中東・ヨルダンの喫煙率が世界一ともいわれてきたインドネシアを上回った。2019年に世界保健機関(WHO)とヨルダン政府が行った調査を受けて、英国メディア、ガーディアン紙が報じた(※1)。「百害あって一利なし」ともいわれ、強い中毒性から多くの依存者を生み出し、さまざまな種類のガンや呼吸器疾患などの健康問題の他にも、生産者の極度の貧困や児童労働など諸問題を抱えるたばこ。ヨルダンでは喫煙率が世界一なだけでなく、成人喫煙者が一日平均21.3本ものたばこを吸うとされ、多くの人がニコチン依存症となっていることがわかる。この記事では変化する世界の喫煙事情を考察し、その中でなぜヨルダンがこれほどまでのたばこ問題を抱えているのか、対策も含めて詳述する。
世界における喫煙の現状
2020年現在、全世界で約11億人の喫煙者(※2)がいると推計されている。喫煙者の最大半数が、たばこが原因で死亡するといわれており、非喫煙者も含めて世界で年間800万人もの人がたばこを原因として死亡している。喫煙者本人に加え、受動喫煙をした周囲の人の健康への悪影響が明らかになってきた中で、たばこに対する増税や職場や公共の場での禁煙、広告規制などのルールを強化する国が増えてきた。その効果もあってか、21世紀の世界全体の喫煙率は、緩やかではあるが減少傾向にある。2000年には全世界の26.9%が喫煙者であったが、2019年での予測で、2020年の喫煙率は19.8%(男子:31.5%、女子5.2%)とされている。それでも、未だに単純計算で約5人に1人が喫煙者であるということになる。
しかし、喫煙率はやや減少傾向にあるとはいえ、その速度は遅い。2013年にWHOで定められた「非感染性疾病への予防と管理に関するグローバル戦略」では、2025年までに2013年比で30%喫煙率を減少させることを目指す目標が定められたが、今の時点で南北アメリカ地域以外では達成には遠く及ばないことが明らかになっている。また、WHOが、所得に応じて国を分類して喫煙者数を推定したところ、低所得国での人口増加が見込まれていることもあり、低所得国および、下位中所得国で喫煙者数が増加するとみられている。高所得国に比べ、相対的に健康状態や衛生環境の悪い低所得国での喫煙の広まりが、さらに低所得国居住者の健康に悪影響を与えることが懸念される。
喫煙率の長期的な傾向を見ると地域によって差がみられる。上のグラフを見てもわかる通り、東地中海地域(中東)では減少傾向が特に鈍いことが表れている。また、ヨルダンで今回の喫煙率の高まりが新たに判明した要因には、測定するのに十分な安定性があったためであるとしてイラク、シリア、イエメン等の中東の国々では喫煙率が実際には高いにもかかわらず、正確に測定ができていないという見解もある。さらに、アラブ諸国に対する調査では、教育水準が低いほど喫煙率が高くなるという相関があることも明らかになった。中東で教育を受けられていない人は特に、喫煙の危険性に対する意識が低く、喫煙率も高くなってしまうのであろう。このことからも、国や地域によっては判明していない喫煙問題が多く存在することも予想される。
中東地域での喫煙環境は変化してきており、巻きたばこだけでなく水たばこも問題となっている。エジプト、ヨルダン、パレスチナ、オマーン、アラブ首長国連邦(UAE)の大学生を対象にした調査では中東で水たばこ(シーシャ)の利用率が非常に高くなっていること、利用者は水たばこに危険性がないとの誤った認識をしながら利用していることが明らかになり、中東における喫煙に対する認識に問題があることが示された。
ヨルダンでのたばこの現状
ヨルダンでの喫煙の現状について説明する前に、ヨルダンの基本情報について確認しておく。ヨルダンは東地中海地域に位置する王国であり、イスラエル、パレスチナ、サウジアラビア、イラク、シリアに隣接している。人口約1,000万人のうち半数以上がパレスチナからの難民とその子孫が占めている。政治に関して言えば、王家であるハーシム家が世襲で代々国王を務めている。天然資源には恵まれていないが、遺跡やイスラエルとの国境にある死海や多くの遺跡などの名所がある観光業が主要産業の一つとなっている。たばこ産業に関して言えば、国内で作物としての少量のタバコが生産されているが、大半は輸入されたものであり、2018年のたばこ関連品の輸入額は合計で約1.8億米ドルに上ったとされている。
冒頭で述べたようにヨルダンで行われた2019年の調査で、ヨルダンでのたばこの蔓延が明らかになった。15歳以上の男性の66%、女性の17%以上が喫煙者であり、電子たばこを含むニコチン製品を加えれば男性の8割以上が日常的にニコチンを摂取していることが明らかになっている。2012年の調査で15歳以上の喫煙者は男性が43.4%、女性が8.5%であったとされており、喫煙が拡大してきたことが見て取れる。
喫煙が広まっているのは大人に限ったことではない。若い世代にも喫煙が普及しており、ヨルダンの13歳から15歳までの32.2%が水たばこを含む何らかのたばこ吸っていることが判明したのだ。体の小さい思春期の学生にとって、喫煙は身体へのダメージが成人に比べて大きくなる上、物事を判断する力も不十分なために身体に悪影響のあることを認識せずに喫煙していることも考えられ、状況は深刻であるといえるだろう。
また、ヨルダンでは、喫煙をする人の割合が高いだけでなく、喫煙者のたばこの消費量も非常に多くなっている。1日に1パック吸う人は軽い喫煙者でとみなされ、5パック、7パック吸うヘビースモーカーもいるとされている。1パック20本入りだと考えれば1日に100本以上ものたばこを吸っていることになり、その異常さが感じられる。ヨルダンの禁煙協会によれば、国内において、毎年約6億5,000万米ドルのたばこが消費されているともいい、家計で野菜や乳製品にかけられるお金よりも多くなっているのだ。

写真:ヨルダンの首都・アンマンで売られる水たばこの機械(写真:Maya-Anaïs Y./Flickr [CC BY 2.0])
もちろん、たばこによる健康への悪影響は免れない。国によっては、喫煙は男性の肺がんの90%以上、女性の肺がんの約70%を引き起こすともいわれているが、この影響を受けるのは喫煙者だけではない。これほどにも多い喫煙者と喫煙量によってヨルダンに住む人々はたばこの煙を避けて生活することがほぼ不可能になっているという。その影響は子どもにまで及んでおり、大人が禁煙クリニックで禁煙を始めると、その子どもにニコチン依存症の禁断症状が出るというのだ。非喫煙者であっても家庭や、職場、屋外でたばこの煙を受動喫煙して、ニコチン中毒になってしまっているのだ。ヨルダンの非伝染性疾病による死亡の原因の8割ともいわれるたばこ問題を見過ごすわけにはいかない。
高い喫煙率と莫大なたばこの消費はヨルダンの経済を見てもと切っても切り離せない関係となっている。実際、ヨルダンの国内総生産(GDP)のうち、たばこに関連する割合は世界平均の3倍とも推定されており、ヨルダン政府の税収の18%がたばこによって賄われている。たばこ関連産業は、労働者への給料や手数料、税収などによって年間13億米ドル以上の経済効果をもたらしているのだ。しかし、それ以上の損失を与えていることは言うまでもない。英国の調査会社によると喫煙による医療費の増大や生産性の低下によって失われた経済損失は年間24億米ドル以上にのぼっており、一人当たりの損失は世界で最も大きくなっている。

ヨルダン南部の都市・アカバのバス停でたばこ休憩をする人(写真:Evgeni Zotov/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
たばこ会社の影響力
これほどにまでヨルダンを含めた中東の一部を中心に喫煙が蔓延している要因の一つとしてたばこ会社の影響力が挙げられる。多国籍たばこ会社が販促活動に積極的に力を入れているのだ。世界最大規模の多国籍たばこ会社として、フィリップモリスインターナショナル(PMI、米国)、ブリティッシュ・アメリカン・タバコ(BAT、英国)、ジャパン・タバコ・インターナショナル(JTI、日本たばこ産業(JT)の海外事業子会社)、インペリアル・ブランズ(英国)が挙げられる。これまでたばこは、米国、日本、オーストラリア、ヨーロッパの多くの国などの裕福な国で流行していた。しかし、何十年にもわたる増税や、積極的な公衆衛生キャンペーン、宣伝とロビー活動の制限強化により、喫煙率が減少したことで、たばこ会社は市場の伸び悩みに直面した。そこで、たばこ会社は新たな戦略として、比較的規制が緩く、政府の力も弱い上、今後の人口増加が見込まれる低所得国をターゲットとして、マーケティングや政府に対する働きかけなど、たばこの普及に力を入れてきた。さらに、これまで違法行為にも手を染めてきたのではないかとも報告されている。例えば、関税などの貿易にかかるコストを避けるためか、JTIはヨルダンを含む12カ国への密輸に関わっていたとされた。
実際、ヨルダンではたばこ会社が積極的に販売拡大を試みていることが見て取れる。ガーディアン紙によると、たばこ会社BAT、PMI、JTIのロビイスト(※2)がなぜか電子たばこと加熱式たばこ製品の基準について話し合う政府の会議に参加しており、ニコチン含有量や、健康警告のサイズと構成、パッケージなどの基準の決定に介入していたとされる議事録が残っており、規制に反対したとされている。これだけでなく、たばこの規制強化を提唱する団体が作成した報告書では、たばこ会社のヨルダン政府への関わりを示す非常に多くの事実が示されている。2019年には、世界33か国でのたばこ会社の政府への介入度を表した報告書が発表された。この報告書は、政府のたばこ会社への優遇、株の保有、協定の有無、たばこ業界との会合の非透明性などを基準にたばこ会社と政治との繋がりのランキングを表したものであるが、ヨルダンはJTの本拠地がある日本に続いて2位にランクインしており、たばこ会社の介入度合いが非常に高いことが定量的にも明らかになっている。
対策
ヨルダンでは、たばこ会社の介入の他に、国民の健康や公衆衛生を考えるべき医師や政治家までも喫煙が広がっており、これまで対策が進んでこなかった。医師の3人に1人が喫煙をしているというデータもあり、政治家に至っては、公共の場所での喫煙を禁止する法案へ、公共の場である議会で喫煙をしながら賛成票を投じていた人もいたという。喫煙が禁止されている病院や議会などの公共の場で、本来たばこの悪影響を啓発すべき人々が喫煙しているほど、対策がほとんど進んでこなかった。そのような状況下でも、少しずつ対策が行われてきているためその一部を紹介したい。
初めに挙げられるのが、民間の働きである。ヨルダンの反喫煙市民組織や地元の活動家グループは学校での講演や喫煙の悪影響に関する本の作成などを行っている。子どもの喫煙を防ぐと同時に、家に帰った時に親に喫煙をやめてもらうように頼んでもらうことも一つの目的にして活動している。いわゆる草の根の活動によって現状の社会を変えようとしているのだ。
このように、民間が主導して行われるキャンペーンはなされてきているが、これらのキャンペーンが効果を上げるかどうかはやはり内政が関わる部分が大きい。たばこの悪影響に関する啓発活動が行われていても、たばこのプロモーションの放置、販促や喫煙に関する規制の実行力が欠如していたりしては、喫煙者の増加やそれに伴う国民の健康状態の悪化を免れることはできないからだ。
これまでも、ヨルダンの保健省が主導したマスメディアを用いたキャンペーンが行われてきた。2001年11月から、「ノータバコデー」の制定や、禁煙クリニック設置の促進、国連児童基金(UNICEF)やWHOとの協力も行い、テレビ・ラジオ・新聞・掲示板・出版物を通じて受動喫煙問題や喫煙に関する法整備を知らせるキャンペーンを行ってきた。これらの活動は少なからず、公衆衛生に貢献したとはいえるものの、その効果は限定的だったとされている。民間のキャンペーンが行われてきた中で、近年やっと、国としても損失が大きいとして喫煙率の増加に危機感を抱いた政府がたばこ規制に本格的に乗り出した。

ヨルダンの禁煙クリニックでコンサルティングを受ける患者(写真:CDC Global[CC BY 2.0])
ヨルダンでは、2008年に施行された公衆衛生法によって公共の場での喫煙の規則が定められていたが、ほとんど守られてこなかった。病院でも議会でも、禁煙マークの標識がある場所でも人々はたばこを吸っており、それが見過ごされてきた。しかし、2019年に入って、「健康上の緊急事態」にあるとして、同法の罰則と規制を強化し、法律に基づくたばこ規制に関するキャンペーンを開始した。具体的には、違反者に対する罰金の引き上げと懲役刑の強化と違反を保健省に報告するためのホットラインの設立が挙げられる。罰則が強化されても違反者が実際に取り締まられなければ違反は減らないとして、首相が舵を取って「公共の場での喫煙に対して可能な限り厳格な措置を講じる」として強気な姿勢を見せている。しかし、過去には世界の多くの国では、政府が規制を強めたことに対して、たばこ会社が営業妨害であるとして提訴などの本格的な法的措置をとった事例もあり、たばこ会社との対立が激化することも予想される。
ヨルダンはたばこ規制への改革が進む中で、2020年新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に直面することになった。WHOは、「COVID-19は喫煙者の方が重症化しやすい」との声明を出しており、それを受け、ヨルダン政府は水たばこと電子たばこも規制対象へ追加し、閉鎖された公共施設での喫煙を全面的に禁止して国民の命を守ると発表した。しかし、COVID-19はヨルダンの観光業にも影響を与えており、ヨルダン経済のたばこに対する依存度が高まるとともに、政府の税収の18%を占めるたばこ関連税の割合はさらに高まるともいわれている。政府は、規制の強化と財源確保を両立して行う必要に迫られそうだ。

ヨルダン王女、ディナ・ミレッド氏も運営にかかわるアル・フセインがんセンター(写真:Mervat Salman/Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
まとめ
先に述べたように、ヨルダンでは官民それぞれが、喫煙への規制を目指してさまざまな対策を取り始めている。しかし、国際対がん連合の会長も務めるロイヤルファミリーのヨルダン王女、ディナ・ミレッド氏も「たばこ会社は私たちの国を食い物にしており、若者の肺を手に入れることに成功している」と述べるようにたばこ会社の影響力は強大、強力である。中毒性、依存性の強いたばこの消費量を減らすことは容易なことではない。国民の健康を守ることができるかどうかは、どれだけ国民の生活習慣と国の財政のシステム構造を抜本的に変えることができるかに懸かっている。
※1 別にWHOが行った調査では、ナウルやキリバスなどの太平洋諸国をはじめとして、インドネシアよりも高い喫煙率である国があるともいわれている。
※2 ここでいう「喫煙者」とは、タバコ由来の製品の煙を吸う、紙巻きたばこや水たばこを使用する人のことを指す。嗅ぎたばこや噛みたばこなどの無煙たばこや、ニコチンを気化させて吸い込む電子たばこ、加熱式たばこの使用は含まれない。
※3 利害をもった個人や団体が政策に影響を及ぼすことを目的として行う活動をロビー活動といい、ロビイストとは、ロビー活動を専門に行う個人を意味する。
ライター:Taku Okada
グラフィック:Yumi Ariyoshi / Taku Okada
受動喫煙で子供たちまでもがニコチン中毒に陥っているという事実に驚きました。もうすでに喫煙者が多すぎて経済的にも大きな影響力を持つ産業になってしまった以上、さまざまなキャンペーンをし状況をよりよくするのも難しくなってしまったのが悲しいです。できるだけ早く手を打つことが大切だと認識させられました。
ヨルダンの喫煙率の高さに驚きました。さらに喫煙者ではない周りの子どもなどにも大きな影響を与えていることもわかり、社会全体を通じて対策が必要だと実感しました。