世界で猛威を振るう新型コロナウイルス。感染者第1号が報告された2019年12月から2022年8月までの2年8か月、累計死者数は約640万人にも上る。しかしながらこの数をわずか1年で優に超える死因がある。それは、大気汚染だ。実は世界最大の死因ともいわれており、全世界で年間約670万人もの人々が大気汚染によって死亡しているという。この記事では大気汚染がどこで、どのように、どれほどの被害をもたらしているのか、現状や対策、そして未だ残る課題について探る。

インドネシアの霞んだ空気とマスクを着けた少年(写真:CIFOR / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
汚染物質と健康被害
まず、大気汚染がどのように人体に被害をもたらすかイメージしておこう。原因となるのは、空気中に漂う大気汚染物質である。これには硫黄酸化物や窒素酸化物、光化学オキシダント、ブラックカーボンなど非常に多くの種類があり、その発生源や形状、もたらす被害は多岐にわたる。たとえば光化学スモッグとは、自動車や工場の排気ガスが太陽光を浴びて光化学オキシダントという汚染物質に変化し、霧のように空気中に滞留するものである。これらは粘膜を刺激するため目や呼吸器の炎症を誘起する可能性があり、重症になると呼吸困難や失神をも引き起こす。また、石炭や薪などが燃焼した際に発生するブラックカーボンは発がん性を有する可能性が示唆されている。同じく燃焼時に発生する二酸化炭素は濃度が高くなればめまいや吐き気、意識障害の原因となる。
近年問題視されているPM2.5は直径2.5μm(※1)以下の非常に微細な粒子を表し、上記のような物質や硫酸塩、アルミニウムなどが含まれる。これらは人間の生産・消費活動に加え噴火などの自然現象によっても発生する。その微細さゆえに肺の奥深くまで入り込みやすく、喘息や気管支炎、肺炎など呼吸器系の病気、あるいは心血管疾患や不整脈など循環器系の病気を誘発する。
さらには、これらの汚染物質が神経発達や認知能力にも影響を及ぼし、知能レベルが低下する可能性があるという研究結果も出ている。
世界への影響
ここからは、大気汚染の具体的な被害規模について見ていこう。世界的に権威のある科学誌「ランセット」に掲載された論文(2022年)によれば、2019年の1年間で、大気汚染や水質汚染などを含む「汚染」によって約900万人もの人が亡くなった。これは、同年の全世界累計死者数の約6分の1に相当する。
中でも大気汚染の影響は凄まじく、約667万もの死を招いたと推定されている。地域別で死者数をみると、1位:東アジア・太平洋地域249万人、2位:南アジア地域217万人、3位:サハラ以南アフリカ地域93万人と続いていく。次に国別でみると、1位:中国185万人、2位インド:167万人、3位:パキスタン24万人、4位:ナイジェリア20万人、5位:インドネシア19万人というようにやはり上記の3つの地域が上位を占め、特に中国とインドには世界全体の大気汚染死者数の半分以上が集中している。また地域の中でも高所得国ではなく低・中所得国がランクインしていることが推察でき、実際汚染関連死の90%以上は低・中所得国で発生している。以下は、大気汚染による死者数をヒートマップ上に表したものである。
ただし、人口の多い国では自然と死者数も多くなるということに注意したい。以下は、人口に対する大気汚染死者数の割合をヒートマップ上に表したものである。1位:バハマ諸島0.5%、2位:北朝鮮0.2%、3位:ソロモン諸島0.2%、4位:台湾0.2%、5位:ソマリア0.2%となっている。
大気汚染の影響は死亡だけではない。死には至らずとも生活を著しく困難にする重度の疾病を引き起こし、学校や仕事を休む原因となる。これは経済的なコストにもつながる。死亡や疾病による労働生産性の低下と働き手の減少、医療費の増大などが原因となり、世界経済は毎年2.9億米ドルもの損失を被っていると推計されているのだ。こうした経済損失からさらに生活が苦しくなり、栄養不良や衛生問題など別の死因につながる可能性も十分に考えられる。
2つの大気汚染
ここで、大気汚染が2つの類型に分けられることに触れておこう。1つ目は屋外の大気汚染、2つ目はなんと屋内の空気汚染である。
屋外大気汚染は、自然的要因と人為的要因の2つから発生すると考えられる。自然的要因には、落雷や乾燥などを原因とする森林火災やサバンナ火災、火山の噴火などが挙げられる。排出された煙は地上高くまで上昇し、風に乗り地域を超えて広がる。そのため、現場から遠く離れた場所にまで大気汚染が及び、不特定多数の健康に影響を及ぼす恐れがある。
人為的要因は自動車や工場の排気ガスに加え、焼畑やそれに起因する森林火災なども挙げられる。たとえばインドネシアでは2019年に大規模森林火災が頻発し、他国にも広がる深刻な煙害が報告された。原因は、農地を作るために草原や山地に火を入れる焼畑農法である。本来であれば火は自然と消えるが、雨量の減少や乾燥によって火が周囲に燃え移り、森林火災へと発展した。これによって約100万人の人々が呼吸器の疾患を訴えたほか、学校や空港の運営にも支障をきたしたという。
次に屋内空気汚染について見ていこう。これには主に2つの要因が挙げられる。1つ目は固形燃料を用いた生活だ。実は、世界中の家庭のうち約4割に当たる人々は、電気やガスといった近代的エネルギーへのアクセスを持たない。その代わりにかまどで薪や石炭を燃やして料理をし、気温が下がればこれが暖房の役目も果たす。こうして排出される煙にはブラックカーボンや二酸化炭素などが含まれており、呼吸器に悪影響を及ぼすことがあるのだ。

薪で料理をするインドの女性たち(写真:Mike Prince / Flickr [CC BY 2.0])
2つ目の要因は屋内での喫煙だ。喫煙によって生じる煙は、喫煙者が直接たばこから吸い込む主流煙、燃焼部分から立ち上る副流煙、喫煙者が吐き出す呼出煙の3つである。屋内空気汚染においてポイントとなるのは、副流煙と呼出煙だ。副流煙はフィルターを通らないため主流煙の何倍もの濃度で有害物質が含まれており、吸い込むと肺がんや心臓発作のリスクが高まる可能性がある。副流煙と呼出煙が合わさった空気にさらされることを受動喫煙といい、これによって、全世界で年間120万もの人々が死亡している。適切な換気をせずに屋内でタバコを吸うと、部屋中に高濃度の有害物質が滞留し続け、人々は長時間汚染物質にさらされることとなる。
2019年には、屋外大気汚染によって約451万人、屋内空気汚染によって約231万人が亡くなったとされている。どちらも男性の方が多いが、屋外大気汚染に比べて屋内空気汚染の方が女性の割合が高くなっている。その一因として、料理をはじめとする家事に携わる時間は世界的に見て女性の方が長いことが挙げられる。
子どもたちに忍び寄る影
大気汚染の被害者は大人だけではない。5歳未満死者のうち約1割は大気汚染が原因だと推定されており、子どもに対する影響も深刻だ。理由として、大人よりも呼吸のペースが速いこと、身長が低く汚染物質がたまりやすい地面に近いため、より多くの汚染物質を吸い込んでしまうこと、発達途中の体は吸い込んだ汚染物質を分解、解毒、排泄する能力が低いことが挙げられる。ひとたび体内に取り込まれた汚染物質は血液にのって全身に広がり、幼い体を蝕んでいくのだ。
子どもたちに対しては既述のような健康被害に加えて教育面での影響が大きいといえる。世界各地では大気汚染と教育の関連性について研究が進んでおり、学力や認知能力に悪影響を及ぼす可能性が示唆されている。たとえばアメリカで行われた研究では、高速道路の風下にある学校に通う生徒は風上にある学校に通う生徒よりも試験結果が悪く、欠席や問題行動が多いという結果が出た。これは、風下にある学校の方がより多くの汚染物質にさらされるためではないかと推察されている。また、教室内の換気が適切になされず二酸化炭素濃度が上昇している場合にも、試験結果が悪くなるという結果が出ている。
さらに大気汚染は、これから生まれてくる新たな命に対しても影響を及ぼす。妊婦が汚染された空気を吸い込むと、胎盤を通して胎児の血液に流れ込み早産や未熟児、死産のリスクが上がる。無事生まれたとしても、幼いうちに喘息を発症する可能性が高くなる。ある研究では、大気汚染が毎年最大600万人の早産、300万人の未熟児の原因となっていると示された。

エジプトで産まれた未熟児(写真:USAID Egypt / Flickr [CC BY-NC 2.0])
対策と課題
こうした惨状に対し、どのような対策が考えられるだろうか。屋外大気汚染と屋内空気汚染について順にみていこう。
屋外大気汚染に対するアプローチは大きく分けて3つある。1つ目は、汚染源を抑制することだ。たとえば中国では、2008年の北京オリンピック開催にあたって強力な措置が取られた。工場の操業停止や移転、さらには自動車ナンバーによる通行可能日の制限などを行ったことで、北京と周辺都市の大気汚染レベルが急激に低下した。しかしこれにより住民の生活が著しく不便になったうえ、大会期間が終わると同時に汚染レベルが再び上昇したので、持続可能性は低いといえる。
2つ目のアプローチは、汚染源をよりクリーンなものへと置き換えることだ。1990年代のドイツで、法律によってエネルギー源を石炭から天然ガスに移行したことが良い例である。天然ガスは、硫黄酸化物や窒素酸化物といった大気汚染物質をほとんど排出しないことが特徴である。この取り組みによって、ドイツでは二酸化硫黄の排出量が約60%、粒子状物質においては約82%も減少した。ただし、他の汚染物質と比べて二酸化炭素排出量は石炭の半分以上と多く、二酸化炭素による大気汚染および地球温暖化の問題は残ったままだ。
3つ目のアプローチは、人々に汚染度合いの把握を促し対策に繋げることだ。ウガンダの首都カンパラは、大気汚染による死者数が多いサハラ以南アフリカの中でも、ひときわ汚染度が高い都市の1つである。状況改善に向けて、市内には多数の大気質モニターが設置された。ここで得られた情報はインターネット上にアップロードされ、誰もがリアルタイムで汚染状況を確認できる。その結果、政府が汚染物質の発生源を特定できると同時に、住民の大気汚染への危機感が高まることが期待される。汚染関連死は特に低・中所得国で多く発生していることを考えると、これは汚染対策を講じることに大きく寄与しそうだ。
しかしながら、問題はそう単純ではない。低所得国は高所得国のしわ寄せを受けるからだ。低所得国は人件費や物価が低く、また比較的環境関連の規制が緩い。そのため、高所得国よりも低所得国で工業生産を行う方がコスト削減になるうえ、汚染物質を多く排出する生産も可能だ。ある報告によれば、アメリカや日本、一部のヨーロッパ諸国の企業は、工業生産ラインの一部を低所得国に移転することで、自国での大気汚染による死者数や経済的損失を減少させたという。こうして高所得国の大気がクリーンになっていく一方で、低所得国ではさらに汚染が深刻になり、死者は増加していく。低・中所得国での意識改革が大気汚染改善に向けた大事な一歩であることは間違いない。しかし、高所得国の政府や企業が他国に責任を肩代わりさせている現実について、人々が認識し意識を変えない限り、大きな進展は見込めないだろう。
次に、屋内空気汚染について見ていこう。まず欠かせないのは、よりクリーンな燃料の導入だ。特に農村部で屋内空気汚染が深刻なインドでは、2016年、家庭のエネルギー源を固形燃料から液化天然ガス(LPG)に移行することを目的として、PMUYというプロジェクトが開始された。薪や石炭などで調理を行っていた世帯を対象に、LPGを用いる調理用ストーブを提供するというものだ。2021年8月には、従来のPMUYよりもターゲットを増やしたPMUY2.0という新たなフェーズが開始され、2022年8月現在、合計1億以上ものLPG接続を提供している。
しかしここにも問題が潜んでいる。実は、提供されたLPGへのアクセスを有効活用できていない家庭が多く存在するのだ。原因は、国際的な原油価格が上昇するにつれてLPGの価格も上昇したことにある。農村部に住む貧しい世帯にとっては食料調達が最優先事項であり、高価な補充用ガスを購入する余裕はない。LPGだけで生活できるはずもなく、従来通り薪や石炭などを用いることとなる。調理用ストーブの効率を上げる工夫もあるが、状況の改善にはそれほどつながっていないとされている。
同様の例はモンゴルでも起きている。首都ウランバートルでは、厳しい寒さをしのぐために焚かれる石炭ストーブが原因となって、冬季限定で非常に深刻な大気汚染が発生する。これに対して政府は石炭禁止令を発令し、より大気汚染物質の排出量が少ない半成コークスを使用するよう推奨した。しかしながら、モンゴルにおいて原炭は非常に安価で手に入りやすいため、多くの人は依然として原炭を用いて暖を取っている。
共通しているのは、クリーンなエネルギーは価格が高く、特に貧困層には手が届きにくいということだ。環境に悪影響を及ぼすとわかっていても、生き延びるためにはより安価なエネルギーを求めざるを得ないのである。
こうした燃料対策のほか、建築構造関連の対策も挙げられる。エネルギー効率の良さを追求することに加えて適切な換気システムの導入が必要だ。空気の循環を作り出すことで、高濃度の大気汚染物質が屋内に滞留することを回避できる。具体的には換気扇を導入する、煙を逃がすための煙突やスロットと呼ばれる排気口を設置する、屋根の形状を工夫するといった案が挙げられる。しかし、換気を行うと冷暖房を駆使して温度調整をした空気が屋外に逃げていき、冷暖房費がかさむ。したがってこれは、厳しい暑さや寒さの中で暮らす貧困層にとってはかなり難しいアプローチかもしれない。
喫煙による被害に関しては、換気に加えてそもそも喫煙者数を減らすことで改善に向かう。上述したように、たばこは喫煙者自身だけでなく周囲の人々や空気にも多大な影響を及ぼす。禁煙は、屋内空気汚染はもちろん、屋外大気汚染の改善にもつながる。

たばこから煙が立ち上る様子(写真:Lindsay Fox / Flickr [CC BY 2.0])
大気汚染と闘うには
大気には国境がない。ある国の政策、ある企業の活動が、遠く離れて暮らす人々に大きなダメージを与える可能性があるのだ。大気汚染は人類共通のグローバルな課題であり、1国、1企業の行動や1つのアプローチで解決できるものではないからこそ、世界全体で足並みをそろえることが非常に重要であるといえる。大気汚染に関する国際会議の開催、条約の締結、国同士の協力などが欠かせない。また、各国政府が具体的な行動指針や目標を設定したうえで積極的に汚染源の抑制に取り組むことも重要だ。同時に、人々が大気汚染の仕組みや被害の大きさを知り自国政府や企業に対して改善を求めることが、地球とそこに暮らす人々の健康へとつながるのである。
※1 ㎛とは長さの単位の1つ。1㎛は1㎜の1,000分の1。
ライター:Nao Morimoto
グラフィック:Takumi Kuriyama
大気汚染の原因の多くは国家内や家庭内にあるものと思っていたが、国家間の問題でもあるということを知れた。また、新型コロナの流行で人々の外出や企業の生産活動が減少したことで、インドで大気が浄化されたという話も聞くので、最新のデータにも目を向けてみたいと思った。
今起こって要る異常気象 大気汚染 全て人類が今迄行ってきた行動の結果だと、考えさせられる文章でした。
大気汚染という問題が浮き彫りになったことにより、エネルギー源の移行や生活スタイルの変化が生じていると感じています。
ところが私たちの気付かないところで、今も高所得国が低所得国の問題に関与しているという現象は、汚染に限らず見直されるべきであり、このような記事がより注目されるといいなと思います。