「アラブの春」と呼ばれる中東や北アフリカでの民主化運動から10年が経った。この運動によって、政権が倒された国、武力紛争に発展した国もあり、外交的な問題に発展した国もあった。さらにその後も、核疑惑をめぐる危機や国交断絶の危機などもあり、中東が大きく揺らいだ10年となった。様々な国の情勢が複雑に絡み合ったこの地域は、日本でどのように報道されてきたのだろうか。
中東の10年(2011~2020)
「中東」と呼ばれる地域にどの国が含まれているのかについては様々な捉え方があり、エジプトや他の北アフリカ諸国が含まれることもある。今回の記事では、北アフリカ諸国を含まず、ナショナル・ジオグラフィック誌に使われる「西アジア」諸国を分析対象とする(※1)。アラブの春以降の北アフリカ地域に対する報道分析にはGNVのこちらの記事を参照いただきたい。ここでは中東に焦点を当て、この10年でどう変わったのか、何がその変化に大きく影響し、どのように現在の中東を形成したのかをみていこう。
まずはじめに、2011年から2020年までの10年間に起こった中東の主な事象を順にみていく。この10年の中でも特筆すべきは「アラブの春」だろう。チュニジアやエジプトなどの北アフリカから始まったこの民主化運動は、シリアやイエメン、バーレーンなど多くの中東の国々にも飛び火した。バーレーンではその運動はサウジアラビアの介入で鎮圧され、イエメンでは当時の独裁政権は倒され、シリアでは大規模な武力紛争へと発展していった。
アラブの春はその後も長く中東地域の情勢に影響を与えることとなった。2019年にはレバノン・イラク・イランなどで物価上昇や政治腐敗に反対する大規模な反政府デモが発生し、多数の犠牲者を生んだ。これらの反政府デモから民主化には至らなかったものの、レバノンにおいては当時の首相が辞任するなど政治に影響を与え、「第2のアラブの春」と謳われた。

「アラブの春」が起きたときのバーレーンでの様子(写真:Bahrain in pictures / Wikimedia Commons)
アラブの春から発展した2011年からのシリア紛争は、2003年から始まったイラク戦争とともに、ある組織が誕生する契機となった。それがIS(イスラム国)である。シリアやイラクを中心に勢力を拡大していたISは、2014年にはイラク北部を制圧し、イスラム国建国を宣言。占領地のあるシリアやイラクをはじめ、複数の国境をまたぐクルド人勢力とも激しい武力衝突をした。そこへ、アメリカ、ロシア、イランなどが軍事介入を行い、2017年にはISの占領地のほとんどを奪還するに至った。
ISの台頭が顕著になった2014年、イエメンでは別の武力紛争が発生していた。北部で生まれた反政府勢力が首都を制圧し、反政府勢力と政府の間で国が分断される形となった。翌年には、サウジアラビアが率いる連合軍がイエメンに軍事介入を行った。2015年のサウジアラビアなどの介入により紛争は激化し、地上での戦闘以外に空爆や国土の封鎖が人道危機を引き起こしていった。
同じくトルコでも、政権を倒そうとする動きがあった。大統領に権力が集中している中、2016年に軍の一部によるクーデター未遂が発生した。その後、軍のみならず、一般市民に対する抑圧が大きくなっていった。また、近年トルコでは軍事力を背景に他国に積極的な介入を行っており、中東やアフリカの複数の国では軍基地を展開させ、リビアには軍事介入も行った。
中東を動かしたのは各国政権に対する運動や武力紛争だけではない。外交問題も多く発生した10年間でもあった。この間、イランは、核兵器保有のための開発を行っているという疑惑をかけられており、イランへの対処をどうするかに関する協議がずっと続いていたのである。それが2015年に、イランの核開発施設の縮小などを条件としてアメリカをはじめとする6カ国(※2)と合意に達した。しかし、2018年にアメリカが合意からの一方的な離脱を表明し、イランに対して独自の経済制裁を科すようになった。アメリカ以外の5カ国がイランとの核合意を継続する中で、アメリカはイランに対する強硬な姿勢を続けている。

アメリカとイランの政府代表者の話し合い(写真:United States Mission Geneva / Flickr [CC BY-ND 2.0])
また、アラブ諸国においても大きな外交問題が勃発した。2017年に起こったカタール危機は、サウジアラビアなどがカタールのテロ組織支援を理由に断交を宣言し、実質上の国土封鎖も行った。当初、カタールとの国交断絶を行っていたのはサウジアラビア・バーレーン・アラブ首長国連邦(UAE)・エジプトの4カ国だけであったが、他の中東・アフリカ諸国も後にカタールとの断交を宣言した。2021年初頭、この国交断絶は形式的には解消され、カタール危機は事実上終結したとされている。
イスラエル・パレスチナに関しても動きが見られた。イスラエルに占領されているパレスチナの統治を巡りさまざまな問題が続く中、イスラエルは2020年に複数の国々と国交正常化を果たした。中東ではバーレーンとUAE、アフリカではモロッコやスーダンと国交を樹立した。イスラエルは1948年の独立宣言以来、その建国の経緯から中東諸国とは良好な関係を築けていない。これらの国との国交樹立は、中東和平において重要な一歩と言えるだろう。
報道の傾向
それでは、2011年から2020年までの10年間に中東がどのように報道されてきたのか見ていこう。今回は、毎日新聞を利用して報道量(※3)を調べた。まず、各国の10年間の累計での報道量を見てみよう。以下が10年間の国別報道量を表したグラフである。
グラフからわかるように、シリアの報道量が他国と比較して非常に多い。シリアは2012年から紛争が続いていることや、2014年頃からはISとの対立でも注目されていたことが報道量の理由として考えられる。続いて報道量が多いのがイランである。イランに関する報道では、核合意やアメリカの核合意離脱による報道が多かった。この2カ国の次に、イスラエル・パレスチナ、イラク、トルコの報道量が多く、この3か国でほとんど差はない。一方で、バーレーン、クウェート、オマーンの3ヵ国は報道量が非常に少なく、ほとんど報道されていないことがわかる。
次に、10年間の報道量の推移を見てみよう。
グラフからわかるように、2012年と2015年の報道量が最も多くなっている。2012年の報道量増加の要因としてはシリアでの紛争の激化やイランのウラン濃縮問題が挙げられる。2015年の増加もシリアとイラクでのISの台頭やイランでの核疑惑に関する合意が大きく注目された。また、2016年以降、中東地域に対する報道量が徐々に減っていったことも明らかになった。
最も報道量が多かった5カ国の推移を見てみよう。
国別の報道の推移を見るとシリアに関する報道が突出して多いものの、ISの弱体化に伴いその脅威が減少したからか、2017年以降では注目されなくなってきている。イラクに関する報道もISの台頭で一時期大きく注目されたが、シリア同様その後注目されなくなっていった。イランやイスラエル・パレスチナは逆に大きな増減は少なく、報道量が常に比較的多いと言える。
なぜ報道されるのか?
ここまで、10年間の中東の報道の傾向を見てきた。シリア紛争やイランの核問題、イスラエル・パレスチナ問題、ISについてなど、特定のトピックの報道量が多いのはなぜか。ここでは、その推移の理由を4つの視点から探ってみようと思う。
特定のトピックの報道量を左右する1つの大きな理由は武力紛争への関心の高さであろう。アラブの春とよばれた民主化運動やそれがもたらした政変は複数の国で起きた大きな現象であり、報道価値が高いと考えられる。確かに、中東においてのアラブの春はある程度は報道されたが、一方でシリア紛争やISとの紛争など、紛争関連の報道は中東でのアラブの春の報道と比較して圧倒的に多かった(※4)。
2つ目の理由として挙げられるのは、中東情勢に影響を受ける日本の安全保障が考えられる。その理由は3つ挙げられる。まず、a)石油や天然ガスなどの中東から輸入している資源の確保への不安や、それによる市場価格の変動に対する関心は大きさがある。これと関連して、b)海上の貿易ルートの確保や安全性についての懸念があげられる。そしてc)日本や日本人が争いやテロの脅威に巻き込まれる可能性があることだ。実際に、2015年には2名の日本人がISによって拘束され、後に殺害されている。
次に、全体的な傾向として、アメリカの報道の関心の度合いに比例して、日本の報道の関心の度合いも高くなる可能性がある、ということである。中東におけるアメリカの関心事には、イラン核問題やイスラエル・パレスチナ問題、ISについてなどがあげられるだろう。核問題を巡るイランとの長年の確執、イスラエル・パレスチナ問題への政治的関心の高さ、ISに対する空爆など、アメリカのこれらの国々への動向と日本で報道されたトピックは合致している。例としてイランについての報道に着目すると、2011年から2020年までの10年間のイランに関する毎日新聞の記事数のうち55%がアメリカも言及されている。
4つ目の理由として国際情勢の問題だけではなく、報道をする側の都合も報道に表れていると考えられる。その1つが情報へのアクセスの良さである。今回の調査の対象となった毎日新聞はテヘランとエルサレムに中東地域の支局を構える。テヘランのあるイランの報道量は国別で第2位、エルサレムのあるイスラエル・パレスチナの報道量は国別で第3位である。海外支局は、現地に記者が滞在していることで、何か出来事が発生したときにいつでも取材に行くことが出来る。国別の折れ線グラフの推移を見てみると、支局のあるイランとイスラエル・パレスチナの報道量は他国と比べて一定であり、アクセスの良さが報道量に影響を与えていることがうかがえる。
なぜ報道されないのか?
2011年から2020年の間の中東情勢の中で武力紛争やイラン核問題のように注目された出来事がある一方で、あまり報道されなかった出来事もある。しかし、報道量が比較的少なかった出来事の中にも人道上の問題や中東全体を脅かすような重要な出来事があった。ここでは、報道されない国や出来事と、それらが報道されるに値すると考えられる理由、そして最後に報道されない理由を考えてみる。

ドバイの夜景(写真:Tim Reckmann / Wikimedia Commons)
国の大きさやその動向から見ても報道量が少ない国に、サウジアラビアとUAEがある。サウジアラビアの国別報道量順位は6位で、UAEは11位である。この2カ国が中東地域で軍事介入を含み、強いリーダーシップを発揮しようとしている。また、国内外で多くの人権問題を抱えている中で、これは十分な報道量なのだろうか。日本が輸入している原油のうち、65.1%がサウジアラビアとUAEからのものであり、日本の資源に関してこの2カ国に大きく依存している。
さらに、サウジアラビアは「ISのような国」と呼ばれるほどの人権問題を抱えている。表現、結社、集会の自由等の自由権は認められておらず、精神的・身体的に国民に危害を加える行為が国内法によって容認されている。2018年にはジャーナリストのジャマル・カショギ氏がトルコのサウジアラビア総領事館内で暗殺されており、その暗殺にサウジアラビアの王室が関与しているとされている。このような事態も報道に値するだろう。
次にイエメン紛争も「世界最悪の人道危機」と言われる一方でその報道量は少ない。アラブの春の影響を受けて始まったこの紛争は現在も続いており、他国の介入などによって状況は複雑化している。2015年より、サウジアラビアなどの連合軍が空爆などによって介入を続け、イエメンは2010年から2019年までの間にシリアと並んで最も空爆を受けた国とされている。さらに、他国の介入は空爆にとどまることなく、地上軍や傭兵、間接的には武器貿易などの影響も与えている。この紛争で大きな被害を被っているのは一般市民であり、イエメンでは世界最大の人道危機が起きていると言われている。イエメン紛争そのものや、サウジアラビアなどの連合軍による介入はある程度報道されているが、その報道の多くは介入が始まった2015年のものであり、イエメンで起きている人道危機の惨状についてはほとんど報道されていない。また、この紛争で、イエメンのフーシ勢力がサウジアラビアの石油施設を攻撃しており、サウジアラビアの石油に依存している日本にとって、イエメン紛争は日本とも決して無関係ではない。

イエメン紛争による建物の損壊(写真:United Nations OCHA / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
では、既述のカタール危機についてはどうだろうか。サウジアラビアなど4カ国がカタールとの外交を絶った後、イエメンなどの中東諸国だけでなく、セネガルやモーリタニアなどのアフリカ諸国もカタール断交に踏み切った。さらに、サウジアラビアなどが断交を解消する条件として要求したことの中には、カタール国内のトルコ基地の封鎖や、イランとの外交縮小などが含まれており、多くの国々を巻き込む出来事となった。日本との関連については、日本が天然ガスの輸入をカタールに依存している。しかし、カタールに言及した記事は10年で468件と少ない。他にも、政治的な問題を多く抱えているレバノンや、中東和平に一役買っているオマーンやクウェートなどの国々も、10年間でレバノンが497件の記事で言及、オマーンが170件、クウェートが81件と報道が少ない。
これらの国に対してはなぜ報道が少ないのだろうか。前のセクションの報道される理由の4つ目と逆説的ではあるが考えられる原因として、情報へのアクセスしにくさがあげられる。サウジアラビアではジャーナリストに対する入国や取材活動が制限されており、イエメンもサウジアラビアの介入によって国土が封鎖されている。一方で既述のようにISの占領地域に入ることは事実上不可能であった中、ISに関する報道は多くなされており、アクセスのしにくさだけでは報道されない理由を一概に説明しきれない。そこで考えられるのが報道の役割とその問題点である。日本に限らず、報道は愛国心やナショナリズムを形成したり、強調したりする役割を担っている。そのため、自国にとって都合が悪いことはあまり報道されないという可能性がある。このことは、サウジアラビアについての報道の仕方や、報道量が物語っていると言えよう。
また、日本はISの台頭だけでなく、サウジアラビア情勢やイエメン紛争などにも影響を受けている。対ISに関する報道は「正義」の視点から描かれることが容易であり、報道の題材にもなりやすいのかもしれない。ところが、日本と密接な関係にあるサウジアラビアによる人権侵害やイエメンへの介入を「善悪」のストーリーに落とし込むと、サウジアラビアの立場は必ずしも「善」の側から語ることができない。このことが、サウジアラビアに関連する報道量の少なさに影響を及ぼしている可能性もある。これに関連してアメリカも外交上、サウジアラビアを支持する立場を表明することが多いことも関連しているかもしれない。日本の報道機関のサウジアラビア報道では、明らかに日本との関連を避けていると受け取れる書き方がされている。その理由を断言することは難しいが、日本との関係性が深いサウジアラビアについてネガティブな報道をしにくいという都合の悪さが少なからず影響しているかもしれない。

サウジアラビアの石油化学プラント(写真:Secl / Wikimedia Commons [CC BY 3.0])
まとめ
中東に関する10年分の報道は、国や地域によってとても偏りのあるものだった。また、単に報道量だけではなく、いつ何が報道されていて、何が報道されなかったのかを見ると、日本の報道における様々な問題が見えた。GNVでは、今後も国や地域に囚われずに報道されない世界を発信していきたい。
※1 「中東」とは欧米諸国から見た方位であり、欧米諸国視点の言葉だという指摘がある。
※2 アメリカ、イギリス、フランス、ドイツ、中国、ロシアの6カ国。
※3 報道量の基準としては、記事数を用いた。記事数を調べるにあたり、毎日新聞のデータベース「毎索」を利用しており、本社が発行している新聞と、地方版のうち東京で発行されている新聞から国際面に国名の記載があるものをカウントしている。同じ記事に複数の国名が記載されている場合、国ごとに個別でカウントしているので重複してカウントしている場合がある。また、イスラエル・パレスチナにおいては、「イスラエル」または「パレスチナ」のどちらかの名称があればカウントしている。
※4 2011年の民主化運動は中東だけでなく北アフリカでも行われており、エジプトについての報道量は比較的多かった。しかし、この記事では中東に焦点を当てているため、ここの集計はエジプトを含まない。
ライター:Minami Ono
グラフィック:Minami Ono/Yow Shuning