「農業」という言葉を聞いて、皆さんはどんな景色を想像するだろう。広々とした大地に青空のもと広がる「豊かな緑」の風景や、大地を吹き抜ける風に揺れる「黄金に実った小麦や稲穂」の風景。そんな平和で穏やかな風景を想像した方も多いことだろう。しかし、「農業」と聞いて、環境破壊や気候変動との関係を思い浮かべる人は、どれだけいるのだろうか。
実は、現代農業は環境への負荷が高い。熱帯雨林の消失や砂漠化、湖沼の消滅といった環境破壊の一因であり、温室効果ガスの排出源としても大きい領域だ。なぜ、緑を育み緑に育まれている農業が、環境破壊や気候変動につながるのだろうか。ここでは、そのメカニズムを解説し、畜産や酪農を含めた現代農業が抱えるジレンマを紐解いていこう。

朝日に包まれるキャベツ畑(写真:Artur Synenko / Shutterstock.com)
気候変動の要因:農業由来の「温室効果ガスの排出」
気候変動は、人類にとっての脅威だ。2017年11月にドイツの都市ボンで行われた、国連気候変動枠組み条約第23回締約国会議(COP23)では、フィジーが議長国となり、2015年に成立した「パリ協定」を実施するための具体的なルール作りが進められた。現時点で世界173の国と地域が批准しているパリ協定だが、批准国の多さとスピーディーな発行プロセスから考えても、気候変動という「脅威」への危機感が読み取れる。
そんな「脅威」の原因について、是非見て頂きたいデータがある。気候変動に関する政府間パネル(IPCC:Intergovernmental Panel on Climate Change)の報告によると、気候変動の要因である温室効果ガス(※1)のうち、23%が農業から排出されているというのだ。また、経済協力開発機構(OECD)によると、温室効果ガスのうち、17%が農業由来であり、加えて7%~14%がその他の土地利用によるものだという。2011年には畜産・酪農を含めた農業分野から二酸化炭素(CO2)換算で5.3億トン以上が排出されており、1961年の2.3億トンから増加傾向にある。
IPCC第5次報告書(2014年)のデータ 、及び世界銀行のデータ(二酸化炭素(CO2) 、 メタン(CH4)、一酸化二窒素(N2O))をもとに作成。
どうして「農業」が気候変動につながるの?
どうして、酪農・畜産を含む農業が、気候変動の要因の5分の1になるのだろうか。これは「農業、酪農・畜産業を行うための開発」と「農業、酪農・畜産業そのものの活動」の2つに切り分けて考えるとわかりやすい。それぞれについて、例を示しながらそのメカニズムを解説しよう。
「農業、酪農・畜産業を行うための開発」
この視点で農業を見ると、まず農地造成のための森林伐採が、農業と環境破壊の関係として挙げられる。山々を削り、大地を切り拓き、農地や牧草地を生み出す。この過程で多くの森林が伐採され、気候変動につながってしまう。
また、過度な焼畑も大きな課題だ。熱帯雨林地域は雨が多く、地表面の土壌が洗い流され養分が不足している。しかし農業は表土層を用いるため、この養分不足を解決する必要がある。そこで、森林を焼くことで日の当たる農地を用意すると共に、養分となる窒素や炭素を含む灰を作る「焼畑」が行われている。この農業手法自体は理にかなっているが、これが森林の再生スピードを超えて過度に行われることで、重大な環境破壊が生じている。例えばインドネシアでは、油ヤシのプランテーション開発などのために過度な焼畑が各地で行われており、森林を焼失させる山火事の原因にもなっている。
「地球の2つの肺」と呼ばれるアマゾン川流域とコンゴ川流域の熱帯雨林では、こうした農業やその他の開発の影響が顕著に現れている。世界では1分間にサッカーグラウンド14面分(10ha)、年間で北海道の約1.8倍もの森林が、農業や材木伐採、都市開発といった、人間の活動により失われていることが、最新の衛星調査で分かっている。この調子でいけば、世界の熱帯雨林は100年で消滅する計算だ。

FAOのデータをもとに作成。
こうした過剰な森林伐採と土地開発の背景には、急速な世界人口の増加がある。2011年に70億人を突破した世界の人口は、今では76億人に達している。命の源である食糧の生産は、支えなければならない人口が増えれば、生産量を増やす必要に迫られる。そうした需要が、過剰な土地開発を推し進めてしまっている。
しかし、理由はそれだけではない。食肉の消費量が増え続けている点も見逃せない背景だ。食肉を生産するためには、その飼料として大豆やトウモロコシなど大量の穀物が必要である上に、牛や豚などを放牧する広大な大地(牧草地)が必要だ。さらに、そうした飼料作物の輸送や大量の水資源も必要であり、(後にも述べるが)生産の過程で多くの温室効果ガスを排出している。莫大な土地と飼料・資源を使い、多くの温室効果ガスを排出して生産される「おいしいお肉」は、非常に効率の悪い食品なのである。

牧草を食べる乳牛(写真:Syda Productions / Shutterstock.com)
「農業、酪農・畜産業そのものの活動」
イメージしにくいかもしれないが、実は農業生産活動そのものも環境破壊につながる場合があり、温室効果ガスがこれらの過程からも発生している。例えば、機械化された農業では、土地を耕すところから作物の収穫に至るまで、各所で機械を動かすための化石燃料が消費されている。また、ビニールハウスを用いた促成栽培では、昼夜を問わず冷暖房が必要な場合があり、エネルギーを消費している。このようなエネルギー消費により、温室効果ガスを放出しながら、農業生産が行われている。
また、酪農・畜産業や稲作からは、CO2よりも温室効果が高いメタンガスが生じている。稲作は、人間の活動が原因のメタンガスのうち約10%を占める排出源だ。土壌に酸素が供給されにくく、そうした環境を好む土壌中のメタン生成菌がメタンガスを発生させる。発生したメタンガスは、イネの根や茎を通って大気中に放出されていて、回収は難しい。そして、酪農や畜産業の領域からは、毎年CO2換算で7.1ギガトン、人為的活動が原因の温室効果ガスのうち14.5%が排出されている。このうち44%がメタンガスの形で排出されており、家畜の呼吸やゲップ、冷暖房のためのエネルギー消費などが具体的な発生源で、重大な気候変動因子の一つだ。
FAOのデータ をもとに作成。
その他には、草を根こそぎ食べるヤギなどの過放牧を行えば、猛スピードで緑が失われていく。また、乾燥地域での無理な灌漑農業は、行えば行うほど供給されにくい土壌の養分が消費され、土地の荒廃が進む。さらに、過度な灌漑用水の使用は、毛細管現象によって土壌の深いところにあるミネラル分を地表に吸い上げ、地表面に塩分を析出させてしまう(塩害)。塩害が起きてしまった大地は不毛の地となり、緑が失われてゆく。このようにして土地の荒廃が進めば、風雨により表土層がさらわれてしまい、CO2を土壌中に固定する役割を担う「有機物(炭素を含む化合物)のサイクル」が機能しない。その結果、大気中に温室効果ガスが蓄積されていってしまうのだ。
現代農業が抱える「ジレンマ」
このように現代農業は、開発・生産を行えば行うほど、気候変動や異常気象の原因を生み出し、農業自体の存続危機につながる、というジレンマを持っている。さらに言えば、現代農業が置かれている経済の仕組みは、気候変動だけに限らず、貧困格差の是正という面からも矛盾に満ちている。

広大な農地で働く農業機械(写真:Holnsteiner /Pixabay)
世界中で「食」にありつけない栄養不足人口は、8億1500万人(世界人口の約11%)にも上る。その一方で、大規模で機械化された農業手法で生産された大量の作物は、輸出用の商品作物として栽培されることも多く、そうした作物は化石燃料のエネルギーを使って生産地の外へ輸送され、食肉やバイオ燃料の生産に消費されている。
つまり、(多くの場合)所得の低い人々がわずかな賃金で作った食糧を、わざわざエネルギーを使って輸送し食肉や燃料生産に使うことで、気候変動という脅威を大きくして食糧生産自体を危機に追い込むと共に、作った人々を貧困や飢えに追いやってまで、一部の人類が豊かな食生活を享受している構造があるのだ。もしかすると、地球と人類の双方にとって持続可能な農業生産は、現代のような大規模機械化による大量生産ではなく、自給自足的なローカルな生産形態かもしれない。
一方、我々個々人のレベルでは、少なくとも、食料調達のあり方、食に対する考え方を変える必要があるだろう。目の前の食材が、どこからやってきたのか。その食材を作るために、どれだけの作物と水、肥料、燃料が使われているのか。そして、遠い地で生産されたはずの食品が、どうしてその値段で入手できるのか。スーパーマーケットに並ぶ食材一つひとつの「生い立ち」を想像してみるのも、なかなか面白い作業かもしれない。
私たちは「今この瞬間の豊かさ」と引き換えに、気候変動から格差の構造まで、子供たちに様々な形のツケを残し続けている。
[脚注]
※1:「温室効果ガス」と言っても、いくつかの種類がある。よく知られた二酸化炭素(CO2)も、正確には温室効果ガスのひとつであり、メタン(CH4)や一酸化二窒素(N2O)などが温室効果ガスとして知られ、農業とのかかわりが深い。
ライター:Yosuke Tomino
グラフィック:Yosuke Tomino