人びとの生活を脅かす気候変動。その脅威は日に日に大きくなっており、気候変動はもはや「気候危機」とも呼ばれている。これから何十年も続いていくこの地球規模の問題に私たちは対処していかなければいけない。では、このような問題において、メディアもどのような役割を担うべきなのだろうか。
近年、より良い報道のあり方として社会問題そのものだけではなく、問題について前向きに改善策・解決策・対応策に注目し、評価・精査する報道として「ソリューション・ジャーナリズム(Solutions Journalism)」が提唱されるようになってきた。このアプローチを様々な社会問題に関して報道に取り入れ始めているメディアが世界各地で増えてきているが、日本のメディアは社会問題への対応策に着目した報道を行うことができているのだろうか。その中でも、地球規模の問題である気候変動に関してはどのような報道が行われているのだろうか。この記事では、メディアが社会問題に対する解決策を報道する重要性と、日本での気候変動問題における報道についてソリューション・ジャーナリズムの観点から本記事で説明・分析する。

米カリフォルニア州のサン・ゴルゴニオ・パス風力発電所(写真:Ian D. Keating / Flickr[CC BY 2.0])
ソリューション・ジャーナリズムとは
メディアには社会の出来事を伝える役割、権力を監視する役割など、多くの役割が求められている。しかし、出来事を伝えるにしろ、出来事のみを淡々と報じたり、権力者による不正や腐敗を暴いたりすることだけでは、問題の実質的な解決につながらないこともある。社会や世界における問題に対して権力者、企業、市民社会などは、さまざまな対応策を検討・導入しているのだが、これらの対応策は妥当なのか?十分なのか?効果的なのか?副作用はないのか?というように社会問題への対応策を問う・評価することもメディアの重要な役割であると近年提唱されている。つまり、メディアにこれまで以上に求められている役割が、社会問題に対して現在考えられている解決策を評価し、社会に問いかける役割、「ソリューション・ジャーナリズム」だ。
ソリューション・ジャーナリズムを提唱している非営利組織(NPO)である「ソリューション・ジャーナリズム・ネットワーク(The Solutions Journalism Network)」はソリューション・ジャーナリズムを「社会問題への対応に関する厳格で説得力のある報道」と定義し、メディアに対して、解決に向けて人々が行っている行動を批判的かつ正確に調査・分析し説明することを促している。そこで、同NPOは、望ましいソリューション・ジャーナリズムの4原則を示している。①「問題への対応と、その対応がどのように機能するかについて有意な内容を含めて深く報じる」②「善意や意図に関する主張にではなく、証拠に基づく効果に着目する」③「手法の限界を議論する」④「有用な見識を提供する」の4つである。これらは、問題と解決策を一体として見る視点からの報道が重要であるとの考えから定められている。

若者が参加する「未来のための金曜日(Fridays For Future)」の学校ストライキデモを取材する報道陣(写真:pxfuel[CC0 1.0])
では、なぜソリューション・ジャーナリズムが必要とされるのだろうか。同NPOは、ソリューション・ジャーナリズムの必要性を10の理由(※1)にまとめている。その共通の要素として挙げられている目的が、市民が社会を包括的に理解できるようにすること、それを通じてより良い方向への社会の変化を実現することだ。この目的に沿った報道は、その対応策を提案・実施する側への監視・精査になるとともに、メディアが発信する情報の受け手の行動にもつながるからだ。メディアからの情報を受け取る市民は、現状の問題点のみを伝えられたとしても、どのようなアクションを行うべきなのかがわからない場合もある。そこで、メディアがデータを示しながら解決策を提示することができれば、受け手はその解決策への意思表示をするとともに、自身で行動に移すことができる。そうすれば、社会全体として、問題に対して効果的な解決策を作り上げていくことができるようになると考えられている。
このような観点からみて、気候変動問題の解決におけるソリューション・ジャーナリズムは非常に有効な手段であるといえる。気候変動問題が「いかに危機であるか」に着目することは非常に重要であり、有害な行動を取り続けている、あるいは解決策の導入を拒む政府や企業に対して「番犬」として監視することもメディアの役割として重要である。ただ、情報の受け手からしたら、危機的状況を知らされたところで行動に移しにくい。その上、長年にわたって「危機」と報道し続けるだけでは、読者・視聴者の関心も薄まっていってしまう。「再生可能エネルギー」や「リサイクル」などといったワードが取り上げられることもあるが、十分な情報が無ければそれがどれだけ有効な対応策になっているのかを情報の受け手が評価することは非常に難しいのだ。

2010年の欧州議会の科学技術選択評価委員会(STOA)で紹介された電気自動車(写真:European Parliament/Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
幸いにも、多くの改善につながる政策や発明が調査・研究の下で発表されているのであるから、メディアは定量的な根拠のある方法で解決策や改善策を評価し、受け手に提供することも可能であるはずだ。もし、メディアがソリューション・ジャーナリズムを意識した報道をすることができれば、先に述べたように、社会をより良い方向へ変化させるための、市民や企業、政府の行動を改革する手助けとなりうるのではないだろうか。したがって、ソリューション・ジャーナリズムはメディアの役割として重要な観点であるといえるであろう。
気候変動についての報道量の分析
ここまでは、ソリューション・ジャーナリズムの意味と必要性について述べてきた。では、日本のメディアにおける気候変動関連の報道にソリューション・ジャーナリズム的視点からのアプローチはどれほどなされているのだろうか。今回、2019年4月から2020年3月までの1年間の毎日新聞の朝刊と夕刊の新聞記事のうち、気候変動に関するものがどれだけあったかを集計し、記事の内容についてソリューション・ジャーナリズムの観点から分析した。
記事の内容に入る前に、この1年間で気候変動に関する報道はどのように行われてきたのかを分析した。その結果、「気候変動」というキーワードを見出し、または本文に含んだ記事が346記事、そのうち、気候変動問題を中心に取り上げた記事(※1)は153記事あった。これは、平均すると1か月に約13記事が報道されていることになる。月別の記事数を比較してみてみると、最も多かったのが2019年12月で41記事。これは、2番目に多かった月の2倍以上の報道量であった。反対に最も少なかった月は2019年7月で1記事のみ、次点で、2019年4月(2記事)と2020年3月(3記事)が続いた。この結果を見ると、気候変動問題に関する報道量には大きな波があり、報道が少ない月は、1か月ほぼ全く報じられていないことが分かる。全体の報道量からみて、この結果は、気候変動の脅威が着実に大きくなっている現状に照らし考えると、不十分と言わざるを得ないのではないだろうか。
ではなぜ、このような結果となったのだろうか。他に比べて極端に報道数の多い2019年12月を見ると、第25回気候変動枠組条約締約国会議(COP25)(2019年12月)が行われており、会議の要旨や、協議された内容を報道した記事が多くなっていたことがわかる。また同様に、国連の気候行動サミットが行われた2019年9月も報道量が多くなっている。反対に、国際会議などの特段のイベントがなかったこれら以外の月は報道量が少なくなっており、COP25で報道量が増えた後にも、新型コロナウイルス関連の記事が多くなったことも要因だろうか、ほとんど気候報道関連の記事はなくなっている。
GNVが行った過去の報道分析でも、気候変動に関する国際会議の期間中や前後は気候変動についての報道量が増えることがわかっている。実際、GNVが過去に行った朝日新聞の記者へのインタビューにもあるように、気候変動問題は長期的な現象の変化であるために、ニュースになりにくく、反対に、気候変動問題関連のサミットやCOP25などの政治的な動きは注目しやすく報道として取り上げやすい性質があるのだ。気候変動の危機が迫っている現状において、メディアから、サミットや会議のときだけでなく、一年を通じて気候変動問題の現状と、解決につながる報道が行われれば読者・視聴者が気候変動問題を意識できるきっかけも増えるのではないだろうか。

2019年12月、スペイン・マドリードで行われたCOP25に集まる報道陣(写真:Connect4Climate/Flickr[CC BY-NC-SA 2.0])
ソリューション・ジャーナリズムは行われているのか
気候変動関連の報道量の分析では、問題の大きさに比べて報道量が不十分に感じ取れる結果となったが、それぞれの記事は一体どのような切り口で記事を書いているのだろうか。先に述べたように、気候変動問題の現状を伝えるための事実の伝達や権力者を監視する報道は必要であるが、実際に解決の方向へ進めていくには具体的な対応策に焦点を当て、深ぼった視点からのアプローチを用いた報道が有用である。
そこで、先に述べた153記事を気候変動問題についての記事の主眼をどのような観点においているかを分類した。ソリューション・ジャーナリズムに近いものから順に①記事の中で対応策を詳細に説明し、効果や課題に言及しているもの、②対応策の内容をある程度具体的に説明しているもの、③対応策そのものに着目せず、対応策に関する人の言動や出来事を中心に言及しているもの、④対応策に無関係の気候変動関連の出来事や気候変動の現状を取り上げたもの、の4つに分類し、集計した。
その結果、①に分類できたものが4記事(2.6%)、②の「対応策の内容をある程度具体的に説明しているもの」が44記事(28.8%)、「対応策の内容そのものではなく、対応策に関する人の動きや出来事を中心に言及しているもの」が64記事(41.8%)、④の対応策に関連しない気候変動関連のその他のものが41記事(26.8%)となった。気候行動サミットや、COP25といった気候変動対策を目的とした出来事に関する報道量が多かったため、対応策に着目されていた記事は全体の73.2%と多くを占めた。しかし、そのうち、ソリューション・ジャーナリズムの観点で、データを基に評価まで行われていたものは1年間でわずか4記事にとどまった。そして、対応策に着目した報道のほとんどが、国際会議での議事内容や、政治家が対応策について検討・実施する旨発言したとの内容にとどまり、それぞれの対応策を評価・精査しているものはごくわずかだった。
記事のうち、①に分類できた具体的な記事に着目してみると、気候変動への対応策として食料や移動手段などのライフスタイル、温室効果ガスの排出削減目標や石炭火力の見直しに触れ、実現することで得られる効果を科学的データに基づき定量的にまとめた記事などがあげられている点で、ソリューション・ジャーナリズム的視点からの考察が見て取れた。それでも、どの記事も、全体的に十分といえるほど詳細ではなく、また、対応策の実現可能性や導入時の副作用には言及されておらず、理想的なソリューション・ジャーナリズムには及ばない部分は散見された。
一方、分析対象期間内に6度行われた「気候変動と戦う:クライメートポリティクス」や、「くらしナビ・環境」などの特集記事は、報道されにくい気候変動や、環境問題についての読者の意識を深めようと意識的に報じていく姿勢が見えた。このような企画の中で、さらに、ソリューション・ジャーナリズム的な視点からの、気候変動問題の解決策に関して内容面でより詳細に、かつ効果や課題などを精査した、深ぼった報道が行われることが期待される。

アメリカ行われた太陽光発電パネルのエネルギー効率化のための試験の様子(写真:United States Department of Energy/Wikimedia Commons[Public Domain])
日々深刻化し、一層の対応強化が求められてきている気候変動問題。政府、企業、NPO、個人など社会の構成員それぞれが共通の大きな問題である気候変動問題に立ち向かっていかなければならない。迫る脅威に対して時間が限られている中で、社会のあらゆるアクターのアクションが必要とされている。そのアクションを起こす手助けをメディアができるのではないだろうか。根拠に基づいて対応策の内容を詳細に伝えた上で評価することができれば、社会の構成員の具体的な行動改革につながっていくことが考えられる。メディアは、具体的な対応策と効果を、根拠とともに情報の受け手に提示する役割であるソリューション・ジャーナリズムを意識した報道がより求められていくだろう。
《GNVがパートナー組織として参加している「気候報道を今」(Covering Climate Now )は4/19~4/26の一週間を報道週間として定め、参加している報道機関に「Climate Solutions」のテーマでの報道を呼び掛けている。本記事は報道週間に賛同して執筆されたものである。》
※1 10の理由は①社会をより包括的に把握できる②社会にフィードバックの仕組みを提供し、個人解決能力が向上する③問題解決に不可欠な情報の提供がされる④市民性を高める⑤有害なものだけでなく、有益なものにスポットライトを当てるきっかけになる⑥社会変革のための隠れた機会を明らかにする⑦ジャーナリストの社会への理解を深める⑧伝統的なジャーナリズムを研ぎ澄ます⑨調査報道をも研ぎ澄ます⑩新たな視聴者を引き付ける、と説明されている。
※2 毎日新聞のオンラインデータベースである「毎日新聞 マイ索」において、東京で発行されている朝刊・夕刊の2019年4月から2020年3月までの期間で集計。見出しもしくは本文に「気候変動」のキーワードを含む記事の中で、本文表示ができないもの、記事の見出しから気候変動と無関係であると読み取れたもの、気候変動対応策と無関係で国内の事情のみに言及しているものを除いて集計した。
ライター: Taku Okada
グラフィック: Taku Okada
気候変動に関する報道量ばかりに危機感を抱いていましたが、具体的な解決策を示しながら報道する必要性に気づくことができました。
良く考えてみると当たり前で、多くの人々が気候変動に気づいてはいても、具体的な解決策を理解している人は少ないと思います。人々のアクションを起こすきっかけとなるソリューション・ジャーナリズムはとても大切だと感じました。
また、企業や権力者の行動を監視し、そういった方に向けてもソリューションを示していって欲しいと思います。
事実を伝えるという役目もそうですが、社会問題は発信する側の視点がかなり影響を及ぼすと思うので、客観的に発信するということが課題になると思います。ソリューションジャーナリズム自体は重要な観念だと思うし、メディアが目指すべき姿だと思います。
気候変動という長期に渡った問題だからこそ、ソリューション・ジャーナリズムが大事になってくるということに共感しました。メディアの役割を改めて考える機会になりました。
記事を客観的に分析するのが難しそうだなと感じました。
気候変動の対策について述べている記事の少なさに驚きました。
効果や妥当性を問うのは専門的な知識が必要そうだなと感じました。専門家の間でも見解が割れていたりする場合、どれがより正確な指摘かどうかを報道する側が判断するのが難しそうな気もします。気候変動に関する研究がもっと報道されていくといいなと思いました。