2020年に入ってから、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化している。世界で多くの感染者・死者が出ており、経済、人々の生活や仕事にも大きな影響を与えている。これが注目に値する事態であることは間違いない。しかし、新型コロナウイルスがメディアの報道を独占してはいないか。世界ではその他にも報道するべき重要な出来事・現象が起こっていないだろうか。人命の観点から、新型コロナウイルスと同レベル、もしくはそれ以上のレベルの他の脅威に我々は常に直面しているが、それらはどれほど報道されているのだろうか。全体的に、国際報道のバランスはとれているのだろうか。新型コロナウイルスが注目を集める状況下で、私たちは本当に世界が直面する危機を捉えることができているのか。また、今後やってくる新型コロナウイルス感染症のようなパンデミックやその他の危機を防ぎ、またはそれに備えるための役割をメディアは果たしているのだろうか。人類が直面する保健医療危機に関する報道がどうなっているか、本記事で追う。

新型コロナウイルス(写真:Pixabay[public domain])
新型コロナウイルスに関する報道量の分析
はじめに、日本の国際報道における新型コロナウイルス報道はどれほどの割合を占めているのだろうか。本記事では新聞・SNSのそれぞれ1つずつの媒体について分析を行った(※1)。はじめに、新聞に関しては、読売新聞の2020年3月から同年7月までの5か月分の報道を調査した。4,684記事の全国際報道のうち、新型コロナウイルスに関する報道は2,742記事を占めている。これは、国際報道において新型コロナウイルスに関する記事が約60%を占めていることを示す。特に、2020年4月においてはその割合が最大で、国際報道のうち74%と非常に高い割合を占めている。
次に、SNSに関しては、LINEニュースダイジェストの2020年3月から7月までの5か月分の調査を行った。LINEニュースダイジェストとは、LINE株式会社が選抜した様々な報道機関の記事を1日に3度配信するものである。339記事の国際報道のうち、219記事が新型コロナウイルスに関する報道で、これは約65%を占めていたことを示している。特に3月は、新型コロナウイルスに関する報道の割合が最大で、81%を占めていた。加えて、NHK NEWS WEBに関しても短期間の調査を行った。2020年4月の国際報道においては、新型コロナウイルスに関する報道が全国際報道のうち87%を占めていた。
新型コロナウイルスによって見逃された出来事・現象
以上から、メディアの国際報道のうち、新型コロナウイルスに関する報道が長期にわたって大きな割合を占めており、近年の中では異例な状況であるといえる。しかし、新型コロナウイルスの発生と同時期に、他にも世界各地で人々を脅かす危機が発生している。つまり、本来であれば報道されていたかもしれないが、新型コロナウイルスによって報道の枠を奪われ、ほとんど見逃されたニュースが存在すると考えられる。
はじめに、自然関連の出来事・現象について述べる。サバクトビバッタの群れの大発生がアフリカ東部や南アジア、中東地域で農業に大打撃を与えており、2020年3月に国際連合食糧農業機関(FAO)は「食の安全と暮らしへの前例のない脅威」を引き起こしていると警告した。1つの群れの個体数は数億匹から数十億匹とも言われており、その大群は莫大な量の食糧を食べてしまう。
このような被害が出ている東アフリカ、南アジア、中東地域で4,200万人が深刻な食糧危機に陥っているという。これらの地域では、通常の状態でも食糧供給が不安定であることもその大きな要因だろう。このように、サバクトビバッタの大発生は新型コロナウイルス以上かそれと同等に人命を脅かす存在であるにも関わらず、読売新聞でバッタ発生に関する記事数は2020年3月から7月の間にたった2つのみだった。

マダガスカルで発生したバッタの大群(写真:Iwoelbern/ Wikimedia Commons[CC BY-SA 3.0])
ほかにも、南アジアはサイクロンの被害を大きく受けている。2020年5月、1999年以降で最も激しいサイクロンがバングラデシュとインドを襲った。このサイクロンにより、少なくとも106人が死亡したとされている。また、300万人以上もの人が避難を余儀なくされた。このようなサイクロンは十分に人命への脅威であるといえるが、発生した2020年5月から7月の間に読売新聞では関連したニュースは報道されなかった。
脅威となっているのは自然だけではない。西アフリカのサヘル地域で越境した武力紛争は、マリ、ニジェール、ブルキナファソなどで大きな人道危機を引き起こしている。特に紛争の経験があまりなかったブルキナファソでは、紛争も原因となり約330万人が深刻な食糧危機に直面している。2018年以降、武装組織の活動が活発化し、治安状況が悪化した結果、強制移住が増加し、国内の食糧供給事情が悪化している。また、強制移住させられた国内避難民は2020年だけでも約50万人、累計で約92万人となっている。しかしながら、2020年3月から7月の間に読売新聞では関連する内容の報道はなされなかった。
既存の保健医療危機
2019年12月に発生した新型コロナウイルスによる死者は、2020年8月末の時点で84万人であり、人命への大きな脅威だと言える。したがって、世界への影響が大きく、その分恐怖や関心も湧き、当然注目に値する。しかしながら、世界には、新型コロナウイルスの他にも普段から多くの命を奪っている危険な病気が多く存在する。メディアはこの事実を通常時から規模に見合った量で報道しているのだろうか。そこで、新型コロナウイルスが発生する以前の2019年度の読売新聞のデータをもとに調査を行った。
はじめに注目すべきは世界の人々の主な死因である汚染であろう。2015年の1年間で、世界中の約900万人が汚染に関連して死亡している。そのうち大気汚染が原因となる呼吸器疾患などで死亡する人が約650万人、水質汚染が原因となる下痢系疾患などで死亡する人が約180万人、残りの100万人近くが職場での汚染で死亡している。しかしながら、読売新聞の2019年の1年間の国際報道の中で、汚染の人命に対する脅威について言及されたものはたったの2記事だった。
また、新型コロナウイルス以外の感染症についてはどうだろうか。結核によって死亡している人数は1年間で約150万人である(※2)。HIV/エイズに関連する病気で死亡している人数は、1年間で約69万人である(※3)。季節性インフルエンザに関連する呼吸器疾患で死亡する人数は、毎年最大65万人とも言われている。また、1年間で世界の44万人がマラリアに疾患し死亡している(※4)。しかしながら、読売新聞では2019年の1年間の国際報道において、それぞれの人命への脅威について、結核に関しては4記事、HIV/エイズに関しては1記事、季節性インフルエンザに関しては1記事、マラリアに関しては2記事のみしか報道されていなかった。これらの病気は、治療法・予防法が存在するにも関わらず、多くの人が現在進行形で亡くなってしまっている。

マラリアの検査を行う様子(写真:CDC Global/Flickr[CC BY 2.0])
どうしてこれほど大規模な保健医療危機がほとんど報道されていないのだろうか。どうして新型コロナウイルスに関する報道量とこれほど大きな差があるのだろうか。その理由の1つは、日本国内の犠牲者が極めて少ないことだろう。加えて、こうした保健医療危機の犠牲者の多くが低所得国の者であるからということが考えられる。つまり、低所得国における問題がなかなか報道されないメディアの問題点が浮かび上がっている。また、メディアが「新しい」危機にばかり焦点を当てていることも理由として挙げられる。上記の危機によって新型コロナウイルスの犠牲者数よりも多い、もしくはそれと同等の人数の人が苦しんでいるにもかかわらず、現状が「通常」の状態であるかのように扱われ、ほとんど報道されていない。そして、新型コロナウイルスはその性質についても治療法についても未知の要素がまだ大きい。そのため、今後感染がどれほど拡大するのか、どれほどの命を奪うのかがわからない分恐怖や関心も湧き、より注目が集まる側面もあるだろう。つまり、純粋な人命に対する脅威が報道の判断材料になっていないことがわかる。
今後やってくる保健医療危機
上記のような大きな保健医療危機はつねに発生している。中にはある程度防ぐことができるものも存在するが、その被害はすでに現れており、今後増大していく一方だと考えられる。そしてこれらは、マラリアや汚染といった保健医療危機と異なり、日本国内でも影響が大きいと考えられる。そのひとつは、気候変動による保健医療危機である。現在、気候変動による保健医療危機がすでに深刻化している。アメリカ海洋大気庁(NOAA)によると、気温の測定が開始されて以来、2020年が世界の最も気温の高い年になる確率が高く、それは75%だという。このような状況のもと、気温上昇による影響が増加している。農業や建設業といった屋外で働く者のなかで、熱疲労や熱射病、腎臓病といった健康被害が世界各地で増加している。
気温上昇はますます深刻な影響を与えると考えられる。全米経済研究所(NBER)によると、今世紀の終わりまでに気温が3度上昇した場合、さらに10万人に対して73人が、高温が原因で死亡するという。また、地球温暖化がこのまま進めば屋外の気温は人間が耐えられないものになり、作物にとっても致命的な気温になる恐れがあるという。結果として食糧供給が困難になり、世界的な飢饉がやってくる恐れがあると指摘されている。
気温上昇による影響として海面上昇や異常気象も挙げられる。 これらは洪水の原因となり、さらに洪水は感染症の流行を引き起こすとして問題視されている。 21世紀末までに気温上昇とともに異常気象としての激しい降水が増加し、それは、最大でこれまでの平均の3倍のレベルに達すると予測されている。 したがって、気温上昇によって引き起こされる洪水、さらには感染症は、今後やってくる人命への脅威だと考えられる。

洪水の様子(写真:PranongCreative/Needpix.com[public domain])
しかしながら、GNVの過去の記事「メディアは地球の危機に気付いている?」でも指摘しているように、朝日新聞の2019年上半期において、気候変動に関するキーワードがタイトルに含まれている記事は16件のみであった。また、NHKは「気候報道を今(Covering Climate Now)」運動のパートナー機関として参加していたにもかかわらず、2020年4月に実施されたキャンペーン期間を含む1ヶ月間で、気候変動関連のニュースは1つのみであった。このように、現在も十分に人命への脅威であるだけでなく、さらに将来的により深刻化するであろう気候変動に関して、既存のメディアはその状況に見合った量・内容の報道を行っているとはとても言えない。
将来的にさらに深刻になると考えられるもうひとつの保健医療危機として、薬剤耐性の問題も挙げられる。薬剤耐性とは、細菌やウイルスなどが、それらによる疾患を治療する抗生物質などの薬剤に対して耐性を持ち、これらの薬剤が効かなく、あるいは効きにくくなることを指す。つまり、治療薬が存在するにも関わらず、薬剤耐性が強くなることで本来であれば効くはずの治療薬が効かず、死に陥る可能性があるということだ。驚くべきことに、薬剤耐性によって死亡する人は、毎年約70万人だと推定されており、現在でも十分に多くの人を苦しめる保健医療危機であるとわかる。その上、2014年のイギリス政府の報告によると、薬剤耐性による死亡は、2050年までに世界中で年間1,000万人に達すると予測されている。

抗生物質(写真:oliver.dodd/Flickr)[CC BY 2.0]
なぜ薬剤耐性の問題は深刻化しているのだろうか。薬剤耐性は人間・家畜に対する抗生物質・抗菌薬の過剰投与によって引き起こされる。さらに、新型コロナウイルス患者の治療をめぐってこの問題がますます深刻化している。現在、新型コロナウイルスの治療・予防の一環として非常に高い割合で抗生物質・抗菌薬が使用されており、薬剤耐性を強くしてしまっている。ほかにも、製薬会社が新しい抗生物質・抗菌薬の開発は収益が見込めないと判断していることから、製薬会社が新たな抗生物質・抗菌薬の開発を怠っている。また、社会全体で薬剤耐性の問題が注目されていないため、その対応が遅れてしまっていることも要因である。今後さらに重大な人命の危機となりうる薬剤耐性だが、2019年の1年間における読売新聞の国際報道では、薬剤耐性について取り扱ったものはなかった。
長期的な視点で見た感染症
世界中で問題となっている新型コロナウイルスを大きく報道で取り上げることは重要である。しかし、このような新興感染症が発生するのは新型コロナウイルスが初めてではなく、数年に一度発生している。例えば、2002年に発生した重症急性呼吸器症候群(SARS)や2003年に発生した中東呼吸器症候群(MERS)などが挙げられる。そして、感染症の発生回数は増加し続けている。このような感染症の発生や拡大を防ぐために、そして発生してから対策をとるためにも、感染症が流行する以前からその危険性に注目し、予防策から発生後の対策まで、幅広い情報および認識の共有や議論が必要である。この観点から、メディアの役割は大きい。では、新型コロナウイルスのような新興感染症を防ぐにはどうすればよいのだろうか。
感染症の発生・拡大の要因の一つは、自然破壊・森林伐採とされる。自然破壊・森林伐採は長期的に感染症の発生・拡大を助長している。自然破壊された場所と自然破壊がされていない場所とで比較すると、人畜共通感染症を宿す動物の個体数は最大2.5倍になることがわかった。人畜共通感染症とは、病原体が動物を宿主として繁殖し、人間に感染する新型コロナウイルスのような感染症である。さらに、自然破壊された生態系とそうでない生態系を比較すると、感染症の病原体を運ぶ種の割合は、最大70%増加したことがわかった。つまり、自然が破壊されるほど、感染症を宿す動物や病原体を運ぶ動物が増加するのである。

森林伐採の様子(写真:TFoxFoto/Shutterstock)
また、森林伐採によって、ウイルスを宿す野生動物との接触機会が増加し、人畜共通感染症が人間に感染する可能性が高まることも指摘されている。たとえば2019年の調査では、森林破壊が10%増加するとマラリアの症例が3.3%増加することが明らかになった。それは世界中で740万人に相当する。また、森林破壊はエボラ出血熱、ジカウイルス、ニパウイルスなどの感染症の発生の31%に関連している。それだけでなく、多くの薬やワクチンの原材料は自然に由来するものであるため、自然破壊を行うほど生物多様性が失われ、結果として薬やワクチンの開発・制作が困難になる。
しかしながら依然として、2016年以降、年間平均2,800万ヘクタールの森林が伐採されており、減少の兆候はない。現状のままでは、新興感染症の流行が再び発生し、人々を苦しめる恐れがある。しかし、逆に、自然破壊・森林伐採を減少させ、長期的な視点で予防することも可能である。経済的な面では、新型コロナウイルスによる危機から生じた経済的損失額のわずか2%があれば、今後10年の感染症の大流行を予防することができると推定されている。しかしながら、読売新聞の2019年1年間の国際報道では、森林伐採について1記事のみしか報道されていなかった。
また、感染症の発生・拡大を助長するものとして、畜産業も挙げられる。既存の感染症の約60%と新興感染症の約75%が人畜共通感染症であり、およそ200万人が人畜共通感染症で毎年亡くなっている。畜産業において、集約的に動物が管理されていることや、抗生物質・抗菌薬を過剰に投与され薬剤耐性が強化されていることなどから、畜産業は人畜共通感染症の発生・拡大のリスクが大きいと指摘されている。それだけでなく、特に牛の牧畜のための放牧や餌の確保のためにさらなる森林伐採が進められていて、上記の森林伐採による感染症の発生・拡大にもつながる。したがって、現状のままでは、畜産業が人畜共通感染症の発生・拡大の原因となるケースが増加する恐れがある。これに対し私たちは肉の摂取を控え、畜産業を縮小させることで、人畜共通感染症の発生・拡大を予防することができる。しかしながら、2019年の1年間で読売新聞では畜産業の脅威について指摘する国際報道の記事は存在しなかった。

畜産業のブタ(写真:PxHere[public domain])
自然破壊・森林伐採や畜産業以外に新興感染症のリスクを高める問題として、地球温暖化があげられる。たとえば、地球温暖化によって、永久凍土の土壌が溶け古代のウイルスやバクテリアが放出されて人間に感染する恐れがある。永久凍土は冷たく、かつ酸素がなく暗いため、微生物やウイルスが長期間保護されるのに適しているという。また、人間や動物に感染する可能性のある病原性ウイルスは、過去に世界的な流行を引き起こしたものを含め、永久凍土層に保存されている可能性があると指摘されている。例えば、2016年、北極圏のヤマル半島で溶解した永久凍土から放出された炭疽菌に感染して1人が死亡し、少なくとも20人が入院した。
また、北極海の氷が溶け、シベリアの北岸へのアクセスがより簡単になった結果、金や鉱物の採掘、石油や天然ガスの掘削などの産業開発が収益性のあるものとなっている。現時点では、これらの地域は無人であり、永久凍土層はそのままになっている。しかし、永久凍土は、採掘作業によって露出する可能性がある。そこに病原体である微生物やウイルスが存在した場合、感染症の発生・拡大のリスクがあると言われている。
このように、地球温暖化は人命を脅かす脅威である。しかしながら、2019年1年間における読売新聞の報道で、永久凍土の溶解による感染症発生の脅威を指摘したものはなかった。また、上記でも指摘した通り、メディアの気候変動に関連する報道は、その報道量・内容ともに十分だとはとても言えない。
国際報道の改善へ
以上から、新型コロナウイルスという目の前の危機とされるものが報道を独占することによって、その他の現在進行系の保健医療危機についての把握が難しくなっていることがわかる。また、現在起こっている保健医療危機について、その発生中のみに報道を集中させるのではなく、今後やってくる類似の保健医療危機に備えるために長期的な視点で報道をしていく必要がある。現状のままでは、将来人類はさらに感染症に苦しむことになる。しかし、長期的な目で世界の現状を捉え、対策を行えば、新型コロナウイルスのような危機的な感染症を予防したりその影響をやわらげたりすることが可能だ。また、以前から長期的に人類への脅威を捉え行動していれば、新型コロナウイルスの被害はこれほどまでに大きくなかったかもしれない。メディアは、自身の役割を見直すことが急務であるといえよう。
※1 本記事では、新型コロナウイルス報道のその内容や地域分配ではなくその報道量のみの分析を行う。また、あくまでも日本以外を舞台にした国際報道の分析のみを行う。
※2 2019年のデータ。
※3 2019年のデータ。
※4 2017年のデータ。
ライター:Ikumi Arata
グラフィック:Yumi Ariyoshi
新型コロナウイルス関連の記事が多いというのは実感していましたが、その影には大きな問題も多数隠れていると知り衝撃でした。改めてメディアに対して、速報のものだけでなく、長期的な視点で情報を伝えていってほしいと思いました。
サバクトビバッタの大量発生やサイクロンは大々的に扱われてもおかしくないほどのニュースなのに、メディアで見たことがなく、恥ずかしながら知らなかった。とても勉強になったし、自分でもコロナ以外のニュースに目を向けてみようと思った。