GNVは、これまで大手新聞社の報道を中心に国際報道の分析を行い、報道全体の中で国際報道の割合が低いことや、国際報道の中でも扱われる国や地域に偏りがあることを指摘してきた。しかしメディアは活字のものだけではない。映像を通してニュースを伝えるテレビも、我々に情報を届ける重要なメディアの1つだ。そこで今回は、テレビのニュースにおける国際報道の分析を行った。調査の対象としたのは、平日21時から1時間放送されている、NHKのニュース番組「ニュースウォッチ9」だ。今回は、2021年(※1)の放送の中での国際報道の割合、取り上げられた国や地域、ジャンルについて分析した。NHKはどのように世界を見ているのか、今回は探っていきたい。
目次
国際報道の割合
はじめにニュース全体に占める国際報道の割合を見ていく(※2)。調査の結果、国際報道は全体の11.9%であることが分かった。過去の調査では、新聞大手3社における国際報道の割合は10%前後であったため、日本の新聞社とNHKのニュースウォッチ9が国際報道に充てる割合は、概ね同じ傾向にあるといえるだろう。
一方で、その取り上げられ方には異なる点があった。新聞には国際面があるため、毎日一定の紙面が必ず国際報道に割かれることになる。しかしニュースウォッチ9の場合は、国際報道の時間は放送日によってばらつきがある。1時間の放送時間のうち20分ほど国際報道が扱われる日もあれば、全く扱われない日もあった。またトップニュースとして番組のはじめに取り上げられる日もあれば、番組の後半に持ち越される場合もあり、番組内で固定の放送枠があるわけではなかった。
次に、国際報道とスポーツ報道を比較してみたい。スポーツ報道に割かれている時間は、全体の約18.8%であった。国際報道の約1.5倍の時間がスポーツ報道に使われていたことになる。国際報道とスポーツ報道は、番組内での取り上げられ方にも異なる点があった。スポーツ報道は、番組の後半10分ほどが固定の放送枠になっていた。国外で日本出身の選手が好成績を残したときなどは、トップニュースの時間で取り上げられることもあったが、その場合でも10分間の放送枠は変わらず用意されていた。この点で、両者のニュースの中での扱われ方が異なるといえるだろう。
地域別の国際報道
続いて、地域別で国際報道の割合を見ていく。下図の通り、国際報道全体の中で、各地域が占める割合は、アジア45.5%、北米30.4%、ヨーロッパ14.3%、アフリカ1.0%、オセアニア0.9%、中南米0.03%という結果であった。アジアと北米の割合が非常に大きく、2つの合計だけで全体の80%を占める結果になった。全体的な傾向としては、新聞の報道と同じといえるだろう。
一方で特筆すべきは、アフリカ、中南米、オセアニア地域の報道の少なさだ。過去の調査によると、新聞の国際報道では、全体のうちアフリカに関する報道は3.4%、中南米は2.1%、オセアニアは0.9%の割合であった。この値でも十分に少ない割合ではあるが、テレビの場合はそれが一層顕著だ。特に中南米は、1年間でメキシコが1度30秒ほど取り上げられただけであり(※3)、南米に関する報道は一件もなかった。アフリカに関しては、エジプト、コンゴ民主共和国、スーダンの3か国がそれぞれ2度ずつ、南アフリカが1度取り上げられるにとどまり、それらの放送時間の合計は1年間で約18分のみであった。
このような地域の報道格差には、主に3つの理由が考えられる。1つはテレビが1度に報道できる量には限りがあるということだ。新聞が1日の紙面に記載できる情報量と、テレビのニュースが1時間で伝えられる情報量では、後者の方が圧倒的に少なくなる。伝えられる情報が限られているため、情報の取捨選択が顕著になり、普段重要視されない地域が外されやすくなってしまう。情報を取捨選択した結果、アジアや北米のニュースばかりが報じられ、低所得国のニュースが取り上げられにくいという傾向が、新聞の報道よりもさらに顕著に表れるのだ。2つ目はテレビの映像メディアとしての特性だ。活字の新聞では、通信社や他国のメディアの報道を引用するなどして、必ずしも現地に足を運ばずとも、世界のニュースを報じることができる。一方、テレビは映像が主体のメディアであるため、世界のニュースを取り上げるときは、他国のメディアの引用は活字のものよりも限定的になる。したがって、遠方の地域について報道することが一層難しくなるのである。3つめは支局の数の偏りである。NHKは世界31の都市に支局があるが、それらは特にアジアに集中している。一方でアフリカには、エジプトのカイロと南アフリカのヨハネスブルクの2か所、中南米には、ブラジルのサンパウロの1か所の支局しかない。低所得国周辺の支局の数の少なさは、NHKがそれらの国や地域を重視していないことの表れであろう。新聞についても、アフリカや中南米の支局の少なさは顕著であるが、テレビの場合は機材の運搬などのために、より移動のコストがかかる。このような背景から、テレビの報道では、地域による報道格差がさらに大きくなってしまうのである。
国別の報道量
地域別の国際報道の割合は以上のような結果だったが、その内訳を詳しく見ていきたい。下の図の通り、国際報道で多く取りあげられていた10か国とその割合は、アメリカが28.2%、中国が11.7%、ミャンマーが7.5%、アフガニスタンが6.0%、イギリスが4.2%、北朝鮮が3.0%、韓国が2.9%、イスラエルが2.6%、ロシアが2.4%、ドイツが1.7%であった。報道量が少ないアフリカと中南米の国家の報道量をすべて足しても、10位以内には入らないほど、報道量に乖離があった。新聞の国際報道と比べると、アメリカと中国が突出して多い傾向は変わらなかった。特にアメリカの報道量の多さは顕著で、ニュース全体の約3割を、アメリカ1か国が単独で占めていることになる。また、日米関係や日中関係に関するニュースでは、日本も国際報道の関連国として計上している。これをランキングにも含めた場合、日本は全体の3.6%の割合を占めており、イギリスに次ぐ順位であった。
アメリカの報道量がこれほど多いのは、新聞と同じく、日本との政治・経済的結びつきが強いことや、アメリカが世界一の軍事・経済大国であることが背景にあるであろう。アメリカ政府や社会の動向は日本にも大きな影響を及ぼすため、必然的に報道量も増加する。また2021年に限って言えば、1月21日にジョー・バイデン氏が新たに大統領に就任し、それに伴いアメリカの政治に注目が寄せられたことも、理由の1つといえる。
アジア諸国に目を向けると、新聞と同じく、中国、韓国、北朝鮮の3か国が特に多く取りあげられていた。この3か国の多さは、日本の隣国であり、政治・経済・文化的繋がりが強いことが理由と推測できる。中でも中国は、アメリカとの政治的対立の文脈の中で取り上げられることも多く、北朝鮮はミサイルの発射実験などが行われた際に、報道量が突出して増える傾向にあった。
一方、例外的にアジアの中で報道量が多かったのが、ミャンマーとアフガニスタンだ。これらの2か国の報道量の多さは、2021年に大きな政変があったことが背景にある。ミャンマーは2021年2月にクーデターが起き、軍部の政権が樹立された。アフガニスタンは2021年8月に米軍が撤退し、タリバン政権が復権し、世界中から注目を集めることになった。ニュースウォッチ9でも、連日政権に対する市民の抗議活動の様子が放送され、多くの時間を割いて放送されていた。一方で、ミャンマー以外の東南アジア地域の報道量は新聞と同様に非常に少なかった。東南アジアは物理的な距離が近く、日本との経済的結びつきも強い。しかし、ミャンマー以外の国が報道された割合は、全体のわずか1.7%しかなかった。
その他に大きく取りあげられていた国は、イギリス、イスラエル、ロシア、ドイツである。イギリスやドイツは新型コロナウイルスのワクチン接種が早く始まったこともあり、保健医療関連のニュースで数多く登場した。イスラエルもワクチン接種が先行していたことが取り上げられることが多かったが、それに加えて2021年4月から5月にかけて、パレスチナとの紛争が再燃したことも、新聞の報道と同様に注目されていた。ロシアに関しては、アメリカとの政治的対立の文脈で取り上げられることが多く、また2021年12月には、ウクライナとの国境付近で軍事訓練を行ったことが報道量を増加させていた。
報道されなかったニュース
ここまで、ニュースウォッチ9において多く取りあげられた国や地域を見てきた。しかし、世界の重要な出来事は、報道されなかった国々でも起きている。GNVは「2021年潜んだ世界の10大ニュース」で、日本の新聞があまり報道していない10の重大なニュースを取り上げた。その中でニュースウォッチ9が取り上げていたのは、コロナ禍で世界の貧富の差が拡大したことに関するニュースであった。コロナ禍で広がる経済格差を、持続可能な開発目標(SDGs)に関連させて、8分程度のニュースで1度だけ報じていた。しかし、その他の9つのニュースは、ニュースウォッチ9では取り上げられることはなかった。以下でそのうちの3つを例としてみていきたい。
1つ目は、世界で初めて世界保健機関(WHO)がマラリアワクチンを推奨したことだ。保健医療分野では、2020年以来、新型コロナウイルスが極めて大きく取り上げられているが、マラリアは毎年多くの人々の命を奪ってきた。感染者数は2019年の1年間で、2億2,900万人にも上り、死亡者数は年間40万9,000人で、その67%は5歳未満の子供という恐るべき病気である。一方そのワクチンの開発は30年にもわたって取り組まれており、それが2021年に実を結ぶことになったのだ。しかしこのニュースは、ニュースウォッチ9では一切触れられることはなかった。
2つ目は、パンドラ文書が公開されたことだ。パンドラ文書は、35人の現職または過去の国家元首を含む、世界中の政治家や大富豪など、著名人のタックスヘイブンを利用した金融取引を暴露したものだ。社会の不平等を広げているともいえる租税回避を暴露するこの文書は、世界中に衝撃を与えた。しかしニュースウォッチ9でこれを取り上げた放送はなかった。
最後は、ラテンアメリカの一部の国で、妊娠中絶が法的に認められたことについてだ。ラテンアメリカの地域では、望まない妊娠をした女性に対しても、中絶が認められないということが一部の国で問題になっていた。それが2020年後半から2021年にかけて、アルゼンチンやメキシコといった国で認められるようになったのである。女性の地位や権利の向上にも関連するこのニュースは、ニュースウォッチ9では一切の言及がなかった。
以上のように、世界的に見て非常に大きなニュースであるにもかかわらず、ニュースウォッチ9では報道がないものがあった。ここであげたニュースは、ほとんどが低所得国での出来事である。上記のように、日本のメディアは、基本的にアメリカや中国、ヨーロッパ諸国をはじめとした高所得国を中心に取り上げることを、GNVはこれまで指摘してきた。今回のニュースウォッチ9の分析においても、同じ傾向が表れているといえるだろう。
ジャンル別の国際報道
ここまでは国や地域別の報道の傾向を中心に見てきたが、ここではニュース全体の中で、ジャンル別の国際報道の割合について見ていきたい。下の図で示しているように、ジャンル別で国際報道の中で多くの割合を占めているジャンルは、政治が半分近くの48.7%となり、その他は、保健医療が21.1%、社会/生活が8.1%、軍事が3.7%、経済が3.6%、環境/公害が3.3%、という結果になった。
最も多いのは政治分野であり、内容としては安全保障とそれに関連する会談やサミットの内容が、近隣諸国やアメリカと関連させて取り上げられることが多かった。中国に関しては、そのアメリカとの対立関係から多く取りあげられ、韓国は日本との歴史認識などに関する話題が多くを占めていた。
続いて多かったのは保健医療分野であり、そのほとんどは新型コロナウイルスに関するものであった。特に各国のワクチン接種状況に関するものが多く、接種が先行して進められたヨーロッパやアメリカ、イスラエルといった国にスポットが当てられていた。その他、デモ/暴動や戦争/紛争分野は、アフガニスタンとミャンマーに関するニュースがほとんどであり、それに次いでイスラエル・パレスチナに関する報道が取り上げられていた。環境/公害に関しては、気候変動枠組条約締約国会議(COP)のような国際的なサミットが行われる前後では多少取り上げられていたが、平時で取り上げられることは少なかった。
以上がニュースウォッチ9で取り上げられた、国際報道のジャンルに関する分析である。政治・保健医療分野とそれ以外の分野の報道量の差が顕著に表れていた。前章でも触れた通り、南米の妊娠中絶合法化の動きやパンドラ文書など、その他の分野でも多くの出来事があったにもかかわらず、それがほとんど触れられていない状況であった。
まとめ
以上、ここまでニュースウォッチ9の報道の分析を通して、NHKの国際報道を見てきた。テレビに関しても、報道全体に対する国際報道の割合は新聞と似た傾向にあり、一方取り上げられる国や地域、話題の偏在性は、テレビの方がより顕著に表れていると言えよう。
このような国際報道の元で、果たして視聴者はどれほど世界の現状を把握できるのだろうか。
※1 2021年1月4日~2021年12月24日までの放送を対象とした。なお、7月23日~8月5日に関しては、東京五輪の特別番組の関係で放送されていなかったため、同じくNHKの「ニュース7」の放送を調査の対象とした。
※2 GNVの国際報道の定義については「GNVデータ分析方法」を参照。
※3 GNVは国連統計部(UNSD)の基準を用いており、その基準に則り、メキシコを中米として扱っている。
ライター:Takumi Kuriyama
グラフィック:Takumi Kuriyama
NHKの国際報道の傾向が新聞の報道の傾向と同じ部分も有れば、取り上げられる国・地域やトピックの偏りについてはより顕著に表れているという点がとても興味深かったです。またテレビ局が発信しているSNSはどのような傾向なのかについても気になりました。
日本の報道に偏りがあることは問題だが、では他の先進国では日本よりも偏りなく国際報道が出来ているのかが気になった。ここまでの偏りがあり、重大なニュースを取り上げないことは改善すべきだが、人間が報道を行っている以上、興味や関心、利益があるものに偏ることはある程度仕方のないことだと思うので、、、。
1年間のテレビ番組の特集がまとめられていて、大変勉強になりました。テレビは、他メディア媒体の引用もしづらく、映像主体だからこそ、支局数等の関係で国別・地域別の偏りも大きくなるのだと、実感しました。
限られた時間でなるべく生活に直結する情報を収集したいという視聴者のニーズに沿うために情報の偏重が生じてしまうことは、デイリーニュース番組の宿命のように思われます。ただ、他の番組、他の媒体で不足した情報の補完が行われているかは気になります。