2019年は世界各地で大規模なデモが多発した「デモの年」と言われた。気候変動に対する対策を求める世界各地で発生したデモ、長期政権打倒につながったアルジェリアやスーダンで発生したデモ、逃亡犯条例改正案の撤廃を求める香港で起こったデモ、政策に抗議するインドネシアやインドのデモ、貧困や格差を背景として生じた中東、中南米のデモなど世界各地でデモが発生した。

オーストラリアで行われた気候変動に対する対策を求めるデモ(写真:Julian Meehan / Flickr [CC BY 2.0])
デモの発生について報じる日本のメディアも見られたが、多くの人がメディアを通して頻繁に目にしたのは香港で発生したデモの様子であったのではないだろうか。2019年に世界各地で発生した他の大規模デモの様子はどれほど報道されたのだろうか。デモの規模や発生場所によって報道に違いがでているのだろうか。この記事ではテレビのニュースを中心に2019年に発生したデモの報道の実態を調べていく。
デモと報道の意義
「デモ」とはどのような行為を指すのだろうか。一般に住民や市民が政府等に対して何かを要求する、あるいは、賛成や反対の意思表示を行う集団的な活動のことを示している。その形態としては、行進やストライキ、座り込み、道路や建物の入り口を封鎖する方法などがある。さらに激しいものになると暴力を伴うようになる。デモ隊の方から暴力行為を行う場合もあるが、政府や警察側から暴力を仕掛けることもある。また、意見対立する複数のデモ集団の間で衝突を起こす場合も挙げられる。デモが行われる場所についても、特定の場所のみならず、国内、あるいはグローバルに連携し、同時に複数の場所でデモを行うこともある。
では、世界のデモを報道することにはどのような意義があるのだろうか。国内で起こったデモと国外で起こったデモにわけて報道の意義を考えてみよう。まず国内で発生したデモに関しては、メディアを介して、市民や住民の意思を、権力を持つ人々や組織に伝えることができる。どこで発生したデモであったとしても、実際にデモの様子を自身の目で見る人は少なく、報道を通じて多くの人や政府の目に届けられる。メディアを通じて報道されることによってデモの効果が発揮されるのだ。
一方、国外で発生したデモについてはどうだろうか。国外で発生したデモの報道に関しては、デモを行う市民とその様子を伝える側は必ずしも直接つながっていないため、報道の意義は国内で発生したデモの報道の意義とは少し異なる場合がある。この場合、主に次の3つが報道の意義として挙げられる。1つ目は、国外の出来事であっても国内の政策と関係するものがあるからだ。例えば、気候変動や死刑制度に対するデモが挙げられる。これらは複数の国が共通して抱えている大きな課題である。その対策を求めるデモがあることは、市民や住民が危機感を感じていることを示し、その声を国を超えて届ける意義がある。

橋を渡れないように入り口を塞ぐレバノンのデモの様子(写真:Nadia Kobeissi/Wikimedia Commons[CC BY-SA 4.0])
2つ目に、デモ自体が大規模なものであったり、デモをきっかけとして政治に大きな変化をもたらす事例もある。例えば、2019年にアルジェリアとスーダンで起こったデモがきっかけとなり、両国では長期政権の打倒につながった。デモから政治に大きな変化がもたらされることは、外交面などで直接自国と関係していない場合であっても、間接的な関係を持つ重要な出来事である。重要な変化をもたらす「大きな」出来事、すなわち、ニュースとして報道する意義があるだろう。
3つ目に、自国の政策などに直接関係していない場合あっても、複数の国で同じようなデモが発生していることを報道することで世界の傾向をつかむことができるということが挙げられる。2019年は、中南米、中東、北アフリカなどを中心に生活の保障を求めるデモが発生した。このようなデモは経済状況の悪化に対する人々の声であり、世界の傾向として格差や貧困問題に対する対策を求めていることがわかる。こうしたデモが発生している国から遠く離れた高所得国にとっても他人事ではない。高所得国も世界の格差や貧困といった問題を助長させるなど、間接的に影響を与えているが、やがてその影響を受けることにもなるのだ。
デモの規模
ここからは2019年に世界各地で発生した大規模なデモについて詳しくみてみよう。
まず、デモの参加人数と被害者数からデモの規模を比較する。気候変動の対策を求めるデモやアルジェリアのデモなどのように多くの場合、デモは長期にわたって複数回行われる。また、デモの参加人数も、主催者側の発表する人数が実際に参加した人数より多くなる場合も少なくない。したがって推定されるおおよその数になるが、この記事では各デモで最大規模とされるデモのおおよその参加人数を比較する。実際に比較してみると、2019年に発生したデモの中で最も規模が大きいものは気候変動の対策を求めるデモである。世界125カ国で発生し、9月の国連気候変動サミットの際に最大規模のデモが発生し、約400万人が参加したと言われている。次に規模が大きいものはアルジェリアのデモである。約300万人が参加した。3番目に参加者が多いデモは、香港のデモである。6月に行われたデモに最大で約200万人が参加したようだ。

香港のデモの様子(写真:Studio Incendo/Flickr [CC BY 2.0])
デモによる死者数や逮捕者数に注目すると、イランとイラクのデモによる被害が大きいとされる。イランで発生したデモでは約20万人が参加し、少なくとも7,000人が逮捕された。死者数も約1,500人とされている。イラクでは2,800人もの逮捕者を出し、669人が亡くなったとされる。
デモによって何を求めているのか
「何を求めているデモであるのか」という軸で2019年に起こったデモについて考えてみよう。ある1つの目的のために行うデモもあるが、最初は1つのことを要求していたがデモが発展するにつれて別のことを同時に求めるようになる場合もある。さらに同じデモの参加者であっても個人が要求していることは別々であるデモ活動もある。そのため要求内容を1つに絞ることは難しい場合も多く、複数の要求内容を含めて紹介していく場合もある。
経済状況の悪化や貧困、格差が背景にあり、生活必需品の値上げや生活の質の向上を求めるデモが複数の国で発生した。チリでは地下鉄の運賃の値上げをきっかけに、低賃金、生活必需品の値上げに対するデモが発生し、死者が出るほど大規模なものに発展した。同様に、エクアドルでも燃料補助金が廃止され、物価の上昇を引き起こしたことを受け、補助金の廃止に反対するデモが発生した。また、イラクでは失業への対策や公共サービスの充実を求めるとともに、政治家の汚職に反対する抗議活動も行われている。コロンビアでは失業率の悪化などからデモが発生し、政権の汚職に抗議したり、和平の内容を守るように求めるデモが続いた。フランスでも燃料に対する増税や年金制度の改革に反対を示すデモが続いた。

チリで行われたデモに出動する軍隊(写真:Dennis Jarvis/Flickr [CC BY-SA 2.0])
さらに貧困や格差が背景となり発生したデモでは、生活の質の向上を求めつつも、その要求に応えようとしない政府に対し辞任を求める場合もある。レバノンでは経済危機のなか、アプリケーションやガソリンなどに税金が課されたことを受けて抗議活動が行われるようになった。加えて、政治家の汚職問題に対する抗議も行われた。デモが進むにつれて、政策の変更とともに首相の辞任を求めるようになった。同様に、ハイチでは燃料不足や政治家の汚職が要因となり改善を求めるデモが発生し、徐々に大統領の辞任を求めるようになった。他にも、燃料の値上げに反対するイランのデモや物価の上昇に不満を持つエジプトのデモなどが発生し、その要求に応えない政府に対し辞任を求めるデモも起こっている。
さらに、アルジェリアやスーダンといった非民主国家では国の指導者の辞任を求めるとともに民主化を求める大規模な抗議活動が行われるようになった。
政策の変更、撤廃を求めるものもある。香港では、中国本土に犯罪容疑者を引き渡すことを可能にする逃亡犯条例の改正案の撤廃をめぐり大規模なデモが発生した。香港のみならず、他国でも政府の政策に対して反対や変更を求めるデモが続いた。インドでは市民権改正法案をめぐり抗議活動が起こった。隣国3国からの移民に市民権を与えるが、そのなかでもイスラム教徒には市民権を与えないという内容の法律であり、宗教差別が問題となり抗議活動に発展した。また、インドネシアでは汚職を取り締まる機関の権限を弱める法律に反対した市民による抗議が続いた。
環境問題に対する国境を超えるグローバルなデモ活動も多く行われた。「未来のための金曜日」ともいわれる、気候変動に対する対策を求めるデモがその代表的な事例である。2018年に始まったものであるが、2019年1年を通じて世界の125か国の都市で温暖化対策などを求めるデモ活動が行われた。

スーダンのオマル・バシル元大統領(写真:Al Jazeera English/Flickr [CC BY-SA 2.0])
デモによってもたらされた変化
次に、デモにより変化が生じたものについて紹介する。
デモを受けて国のトップが辞任することになった国がある。ボリビアでは大統領選挙における不正に抗議するデモが行われ、デモに連動した実質的なクーデターの末、エボ・モラレス大統領の辞任につながった。レバノンでも、汚職や生活必需品に課税を行う政策などに反対意思を示すデモが発生し、汚職や経済危機に至ったことを非難されたサード・ハリリ首相は辞任に追い込まれた。アルジェリアでは20年間大統領であったアブデラジズ・ブテフリカ大統領がデモにより大統領の座を降りた。しかし、その後も既存の政治体制が権力を握り続けたため民主化を求めるデモが続いた。スーダンでも30年間権力の座についていたオマル・バシル大統領の退陣を求めるデモが発生し、軍によるクーデターで大統領は失脚した。しかしその後、軍による政治体制が成立したため、民主化を求めるデモが続いた。
政策の変更につながったものとして、香港のデモが挙げられる。デモを受けて行政長官が辞任し、最終的には逃亡犯条例の改正案の撤廃につながった。さらに、チリではデモの拡大が原因となり、国連気候変動枠組条約第25回締結国会議(COP25)やアジア太平洋経済協力(APEC)の首脳会議のチリでの開催を取りやめることとなった。
デモの報道量
世界各地でデモが発生していた実情を見てきた。ではこのようなデモ活動は報道されてきたのだろうか。デモの様子や迫力は文字よりも映像の方が伝わりやすいため、本記事では映像を用いてニュースを伝えることができるテレビのニュースを分析した。2019年1月1日から12月31日の日本テレビ(以下日テレ)のニュースを分析し、デモの報道状況について調べた。国際ニュースの見出しにデモに関係するキーワード(※1)を含むもので、民衆が権力者に対して何かを求める、あるいは反対の意思表示をしているものを集計した。2019年の1年でデモに関するニュースは全部で223個あった。その中でもどのデモが報道されたのであろうか。以下の円グラフ(※2)からどの国や地域で発生したデモがどのくらい報道されたのかみてみよう。
報道の約7割にあたる159.5個のニュースが香港で発生したデモに関するものである。次にニュース数の多い韓国で起こったデモに関するニュースでさえ12個であり、香港で行われたデモに関するニュースの圧倒的な多さがわかる。韓国では、韓国に対し輸出管理の厳格化を行った日本に対する抗議活動が行われた。
なぜこれほど香港で発生したデモに関する報道が多かったのか。次の4つの理由が考えられる。1つ目は、このデモは香港と中国本土の問題に関するものであり、日本と香港・中国の関係が深いからである。地理的な近さに加え、貿易、旅行、安全保障の面などさまざまな観点において香港及び中国と深い関わりがあるからである。2つ目は、デモの期間が長かったことである。2019年2月に逃亡犯条例の改正案が提案され、3月から改正に反対するデモが発生し、6月に大規模デモに発展した。その後も12月に入ってからもデモが続いていたので報道が多くなったと考えられる。3つ目の理由として、規模が大きかったことが挙げられる。最大規模のものでおよそ200万人が参加した。デモ隊と警察の衝突により死者も発生している。4つ目の理由は、取材班がアクセスしやすかったことである。日テレは以前から中国や香港に支局があり、長期にわたる取材を行ってもコストを低く抑えることができるため香港デモの映像をとりやすく報道量の増加につながった。
報道量が香港に次いで多かった韓国やロシアも日本との関係が深いことが他のデモに比べて多く取り上げられた要因であろう。韓国では日本が輸出規制を厳格化したことに反対する抗議活動、ロシアでは北方領土をめぐる抗議活動や市議会選挙をめぐるデモなどが行われたため比較的報道が多くなされた。しかし、韓国やロシアについてはデモの時期が一時的でかつ小規模であったため報道が香港に比べると少なくなっている。
報道の偏りに対する問題点
香港、韓国、ロシア以外の国についてはどうだろうか。香港のデモが多く報道された4つの理由に当てはまるものもあるのではないか。気候変動の対策を求めるデモは、香港でのデモ以上に日本に関係のある出来事ともいえるが、ニュースになった回数はわずか7回(※3)であり、香港のデモに比べると報道量が圧倒的に少ない。日本も気候変動による悪影響を受けており、一方で気候変動を引き起こしている主要な加害国のひとつでもある。気候変動によって温暖化、異常気象の増加、そして大規模な森林火災が発生するなど日本を含む世界全体にすでに大きな変化をもたらしており、人類にとって危機的な現象である。日本でも東京で気候変動に関するデモ活動が行われている。このようなことを考慮すると、気候変動について大きく、実質的に関係していると言える。また、デモの期間についても2019年1年間にわたって世界各地で行われていた。さらに、デモの規模に関しても、気候変動の対策を求めるデモでは世界125カ国で行われており、およそ400万人が参加した世界最大規模の抗議活動とされる。

2011年にエジプトで行われた、ホスニー・ムバラク大統領に辞任を求めるデモ(写真:Jonathan Rashad/Wikipedia [CC BY 2.0])
長期政権打倒につながったスーダンのデモのニュースは2個、デモの参加者からみたデモの規模の大きさで世界2位であるアルジェリアのデモのニュースは0個となっている。アルジェリアやスーダンでは長期間にわたって権力を握っていた大統領が辞任に追い込まれ、その後も政治体制を根本から変え民主化を求める大規模なデモが長期にわたって続いた。「第2のアラブの春」といわれるほどの動きであった。2010年から2012年にかけて中東・アラブ諸国で発生した「アラブの春」は、4か国で独裁政権が倒され、日本を含め世界に大きな影響を与えた民主化の動きであった。しかし、2010年のアラブの春に関する日本での報道も反応が遅く、国によって報道されるかどうかの偏りが発生していた。今回のアルジェリアやスーダンで発生した出来事も「アラブの春」のような側面を持ち、外交上も世界に大きな影響を与える出来事であり、地域の平和やエネルギー資源などの面からも大きく関係する世界の大きな傾向をつかむためにも報道される意義があると言える。
また、貧困や格差に関するデモの報道もとても少ない。チリやエクアドル、ハイチ、コロンビア、レバノン、イランを中心に経済状況や貧困に対する不満からデモが世界中で相次いだ。こうした国での経済状況の悪化や貧困、格差の発生は、国内の問題のみならず不法資金流出やアンフェアトレードといった国際的な問題が大きな原因になっている。日本も影響を与えている世界規模の問題であり、やがて影響を受けることにもなるだろう。その問題の改善を求める民衆の声を世界各地の政府をはじめとした権力者に届けることがメディアの大きな役割ではないだろうか。
2019年には世界各地で様々なデモが行われてきたことを見てきた。それに対する報道には偏りのあるものであることも明らかだった。しかし、デモは権力を持つ人に対する市民の意思表示である。デモを起こし、その様子が報道されることで世界の傾向をつかむとともに、国境を越えて政府などの権力者にも人々の求める声を届けることが可能となる。世界を見渡しその動きを察知し、伝えることがメディアの大きな役割であると言えるだろう。
※1 「 デモ、ストライキ、ボイコット、暴動、衝突、集会、抗議、交通妨害(運行妨害)、反発、混乱、求める声、決起」のキーワードをニュースのタイトルに含むもの。
※2 デモの発生場所で国を分けた。グローバルの項目は国名を示していない世界各地で行われた気候変動のデモに関するものをカウントした。
※3 円グラフのグローバルの項目に含まれる5個のニュースと、イギリスのみで行われた気候変動に関するデモのニュース2個を合わせて、合計で7個とした。
ライター:Saki Takeuchi
グラフィック:Saki Takeuchi
日本の報道の偏りを痛感しました。
世界でデモが沢山起こっていることを報道しないからこそ、
日本人の政治に対する受け身な姿勢が形成されていっている側面もあるのではないかと感じました。
去年ニュースを読んでいたときに香港のデモに関するニュースが多いなぁと思ったのですが、やはり気のせいではなかったです。報道機関は気候変動デモに関する報道をもう少し増やしたいいのではなかったかと思いました。
グラフを見て改めて報道の偏りが大きいなと感じました。地理的に近い地域だけに焦点を当ててしまうのではなく、より本質的に日本とも関わってくるような出来事にも目を向けていく風潮があるといいなと思いました。
なんとなく香港のニュースが多いな、と感じてはいましたが、ここまでの偏りとは思いませんでした。地理的、歴史的な要因ばかりでなく、長期的な世界貢献の視点からもニュースが取り上げられるようになれば良いと思います。