テレビで見る「池上彰ブランド」は強い。NHKを経て、フリーランスジャーナリストとして数々のニュース解説番組に出演している。2018年4月から、テレビ東京で『池上彰の現代史を歩く』は日曜ゴールデンタイムに登場するようになった。池上氏に限らずだが、テレビではバラエティ番組から教養番組へのシフトが見られているという見方もある。
その中でも興味深いのは、池上氏が出演する番組では、世界に関する解説が大きなウェートを占めていることだ。データが語るように、日本のテレビニュース、新聞、インターネット、スマホ用のニュースでは世界に関する報道の乏しさが目立っており、それぞれの媒体での国際報道は10%程度にとどまっている。そのような報道全体の傾向とは異なり、池上氏の登場する池上ブランドを謳う番組では世界に関する報道が過半数を超えることもある。
全般的に国際報道が軽視される中、なぜ、世界での出来事や現象を取り上げる番組が人気を集めるのか、どのような内容が報じられているのか深掘りしていく。今回は、人気上昇中のテレビ東京が放送する『池上彰の報道特番』シリーズを中心に見ていく。

池上彰氏(写真:Dyor CC BY-SA 3.0)とテレビ東京本社(写真:Lombroso)
世界へのフォーカス
この番組における国際報道の割合はどれほどのものだろうか。2010年から2017年(8年間、51回の番組)の『池上彰の報道特番』シリーズで取り上げられる国の割合(※1)を計算したところ、日本に関する報道は45.1%、日本以外の世界に関する報道は54.8%となった(※2)。通常のニュースでの国際報道の割合が10%程度と敬遠傾向にある中で、池上氏の番組での国際報道の多さは際立っているといえる。一般的な報道において国際報道の量が少ない背景には、視聴者・読者の興味の薄さに比例した予算の少なさ、メディアにとっての利益のあげにくさなどの問題がある。そのような国際報道の傾向とは反対に、池上氏の番組は日曜日のゴールデンタイムに登場し、人気を博しているのにはどのような背景があるのだろうか。
人気の要因の一つとして、世界を単純なレベルで解説していることが考えられる。世界は広く、そこでの出来事や現象は複雑な要因が絡まりあってできている。加えて普段から世界に関する報道が乏しい状況にあれば、一般の視聴者に世界は、さらに複雑に、わかりにくいものとして映るだろう。世界の複雑な出来事を、短い時間で、単純に伝えるこのような番組は視聴者にとってもわかりやすく、魅力的に映るのではないだろうか。そもそも、池上氏がブレークしたのも、NHKの『週刊こどもニュース』という番組がきっかけだった。子どもにも理解できるようなわかりやすいスタイルは現在の番組でも活かされているとも言える。
しかし世界への見方を極端に単純化してしまうと、実際の世界にある複雑さを正確に捉えることができない。「世界の驚くべき独裁者に迫る!」、「キリスト教対イスラム教の行方は?」、「イスラム教徒がなぜアメリカを嫌うのか?」などのタイトルから見える、ステレオタイプやグループ間の対立を強調させるような内容は、実際の世界への理解を促進しているとは考えにくい。そしてこれらの視聴者の興味を引きつけるキャッチーなタイトルやキーワードは、センセーショナリズムとも映りかねない。
ナショナリズムや自国中心主義的な側面も少なくない。一般に報道では、それがたとえ国際報道であっても、自国中心主義は報道が作られる際の重要な要素となっているのだが、純粋なニュースからバラエティ番組になると、愛国心にアピールする内容がさらに目立つことも少なくない。『池上彰の報道特番』もこのような側面が見られる。日本の国内問題を取り上げる番組ももちろん少なくないが、「池上彰がみつけた!ニッポンの得意技SP」や「ニッポンの底力」などの番組のように、日本の素晴らしさをアピールするものも少なくない。さらに国際的な話題の中でも、日本や日本人の活躍に焦点を当てた番組もある。池上氏の著作、「世界を救う7人の日本人」などにも同様の傾向が見られる。
地域のアンバランス?
今度は、この番組(2010年〜2017年分)で取り上げられているトピックを地域別・国別で見てみよう。以下のグラフでは、地域別の報道量の割合が示されている。(※3)
通常の報道に比べ、割合が大きく異なっている部分があった。特に、アメリカについての圧倒的な報道量の多さが明らかになった。新聞などの報道の中で、アメリカに対しての報道が特に集中する大統領選挙の年でも、アメリカが国際報道に占める割合は25%にも満たない。ところが、『池上彰の報道特番』の8年分では、アメリカは番組の国際報道全体の37.0%も占めている。ヨーロッパは他の報道機関による報道量と同じように、それなりに大きく取り上げられている。
一方で、アジアへの注目度が新聞に比べて比較的に低く、中東と合わせても、26.3%程度となっている(2016年の新聞ではアジア、中東地域が国際報道に占める割合は48%であった)。また、アジアの中でも、中国と朝鮮半島に関する解説は中東を除いたアジアの85.6%も占めており、これらを除くアジア諸国はほんとんど取り上げられていない。中東への高い注目度も興味深く、中東以外のアジアとはそれほど大きな差がない。
新聞やその他のニュースの媒体と類似しているのは、世界の国数・人口のマジョリティとなっている貧困国・発展途上国がほとんど取り上げられていないこと。いわゆるグローバル・サウスを構成するアフリカ、中南米、南アジア、東南アジア、南太平洋などを合わせても、番組の9%にも満たないことである。8年間の番組の間で、経済・人口大国とも言えるインドが本格的に取り上げられることは一度もなかった。
以下はこの番組で取り上げられた国のトップ10となっており、それぞれの地域で特に注目された国が見える。パーセンテージは国際報道の部分における割合を示している。
よりバランスの取れた番組へ
『池上彰の報道特番』では、世界の現状をまじめに解説している教養番組とはいえ、複数の俳優やタレントが登場し娯楽的な側面も否定できない。複雑な世界情勢の単純化、センセーショナリズム、自国中心主義の傾向も日曜日のゴールデンタイムを狙った娯楽的な側面を反映しているとも考えられる。また、この番組は世界を包括的に解説しているというよりは、普段の報道で注目されている(視聴者が聞いたことのある)話題を解説していると言ったほうが正確かもしれない。そのため、普段のニュースで登場することの少ない貧困国・発展途上国が、池上氏の番組でもまた取り上げられないといった地域的な偏りはこのような番組の背景を反映しているのかもしれない。
世界は極めて複雑だという現実は避けられない。世界の複雑さを解説もなしにニュース番組で報道すれば、背景知識がない視聴者が興味を失い、チャンネルを変えることは予想される。一方、複雑な現実をあまりにも単純化して取り上げたり、ある地域ばかり報道されると言った偏りを作ってしまうと、視聴率は取れても、世界の現状に関する誤解を招きかねない。
特に民間放送では、視聴率は死活問題ではある。しかし、この番組に対する人気が示すように、視聴者は世界に関心を持っている。普段から、国際的な事象に対する情報を発信しながら、複雑な世界情勢への理解を促進できる、もう少しバランスの取れた妥協案は考えられないのだろうか。
ライター:Virgil Hawkins
データ:Sota Kamei
※1:テレビ東京ホームページにある『池上彰の報道特番』のバックナンバー(2010年〜2017年)から、各番組のトピック(通常3つ〜4つ)に分け、それぞれのトピックで取り上げられる国をピックアップし、その番組で占めるパーセンテージを元に計算している。実際の放送時間に比べ多少のずれはある。
※2:日中関係や日米関係など、日本・国際報道が両方含まれている場合は、国の数で割り、日本に関する部分は日本の報道としてカウントしている。
※3:今回は、アジアと中東を分けて表示している。