまっているのだろうか。ここ数年で大きな要因となっているものを説明していきたい。GRFC 2020によると、2019年で特に大きな要因として挙げられるのは、武力紛争と気候変動、経済危機であった。その中の最も大きな要因として武力紛争が挙げられる。世界全体で食料不足の危機的状況にある人々の内の過半数が武力紛争によって食料不足の状況に陥っており、この人数は2018年より増加している。というのも、紛争下において、人々は農業を営むことができなくなる。畑を離れざるを得なかったり、種・肥料・農薬などの入手が困難になったりするからだ。さらに地雷や不発弾が埋められたままでは土地を耕すことができないという問題もある。また農業従事者でなくても、紛争により、人々は仕事ができなくなったり、所得を奪われたりする。さらに食料の価格が高騰することもある。その結果、食料があっても、入手すること自体が難しくなってしまう。
次に大きな要因として挙げられるのは気候変動である。干ばつや洪水などの異常気象が作物や家畜に直接的に影響を与え、場合によっては収穫に壊滅的な被害が出る。こういった影響は特に小規模な自作農家にとって深刻である。異常気象によって受けた被害から回復するための資金がない場合が多いからだ。降雨に依存する牧畜家にとっても気候変動による被害は深刻だ。地域別では、アフリカでも特に東アフリカが大きな影響を受けているとされている。例えば2019年には大規模な洪水が発生した。この大雨や洪水が気候変動とつながっており、冒頭でも述べたようなサバクトビバッタの大量発生の原因の一つともなっている。またアジアの多くの地域ではヒマラヤの氷山からの表面流水を農業に使用しており、その表面流水は毎年氷山の氷の増加によって補充されている。しかし、現在はその補充よりも早いペースで氷が溶けており、農業用水の減少が問題となっている。他にも、収穫量が減少することで食料の価格が上昇するという問題もある。

干ばつの被害(写真:Meryll/ Shutterstock.com)
さらに特に2019年から主要な原因として見受けられるのは経済危機である。ベネズエラなどの中南米地域は特に大きな影響を受けている。貿易条件を悪化させるインフレーションや通貨下落、また輸出の減少、投資・資本流入の減少が影響を与えているとされている。また、食料の価格そのものの上昇や、所得の減少により、世帯や個々人の食料不足を引き起こしていることも考えられる。国家による統治が弱い国や、紛争が起きている地域は特に経済危機による影響を受けやすい。
以上の3つの主要な原因以外にも感染症や害虫、突発的な自然災害による影響も挙げられる。感染症の流行により、個々人の活動に影響が出る場合や、市場や供給に影響が出る場合がある。例えば、現在の新型コロナウイルスの流行による影響も大きく、感染による死亡者数よりも、その影響を受けて飢餓に苦しみ死亡する人々の方が多いとも言われている。また、冒頭で紹介したバッタ以外にも多くの害虫が存在し、害虫の大量発生により、作物の生産に直接的な被害が出る。他にも地震や津波などの自然災害がインフラや環境への被害を引き起こすこともある。
システム上の問題
ここまで、食料不足を引き起こす直接的な要因について触れてきたが、そもそもなぜ食料はこれほどまでに環境や経済の変化の影響を受けやすいのだろうか。それには世界の食料システム上の問題が考えられる。以下では食料危機の構造的な要因を探っていきたい。
そもそも世界には慢性的な格差および貧困問題が依然として続いており、それが食料安全保障にも大きく反映されている。しかしそれだけではなく、グローバル化によって、世界の食料システムがつながっていることも、食料の格差を引き起こす要因となってしまっている。というのも、食料システムがグローバル化されたことにより、地産地消が減少し、世界規模で売り手と買い手がつながった。それにより、食料の価格は世界レベルで変動してしまう。この価格の変動の背景には為替変動以外に、資産家による投機の問題もある。金儲けのために、資産家が大量の先物取引を行うことで、価格が変動してしまうためである。食料の価格そのものが高くなると、慢性的な貧困状況にある人々にとって食料を入手することは尚更難しくなる。例えば、2007年から2008年には食料の価格が高騰し、世界各地で食料不足に苦しむ人々によるデモが行われ、経済的・政治的影響を受けた国が多かった。

とうもろこしの収穫(写真:United Soybean Board/ Flickr [CC BY 2.0])
次の問題点として、低所得国における自給自足用の食料の不足が挙げられる。本来、農家は作物の多様化を推進し、土壌・水・森林の保護に努めながら、生産地のための食料を作るシステムの方が、生産性が高く、公平で、持続可能性である。しかし、高所得国や投資家、民間企業が土地や人件費などの安さに着目し、このような国で商業的農業の展開を進めてきた。輸出が増えたことにより、ある程度の経済成長が見られる場合もあるが、利益の多くは外資系企業にとられてしまう傾向にある。また、生産地用の食料の生産が減少するため、最終的に食料不足が悪化することも決して少なくない。
その一例として、2012年に発足された、「アフリカにおける食料安全保障及び栄養のためのニュー・アライアンス(The New Alliance for Food Security and Nutrition in Africa)」について触れたい。これはG7(Group of Seven)とアフリカ地域の10ヶ国、高所得国の大手農業企業による共同の取り組みで、アフリカの農業に投資することによって、アフリカの食料不安を改善しようという目的で発足された。しかし、実際は高所得国による政府開発援助(ODA)や外資系企業による投資を増やす見返りとして、現地政府はこれらの企業を優先するような政治改革を推進するよう求められるなど、その現地の食料問題を改善させるどころか、むしろさらなる食料不安を助長しかねない。そのような批判の声が上がり、G7の全体のプログラムとしては徐々に姿を消したものの、現在もG7各国の政策に同じような傾向が見られる。またこのようにして強化された輸出用の作物は、バイオ燃料や牧畜用のエサのために多く使われ、人間が食べる食料が不足しているという問題もある。
また一方で、高所得国は食料を輸入しているにも関わらず、大量の食料を捨ててしまっているという問題点もある。FAOによると、2018年の時点で収穫されてから小売の現場に届くまでの間に捨てられてしまう食料(フードロス)は全体の約14%を占めた。これに加えて、小売段階、消費段階で捨てられてしまう食料(フードウェイスト)も多くあるとされている。その割合は国によって30%から40%にも上るとも言われている。

バナナを運ぶ女性(写真:Dietmar Temps/ Shutterstock.com)
さらに、作物の品種の多様性が失われているという問題もある。少数の作物に依存することで、気候変動や害虫の影響を受けた場合に、壊滅的な被害を受けやすくなってしまうのである。人間が食べることができる植物は30,000種類にも及ぶと言われているが、実際にはそのうちの150種類しか食べていないとされている。例えば、同じとうもろこしやバナナでも限られた品種のみ大量に作られてしまっているという実態がある。このように少数の種類の作物に依存してしまった理由は、数少ない農業関連企業に集中してしまったことが挙げられる。また、先にも述べた、アフリカのための「ニュー・アライアンス」も関連している。この取り組みには現地政府における政治改革として企業による農業への介入を自由化するものも含まれており、その企業によって特許付きの種を普及することを容易にしてしまった。
報道の分析
ここまで、食料不足の現状や要因について触れてきた。では一体、世界の食料状態についてどのように報道されてきたのだろうか。今回、2005年から2019年の15年間で、読売新聞(朝刊・夕刊)の記事の中で国際報道として報じられた記事のうち、食料や飢えに関するものを取り上げ、記事の内容と国・地域、主体について調べた(※5)。その結果、まず食料に関する記事そのものが少ないということが分かった。2005年から2019年までで総記事数は363件で、1ヶ月に2件程度だった。
それでは内容別に見てみるとどうだろう。最も多かったのは食料支援や供給に関する記事で、全体の32%(117件)であった。主に、食料不足に苦しむ国への国際機関や他国からの食料支援や、食料不足に苦しむ国内での食料の供給に関する記事である。その次に多いのは食料不足の実態そのものを扱った記事で30%(108件)であった。他には、価格上昇に関する記事が17%(62件)、支援以外に輸出規制などの対策に関する記事が12%(44件)という結果になった。食料デーというカテゴリーについては、国際連合が毎年10月16日を国際食料デーとして、食料問題について考えようと決めており、読売新聞の記事でも毎年、その年で問題とされた食料問題についての分析記事が掲載されていた。食料デーに関する記事は全体の5%(17件)であった。以上の結果から、食料不足を引き起こしている背景や食料のシステム上の問題よりも、短期的な支援に焦点が当てられた記事が多かったということがわかる。
では次に地域・国別で見てみよう。上記で述べたように、重度の食料不安の状況下にある割合が高いのはアフリカであるが、アフリカに関する記事は全体で8%(29.8件)(※6)であった。そのうちの26%(7.8件)は一つ一つの国にクローズアップした記事というよりは、アフリカ全体を一括りとして取り上げられたものだった。またその内容も、国連等の国際機関による会議に焦点を当てたものがほとんどであった。一つ一つの国について取り上げる場合には短期的な食料支援についての記事がアフリカ全体の24%(7.1件)で、食料不足について取り上げられたのは17%(5件)であった。アフリカの次に食料不足にある人々の割合が高いアジアは、全体の43%(154.6件)と地域ごとでは最多の件数であったが、アジアの中でも重度な食料不安状態と考えられるインドやパキスタンに関する記事はアジアの中でそれぞれ1%(インドが2.3件、パキスタンが1.3件)のみであった。一方で、北朝鮮に関する記事がアジアの中で39%、総記事数の17%(59.9件)に上り、アフリカ全体の件数の約2倍という結果となった。
では記事の主体としてはどのような人や組織が取り上げられているだろうか。この場合の主体は、その記事で誰に焦点が当てられているかを基準に判断した。例えば、食料支援を扱った記事の場合、支援を受ける側と支援をする側のどちらにより重きが置かれているかを判断して、主体を分類した。その中で一番割合が高かったのは対策を講じる側で40%(147件)であり、支援を行う側と合わせると58%(214件)という結果になった。それに対し、食料が不足している側は28%(101件)、支援を受ける側はわずか4%(16件)という結果になった。このように、食料不足に苦しむ人々の実態が大きく取り上げられているというよりは、その食料不足に遭っている国や人々に対して、支援を行い、対策を講じる国際機関や高所得国の動きに焦点を当てた記事が多かったと言うことが出来る。
報道されない問題
以上のように、食料問題に関する国際報道には取り上げられる国や主体に偏りがあり、内容別で見ても、報道されていない問題が多くあることが分かった。地域・国別の偏りについては、食料不足にある人々の割合が高い地域よりも、日本との関わりが強いと考えられる北朝鮮や高所得国に焦点が当てられたものが多かった。また食料不足の問題について報じられていても、その記事の内容は突発的な災害や感染症、紛争といった直接的な要因によるものを扱っていた。一方でその裏にある背景や、上で挙げたような食料システム上の問題に焦点が当てられたものはバイオ燃料を扱ったものが7件、投機について3件、フードロスについて1件、そして食料デーに関する記事で複数の問題が部分的に触れられた程度だった。さらに、短期的に取り上げられる国がほとんどで、長期的に食料不足について取り上げられていたのは北朝鮮のみであった。また他にも、食料支援に関する記事が多かったが、支援を受ける側より支援をする側に焦点が当たっている記事が多かった。その支援が短期的であり、食料問題の長期的な解決にはつながらないといった内容は含まれておらず、国際機関や高所得国が行った支援、対策の事実を報じたものが多かった。さらに、価格上昇を扱った記事もあったが、価格が上昇している事実と短期的な影響・支援を扱った記事が多かった。

昼食を食べる子供たち(写真:Anna Issakova/ Shutterstock.com)
執筆当時は、サバクトビバッタの大量発生に加えて、新型コロナウイルスや気候変動による影響を受け、国連はここ50年で最悪の食料危機に直面すると警戒している。グローバル化が進み、世界で食料自給率が低い国も多い中、世界の食料問題は決して他人事にできる問題ではないだろう。この危機に対して、短期的な政策が行われるばかりでは、世界の食料問題は一向に解決されない。抜本的な食料システムの改革が行われる必要があるだろう。だからこそ、表面的な問題だけでなく、背景や根本的な問題について報じられていく必要があるのではないだろうか。
※1 ここでいう「重度の食料不安の状況」とは、「安全で、栄養に富んだ、十分な量の食料を手に入れる能力が深刻な制約を受けている」ことを示す。
※2 トルコ、パキスタン、ウガンダ、スーダン、レバノン、バングラディシュ、ヨルダン、エチオピアの8ヶ国。
※3ここでいう「食料不足の危機的状況」はGRFC 2020で使用されている食料安全保障の分類(IPC/CH acute food insecurity phase)の中の3以上のことを指す。3段階目は、具体的には、通常より深刻な栄養不良を引き起こしている、または生活に必要不可欠な資本を使い果たしてやっと最低限の食料を得られている状況のことをいう。
※4 ここでいう「栄養不良の状態」とは持続可能な開発目標(SDGs)の2番目の目標として掲げられた「飢餓をゼロに」で使用されている指標栄養不足蔓延率に基づくものである。
※5 読売新聞のオンラインデータベース「読売新聞 ヨミダス歴史館」において、2005年1月1日から2019年12月31日までに東京で発行された朝刊・夕刊で、「国際」に分類されているものを集計。見出しに「食料」「食糧」「飢」を含む記事のうち、「飢」を比喩的な表現で用いている記事を除いて集計した。
※6 それぞれの記事を平等に計数するため、1つの記事で2つの国を扱っている場合、それぞれ0.5記事として計数する。
ライター:Maika Kajigaya
グラフィック:Saki Takeuchi, Maika Kajigaya
直接的な要因だけでなく、システム上にも問題があって、様々な要因が複雑に絡み合って食料不足に苦しんでいる人が多いということがよくわかりました!
とても興味深い内容でした。
飢餓に苦しむ子供たちに少しでも食糧が届くようシステムの構築、改革を望みます。
グローバル化により地産地消が減っていくというのは面白い視点だなと思いました。世界の食糧問題に関心を持てました
グローバル化の進展が食糧不足を解決するかと思いましたが、外資が入ることでさらに不安定になってしまっているんですね……
地域別で見ると食料問題に関する報道はアジアが4割を占めていると知って驚きました。重度の食料問題を抱えるアフリカなどの地域の報道が少ないというのを知って、報道量だけで事態の深刻度を判断してはいけないなと思いました。
世界食糧計画がノーベル平和賞に選ばれたというニュースを観ました。今後世界の人口増加が見込まれている中で、WFPやFAO含め大きな枠組みでの取り組みが必要になるのは間違いないと思います。このニュースが、食糧問題を多くの人が知るきっかけになればと願います。
1人1人が食べることをもっと真剣に考えなくてはいけない。自分も立ち上がります。 皆に伝えていきます。
食料大事