アフリカと中東を挟む紅海のある島をめぐり、周辺諸国の関係が2017年末から緊張感を増している。それはトルコのレジェップ・エルドアン大統領の2017年12月のスーダン訪問に端を発する。1956年のスーダン独立後初のトルコの首相による歴史的スーダン訪問中に、両国の貿易と安全保障協力にかかわる13案件の合意が交わされた。その中に、紅海に位置するスーダンのスアキン島が99年間トルコに貸与され、トルコが再開発を行うという内容が盛り込まれた。この発表をうけ、この再開発がトルコによるアフリカでの軍事力拡大の一環ではないかという懸念をもった周辺の国々はすぐさま不快感をあらわに対抗措置にでた。隣国エジプトはトルコの紅海周辺への影響力の拡大を懸念しエリトリアにあるアラブ首長国連邦(UAE)の基地に軍隊を送り、それに対抗したスーダンがエリトリアとの東部国境カッサラを封鎖し軍隊を配備した。スアキン島に関する合意が紅海沿岸での軍事配備追加の連鎖という事態を引き起こしたのだ。当事者であるトルコとスーダン以外のエジプト、エリトリア、UAEなどの周辺諸国を巻き込む事態をなぜ生み出したのか。そこには各国の歴史的背景や政治的思惑があいまって、一面的な切り口では説明のし難い問題が随所に関係している。紅海周辺国に関わる出来事や関係性に焦点をあてながら、現在の緊張感の高まりの複雑化した理由をこれから紐解いてみたい。

紅海沿岸のスアキン島。かつては貿易の中継地として栄えた。(写真:Bertramz [CC BY 3.0])
スアキン島がなぜ問題に?
細長い形をした紅海沿岸には、前述のエジプトやスーダンの南にエリトリアとジブチ、アラビア半島にはイスラエル、ヨルダン、サウジアラビア、イエメンが位置している。地理的な理由からも欧州、アジアとアフリカ間の貿易の拠点の役割を果たしてきた。紅海での貿易取引は現在世界の海上貿易の約10%で、沿岸の国々の人口も2050年までに2倍になるという試算もあり、将来の発展性とその重要性はますます強まり貿易量も今後も増えると予測される。
中東やアフリカ地域で経済的にも政治的観点からも重要とされる紅海における情勢が複雑である。今回の緊張感の高まりのきっかけの舞台となったのはスアキン島だが、一体どんな島なのだろう。紅海西岸に位置するスアキン島は現在スーダン領であるが、その歴史を16世紀までさかのぼると、ポルトガルが紅海沿岸を支配した後、オスマントルコが代わりに東アフリカの多くの地域を支配下に置き、以後19世紀末に至るまでスアキン島も同様にオスマントルコの管轄だった。アラビア半島、アフリカ、インドの貿易の中継地だったスアキン島には地域の安全のため要塞も築かれていた。その後はエジプト、イギリスによる統治の変遷と衰退が進み、1956年のスーダンの独立に伴いスーダン領となった。
スーダンとトルコのスアキン島に関する合意の目的は、歴史的価値のあるスアキン島を再興することでアフリカからのイスラム教徒のメッカ巡礼を促進し観光業の発展に寄与することとしている。しかし、同時にトルコの軍事拠点をスアキン島に構築することが秘密裡に進んでいるのではないかという声がある。トルコはかねてからアフリカと紅海沿岸での存在感を高めようとしており、すでにソマリアとカタールに基地を擁している。そのようなトルコの動きに対し、エジプト、UAE、サウジアラビアが紅海沿岸の安全保障の新たな脅威として反発を強めてる。

トルコはアフリカ諸国との関係構築に余念がない。今回のスーダンだけでなく、エルドアン大統領はソマリアも訪問した。(写真: AMISOM Public Information [CC0 1.0])
紅海沿岸における領土と水の問題
この反発の背景にはスアキン島だけではなく、かねてから存在するエジプトとスーダンの領土問題も大きくかかわっている。ハラーイブ・トライアングルと呼ばれるエジプトとスーダンの国境に位置する紅海沿岸の約2万㎢三角形状の領域がある。1889年に北緯22度をエジプトとスーダンの国境と定められたのち、実質宗主国であったイギリスが1902年に新たに行政境界線を定め、スーダンに地理的文化的により近いという理由からスーダンの管轄となった。しかし二つの境界線の存在はスーダン独立後、両国が領有権をめぐる対立の原因となった。またハラーイブ・トライアングルは石油や鉱物に恵まれていることもこの問題に拍車をかけている。現在エジプトが約20年間実行支配しているが、スーダンはその領有権を主張し、解決には至っていない。
領土問題に加えて、エジプトにとって脅威となるプロジェクトが東アフリカで進行している。エチオピアによる大エチオピア・ルネッサンス・ダム・プロジェクト(GERD)である。スーダンとの国境から40キロのベニシャンガル地域に建築中のダムは2011年4月に着工している。アフリカで最大の水力発電所としてナイル川流域に電力を供給することが可能となり、エチオピアの抱える水と電力不足を一挙に解消する。
エチオピアにとっては国の発展のため非常に重要なプロジェクトであるが、ナイル川の水を共有する他の国々は戦々恐々としている。特に自国の水の供給の大部分をナイル川に依存するエジプトの不安は大きい。エジプトは1929年のイギリスエジプト同盟条約以来、ナイル川の水の大部分を享受してきた。その後、エジプト・スーダン間で新たな合意が交わされてからも、エジプトの圧倒的な既得権益は守られてきた。このエチオピアのダムの完成後はエジプトのナイル川の水の使用量が大幅に減り、農業や水力発電を直撃すると懸念される。エジプトは世界銀行に仲介を依頼する、エチオピアやスーダンとの交渉を試みるなど、ナイル川の水を死守するために策を講じている。

大エチオピア・ルネッサンス・ダムの工事はすでに進んでいる。(写真: Jacey Fortin [CC BY-SA 4.0])
一方、スーダンはプロジェクト計画の当初は反対をしていたが、自国にとってのメリットを認識し、一転して支持を表明した。以前からスーダンが抱えていた洪水被害をダムの建設により緩和し、農業生産増加にもつながると考えた。またエチオピア同様に苦しんでいた電力が必要量供給されるようになることもスーダンにとってのメリットのひとつだったのだろう。
このように紅海周辺の国々の関係は非常にセンシティブで変わりやすい。歴史的な背景が原因となっている慢性化した問題に加えて、当事者以外の国が主導するプロジェクトや出来事がきっかけとなり一挙に当事者の国同士の関係の変化を引き起こす場合がある。エジプトとスーダンの関係の場合、領土問題を含めて関係が良好でないところに、今回のスアキン島再開発によりトルコとスーダンがより密接な関係を築こうとしたことで、スーダンとエジプトの関係が悪化した。また、エチオピアのダム建設はエジプト、スーダンそれぞれとエチオピアとの距離感の変化をもたらしている。
中東とアフリカ諸国の関係性
加えて、出来事の当事者以外の紅海周辺もしくは中東の国々の思惑もその緊張感の高まりに拍車をかけている。例えば、スーダンとエチオピアに挟まれるエリトリアは30年にもわたる独立闘争の後1993年にエチオピアから独立したが、その後もエチオピアとの国境をめぐり死者が8万人を超える紛争を1998年から2000年の約2年間繰り広げ現在も緊張感が高いままである。現在も独裁政治と国際的な難民問題を引き起こしているエリトリアには、UAEの大規模な軍港と飛行場が南部のアサブに建設されている。また、近隣諸国での基地を積極的に拡張しているUAEは、エリトリアだけでなくソマリランドやイエメンにも基地を擁している。そして、サウジアラビアはイランとの関係の悪化を背景に湾岸地域の安全保障面でエジプトとの協調路線を打ち出している。今回のトルコとスーダンの合意を受け、エジプトがUAEの協力を得てエリトリアに軍隊を配備したことに象徴されるように、UAE、エリトリア、サウジアラビアはそれぞれの政治的思惑のもと、エジプトと協力関係を強め、紅海沿岸での問題に介入して事態がより複雑化した。
一方で、サウジアラビアやUAEと対立しているカタールはスーダンとの政治的経済的関係を強めている。またUAE同様に紅海周辺に影響力を拡大しようとしているトルコも今回の安全保障に関するスーダンとの合意後ますます協力関係は深まるとみられている。エリトリアと長く不仲であるエチオピアだが、スーダンは良好な関係にある。トルコ、カタール、スーダン、エチオピアの協力関係は中東での政治の動きによって生み出され、紅海沿岸でのもう一つの協力関係として見ることができる。
これら二つの協力関係の違いが顕著に表れている例が中東・北アフリカで影響力が強い宗教運動組織であるムスリム同胞団との関係だろう。スーダン、トルコ、カタールはムスリム同胞国に比較的寛容的であるが、エジプトではアラブの春の革命後に一時的に政権を取っていたムスリム同胞団が現政権にとって大きな脅威であり、スーダンなどの寛容的な態度に対する批判の声が多い。
今後の行方
このようにエジプトとスーダンの関係は二国間の利益だけでなく、周辺諸国との関係の大きく左右され対立の激化が懸念されてきているが、武力衝突の可能性はあるのだろうか。現在のところその可能性は低いとみる意見が多い。その理由の一つは両国ともに抱えている国内の深刻な経済問題だ。エジプトは主要産業である観光業が近年のテロにより低迷し、シナイ半島で激化している紛争と不安定な隣国リビアにも悩まされている。スーダンでは石油が多く産出されていたが、その大半は南部スーダンで採れ、南スーダンとして独立後は、スーダンでの石油による歳入の減少が著しい。またこの経済力の低下がスーダンのカタールなどの中東諸国との関係強化を進める理由ともなっている。

配備されるエジプト軍。紅海沿岸で軍事配備の連鎖が続いた。(写真: Sherif9282 [CC BY-SA 3.0])
関係の不安定さはいまだ払拭されたとはいえないが、2018年1月下旬あたりからエジプトとスーダンがお互いに歩み寄りの姿勢を見せている。スーダン大使のエジプトへの帰任の可能性も示唆され、大エチオピア・ルネッサンス・ダム・プロジェクトに関するエチオピア、エジプト、スーダン代表による会議が行われた。
しかしながら、今回スアキン島の開発計画に端を発し、紅海から離れたトルコと紅海沿岸のスーダンとの協力関係の構築が周辺諸国を巻き込む流れに波及したように、ひとつの出来事が中東やアフリカでのどのような政治的動きや協力関係につながるのかは、その背景と関係の複雑さゆえに計り知れない部分が多い。状況も変化しやすく、予想もしない広範で深刻な影響を及ぼしていくこともありうる。紅海周辺諸国の今後の動きは、多角的な視点で国と国同士のつながりの変化に着目し、今後も展開を注視し続ける必要がある。
ライター:Saya Miura
グラフィック:Hinako Hosokawa