人類の存続を脅かしている気候変動。これはもはや「気候危機」であり、緊急事態なのだ。しかし、気候変動が地球規模の問題となっているにもかかわらず、メディアがこの問題の深刻度に見合うような報道をしていないのは明らかである。そこで、そのような問題意識から、「気候報道を今」(Covering Climate Now)という国際運動が立ち上げられた。これは国連主催の気候行動サミット(Climate Action Summit)(2019年9月)に向けて、気候問題に関する報道量を増やし、その質の改善を目指す運動であり、GNVもパートナー組織として参加してきた。世界各地から300以上の報道機関が参加し、日本から参加表明をしたのは朝日新聞、ニュースウィークJapan、そしてGNVのみであったが、運動期間の途中からNHKが加わった。
2019年9月23日の気候行動サミット、そして「気候報道を今」運動も終了したところで、この一連の出来事にまつわる日本での報道を振り返ってみたいと思う。

気候行動サミット2019年(写真:UNclimatechange/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
気候危機関連の多彩なネタ
国連が招集した気候行動サミットの背景には、気候変動への対策が進まないという厳しい現実がある。2015年のパリ協定において、二酸化炭素の大幅な削減を約束したはずなのに、現在も増え続けている。実質的な進歩のなさに危機感を持ったアントニオ・グテーレス国連事務総長は、サミットを通じてその立て直しを図ろうとした。世界中の人々の暮らし、消費、食、農業、産業、エネルギーなど、経済・社会のあり方における抜本的な改革の必要性をこれまでも繰り返し訴え、また、気候変動対策をないがしろにしながら現状維持を貫こうとする各国政府に対し、市民社会など多方面から圧力をかけることを呼びかけてきた。さらに、サミット開催にあたって、気候変動に歯止めをかける具体的な計画を持ってこない国は登壇・演説させないことも決定していた。
2018年後半以降、数々の研究や報告書が発表され、気候変動は以前予想されていたよりも速いペースで進行しており、莫大な被害が増していることが浮き彫りになった。これに対して若者を中心とした市民が立ち上がり、これまでには見られなかった100万人単位で政府や企業に働きかけを続けている。そして、グローバルレベルで対策に取り組むべく、本格的な計画を持ち合わせる各国の首脳を集め、気候行動サミットが国連で開かれたのだ。つまり、「ニュース」になるネタはたくさんあった。

気候変動で異常気象が頻発していく(写真:WhosThisValGirl/Flickr [CC BY-ND 2.0] )
では、メディアは気候変動の現状とこの一連の出来事をどのように報道すればよいのだろうか。読者・視聴者に気候問題の背景と現状についての理解を促進させるための切り口やテーマは数多く考えられる。例えば、読者・視聴者自身のレベルであれば、過剰な消費行動と気候変動との関係性、温暖化や異常気象の増加で予想される被害等は、まず身近な問題としてつなげることができる。また、全体像を描くために、より広範囲で問題の背景と予想される結果を探り、人類の生存のために、生活・社会・経済のあり方をどのように変えていく必要があるのかを示すことも重要であろう。さらに、世界で激しい貧富の差がある中で、気候変動の被害が低所得者層に集中する「気候アパルトヘイト」問題などを取り上げることも望ましいだろう。
しかし、民主主義におけるメディアの役割は単に情報を与え、現状を知らせることだけではない。権力や力のある者を監視し、問題があれば暴くという「番犬役」も極めて重要である。日本であれば、強調すべき切り口として、主要な二酸化炭素の排出国としての日本の現状や、本格的な対策をとろうとしない政府の姿勢などがまず挙げられるであろう。具体的にいえば、不十分な二酸化炭素排出削減目標、化石燃料業界に提供している潤沢な補助金及び日本の国際協力銀行(JBIC)による融資、といったところである。日本は気候変動に対する取組みのリーダー役になっているどころか、サミットで演説すらさせてもらえなかった。政府の行動とも絡むが、気候変動と関連して企業を監視することも怠ってはならない。例えば、国内での石炭火力発電所の建設と国外への輸出や、世界中の化石燃料開発に融資する三菱UFJフィナンシャル・グループ、三井住友フィナンシャルグループ、みずほフィナンシャルグループなどの銀行、産業全般における二酸化炭素の排出などが挙げられる。

インドネシアのチレボン石炭火力発電所での抗議デモの様子。日本の国際協力銀行(JBIC)や他の日本の大手民間銀行の融資を得て、丸紅株式会らの企業によって建てられた (写真:Break Free/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0] )
気候危機の悪化と進まない対策。さて、この問題について、日本のメディアはどのようなテーマ・切り口でどのくらい報道してきたのだろうか。
気候行動サミットをめぐる報道
国連主催の気候行動サミットは、2019年9月21〜23日に開催された。この大規模な国際行事に合わせ、9月20日に気候変動への対策を求めるデモが世界各国で行われ、400万もの人が参加し、史上最大のデモの一つとなった。そこで、これらのイベントを含む一週間(9月20〜26日)を対象に、気候問題に関する日本の報道を調査した(※1)。
結果として、朝日新聞では12記事(10,575字)、毎日新聞では9記事(10,303字)が掲載されていた。問題の深刻さに見合った報道量とは言い難いが、それなりには取り上げられていたといえる。これらに比して、読売新聞で掲載されたのは7記事(6,329字)であり、報道量の少なさが目立つ。また、NHK NEWS WEBでは、9のニュースで取り上げられていた。とはいえ、どの報道機関においても、気候問題関連の歴史的なイベントに関する報道量は日本で開催中のラグビーワールドカップの報道量とは比べ物にならない。例えば、同期間での報道量を比較すると、ワールドカップは気候変動関連の6倍以上にあたる58のニュースで取り上げられている。
また、LINE NEWSでは、ダイジェストとして「編集部が厳選し“知っておくべき・話題になっているニュース”」を提供するとして毎日24の記事を発信しているが、同一週間で気候関連の記事はサミットに関するたった1記事しかなかった。9月20日に行われた世界史上最大級のデモについて、その翌日のダイジェストで選ばれることはなかった。その代わり、俳優の横浜流星氏が初めてメンズ誌の表紙を飾ったこと、タレントの有吉弘行氏がアナウンサーの田中みな実氏と仲が悪いことを明かしたなど、その一日だけでもエンタメニュースが10記事も選ばれていた。

LINE NEWS(ダイジェスト)2019年9月21日のラインアップの一部
とはいえ、報道量だけが問題となるわけではない。その内容に関しても問う必要がある。今回の一連の出来事で圧倒的な注目を集めたのはスウェーデンの16歳の高校生で環境活動家のグレタ・トゥーンベリ氏と、日本の環境大臣に着任した小泉進次郎氏である。トゥーンベリ氏は若者による国際運動のリーダーとして、特に国連での演説が注目された。小泉氏は「外交デビュー」を果たした新人大臣として注目された。2人に関して、その人物像が報道の多くを占め、「有名人」としての発言、行動、パフォーマンス、受賞などにスポットが当てられていた。トゥーンベリ氏とトランプ米大統領がサミットの会場で遭遇した場面や、小泉氏が米ニューヨークでステーキを食べに行ったこと等がニュースになっていたのが良い例であろう。
他方で、問題の本質やその人物が発信しようとしていたメッセージ性(あるいはメッセージ性のなさ)が十分に報道されたとはいえない。気候変動の対策を進めずに助長させ続ける大国らに対して、トゥーンベリ氏は国連で怒りのこもった演説を行った。その中で4回も繰り返した「よくそんなことが言えますね」(How dare you?)という言葉は、間違いなく環境破壊を繰り返している日本政府にも向けられていた。しかしそのようにつなげた報道はなかった。むしろ、小泉氏がトゥーンベリ氏の演説に「感銘を受けた」(TBS2019/09/24)等と、叱られている側が感銘を受けるという不思議な展開を疑問視せず、そのまま報じたメディアは少なくなかった。

グレタ・トゥーンベリ氏(写真:World Economic Forum/Manuel Lopez/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0] )
しかし報道に欠けていたのは、なんといっても日本政府による気候変動への取組みの不十分さをめぐる問題である。そもそも、日本政府は具体的な取組みや計画を示せなかったことが原因で、サミットでの登壇・演説が許可されなかった。見方によっては国際社会において恥をかいた展開ともいえる。しかし、ほとんどの報道機関はこの背景を説明しようとはせず、ただ単に「演説の機会はなかった」等と問題の本質に迫ることを避け、オブラートに包む形で短く報じた。読売新聞では、「日本からは、日程調整がつかなかった安倍首相の代わりに小泉環境相が出席したが、発言の機会はなかった」(2019/09/24)と、あたかも日本側での都合でしなかったとも捉えられるように報じていた。日本が演説させられなかった背景をある程度探ろうとしたのは朝日新聞(2019/09/24)のみである。
さらに、より広い視点からみても、日本の政策・行動が具体的にどのように気候変動を助長させているのか、どのような政策・行動をやめるべきなのか、あるいは改善すべき点や増やすべき点は何なのか等のような議論は、どの報道機関でもほとんど見られなかった。多くの問題がある中で、朝日新聞は二酸化炭素の排出削減目標の問題(2019/09/25)を、毎日新聞は日本国内の石炭火力への依存問題(2019/09/25)を取り上げ、それのみを具体的に報じていた。これらの新聞でさえも日本での問題や取組みよりも、小泉氏の気候変動対策に関する「セクシー」発言について(朝日2019/09/25)や、トゥーンベリ氏の演説についての話題(毎日2019/09/25)に割いた文字数のほうが圧倒的に多い。
とはいうものの、他の報道機関は政策をめぐる具体的な問題にすらほとんど触れていない。NHK(2019/09/24)では、「アメリカや中国、インドなどの主要な排出国は排出量を実質ゼロにすることを約束していないほか、日本など、サミットで具体策を発表していない国も少なくありません」と、日本は排出量が世界5位であるにもかかわらず、主要な排出国から外れているかのように報じ、責任を軽く見せたとも捉えることができる。また、日本テレビの日テレNEWS24では、「環境問題に消極的とされる日本にも厳しい目が向けられた」(2019/09/24)ということのみを報じていた。同日に報じたEXILEのTAKAHIRO氏は高級腕時計が好きだというニュースに比べて非常に短い内容である。

溶ける氷河、グリーンランド(写真:GRID Arendal/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0] )
気候危機を報道する難しさ
気候関連の報道における問題点は多く見られたが、他方で、このテーマを報道する難しさも考慮する必要がある。著者のインタビューに応じた朝日新聞大阪本社・科学医療部の小堀龍之氏は二酸化炭素は目に見えないものであり、それがもたらす気温上昇や海面上昇はゆっくりと進行しているため、現象の性質としてニュースになりにくいのが原因の一つだと指摘する。また、ニュースになりやすい台風、洪水、熱波などの異常気象に関しても、たとえそれらが頻繁に生じ、かつ、甚大な被害をもたらしたとしても、気候変動と確実に関連付けることは科学的に困難であるため、気候変動の一環として報道することは難しいと主張する。また、サミットなどの政治的な動きは注目しやすいという意味で、メディアが政策の有無に影響を受けることも認めている。
さらに、気候変動に対する読者の関心は、近年少しずつ増えてはいるものの、より高めることは難しいと小堀氏は言う。報道機関によっては、読者・視聴者の注意を引くために、不安を煽るようなセンセーショナルな描き方を試みる場合もある。しかし、緊急事態とはいえ、気候変動対策は一時的なものではなく、10年単位で今後も続いていくものであり、視聴者・読者の疲労感や無力感を増加させ、問題から目をそらすような逆効果につながりかねないという指摘もある。それよりも、問題に対してどのようにしたら良いのかと改善につながるソリューション・ジャーナリズム(解決型報道)が効果的だと考えられている。現実を反映させるためにはある程度の危機感を持たせることも重要だが、そのバランスが肝心であろう。
気候変動に関する報道を妨げているもう一つの問題は、日本における普段からの国際報道の乏しさにある。気候変動はグローバルな問題だが、報道機関は基本的に自国中心主義をもとに活動しており、国際報道については世界の中で限られた一部を断片的にしか報じていない傾向がある。国際報道量の割合は、全報道の10%前後で、その中でも低所得国に関する報道は極めて少ない。気候変動の被害は、まさにこれらの低所得国に集中するため、その被害についても、世界の激しい貧富格差が生む「気候アパルトヘイト」問題も報道の対象にはなりにくい。

気候変動に立ち上がる若者。気候行動サミット前にには世界各国から400万人が動員された(写真:Tommi Boom/Flickr [CC BY-SA 2.0] )
いつ吠えるのか?
我々の暮らし、社会、経済に本格的な変化をもたらす気候変動。この問題に対して、2019年9月に世界各国で大規模デモが実施され、400万人が参加する歴史的なデモとなった。そして、国連に世界各国の首脳が集まり気候行動サミットが開催された。視聴者・読者の関心が高まったところで、普段ニュースになりにくい気候変動問題をさまざまな観点から大々的に取り上げるチャンスであった。しかし、このチャンスをつかむ報道機関はあまりにも少なすぎた。メディアはトゥーンベリ氏や小泉氏といった「有名人」のドラマは描いたが、問題の本質はないがしろにしたと言っても過言ではない。さらに、通常の国際報道では、「日本」とのつながりを重視する傾向が非常に強いにもかかわらず、今回はサミットについても、気候変動対策問題全般についても、まるで日本との関わりを避けるかのようにも見える報道の仕方であった(※2)。
そのようなレベルの報道では、改善策を実現させるために必要な世論を形成することも、政府や企業に圧力をかけることもできない。気候変動の問題は国内外での抜本的な改革が必要であることは明らかである。しかし、報道がなければ、政府や企業が本格的に動き出すインセンティブも発生しない。また、サミットで演説をさせてもらえなくても、たとえ政策を打ち出さなくても、報道されなければ政治的なダメージを受けることはない。この重要な問題に対して、メディアは番犬役を果たす大きな機会を逃してしまった。
気候変動に関する一連のイベントが終わり、メディアからその話題は再びなくなり、ラグビーワールドカップや従来通りのエンタメ、国内事件、政治に関するニュースで埋め尽くされている。しかし、気候変動とそれがもたらす被害は着実に進み続けている。
※1 新聞に関しては、それぞれのオンラインデータベースで「気候」というキーワードを検索し、気候問題が記事の中心テーマになっていない記事、複数の本社で重複する記事、地方版のみの記事を削除した。テレビ局については、それぞれのウェブサイトに掲載されたニュースの中から同じ条件で検索した。
※2 自国政府や企業が「加害者側」となっているとき、報道がその側面を軽視する傾向はサウジアラビアやバングラデシュなど、他の場面でも見受けられる。
ライター:Virgil Hawkins
EXILEのTAKAHIRO氏の話題の方が取り上げられていたということを紹介していましたが、とても恥ずかしい気持ちになりました。
この国における報道の程度の低さを思い知らされます。
この記事を読んで、とても悲しい気持ちになりました。記事で紹介していたように、ラインニュースで読んでおくべき厳選記事にエンタメニュースばかりが入っており、それを疑いもせず受け入れている日本国民を想像し、危機を感じました。
instagramでは多くの若者たちが気候変動に対する取り組みを行っているという取り組みをたくさん見ました。
メディアが報道しないなら、私たちがシェアしていくしかないですね!
日本政府が演説できなかった問題についての各社の報道には驚いた。
報道されないだけではなく、あたかも違うことに原因があるかのようなニュアンスを含ませるとはどういうことなのか。
吠えないどころではなく、すり寄る番犬になった報道機関はさらに信頼や存在意義を失うだろう。
報道機関にも変革は必要だが、受け取る私たちも批判的にニュースを受容しなくてはならないと思った。
グレタさんがHow dare you?の熱のこもった演説をしたとき、記事にもあったNHKのニュースではキャスターが、頑張る若者は素晴らしいとほほえみながら、「我々大人は、こんな若者の声に耳を傾けていきたいと思います」と発言していました。そういう他人任せな日和見主義の大人にしびれを切らしたための演説だったと思うので、がっかりしてテレビの前で大きなため息が出ました。
「牛肉や小麦の(緊急時以外の)輸出禁止」の話が出てこないうちは、地球環境系の議論は、「緑の帝国主義」に過ぎないと思います。
石炭火力も、日本の場合は、発電時にLNGの2倍程度しか温室効果ガスを出さない(天然ガスは採掘時に温室効果ガスを排出するし)から、十分に(石油や天然ガスと同程度には)地球環境に優しいとも思いますし。
関連することを以下に書いています。興味が有れば、お読みください。
「鯨イルカ食と牛肉食」
https://kuhuusa-raiden.hatenablog.com/…/2019/09/25/150510