2021年2月、国連事務総長のアントニオ・グテーレス氏は、「どの国もパリ協定(※1)の目標を達成するには程遠い」と述べた。気候変動の進行にブレーキをかけるために設定されたこの目標を実現するためには、2030年までに2010年比で二酸化炭素排出量を45%削減する必要がある。世界各国が独自の二酸化炭素の排出削減目標を定めている。しかし、仮に各国が掲げる目標が達成されたとしても、それは2030年までに2010年の二酸化炭素排出量の1%しか削減できない程度だという。
このような状況の中で、政府や企業、個人などの行動に影響を与えることができるメディアは気候変動問題にどれほど目を向けているのか。そして気候変動に関する報道の内容はどのようなものになっているのだろうか。今回は2017年のGNVの気候変動に関する記事を拡大し、長期的な視点から気候報道を追う。

火力発電所から出る煙(写真:Tony Webster / Flickr [CC BY-SA 2.0])
気候変動問題
現在、気候変動によって様々な問題が世界を脅かしている。いくつかその例を挙げよう。
まず挙げられるのは地球温暖化である。アメリカ航空宇宙局 (NASA)が発表しているデータによれば、2020年は2016年と並んで観測史上最も暖かい年であった。また2018年時点で、国連気候変動に関する政府間パネル(IPCC)は「現在の地球は産業革命時の世界平均気温より1℃暖かい」と報告書で発表している。地球温暖化は、生物の地理的生息範囲の喪失、サンゴの消失、健康被害など環境に様々な影響を及ぼしている。
さらに地球温暖化は世界各地で氷床の融解をも引き起こす。近年、特にグリーンランドの氷床は過去12,000年の中で最も急速に溶けており、毎年海に流れ出る氷の量に対し氷床を補充する降雪量が追いつくことのできないレベルにまで到達している。その他にも北極や南極など世界各地で氷床の融解が進行しており、これらが海面上昇の主要な要因である。
異常気象も深刻だ。2020年、バングラデシュを中心とするベンガル湾沿岸地域で、記録的な洪水が起こり、気候変動がその原因のひとつとされている。モンスーン期に降り続いた大雨により、バングラデシュでは国土の約3分の1が浸水し、540万人が被災した。また、インドでも同様の洪水によって1,400万人以上が被災し、両国であわせて1,000人以上が死亡した。同年フィリピンやベトナムには、3つの大型台風をはじめとする複数の台風が上陸した。この出来事は多数の死者・行方不明者を生み、インフラの損傷や家屋の倒壊、さらには被災者の経済的困窮をも招いた。さらに、2019年以降、東アフリカ地域は大規模な豪雨に見舞われている。この豪雨はコレラなどの感染症の流行や農地の土壌浸食による食糧危機を引き起こすなど影響も甚大だ。2020年には豪雨がサバクトビバッタと呼ばれるバッタの増殖を促し、バッタの群れが農地を襲い食糧危機の事態は収束するどころかさらに悪化している。そしてバッタの群れは中東、南アジアにも拡大し、各地で食糧危機を引き起こした。

アフリカ地域での洪水(写真:Theresa Carpenter / Flickr [CC BY-SA 2.0])
気候変動は格差や貧困とも密接につながっている。ここでひとつ注目したいのが「気候アパルトヘイト」と呼ばれる概念である。気候アパルトヘイトとは、気候変動の原因を生む高所得国は経済力でその被害をある程度緩和できている一方で、低所得国は経済的余力がない故に対策を講じられず、気候変動による被害をより大きく受ける上に高所得国との格差が広がることを指している。その例として挙げられるのが、先述したバングラデシュ及びインドでの洪水や東アフリカ地域での豪雨である。実際バングラデシュが排出する温室効果ガスの量は世界全体のたった1%程度にすぎない。貧困状態にあるがゆえに、気候変動の被害がより深刻になり、その被害がさらに貧困を助長させるという悪循環が生まれているのだ。
過去35年間における報道量の推移
ここまでで気候変動がいかに危機的な状況を世界に引き起こしているのかが見えてくるだろう。では、この問題は一体どれほど日本で報道されてきたのだろうか。今回は、大手新聞3紙(読売新聞・朝日新聞・毎日新聞)において、気候変動が本格的に注目され始めた1986年から2020年までの気候変動に言及している記事数を国内国際報道問わず調査し、年ごとの報道量を集計した(※2)。
上記のグラフの形から見てとれるように、3紙とも報道量の増減傾向に大きな差はない。では報道量が増加した年には何が起こったのか、順に見ていこう。
1990年前後になって気候変動報道が少しずつ取り上げられるようになり、1992年にわずかながら増加している。これはブラジルで開催された国連環境開発会議(地球サミット)において、国連気候変動枠組み条約が採択されたことと関係している。そして最初に大きな盛り上がりが1997年だ。この年には第3回国連気候変動枠組条約締約国会議 (COP3)において京都議定書が採択されている。京都議定書では「温室効果ガスを2008年から2012年の間に、1990年と比較して約5%削減すること」という目標が掲げられ、高所得国においては具体的な数値での削減義務が課された。それまでの年と比べて報道量が急激に増加している理由はCOP3が日本で開催されたためであると考えられる。これと同様の傾向はCOP10に際して生物多様性に関する報道が増えた際にも見られた。
その後報道量は増減を繰り返しているが、2007年から2009年にかけて報道量が劇的に増加している。これは、その期間に京都議定書の更新の有無、そして更新されない場合はそれに代わる新たな枠組みをめぐる政治的な議論が活発化したことが理由として考えられる。京都議定書から離脱したアメリカや、京都議定書では削減義務を課されなかった中国に対して参加への期待が膨らみ、ある程度世界的に気候変動問題に向き合う機運の高まりを見せたようだった。ところが、デンマークのコペンハーゲンで開かれた2009年のCOP15では新たな枠組みを作ることができずに終わった。南アフリカのダーバンで開かれた2011年のCOP17において、日本とカナダ、ロシアは2013年からの京都議定書の第二期間は参加しない選択をした。温室効果ガスの排出量が多い3国が京都議定書から抜けるという大きな出来事があったにも関わらず、2011年の報道は減少傾向にあった前年とにあったとしても激減している。そしてそれ以降、気候変動問題への熱が冷めたかのように再び報道量は低迷している。

COP25でのスピーチ(写真:La Moncloa - Gobierno de España / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
2015年にはフランスのパリでCOP21が開催された。そこで締結されたパリ協定は、高所得国のみに削減義務を課した京都議定書とは異なり、批准した全ての国で温暖化対策に取り組むことを約束した合意であった。その後2017年にはアメリカ前大統領のドナルド・トランプ氏がアメリカのパリ協定からの離脱を表明し注目を浴びた。2015年と2017年に報道量が少し増加している要因はこれらによるものと考えられるだろう。パリ協定は京都議定書に取って代わる国際合意として世界で大きく注目された。しかし、グラフで大きな2つの山となっている京都議定書採択の1997年、目標期間開始の年であった2008年の報道量と比較しても、報道の絶対数は少なく、日本の報道におけるパリ協定への注目の低さが現れている。
過去2年間における報道量の推移
続いて直近の2年間に注目してより詳細に報道の傾向を見ていこう。今回は、朝日新聞において気候変動を中心としたテーマの記事に国内国際報道に問わず絞り、2019年と2020年の2年間の月別報道量を調べ分析する(※3)。
気候変動に関する記事は2年間で106記事あり、平均すると月4.4記事と少ない。35年間のグラフから読み取れるように、2019年はここ10年間で報道量が最も多くなっている。そもそもこの増加の原因はどこにあるのか。月ごとの報道量を比較すると12月が16記事と多いが、それは12月にスペインのマドリードで開催されたCOP25に関する記事が13記事と比較的多いことによる。また、政治家や活動家の言動を取り上げる記事も少なくない。日本の環境大臣である小泉進次郎氏やスウェーデンの高校生活動家であるグレタ・トゥーンベリ氏がその代表例である。実際、小泉氏は国連気候行動サミットでの外交デビューで注目され、彼に関する記事は2019年の1年間で3記事あった。トゥーンベリ氏は2019年9月に国連行動サミットでの演説が特に世界から注目されたが、彼女に関する記事は2019年の1年間で6記事あった。気候変動それ自体の規模が大きく出来事として捉えることが難しいことや、進行性でありニュースとして扱いにくいことを考慮すると、報道としては政府や人物に着目した方が伝えやすいという側面は否めない。しかしそれでも気候変動の問題や影響についての報道が非常に少ないと言えよう。
一方で2020年は報道量が大きく減少している。これは新型コロナウイルスの流行に伴い、メディアが新型コロナウイルス関連の報道を取り上げることが要因であることは言うまでもない。GNVの過去の記事で詳しく指摘しているが、気温上昇による健康被害や異常気象による感染症の蔓延は密接な関係にある。つまり気候変動と感染症のパンデミックも無関係ではない。ところが、直近においては進行し続ける気候変動問題に対する報道量が激減しているのが現状だ。2020年の1年間では12月にかけて少しは報道量を取り戻しているかのようにも見えるが、2021年の月別報道量は1月に1記事、2月に3記事、3月に4記事と減少している。
朝日新聞は、国際運動である「気候報道を今」(Covering Climate Now)のパートナー機関になっている。パートナー機関は気候変動報道を増やすことを約束しているはずであり、朝日新聞では環境問題に積極的に着目している記者たちがいる。またSNSでの発信だけでなく、ホームページで特集を組んでいる。ところが、今回の調査の結果からは気候変動に関する報道が増加している様子はほとんど見られなかった。人々に警鐘を鳴らし政府や企業に急速な対策を求める必要があるにも関わらず、この報道量からはその役割を果たしているとは到底言えない。
気候変動と国際報道
続いて同じ条件で国際報道のみにフォーカスして分析していく。すでに述べたように2年間における気候変動に関する報道は106記事あった。これらは国内報道42記事と国際報道64記事に分類できた。さらに国際報道のうち、2019年にスペインのマドリードで開催されたCOP25及び2021年に延期されイギリスのグラスゴーで開催予定のCOP26に関するものが15.5記事(※4)、それらを含む気候変動の対策に関するものが全国際報道の半分以上である35.5記事(※4)であった。
この分析から推測できることは大きく2つある。1つ目は、依然として政府が動くとメディアは報道するということである。毎年のCOPの開催により気候変動に関する報道量はその当該月に特に増える。だが、その内容は先述したような政治家や活動家の行動であったり、国際会議を実施したということにとどまり、気候変動問題自体やその深刻化する影響についてはほとんど報道されていない。該当する国際報道の記事の中で気候変動の原因や影響に言及している報道は、2年間で7記事しかなかった。現在のメディアの姿は、自ら問題に目を向け報道を通じて警鐘を鳴らしているのではなく、まるで腰の重い政府が先導するのをただ待っているかのようである。
2つ目は、報道されている国といってもその大半は高所得国であるということだ。具体的にはアメリカが関連する記事が15記事、スペインが関連する記事が9記事、イギリスが関連する記事が7記事あった。一方で気候変動により大きな被害を受けた低所得国の報道はほとんどない。これでは「気候アパルトヘイト」問題解決への道は程遠いだろう。

気候変動政策を求める人々(写真:Friends of the Earth International/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
メディアへの期待
日本は2019年に行われた国連の気候行動サミットにて、具体的な温暖化対策や目標がないと判断され発言機会が与えられなかった。また気候アクションネットワーク(CAN)というNGO団体により、気候変動への対策への姿勢が不十分である国に対して皮肉な意味を込めて授与される「化石賞」をCOP25の期間に日本政府は2回受賞している。2020年10月、第203回臨時国会の所信表明演説において、内閣総理大臣の菅義偉氏は「2050年までに、温室効果ガスの排出を全体としてゼロにする、すなわち2050年カーボンニュートラル、脱炭素社会の実現を目指す」と宣言したが、世界の中でも気候変動問題に取り組む姿勢は不十分と言えよう。
日本のメディアはこの明らかに危機的な状況をどう捉えているのか。メディアには問題そのものを報道で取り上げる、それにより国民の問題意識を高める、そして政府や企業による対策を求めるという番犬的ジャーナリズムの役割があるはずだ。しかし現状においてメディアがその役割を果たしているとは言い難い。最近は持続的な開発目標(SDGs)が注目され、報道や社会で目にする機会が増えたが、その目標にも含まれている気候変動への注目が報道で見る限り増えてないことからも明らかだ。このままでは今後も報道量の増加は見込まれないのではないか。これからのメディアのあり方に期待したい。
※1 パリ協定とは、2015年に第21回国連気候変動枠組条約帝国会議 (COP21)で締結された国際的な合意で、「2020年以降、世界の平均気温の上昇を産業革命前と比較して2℃より充分低く保ち、1.5℃に抑える努力を追求すること」を目標に掲げている。
※2 記事を調べるにあたり、朝日新聞のオンラインデータベース「聞蔵Ⅱ」、毎日新聞のオンラインデータベース「毎索」、読売新聞のオンラインデータベース「ヨミダス」を利用した。1986年1月~2020年12月の期間に毎日/朝日/読売新聞の朝刊及び夕刊(全紙面)に掲載された記事のうち、「COP」または「気候変動」または「温暖化」の文言が見出し又は本文に含まれる記事全てについて、記事数を係数する。
※3 記事を調べるにあたり、朝日新聞のオンラインデータベース「聞蔵Ⅱ」を利用した。2019年1月~2020年12月の期間に朝日新聞の朝刊及び夕刊に掲載された記事のうち、「COP」または「気候変動」または「温暖化」の文言が見出しに含まれる記事全てについて、記事数を計数する。
※4 それぞれの記事を平等に計数するため、1つの記事で2つのテーマを扱っている場合、それぞれ0.5記事として計数する。
ライター:Mayuko Hanafusa
グラフィック:Mayuko Hanafusa
気候変動が私たちの生活を脅かすことはわかっているものの、私自身何か行動して生活を変えようとしていません。自分自身の考え方を根本から変えていく必要があると感じました。
メディアが関心に「応える」だけではなく、関心を「作る」立場となって、市民の気候変動に対する問題意識を高めていかなければならないのではないかと感じました。
環境問題がニュースとして人々の目を引く時だけ、都合よくそれらを大々的に取り上げる、この現状では環境問題解決は中々困難なことだと感じました。今一度、マスコミの役割を考え直し、それを果たすような報道がされてほしいと思います。
政府や人物に着目した方が伝えやすいという側面は理解できますが、政府や人物の話に終始してしまい、結局中身のない記事になってしまっては意味がないと思いました。この記事が指摘しているように、環境問題そのものを報道する必要があると感じました。
気候変動に限らず、メディアにはもっと自己を持って欲しい。確かに、問題の専門性や他の記事との尺の問題もあり取り扱いにくいトピックにはなると思うが、明らかに国際情勢の変化の波に合わしているその報道姿勢は変えるべきである。新聞の何ページに何番目の記事はウイグル問題で、その下が地球温暖化みたいに固定化したりして少しでも人々の目に触れる細工夫をして欲しい。意識あるものだけが能動的に情報を受け取るのではなく、全ての人が受動的な情報を受け取れるような環境整備に尽力して欲しい。