公開処刑、戦争やテロ・過激思想の普及、と聞いて最初に想像するのは、おそらく過激派組織の「イスラム国」(IS)だろう。ISが世界から非難を浴びる一方で、これに酷似したことを行い、支援しているにもかかわらず、「国際社会」という舞台で堂々と振る舞っているのがサウジアラビアだ。最近では国王が日本、中国、インドネシアなどに赴き、各国で歓迎を受けただけでなく、米大統領ドナルド・トランプ氏の就任後初の訪問国として注目を集め、両国は「対テロ同盟」の強化を確認した。しかし、その実態は、対テロからほど遠い。一部の知識人からは「ISのような国家」と呼ばれるほど国内の人権状況は深刻であり、国外には過激思想の普及を促すなど、ISにきわめて近いことが政府、王室、宗教関係者、民間団体などによって行われている。今回はそのような国家、サウジアラビアの国内外での実態に焦点をあて、それを黙認する世界について考えたい。

サウジアラビアの皇太子兼防衛大臣:ムハンマド・ビン・サルマン 写真:Jim Mattis /Flickr [CC BY 2.0]
ここまで国内の人権侵害を見てきたが、サウジが招いている悲劇は国内にとどまらない。同国はアラブ諸国の連合軍を組んで隣国イエメンでの紛争に介入しており、その状況はソマリア、南スーダン、ナイジェリアの現状と合わせて「第二次世界大戦後最悪の人道危機」と言われている。サウジ主導の空爆により、軍事目標のみならず、イエメンの学校、市場、モスクや難民キャンプなど、市民の活動地域も無差別に破壊されている。この紛争でのこれまでの死者は直接死だけで1万人以上、飢餓や病死の間接死も合わせれば何倍にもなる。生活の場だけでなく160以上の病院と医療施設を攻撃、現在正常に機能している医療機関は本来の半分以下のたった45%だ。
また、サウジによる海上封鎖により物流がストップし、食料の90%を輸入に依存していたイエメンでは1,400万人以上が飢餓にさらされ、子どもの半分以上が栄養失調、10分に1人のペースで幼い命が失われている。物流が止まれば当然経済活動は低下し、治安は悪化、必要最低限の医薬品の入手が困難になるだけでなく、下水処理機能が滞り、衛生的な水すら手に入れるのは難しい。このような複合的な要因によって、現在イエメンではコレラが蔓延し、10万人以上とも言われる感染者が、飽和状態の病院に身を寄せ合って生死をさまよっている。本来、これらはすべて未然に防ぐことができたはずだが、サウジアラビアをはじめとする連合軍の「紛争の継続」という選択が、今もイエメンの人々の命を奪いつづけている。

イエメンの破壊された街に立つサウジ兵士 写真:AHMED FARWAN /flickr [CC BY-SA 2.0]
サウジが国外で与える影響は、戦争への直接介入だけでない。先述のワッハーブ派の国外布教にも注力することで、過激思想の拡散に加担している。翻訳したワッハーブ派のテキストの出版、世界中の学校やモスク建設、広告メディアに莫大な投資が行われている。実際にインドネシアやパキスタンでは従来の穏健なイスラム体系が崩れ、より拘束的な信仰形態に移行しつつある。さらに、2015年までISが使用していたテキストは、サウジで教科書として使用されているもので、このテキストで学んだ多くの若者がジハードや自爆テロに駆り立てられてきた。
ISへのバックアップはこのような思想的なものにとどまらない。経済的な支援もサウジ国内から行われているとされている。その裏付けとして、昨年リークされたヒラリー・クリントン氏のメールには「われわれはサウジとカタールが秘密裏に行っているISへの経済的後方支援を抑止しなければならない」という記述もあった。公的な政府による支援に関する証拠はないが、サウジの民間団体や王室に近い個人が過去に支援を行ったと思われている。しかし、クリントン氏の発言が政府の行為を意識したものとも捉えられ、無視できないものになっていることは確かだ。このような思想面、金銭面ともにISを後方支援した経緯から、「サウジアラビアはISの父親だ」とまで形容される。
一方で、サウジはアメリカと対テロ同盟を結び、アルカイダ系組織やISなどのテロを抑圧する動きも見せている。自国源泉のワッハーブ派の過激派組織を操ってシリア政府やイラン政府と対抗馬として利用するのは容易ではあるものの、手に負えなくなったISの矛先がサウジ自身に向くことを恐れたためだ。実際、ISはサウジ政府をイスラムの裏切り者として、少なくとも表向きは敵視しており、両者の関係性は一枚岩ではないようだ。しかし、2001年のアメリカでの同時多発テロで飛行機をハイジャックしたとされている19人の実行犯のうち、15人がサウジの出身だということや、シリアでのアルカイダ系反政府勢力への資金と武器の援助などからも、やはりサウジの「対テロ国家」の肩書が建前に過ぎないことは誰の目にも明らかだろう。
さて、最後に、このような国家の実態を黙認し、同盟を組み、あるいは積極的に支援を行っている世界の現状について考えたい。サウジアラビアの世界最悪レベルの人権侵害が容認されている理由は、石油と、そこから生まれるオイルマネーの投資、武器の取引先としての期待の主に3つだ。特に、アメリカ・イギリスの軍需産業と、サウジの石油産業は密接に結びついている。2015年にはイギリスの軍事輸出額の83%をサウジが占め、現行のトランプ政権とサウジの軍需契約は1,000億ドル以上にのぼる。前述のイエメンの紛争でサウジ率いる空爆をバックアップしているのも、他でもない米英だ。空爆で使用されたクラスター爆弾は米英から供給されたものだが、これらも、同様にこの紛争で使用されている地雷も、世界の大半の国家が署名した国際条約で使用が禁止されている。さらに、日本は石油輸入量の実に41%をサウジに依存しているのだ。
こういった大国を味方につけたサウジの行為は、たとえ国連であっても対応は難しい。実際にイエメンの壊滅的な状況を受けて、国連事務総長潘基文氏はサウジアラビアを「子どもの人権を侵害している国家」としてブラックリストに登録したが、同国から拠出金の停止を脅迫され、わずか一週間で抹消した。
サウジの石油利権をめぐって、世界中のアクターから莫大な金と武器が動いており、国際平和に貢献するはずの国連の機関さえ、サウジの拠出金の前では無力と言わざるを得ない。皮肉にも、サウジアラビアは国連の女性の地位向上委員会、さらに、国連人権理事会にも選出されている。世界の産業が石油に依存している限り、石油資源は大きなパワーとなってサウジの暴政に拍車をかける。豊かな生活の裏に潜むものに目を向けていかなければこの問題を解決できる日は来ないだろう。

式典で剣士たちに歓迎を受けるトランプ大統領(サウジアラビア) 写真:The White House (Shealah Craighead) /flickr [public domain]
ライター:Yuka Komai
グラフィック:Mai Ishikawa