今、世界から砂が消えつつある。世界中で砂の需要が高まっており、毎年大量の砂が消費されているのだ。そして世界各地で砂の争奪戦なる状況が見られる。
水を除き、他のどのような資源よりも多く人間が消費しているのが砂だ。国連のレポートによれば、砂は世界全体で年間400億トン以上消費されている。この消費量は世界の川が1年間に運ぶ堆積物の量の約2倍であり、我々は自然が供給する以上に砂を消費していることになる。砂はコンクリート、アスファルト、ガラス、シリコンなどを作るのに欠かせない素材であり、道路、建物、窓ガラスなど、砂から作られているものは身近にあふれている。我々の文明は砂によって築き上げられているといっても過言ではない。砂は地球上にありふれ無限に供給されるようにみえるが、石炭や石油などの他の資源と同様に有限である。しかしその豊富さゆえに砂資源の使用は見落とされがちだ。そして近年、砂が世界各地で急速に失われつつある。
砂が消えている主な原因は、世界中で起きている都市化である。都市人口は1950年には世界の人口の30%にも満たなかったが、それ以降急増し、今や世界の人口の半分以上は都市に住むようになった。この増加する都市人口を支えるためにはそれ相応の都市建設が必要となり、住宅や都市インフラ構築のために大量の砂が使用されることになる。都市化は特に途上国において顕著であり、メガシティーと呼ばれる1,000万人以上の人口を有する都市の大半が途上国に存在している状況だ。そして2050年までに今より25億人も世界の都市人口は増加するとされているが、そのうちの約90%がアジアとアフリカに集中する模様である。特にインド、中国、ナイジェリアで都市人口が著しく増加していく。今後も都市化が進むにつれますます大量の砂が消費されていく。
ここでいくつか砂資源の利用の実態を見てみよう。アラブ首長国連邦のドバイは、パーム・アイランドやザ・ワールドと呼ばれる人工島群やブルジュ・ハリファといった超高層ビルが有名だが、海の埋め立てや海岸の拡張、高層ビルの建設のために自国の沿岸の砂だけでなくアフリカ諸国やオーストラリアなどから大量に砂を輸入して使用している。今や自国の沿岸の砂はほぼ使い尽くしてしまっている状況だ。

ドバイ:ブルジュ・ハリファ(中央左、828m、2008年) 写真:Aheilner [CC-BY-SA-3.0-migrated]
しかしアラブ首長国連邦は国土の大部分が砂漠地帯であり、わざわざ砂を輸入しなくても砂漠に行けば大量の砂が手に入る。自国の砂漠の砂を使わずにあえて海外から砂を輸入する必要性がどこにあるだろうか。実は砂漠の砂は風による風化で丸みを帯びすぎているため、埋め立てやコンクリート造りには適していないのだ。埋め立てや建設に必要なのは川底や沿岸などの砂である。そのため大規模な埋め立てや建設事業を行う際には自国の砂だけでは足りず、他国から砂を輸入することになるのだ。
発展の著しいシンガポールでは1960年から2010年にかけて人口は3倍になり、増加する人口を支えるために領土の拡張を行っている。シンガポールはインドネシア、タイ、マレーシア、カンボジアなど周辺国から砂を輸入して海を埋め立て、過去40年ほどで領土は20%以上(130㎢)も拡張された。しかし他方でインドネシアはシンガポールへ大量の砂を輸出した結果、24もの島を消失したとされる。周辺国はシンガポールへの砂の輸出を禁止したが、違法な砂貿易は収まらない。

埋め立て(香港、2015年)写真:Leon Brocard[CC-BY-2.0]
また現在、アフリカ諸国では砂の採掘により浜辺が消失の危機にさらされている。タンザニアの一部を構成する半自治諸島であるザンジバルでは、建設プロジェクトのために過度に砂が使用され、砂浜が減少している。モロッコでは美しい砂浜を観光産業促進に役立てようとしているが、ホテルや道路といった観光インフラを整備するために砂浜を採掘して砂を使用し、肝心の砂浜を破壊してしまっているという皮肉な状態に陥っている。しかも使用される砂の半分は違法に採掘されたものであると言われている。
砂の採掘は環境に大きなダメージを与える。砂を採掘することで地形が変化し、川や湖の水位が変化する。中国にはポーヤン湖という中国最大の淡水湖があるが、この湖から採取される砂の量は世界一であり、その影響で湖の水位は歴史的な低さを記録した。また砂の採掘により川が干上がったり、橋や道路の土台がもろくなったりして生活基盤が失われる恐れもある。さらに川底の砂を採掘することで川から浜へ運ばれる堆積物の量が減少し、浜辺では浸食が進みやすくなる。その他にも川底や浜辺の砂を採掘することによってそこに生息する生き物の生息地を破壊したり、水質汚濁につながったりする。すると生態系が破壊され、生物多様性も失われる。また砂の採掘は環境に直接ダメージを与えるだけでなはない。採掘した砂を長距離輸送する際には大量の温室効果ガスが排出され、地球温暖化の原因にもなる。

砂の採取(インド:ムンバイ、2012年) 写真:Sumaira Abdulali[CC-BY-SA-3.0]
砂の採掘が無制限になされれば大きな被害・損害が発生するため、各国政府は砂の採掘方法や採掘場所に規制をかけ、業者に採掘許可を与えるようにしている。しかし実際には許可を得ずに採掘する者が多い上、許可を得ても決められた量をはるかに上回って砂を採取することも珍しくない。このような違法採掘が横行するわけは取り締まるのが容易ではないという事実もあるが、警察や官僚・政治家などの政府関係者が採掘者から賄賂を受け取って違法採掘を見逃し、違法採掘による利益を共有していることもあるからだ。そして今、この砂資源は世界各地に闇市場を生み出しており、砂をめぐって多数の人々が負傷し、殺害されている。そこでは「砂マフィア」と呼ばれる人たちが幅を利かせ、様々な問題を引き起こしている。
ケニアのマクエニ地方は貧窮した田舎の地域であるが、ここ2年で少なくとも9人が殺害され、何十人もの人が負傷した。その中には警察官や政府職員も含まれており、違法な砂の採取を阻止しようとする者は襲撃の対象だ。マクエニ地方では砂の採掘が環境や人々の生活に深刻な影響を与えているため、その多くで砂の採掘が禁止されている。そして採掘者と政府・地元の人々の間で何年も闘争が続けられているのだが、実際には賄賂の授受が行われ違法な採掘が横行している。
インドは砂マフィアを巡る問題が深刻な国の一つであり、砂をめぐって激しい闘争が繰り広げられている。その背景には近年インドで生じている著しい建設ブームがあり、急成長する建設業は3,500万人以上を雇用し、年間1,260億ドル以上の規模と見積もられている。インドが成長を続けるにはインフラへの投資が欠かせず、政府の積極的な投資もあり建設ブームはますます勢いづきそうだ。そしてこの成長を裏で支えているのが砂の違法採掘だとされ、砂マフィアはその一端を担っている形だ。活発化する砂マフィアの活動は闇市場を発展させており、その規模は月に約1,700万米ドルを生み出す程と推定されている。彼らは川岸や沿岸に壊滅的な被害を与えるほど違法採掘を行っており、こうした状況から砂をめぐる闘争が起こっている。

建設現場(インド:コルカタ、2015年) 写真:Biswarup Ganguly[CC-BY-3.0]
報告されるところによれば、砂マフィア内の闘争や砂マフィアと反対勢力間の闘争により何百人もの人々が殺害されており、その中には警察官や政府職員、一般人も含まれている。砂の違法採掘問題は当然政府も把握しているのだが、それを止めることは困難である。採掘を担当するある職員は、「我々は違法採掘者たちに対し手入れを行っているが、攻撃を受け、銃で撃たれたりするため、それは非常に難しい」と言う。地元の人々が違法採掘を止めようとすれば、採掘者に脅迫されたり殺害されるのが常だ。違法採掘について報じたジャーナリストが報復として生きたまま焼かれた事例もある。今後も都市人口は増加し、砂への高い需要は続く。砂マフィアはますます深刻な問題となるだろう。

違法採掘された砂の積載(インド、2012年) 写真:Sumaira Abdulali[CC-BY-SA-3.0]
以上みてきたように、砂をめぐる問題は世界各地で発生している。砂は先進諸国でも大量に使用されており、決して途上国だけの問題ではない。問題は供給できる砂の量には限界があるのに砂への需要には限りがないことだ。過度な砂の採掘を防ぐための有効な対策を打ち出せず今の調子で砂の採掘が続けられれば、環境破壊の深刻さが増すとともに砂をめぐる争いも継続され、これからも多くの人に被害が及ぶこととなる。今のところ手軽かつ大量に入手可能で、砂の代替として十分な資源は見当たらないため、世界は砂に頼らざるを得ない。重要なのは過度に砂を採取するのを防ぎ、環境破壊や砂をめぐる争いを食い止め、持続可能な状態を保持することである。
一つの手段として、取り壊された建物の瓦礫を再利用する方法がある。この取り組みはアメリカやカナダで採用され始めているようだが、再利用できる素材とそうでないものを分離する工程は複雑で、この方法を採用するのはまだハードルが高い。しかしこのような取り組みをしていくことが砂資源の持続可能な使用につながり、砂をめぐる諸問題の解決に大きく貢献するだろう。
ライター:Taihei Toda
グラフィック:Taihei Toda