「フェアトレード」の商品を、読者のみなさんは見たことがあるだろうか、また、購入したことがあるだろうか。最近では日系大手製菓メーカーもフェアトレードのチョコレートを導入し、日本でも少しずつ注目され始めている。通常より少し割高の金額を払ってそれらの商品を購入すれば、ちょっといいことをした気分になるかもしれない。このように、日本では「社会貢献」のイメージが強いフェアトレードの商品が、イギリスなどの欧米諸国ではごく当たり前の日用品としてスーパーで売買されていることを知ったら驚くかもしれない。日本である意味では「非日常」なフェアトレードが、人々にどれほど意識され、注目されているのだろうか。また、イギリスと日本の人々の注目度の差異に報道は関連しているのだろうか。今回は日本におけるフェアトレードの実情を、流通金額と報道量をイギリスと比較しながら分析していく。

ニューヨークのフェアトレードショップで販売されている服飾品 (Henry Bellagnome/flickr)[CC BY-SA 2.0]
フェアトレードとは何か
日本におけるフェアトレードの実情について分析する前に、まずはフェアトレードの仕組みを説明する。一般的な貿易では、発展途上国の原材料が加工された商品として先進国の消費者の手に渡るまでに大手商社や下請け企業が何重にも介在し、売上金のうち生産者の手元に入るのはごくわずかだ。多くの場合、生産者が劣悪な労働環境の中で何十時間も働いて完成した成果物を、消費者である先進国の人間が非常に安い価格で購入する、といういわゆる「アンフェアトレード」が当たり前のように行われている。このような不公平な状況を少しでも改善するために導入されたのがフェアトレードだ。生産者とその原料を利用する企業が直接的なパートナーシップを結び、国際フェアトレード基準(Fairtrade Standards)で定められた貿易基準に沿って取引することで、労働に値する妥当な収入を生産者に還元する、搾取を前提としない貿易である。国際フェアトレード基準では生産者の労働形態の他、産品ごとに最低価格が定められており、これらを守って初めてフェアトレード商品として国際フェアトレードラベル機構(Fairtrade International)から公式に認定を受けることができる。代表的な産品としては、嗜好品であるチョコレート、コーヒーや紅茶に加えて、日用品の綿製品もフェアトレードが推進されている産品の一つだが、これらの特定の産品だけでなく、本来すべての産品にフェアトレードが適用されていなければならない。

フェアトレード認証マーク付きのバナナ (Thinglass/shutterstock.com)
日本のフェアトレード市場
では、フェアトレード商品はどのくらい流通しているのだろうか。日本とイギリスのフェアトレード商品の流通金額は以下の通りだ。
これを見ると、日本での流通金額はイギリスに比べて圧倒的に少ないことが一目でわかるだろう。イギリスでフェアトレード商品が莫大な規模で流通する中で、日本では徐々に増えているとはいえ、なぜこのような小さな規模でしか扱われていないのだろうか。そもそも、フェアトレードは日本でどのくらい認知されているのだろうか。フェアトレードの認知度、フェアトレード認証マークの認知度、公平な貿易のために少し高値でもフェアトレード商品を買うことに賛成である人の割合を日本とイギリスで比較し、以下にまとめた。
どの項目でも日本はイギリスよりも割合がはるかに低く、日本ではフェアトレードがあまり定着していないと言える。ということは、当たり前の豊かな暮らしが途上国への搾取の上に成り立っていることを意識して生活している人は、日本にはあまりいないということだ。つまり、日本でフェアトレードの認知率が低く流通金額も少ないのは、他の国で起こっている貧困や搾取について日常的に知る機会があまりないからではないだろうか。では、本来他の国の情報をわたしたちに与え他国との窓口になるメディアは、どの程度フェアトレードについて報道しているのだろうか。
フェアトレードと報道
フェアトレードに関する報道以前に、そもそも日本では貧困国とその人々についてほとんど報道されていない。全国紙3社で後発開発途上国について報道された文字数の割合は、国際報道全体のわずか5%前後に過ぎない。また、「フェアトレード」という単語を含む記事は2007年から2016年の10年間でイギリス全国紙のThe Times of Londonでは376件、The Guardianでは837件(10年分の総数)であったが、日本の同3社では、朝日新聞で93件、読売新聞で86件、毎日新聞で74件だけだ。さらに、この中で記事の本題がフェアトレードのもの(記事全体のテーマとして扱われているもの)に絞ると朝日新聞で23件、読売新聞で23件、毎日新聞で26件という少数にとどまった。また、そのうちの約17%は読者からのフェアトレードの拡大を呼び掛ける投書だった。
また、記事の数だけでなく、内容にも日英間でかなり差異があった。イギリスの2社の記事の中には、途上国の生産者の現状や、フェアトレードを通して生産者の現場にどのような変化がもたらされたのかを報道したものも多く、貧困国に対する搾取のよりリアルな実態について考える機会が日本よりも多く提供されている。また、フェアトレードが抱える問題点なども指摘され、フェアトレードの適切性も議論されている。一方、日本の報道ではイギリスで報道されているような生産者の貧困の実態やフェアトレードの問題点はほとんど取り上げられていない代わりに、ある興味深い特徴があった。フェアトレードを本題とする記事の主体を分析した結果は以下のようになった。
これを見ると、日本のフェアトレード報道は企業の取り組みや商品の紹介に偏っていて、実際にフェアトレードによって影響を受ける生産者やその生活については、ほとんど報道されていないことがわかる。
生産の現場が見えないフェアトレード報道
日本のフェアトレード報道が目玉とするのは、フェアトレードに従事する人や企業の「社会貢献」だ。企業や商品・市場の特集では、「社会貢献」そのものを商品とする新しい形のビジネスチャンスや、フェアトレードを導入するに至った会社のストーリーを紹介し、学生の活動を中心に扱ったものでは、いかに学生が献身的にフェアトレードに取り組んでいるかにスポットを当てている。また、2011年の東日本大震災以降は、被災地の産品の差別のない販売を呼び掛けたり、被災者の作成した手芸品を取り上げたりするなど、風評被害対策を「フェアトレード」として扱った記事も複数あった。これは、冒頭で述べた通り、日本で人々が一般的に持つ「フェアトレード=いいこと」のイメージに起因するものであり、同時にこのイメージを強化するものでもある。各社の記事を分析する中で「フェアトレードの商品を通して途上国の生産者に想いをはせる」というフレーズが頻繁に見受けられたが、日本のメディアが注目しているのはあくまで想いをはせる「私たち」であって、肝心の生産者の現状はほとんどわからない報道形態になってしまっている。つまり、報道を通して私たちに見えるのは、フェアトレードの活動自体の奉仕的性質や活動家の献身であり、現地の生産者に対する実際の効果や未解決の問題点の情報は、ほどんどと言っていいほど提供されていないのだ。
チャリティではなく「当たり前の日常」に
では、実際にフェアトレードは日本のメディアが称賛するほど献身的な奉仕活動なのだろうか。フェアトレードで行われていることは、先に述べたとおり、あくまで途上国で生産された商品を「適正価格で」買い取るものであり、いうなれば搾取が行われていたマイナスの現状をゼロに戻すものにすぎない。つまり、持たざる者への奉仕ではなく、私たちが持たざる状況へ追い込んできた人々を私たちと同じスタートラインに立てるようにするための活動だ。また、取引を「フェア」とする価値基準も消費者側の先進国のものである点で、フェアと呼ぶに値するのかどうかも議論されている。フェアトレード認証商品の生産者の生活を見ても、以前に比べて貧困は多少解消されているが、消費者側の先進国の生活水準には遠く及ばないのが現状だ。しかし、いくらか問題はあれどフェアトレードは世界全体の公平な貿易を達成する第一歩として非常に重要な取り組みだ。まずは世界全体の貿易取引のレベルを現在のフェアトレードのレベルまで底上げすれば、そこを新たなスタートラインとして貿易基準のならなる発展も期待できる。フェアトレードを「一部の企業や学生が取り組む支援活動」として押し出すのではなく、「不公平な世界の貿易を変える第一歩」として誰もが商品を手にするきっかけを作るような報道がなされるとき、世界が本当に動き出すのではないだろうか。

ストライキが起こったインドのダージリン地方で茶摘みをする女性 (Maximum Exposure PR/shutterstock.com)
ライター:Yuka Komai
グラフィック:Yosuke Tomino/Yuka Komai/Virgil Hawkins
1年前の記事へのコメントになりますが、この記事から1年経った今でもフェアトレードに対する認知度は低く、また「フェアトレード=いいことしている」というイメージが強いように感じます。報道の改善を求めるとともに、一人の消費者としてフェアトレードに対する認識を改めたいと思いました。
フェアトレード商品を買うと「ちょっといいことをした気分」になるとの指摘にドキッとしました。買う行為のみに目を向け、ただの自己満足で終止するのが常ですが、本来ならもっと、実際にそのお金がどのように生産者の手に渡っているかに気を配るべきなのだと気付かされました。