2020年9月から、インド政府が農業改革を目指して打ち出した新法に対し、道路や鉄道の封鎖、トラクターでの行進などを含むデモ が半年以上たった現在も続いている。この新法は、市民の所得向上につながると主張し、ナレンドラ・モディ政権が導入したものであり、農業取引物の自由化や農業セクターへの民間資本導入を図っている。しかし、自由化によって収穫を買い取る商社や卸業者等の民間企業の価格決定力が強まり、現在設定されている最低化価格が保証されなくなることなどが懸念され、多くの農業従事者が強く反発している。
このインドでの一連の出来事には、現在の世界の農業における構図が表れていると言っても過言ではない。その他にも、世界の農業は経済、社会、環境などにおいて多くの深刻な課題を抱えている。農業の現状はどのようなものであるだろうか。また、この実情と人々のイメージとの間にギャップは発生していないだろうか。この記事では、世界の農業の現状とそれに対する報道を探っていく。

牛と共に土地を耕すインドの農業従事者(写真:Well-Bred Kannan / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
現在の農業の現状
世界の農業にはどのような実態があるのだろうか。まず、世界の農業生産量の観点から考えていく。国連食糧農業機関(FAO)の2020年のデータによると、2018年の世界の主要作物の生産量はおよそ91億トンとされている。作物群ごとに見てみると、2000年から2018年まで一貫して麦や米、トウモロコシなどの穀草類が最も多く、生産量全体の3割程度を占めている。続いて多いのが糖料作物で、2割強を占め、次に野菜類や油料作物、果物やイモ類が1割程度を占める。また、2018年の世界の肉の消費量はおよそ3億4千2百万トンと言われている。このように、世界の人々の主食となる穀草類を含め、様々な作物や畜産物が生産されている。加えて、2000年から2018年までに主要作物の生産量が約50%、肉の消費量もおよそ47%増加している。

コンバインを用いた小麦の収穫(写真:Aleksandar Dickov / Shutterstock.com)
続いて、農業従事者の数を見ていく。国連食糧農業機関(FAO)が集計したデータによると、世界の農業従事者の2019年の人口は、およそ9億人である。農業従事者人口は近年、全体的に減少傾向にあり、2000年にはおよそ10億人とされていた。このように、世界の食糧需要と生産の増加に反して、農業を営む人の数は少なくなっている。その理由としては、商業農業における機械化で従業員数が減っている点が挙げられる。しかし、必ずしも小規模農業が大規模農園やプランテーションに変わっていっているわけではなく、世界の農家の内訳としては、未だに家族経営の小規模の農家が大きな割合を占める。推定によると、世界の農地のおよそ75%が家族経営であり、そのうちの大半に当たる95%が、5ヘクタールよりも小さな土地で農業を営む小規模の家族経営である。その多くは、組合や農協に加盟し、協力して経営を守ろうとしている。また、農業業界は生産者だけで構成されているわけではなく、農業系大企業も存在する。農作物の農作物よりも、種や農薬などを生産し農家に売ることで、多額の利益を上げている。

手作業で殺虫剤をまく様子(Romas_Photo / Shutterstock.com)
農業関連の国際組織には、国連食糧農業機関(FAO)が挙げられる。この機関は、民間セクターや市民社会組織、政府や主要な部門と緊密に協力し、社会、経済、環境に包括的にアプローチすることで農業の持続可能性を追求している。具体的な活動としては、国際討論会の開催や統計情報の提供などを行っている。農業と関連するその他の組織には、災害時の緊急食糧支援や気候変動が引き起こす地域ごとの脆弱性の調査を行う国際連合世界食糧計画(WFP)や低所得の加盟国の農業開発に特化し、債務返済を持続できない国に対して無償資金供与を行う国際農業開発基金(IFAD)などがある。
農業を営む人々の状況と経済・社会的問題
ここまで、世界の農業の現状を見てきた。生産状況や農業に関わる人々の傾向を踏まえ、現在の農業においてどのような問題が発生しているのか詳しくみていく。まず、農業を営む人々が直面している問題の一つとして、収入の低さが挙げられる。生活を支える最低限の収入を農業から得ることができず、貧困状態にある人が非常に多い。また、極度の貧困状態にある家庭の3分の2には農業従事者がいるとも言われる。食用できる農産物を生産している場合、自給自足のようにある程度の食糧を確保することもできるが、多くの農業従事者は食用できる農産物ではなく、綿花やタバコ、カカオといった換金作物を生産している。農作物を売ることによって十分な収入を得ることができなければ、食糧品を購入することだけでなく、生活必需品や教育費、医療費等を賄うことも困難を極めると言える。

パキスタン北部の小規模農地(khlongwangchao / Shutterstock.com)
また、小規模農家・契約農家 (※1)が直面している問題として、価格決定において弱い立場に置かれやすい傾向がある。その背景には、小規模農家・契約農家がサプライチェーン(※2)の構造の中で、最も弱い位置に置かれているという問題がある。世界の多くの国において、作物を売る現地での商社・業者や、高所得国から進出している商社等は、組織の規模においても、経済力・世界の市場に関する情報においても小規模農家・契約農家より有利であり、価格設定に大きな影響を与えている。本来ならば、政府が最低価格の保証を行ったり、農家への補助金を給付したりすることで生活を守る役目を果たすはずである。しかしながら、世界各地で農業取引の自由化や規制を緩和する動きが増えており、冒頭のインドのケースのように、政府は自国の農家より、国内外の商社が取引上有利になる政策がとられるケースは多い。
また、農業生産者を中心に貧困状態が続くことで、児童労働を含む人的搾取の問題も発生している。プランテーション等の商業農業だけでなく、家庭農業においても家族以外の農作業員を雇用することがあるが、低賃金での長時間労働や、人身売買や暴力が起こっている。中には、法的保護を十分に受けることができない不法移民を搾取するケースもある。例えば、南イタリアでは、果物農場の労働者の半分以上に当たる43万人が公式契約を結んでいない状態で働いており、その内のおよそ80%は外国からの労働者で、10万人は搾取されている可能性が指摘されている。家庭農業では、収入の低さのために従業員を雇用できない状況にあり、自身の子どもを労働に従事させることがある。子供が労働に従事しなければならない状況により、教育を受ける権利などの基本的な権利が奪われている。

タイの茶畑で働く農業従事者や子供たち(KAMONRAT / Shutterstock.com)
さらに、低収入が続くことで農家が犯罪組織と手を組んで麻薬の原料を栽培してしまうケースもある。例えば、コロンビアなどでコカインの原料となるコカやアフガニスタンなどでアヘンやヘロインの原料となるケシの生産が挙げられる。また、違法でない作物であっても犯罪組織との間で問題が発生する場合もあり、メキシコのアボカドの生産と犯罪組織の関係は深刻である。
このように、農業生産収入の低さと不安定さ、そして現在の農業システムと社会の関係性により、様々な問題が引き起こされている。
農業と世界の環境危機
上記に加えて、農業を営む中で発生する問題には、様々な地球環境問題も含まれている。その一つとして、気候変動がある。温室効果ガスのうち、17%が農業由来であるというデータがある。その背景には、農業用の土地を切り開くための森林伐採や土地開発、酪農・畜産業や稲作から生じるメタンガスの影響 が挙げられる。また、農業を通して引き起こされる水不足も深刻な問題だ。農業は、人間の活動の中で最も水資源を利用する分野であると言われており、今後の人口増加に伴う農業生産の拡大を考えると、水資源がますます枯渇してしまうことが懸念される。
さらに、農業を営む上での環境の課題として、害虫問題や作物が病気の問題が起こっている。害虫問題で近年深刻化しているのは、気候変動とも関わるバッタの大量発生の問題である。2020年、アフリカ東部では、サバクトビバッタが大量発生し、紅海周辺からさらに南西アジアへと広がり各地に危機をもたらした。また、作物の病気の蔓延も深刻である。その要因の一つになっているのは、作物の多様性の喪失である。例えば、バナナは、遺伝子的に同一の品種が、世界的に広い地域で大量生産されている。同じ種類の作物ばかり生産されることにより、ひとたび病気に感染してしまえば、瞬く間に拡大し、収穫量が減少する可能性があると言われている。

土から顔を出す若葉のイメージ写真(amenic181 / Shutterstock.com)
上記の問題に加え、生産方法の単一化や化学肥料によって土壌の劣化が進行している状況も無視できない。毎年同じ土地で同じ作物を栽培する連作により、土壌の栄養素や有機物が減少し、土地がやせてしまう可能性が指摘されている。また、合成肥料の使用により、土壌中のバランスが崩れる危険性があるほか、合成肥料により窒素が放出されることで、気候変動や水質汚染にまで波及することもあると言われている。
農業を営むことは、人間の生命を根本的に支える必要不可欠な活動であると同時に、その方法によっては、環境破壊に導く可能性もあることを知っておかねばならない。
この現状を報道は伝えているのか
ここまで、世界での農業に関係する様々な問題について取り上げてきた。農業従事者と農作物の農業従事者が直面する数々の問題や危機的状況は、農業生産物の消費者である我々にも関わる問題でもある。この深刻な現状を報道は伝えることができているのであろうか。この調査を行うにあたって2016年~2020年の5年間の読売新聞で日本国外における農業をテーマにした記事を抽出した(※3)。その結果、合計155記事(※4)の記事が抽出された。これは、月平均にすると毎月2、3記事程度と比較的少ないものとなった。
ここからは、抽出された155記事中で取り上げられている国や地域、または内容について分析し、報道の傾向を掴んでいく。まず、国別の報道量を見てみる。
全部で26の国と地域に関する記事が取り扱われていたが、報道量が最も多かった国は、40%(55記事)でアメリカである。続いて多かったのは、約19%(26.5記事)の中国である。すなわち、アメリカと中国に関する報道だけで世界の農業に関する報道の半分以上を占めていることになる。個別の国以外にも、共同体としての欧州連合(EU)に関する記事も11%(15.5記事)とある程度の割合を占めた。その他の国々や地域は、それぞれ5年間で1回の登場であり、これらの国や地域の農業に関する報道は限られた情報しか伝えることができていない。このように、そもそも農業に関する報道は、その量が少ない上、アメリカや中国、EU諸国といった経済的に豊かで日本との関連性が強い国の報道に偏っている状況が見えてくる。
では、記事の内容の傾向はどうだろうか。抽出された記事の中で一番多かったテーマが、国家間の貿易に関する記事である。報道量において過半数を占めたアメリカと中国、そしてEUに関する記事で、かつ貿易について取り扱った記事は、155記事のうち53%(82記事)を占める全体の非常に多い結果となった。さらに貿易に関する記事は日本との関連性から語られることが目立つ。全記事のおよそ44%に当たる68記事は、日本と関連のある報道内容であった。例えば、ドナルド・トランプ米政権が、日本の自動車と農産物の市場開放を求める主張をした件が報じられていた。また、中国との貿易協定に難色を示し、中国がアメリカ産の農産品の購入を停止した件の報道も見られた。そのほかには、日本とEUの間に結ばれる経済連携協定(EPA)をめぐる議論に関する記事も2017年を中心に盛んとなっていた。さらに、特定の国や地域を限定せず、G20の会合で決められた食糧安定供給への取り組みや世界全体でのコロナ禍の農産物輸出規制への警戒なども報じられていた。今回の報道分析からは、世界の農業に関して報じられる際には日本と経済的に密接な関係を持つ国が取り扱われやすい上に、その内容も貿易を中心とした視点から書かれていることがわかった。しかしこれでは、農業を取り巻く貧困や格差、環境破壊といった問題の数々を包括的に伝えることは到底できていないと言えるだろう。
一方で、世界の農業従事者の大半を占める小規模農家が立たされる苦境を報じた記事の内容もあった。コートジボワールやガーナにおけるカカオ農家の貧困の現状や買い付け割増金導入などの農業従事者の生活を支える制度が開始されたことを報じる記事( 2019年12月26日、2020年2月28日)である。しかしこれは、5年間でわずか2記事であった。また、農業従事者の人権や労働環境問題を取り上げた記事には、韓国や東南アジアの農村で不法就労が横行している問題(2019年7月3日)を報じているものがあったが、こちらも5年でわずか1記事と報道される回数が極めて少ないことが分かった。さらに、農業によってもたらされる環境負荷について報じている記事は、アフリカ南部の農村開発によってバオバブが枯死している問題(2019年9月20日)や、東アフリカ・南西アジアのバッタの大群発生を報じる記事(2020年4月24日)、世界食糧デーとして気候変動問題(2016年10月15日)を取り上げるものが合計3記事あった。このテーマに関してもまた、問題の巨大な規模と深刻さに比べ、報道が少ない結果となった。

農地に佇む女性(Ozphotoguy / Shutterstock.com)
これまで見てきたように、世界の農業が直面する問題には、非常に深刻かつ解決の緊急性を要するものが数多く存在する。しかし、今回の調査からは、報道が世界の農業の現状について伝える情報が断片的であることがわかった。すなわち、世界の農業が直面する問題の存在すら知らずに、生産されている農作物の恩恵を享受している人も少なくないのだ。世界各国が自国の経済的な利益を追求するばかりに、周縁に追いやられ、搾取されている農業従事者の存在を無視してしまうことは決してあってはならない。また、さらに今後増加する食糧需要に対処しながら、農業がもたらす環境負荷についての解決策を考えていくことは喫緊の課題だ。そして、このような問題を人々に伝え、世界全体で解決に向けて動き出すよう働きかけるのが報道の大きな役割である。高所得国や自国の視点のみに拠った現状の報道を見直し、世界の農業が抱える問題を広い視野でとらえ、多くの人々に現状を伝えていく必要があるだろう。
※1 契約栽培とは、主に商社が農業従事者と特定の契約を結び、特定の作物を育てる代わりにその収穫を買い取る栽培方法のことである。
※2 商品や製品が消費者の手元に届くまでの、調達、製造、在庫管理、配送、販売、消費といった一連の流れのこと
※3 記事を調べるにあたり、読売新聞のオンラインデータベース「ヨミダス歴史館」を利用した。朝刊夕刊問わず、国際報道のみを対象とし、見出しに「農」というキーワードを含む記事のみをピックアップした。この検索条件では抽出できなかったが、農業の問題を中心に書かれた記事が他にも存在する可能性がある。
※4 それぞれの記事を正確に計数するため、1つの記事で2つのテーマや国を扱っている場合、それぞれ0.5記事として計数する。
ライター:Akane Kusaba
グラフィック:Yumi Ariyoshi