著しい経済発展や技術の進歩をもってしても未だに世界の貧困は根強く残っており、依然として世界の大きな課題である。この記事を読む人の中には世界の貧困について学んだり、貧しい人々のために募金や寄付に協力したり、ボランティア活動に参加したり、そうでなくとも世界の貧困に関心を持っている人が多いはずだ。ただ、我々の世界の貧困に対する認識はメディアの報道する事実に基づいて形成されると言えよう。というのも、我々が世界の貧困の現状を知るのは自ら現地に赴くことによってではなく、主にメディアの報道を通してであると考えられるからだ。そこで報道のあり方が貧困の認識において重要なカギになるのであるが、果たして日本における報道は、世界の貧困の実態を反映しているであろうか。今回はそれを探っていくことにした。
そもそも貧困とはどのような状態を指すのか。貧困には絶対的貧困と相対的貧困の概念がある。絶対的貧困とは、所得、健康、教育などの水準が極めて低く、最低限の生活水準が満たされない極度の貧困状態のことを指す。世界銀行は「国際貧困ライン」と呼ばれる絶対的貧困の基準を定めており、現在の国際貧困ラインは1日1.90ドル未満で生活する状態とされている。貧困は非常に複雑な現象であり、金銭的に表すことが必ずしも実状を捉えているとは言えないが、世界の貧困の現状を把握するための目安となる。一方相対的貧困とは、ある社会における平均的な生活水準と比べ所得が著しく低い状態のことを指す。今回は絶対的貧困に焦点を当てていく。
ここで世界の貧困の現状に目を向けてみよう。2015年7月にミレニアム開発目標報告書が国連本部で発表された。この報告書では貧困撲滅のために設定された「ミレニアム開発目標」の達成状況が明らかにされている。そこでは世界の貧困が改善されていることが示された一方で、課題も指摘された。
報告書によると、1990年から2015年の期間に、当時の国際貧困ラインである1日1.25ドル未満で生活する極度の貧困状態にある人々(以下、極貧層)の割合が開発途上国において47%から14%に減少した。世界全体では極貧層の割合が36%から12%に、人数にすると約19億人から約8億人に減少した。ほとんどの地域において極貧層の割合が半減、あるいはそれ以上に減少したのである。しかし、貧困削減達成の大きな部分は人口の多い中国とインドにおける経済成長によるものだという批判や、報告書の元となる統計に大きな問題があるという批判もある。他方、発表された数字上、唯一サブサハラ・アフリカ地域は極貧層の割合が半減しなかった。さらに世界全体の極貧層の約80%が南アジアとサブサハラ・アフリカ地域の2つの地域に集中していることが示された。その上、世界全体の極貧層の60%近くが極貧層の多い上位5か国(インド、ナイジェリア、中国、バングラデシュ、コンゴ民主共和国)に存在している(2011年時点)ことが指摘された。これらに加え、現在世界において格差が広がりつつあるという大きな課題がある。
このように世界の貧困には改善の一面が見られるものの、貧困状態には未だ地域による大きな偏りがあり、解決しなければならない課題も依然として多い。このような世界の現状に関する情報は、果たして我々に十分届いているであろうか。
以下のグラフは、世界の地域別の貧困者数と貧困率(貧困ラインは1日1.90ドル未満)、それと報道量を示したものである。世界の貧困に関するデータは世界銀行が発表しているものを参照した。また報道量に関しては、GNVが独自に収集した全国紙3社(朝日新聞・読売新聞・毎日新聞)の2015年における国際報道のデータから文字数をもとに3社の報道量を平均し、地域別の割合を計算した。
地域別の貧困者数・貧困率は世界銀行のデータに基づく
上のグラフから分かるように、サブサハラ・アフリカ地域や南アジア地域といった貧困状態が深刻な地域に関する報道の割合は低く、逆に高所得国という豊かな国々に関する報道の割合が突出して高い。日本の国際報道においては富が集中している地域に報道も集中しており、貧困が多い地域は軽視されていること分かる。
ちなみに、全国紙3社の2015年の全国際報道において記事の見出しに貧困や貧しいといった「貧」の文字や、飢えや飢餓、困窮などの文字が含まれ、貧困に関する報道であることを強調している記事の割合は、朝日:0.28%、読売:0.18%、毎日:0.34%である。さらに抽出した3社の記事を合計し、地域別の報道割合を見てみると、ヨーロッパ:22.9%、中東:18.8%、アジア(中東を除く):12.5%、アフリカ:12.5%、中南米:10.4%、北米:0%、世界全体:22.9%である。北米を除き地域別の報道の割合に極端な差はないが、貧困率の低いヨーロッパに関する報道の割合がどの地域よりも高い。一例としてフランスに関する記事で、『揺らぐトリコロール:仏週刊紙襲撃3カ月/下 固定化する貧困地域 移民集中「住所で就職門前払い」 』(毎日新聞 2015/4/11)といったものがある。貧困が深刻な地域の現状が十分に伝わっているのかは疑わしい。
続いて記事の関連国に焦点を当てた分析の結果を見ていただきたい。ここでいう記事の関連国とはGNVが独自に設定した基準であり、記事の見出しの文言や出来事の発生場所から記事と関連していると判断される国ことである。ここでは後発開発途上国が関連国である記事を抽出し、後発開発途上国に関する報道量を分析した。後発開発途上国とは国連が定めた国の分類であり、開発途上国の中でも特に開発の遅れている国のことを指す。2016年2月時点において48ヵ国が後発開発途上国に認定されており、その数は全世界の約4分の1に相当する。ここでも全国紙3社の2015年における国際報道のデータから文字数をもとに報道量を計算した。以下が後発開発途上国に関する報道量のグラフである。
3社とも後発開発途上国に関する報道の割合は低く、3社の平均は約5%である。後発開発途上国は世界の国の約4分の1を占めているにもかかわらず、国際報道における報道の割合は20分の1ほどしかない。明らかに世界の貧困の現状と報道はアンバランスである。また地域別の報道量でみても興味深い結果が得られた。3社の地域別報道量を平均すると、アジア(9ヵ国):4.2%、アフリカ(34ヵ国):0.59%、大洋州(4ヵ国):0.1%、中南米(1ヵ国):0.003%である。後発開発途上国48ヵ国のうち、34ヵ国がアフリカに存在するが、これら34ヵ国の報道量は全国際報道の0.59%に過ぎない。一方で、アジアに存在する後発開発途上国9ヵ国の報道量は4.2%である。さらに驚くべきことに、2015年の1年間において、アフリカにある後発開発途上国34ヵ国のうち3社に1度も取り上げられなかった国が11ヵ国に上る。しかしその他の地域においては3社に1度も取り上げられなかった国は存在しない。これらの分析結果からも分かる通り、貧困の現状と報道のバランスは大きく乱れている。特に重度の貧困状態にあるアフリカ諸国に関する情報は大幅にシャットアウトされた状態である。
以上みてきたように、世界の貧困の現状と報道の実態には明白な乖離が生じている。貧困状態が軽度の地域や貧困が大幅に改善された地域の事柄が多く報道されているため、世界の貧困状態をどこか楽観視してはいないだろうか。貧困が深刻な地域に関しては報道量が少なく、そこに存在する重大な事実が視界から消えてしまってはいないだろうか。確かに世界全体で貧困が削減されているとはいえ未だに数多くの人々が貧困に苦しんでおり、決して現状に甘んじるわけにはいかない。
我々は世界の貧困の現状に関する情報を主にメディアの報道から得ている。つまり貧困に対する認識形成はメディアによるところが大きい。したがってメディアにはより客観的かつ包括的に貧困に関して報道することが期待されるが、残念ながら今回の分析からも分かる通り我々が最も身近に入手できる情報はかなり限られ、偏っている。このようなアンバランスな報道では、貧困に対して漠然としたイメージはもつことができるかもしれないが、その現状や原因を理解することができない。さらに、世界の貧困に我々がどのような影響を与えているのか、世界の貧困から我々はどのよう影響を受けているのかについて知るきっかけも、考えるきっかけも極めて少ない。このような状態で貧困を語るのはあまりに早計で危うい。これは貧困に関してのみならず、いかなる報道に関しても当てはまることだ。我々は抜き出された事実と切り捨てられた事実の双方を意識して情報に接する姿勢を堅持しつつ、今一度、日本における国際報道を危機感を持って見直す必要があるのではないか。
ライター:Taihei Toda
グラフィック:Taihei Toda