2018年、紛争下における性的暴力の被害者女性たちを診察し続けてきた医師のデニス・ムクウェゲ氏がノーベル平和賞を受賞したことにより、一時期脚光を浴びたコンゴ民主共和国。性的暴力の残忍さに衝撃を受けた人も少なくないだろう。

デニス・ムクウェゲ医師(写真:World Economic Forum / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
しかし、コンゴ民主共和国が注目されるべきポイントはそれだけではない。西ヨーロッパ全体と同じだけの面積を誇るこの国では世界最大の紛争が起こっており、周辺地域にも多大な影響を与え、また与えられている。世界最大の国連平和維持活動(PKO)も派遣されている。そして2018年末には、およそ18年ぶりに歴史的な政権交代が行われた。これは1960年の独立以来の初めての平和的・民主的な政権交代なのだ。2年延期されたこの選挙は、長期独裁政権に終止符を打つ非常に重要なものであった。また、コンゴ民主共和国は世界が必要とする多くの鉱物資源を産出している。
このように、報道するに値する要素が盛りだくさんのコンゴ民主共和国だが、実際にはどれほど報道されているのだろうか?今回はその実態を探っていく。
コンゴ民主共和国が抱える課題
コンゴ民主共和国が直面している現実は厳しい。この国で起こる紛争は1950年代の朝鮮戦争以来、世界最多の死者数を出しており、1998年から2007年の間に540万人以上もの犠牲者を出した(2007年以降、死者数の調査は行われていない)。2003年まで周辺8カ国を巻き込む大規模な紛争となり、それ以降も、東部の南北キヴ州や中央のカサイ州で複数の紛争が現在も続いている(紛争の背景をさらに詳しく知るにはこの記事を参照)。近年、この紛争で発生した避難民の数は世界第一位である。2017年には一日に平均5,500人、合計170万人もの人々が家を捨てざるを得ない状況にあったのだ。コンゴ民主共和国で起こる紛争は、様々な要因やアクターが絡まり合った非常に複雑なものなのである。

国内避難民のためのキャンプ:コンゴ民主共和国(写真:UN Women / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
そのような中で、2018年のノーベル平和賞をきっかけに、「戦争の武器」として使われる性的暴力が話題となった。戦時下での性的暴力は「性的テロリズム」とも呼ばれ、安価で有効な手段としてコンゴ民主共和国では兵士などによるレイプが横行している。紛争下でのレイプには、性器を銃で撃つなどして傷つけるといった残忍な行為も含まれている。被害者のみならずそれを目撃した人々すべてに恐怖心とトラウマを植え付け、その地域から逃げ出させることなどを通してコミュニティを破壊する目的で行われているのだ。
しかし、ニュースとしての価値があるのは人間の命だけではない。世界の様々な産業を支える存在でもある鉱物資源にも恵まれており、コバルト、ダイヤモンド、金、銅のほかに、電化製品に欠かせないタンタル、スズ、タングステンなどを産出する。なかでもコバルトと工業用ダイヤモンドの産出量は世界第1位、タンタルは第2位だ。リチウムイオン電池に使用されるコバルトは世界生産量の6割近くを占める。パソコン、携帯電話の電池以外に、電気自動車・ハイブリッド自動車の急増で、その需要がますます増えている。この国を豊かにするはずのものが外資系企業などによって搾取され、政府関係者、武装勢力によって私物化され、このような鉱物資源をめぐる対立が紛争の一因となることもある。
そしてもう一つ、コンゴ民主共和国を不安定にしている要因として、政治に関する問題がある。2001年に暗殺された父の座を継いで大統領に就任したジョゼフ・カビラは、憲法で認められている2期の任期を務め、2016年にその任期が満了となったものの、準備不足などを理由として大統領選を延期し、現職に留まり続けていた。選挙が延期されていることも国の大きな不安定材料となり、デモや暴動が発生しては、警察などに抑圧されていた。そのような中、延期されていた選挙が2018年12月、ついに行われたのだ。

母親の投票カードを持つ少女(写真:MONUSCO Photos / Flickr [CC BY-SA 2.0])
また、コンゴ民主共和国には、「地球の二つの肺」と呼ばれる熱帯雨林のうちのひとつを抱えている(もう一つはアマゾン川流域の熱帯雨林を指す)。この森林では伐採が続いており、世界の環境問題とも大きくつながっているのだ。
報道されないコンゴ民主共和国
このように多くの課題を抱えるコンゴ民主共和国だが、日本の新聞ではどれほど報道されているのだろうか?
今回は日本の新聞社、読売・朝日・毎日の3社について分析した。コンゴ民主共和国についての報道量は、2014年から2018年の5年間の朝刊・夕刊合わせて、読売10,138文字、朝日29,343文字、毎日27,280文字であった。このデータから、読売新聞における報道量がほかの2社よりも少ないことが明らかである。一方で、朝日新聞・毎日新聞における3万字弱、という報道量も果たして十分だろうか?5年間で3万字という数は決して多くはなく、例えば、毎日新聞では、2015年に掲載されたのはたった2記事だけであった。
コンゴ民主共和国に関する報道量の大小を検証するために、いくつかの事例と比較してみよう。まずは、他の紛争との比較をする。読売新聞では、2014年ごろ連日ニュースで取り上げられていたウクライナ紛争は1年間(2014年)に、471,048文字という報道量だった。それに対して、同じ年に報道されたコンゴ民主共和国の紛争関連の報道量は444文字に留まり、ウクライナ紛争の1,000分の1にも満たなかった。また、2016-2017年ごろに米大使館のエルサレムへの移転や和平交渉などで話題となったイスラエル・パレスチナ問題についての朝日新聞における報道は、2017年だけで67,828文字に及び、コンゴ民主共和国の5年分の報道の2倍以上となった。
個別の事件と比較しても、大きな差が開く。2018年10月2日にジャーナリストのジャマル・カショギ氏がトルコ・イスタンブールのサウジアラビア領事館で殺害された事件は、日本を含む世界中のメディアで大きく取り上げられた。毎日新聞では15日間に27,610文字の報道があり、コンゴ民主共和国の5年分(27,280文字)を超える。1人の命についての報道が、コンゴ民主共和国の5年間に起こったこと全体の報道に匹敵しているという状況だ。
次は、世界で起こった事故の報道量と比較する。2018年の夏に世間を騒がせたタイ洞窟での救出劇を覚えているだろうか。18人の少年らの救出に関する一連の報道量は、読売新聞では2018年7月3日から19日までの17日間で10,770文字であり、コンゴ民主共和国の5年間全体の報道量を超えてしまう。
また、場合によっては、芸能ニュースに近い話題に比べても、コンゴ民主共和国に関する報道の少なさが明らかになる。2017年、ロイヤルファミリーの婚約や王子誕生などの話題で取り上げられたイギリス王室は下のグラフの通りの報道量だ。朝日新聞・毎日新聞では文字数はコンゴ民主共和国とほぼ拮抗しており、読売新聞では約3倍にのぼる。同年に世界最多の避難民を抱えたコンゴ民主共和国であるのに、一国の王室の家庭の事情と多くても同じだけしか注目されていないのだ。
報道内容
このように、いずれの新聞においても報道量の非常に少ないコンゴ民主共和国だが、新聞に掲載されている内容はどのようなものなのだろうか。
以下のグラフからもわかるように、5年間でもっとも取り上げられたトピックはノーベル平和賞関連のものであった。2018年10月、紛争で性暴力の被害者となっている女性を無料で診察しているコンゴ民主共和国の医師であるムクウェゲ氏がノーベル平和賞を受賞し、紛争下での性被害の実情にスポットライトが当てられた。受賞が決まった10月と受賞した12月の報道だけで、5年分の報道の35%も集中している点が報道の少なさと偏りを物語っている。しかし、その原因となっている紛争については全体の約13%しか報道されていないのが実状だ。世界最大のPKOが派遣されていることを加味しても、紛争・PKO関連の報道量は非常に少ない。この程度の報道でこの非常に複雑な紛争を伝えることができているとは言えない。
一筋縄ではいかぬ選挙:その報道量は?
今回の選挙は決して順風満帆とは言えない。2018年8月にカビラ大統領が後継者として前副首相兼内務・治安大臣のエマニュエル・ラマザニ・シャダリ氏を候補に指名し、自身は出馬しないことを発表したことが発端だ。同年12月23日に予定されていた選挙が一週間延期され、2019年1月6日に予定されていた暫定結果発表も延期されるなど紆余曲折を経て、最大野党党首のエティエンヌ・チセケディ氏の当選が発表された。しかし、この結果が、アフリカ連合(AU)やカトリック教会の選挙監視団の集計と大きく異なっており、不正操作で当選者が入れ替わったとの見方が広がるなど疑惑があったが、結局は憲法裁判所の判決によりチセケディ氏が新大統領として認められた。

首都キンシャサの選挙ポスター(写真:MONUSCO Photos / Flickr [CC BY-SA 2.0])
では、先にも述べたコンゴ民主共和国の2018-2019年の歴史的な選挙についての報道にも注目してみよう。読売新聞の朝刊を使ってデータをとった(※1)。今回のコンゴ民主共和国の選挙については選挙前後の報道をすべて足しても、たった1,403文字にとどまった。この数字は、フランスの60,499文字と比べると約50分の1であり、ドイツの15,289文字、インドネシアの14,808文字という報道量に比べても、なんと約10分の1という少なさである。その他の国と比べても、圧倒的に報道量が少ない。
紛争の原因のひとつとも言える政治を20年近くも続け、デモをはじめとする国家の不安定材料を生み出してきたカビラ政権が終わり、さまざまな疑惑が残る中でも、ある程度民主的とも言えるプロセスによって新たな政権が誕生した。この国と地域にとって、大きな転換期ともなったにもかかわらず、この国の政治が大きく注目されることはなかった。選挙に関連する汚職や腐敗にも光が当てられないままだ。

コンゴ民主共和国での取材の様子(写真: US Army Africa / Flickr [CC BY 2.0])
コンゴ民主共和国が抱える多くの問題や報道量についてみてきたが、その問題の量や深刻さに対して、報道量は見合っているだろうか?コンゴ民主共和国のように、報道を通して注目され、人々に認知され、救われるべき命や解決されるべき課題を抱える国がある。注目されていない からこそ、緊急支援・開発支援が少なく、より多くの命が失われる。アフリカは、遠く離れた無関係の地域ではない。この地では、たくさんの命が失われ、多くの歴史的な動きがあり、鉱物資源や環境問題の面での他国とのつながりは多大だ。これらすべてを考慮すれば、コンゴ民主共和国の抱える問題は世界から切り離せるものではない。世界は密接に関わっていることをメディアは忘れてはならないのではないか。いま一度、報道のバランスを見直す必要がある。
ライター:Madoka Konishi
※1 期間は選挙の半年前から結果が確定した日までのもの。コンゴ民主共和国の場合は2019年1月10日までのデータ。
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ノーベル賞という“ビッグイベント”で初めてスポットライトがあたる報道。かく言う私もそのイベントで初めて反応した者の一人です。そう考えると如何に私たちがメディアにその興味を左右されているかを実感します。
性的テロリズムというワードを初めて知った。
性暴力を始め、深刻で複雑な問題がコンゴ民で起こっているにもかかわらず、タイの救出劇の方が圧倒的に多く、日本のニュースの優先順位に甚だ疑問を持ちました。