2023年2月、イタリア当局は地中海上で移民・難民救助活動を行っていた、国境なき医師団(MSF)が運営する救助船を拘束し、罰金を科した。どうして救助を行っていた団体が取り締まられることになったのだろうか。
背景には多くの移民・難民が地中海を渡ってイタリアなどのヨーロッパを目指しており、ヨーロッパ各国はそれを阻止しようとしている現状がある。欧州連合(EU)諸国は流入してくる移民・難民に対してどのような対策をとっているのか。この記事ではEUの移民・難民対策とその問題について取り扱う。

地中海を渡る移民・難民(写真:Brainbitch / Flickr [CC BY-NC 2.0])
EUの移民・難民問題
ヨーロッパには近年、多くの移民・難民が流入してきている。2014年から2021年までの8年間で合計約230万人がヨーロッパに入り、ピーク時の2015年には100万人を超える移民・難民が国境を越えた。移民・難民は自国の様々な苦境から逃れるためにヨーロッパを目指す。貧困から逃れ、経済的機会を得たり家族に仕送りをしたりするために移動する人々は移民もしくは経済移民、経済難民などと呼ばれる。また、紛争や暴力、迫害から避難するために移動する人は難民と呼ばれる。複数の原因から移動をする場合もあり、これらの区分をはっきりと当てはめるのは難しい。ここでは彼らがどこからきて、どのように移動するのかを捉えていく。
まず、シリアからの難民が挙げられる。「アラブの春」と呼ばれる、2010年から2012年にかけて中東・北アフリカのアラブ諸国で起こった民主化運動を契機に2011年に始まった紛争から逃れるため、多くの国民が国内外への避難を開始した。難民の発生のピークはIS(イスラム国)と、国内外の様々な勢力との戦闘が最も激しかった2015年である。また、イラクやアフガニスタン、イエメンなどの中東・中央アジア諸国からも、紛争から逃れるために難民としてヨーロッパを目指す人も多い。
中東からの難民の多くは、トルコを経由してギリシャに入ったり、東ヨーロッパからEU諸国に入ったりしている。トルコとEUは2016年に移民・難民をEU域内に入境させない協定を結んだが、2020年にトルコは方針を転換し、ギリシャに数万人の難民が流入するようになった。東ヨーロッパの国々は中東からの流入を防ぐため、障壁を建設するなどの対策を取っていたが、2022年のウクライナからの難民に対しては積極的な受け入れを行なっている。
次にアフリカ内での移民・難民の移動を見ていく。 ナイジェリアやマリなどの西アフリカ地域では、紛争から逃れるために一般市民が難民として移動する。また、アフリカの角を含む東アフリカ地域からも移動がみられる。エリトリアでは徴兵制や政府の抑圧から逃れるため、ソマリアでは紛争から逃れるために国民が国内外へと避難している。その他に、経済危機や貧困から逃れるためにアフリカの多くの国から経済移民として移動する人も多い。
アフリカで発生する移民・難民の大半は近隣諸国に留まり、自国に帰れるのを待つが、一部はヨーロッパを目指してさらなる移動を続ける。この場合、サハラ砂漠を通る必要があるが、その道中は過酷を極めている(詳しくはこちらを参照)。西アフリカ地域の移民・難民の中には、モロッコやモロッコが占領する西サハラを経由してヨーロッパを目指す人もいる。彼らはモロッコと隣接する、スペインのアフリカにある飛び地を経由するため、モロッコが移民・難民の流出入を管理しているといえる。モロッコは、スペインなどの欧州諸国との関係が良い時は国境を厳しく管理しているが、関係が悪化すると国境の管理を緩め、移民・難民の越境を認めるようになる。すると、大量の移民・難民がヨーロッパに流入することになる。東アフリカからの移民・難民の多くはスーダンを経由し、リビアに集まると言われている。
リビアに集まった移民・難民の多くは地中海を渡り、もっとも近いイタリアなどのヨーロッパ諸国を目指す。アフリカから地中海を渡ってヨーロッパに入るまでの経路は厳しく、多くの人が海上で遭難するため、2014年から2021年までの8年間で約25,000人が命を落とす、または行方不明になったと言われている。それでもヨーロッパを目指す人は多く、2022年にも10万人以上が地中海を渡ったとされている。
では、なぜアフリカ諸国からヨーロッパに向かう移民・難民は、リビアに集まるのか。リビアはかつて、アフリカ内では比較的に経済的余裕があったため、アフリカ内の移民・難民の主要な目的地のひとつであった。しかし、「アラブの春」の流れの中で、2011年に長期独裁政権であったムアンマル・カダフィ氏の政権が崩壊したのち、リビアでは各地で紛争が勃発する不安定な情勢が続いている。中央政府が十分に機能していないため、移民や沿岸警備隊の管理が民兵などにも分散している。不十分な統治の抜け穴を利用することが可能であるため、移民・難民にとっては国境を越えてヨーロッパに渡るチャンスが増えたと言えるだろう。

モロッコとスペインの飛び地との間に設置されたフェンス(写真:fronterasur / Flickr [CC BY-NC 2.0])
しかし、国家としての国土管理がなされていないため、同時に危険も伴う。移民・難民の多くはリビアに到着してまもなく民兵や武装集団に逮捕されたり、誘拐されたりして、移民収容施設に拘留されるという。また、先述の通り地中海の航海は危険なため、ボートを出して移民・難民をヨーロッパに渡らせる代わりに高額の金銭を請求する密輸業者も存在している。業者は利益を増やすため、老朽化した小さな船に移民・難民を詰め込んで航海をすることが多い。それゆえ地中海上で多くの輸送船が転覆している。
EUの海上対策とリビアとの連携
ここからは、地中海を超えてアフリカから流入してくる移民・難民に対するEUの対策を追っていく。
人身売買や密輸業者の取り締まるため、地中海上での軍事作戦が行われてきた。EUは、2015年5月に地中海EU海軍部隊(EUNAVFOR MED)の設立を決定し、6月にはその最初のフェーズとして密輸と人身売買の監視と現状の評価を開始した。また、10月にはEUNAVFOR MEDの軍事作戦の第二フェーズとしてソフィア作戦が開始された。このソフィア作戦では実行手段を取れるようになり、疑わしい船への乗船捜査や押収が可能になった。
2020年になると、EUNAVFOR MEDによる軍事作戦を新たなフェーズに進め、イリニ作戦を始めた。イリニ作戦では地中海のパトロールを行うようになった。その監視データは国連や、EUの国境警備機関である欧州国境沿岸警備機関(Frontex)と共有されているという。

EUNAVFOR MEDの本部の様子(写真:Ministero Difesa / Flickr [CC BY-NC 2.0])
移民・難民船の捜索・救助と送還は主にリビアとの連携により行われてきた。EUは2016年から、リビアの沿岸警備隊の訓練を開始した。この訓練により海上での捜索救助能力の強化と、移民・難民をアフリカに押し戻せる体制を作ることを図った。2017年の2月には、EUはリビアとの連携強化を決定した。この決定では、金銭的、技術的支援を通じたリビアの沿岸警備隊の更なる強化や、移民受け入れ能力を確保することを目的としている。EUは2022年までに、アフリカに対する信託基金を通じて、リビアに4億5500万ユーロを支援してきた。その大半はリビアでの移民・国境管理の資金に充てられているという。また、Frontexが航空監視で得た航海の情報をリビアの沿岸警備隊に提供することで、沿岸警備隊による移民・難民船の捜索を支援している。沿岸警備隊は提供されたデータをもとに移民・難民の船の出航を察知、拿捕しているとされている。
これらの支援には、地中海の監視責任をリビアに譲渡し、EUが監視、救助責任を放棄しているとの批判もある。また、移民・難民の救助より、ヨーロッパに到着するのを防ぐことが優先されているとも考えられる。
リビアでの人権侵害被害
では、地中海を渡ろうとしてリビアに連れ戻される移民・難民はどうなるのか。多くの移民・難民に対する、リビアでの人権侵害被害が報告されている。リビアの沿岸警備隊はEUから支援を受け、2017年から2021年までの5年間で約8万人の移民・難民を地中海上で捕らえ、リビアに強制送還した。送還された人の多くは警備隊に持ち物や財産を搾取されたのち、リビアの不法移民対策局(DCIM)が管轄する収容施設や、民兵集団が運営する拘留所に収容されるという。
国際人権NGOのアムネスティ・インターナショナルが2021年に発表した報告書によると、収容された移民・難民の多く収容施設を出るために多額の身代金を要求されたり、強制労働をさせられたりしているという。また、収容施設の内部でも拷問や性的暴力、虐待等の被害が報告された。EUからの金銭的支援を目的としており、移民・難民への待遇の改善には消極的なため、まともな食料を与えなかったり、被収容者を射殺したりしたDCIMの収容施設も存在しているとされている。
このようなリビアでの移民・難民に対する人権侵害を、国際刑事裁判所(ICC)は2022年9月に、「人道に対する罪と戦争犯罪に該当する可能性がある」と判断した。しかし、EUは移民・難民の人権侵害被害の証拠を確認しながらも、リビアへの強制送還を促す政策を変えずに、支援を続けている。人権団体のヒューマン・ライツ・ウォッチは、「人権侵害を知った上でのリビアの沿岸警備隊への支援は、イタリアやEU諸国がこのような犯罪に加担しているということだ」と非難している。

リビアの沿岸警備隊の活動(写真:Brainbitch / Flickr [CC BY-NC 2.0])
EU内での対策のずれ
ここまでEU全体としての対策を見てきたが、EU各国では対策にずれが生じる場合もある。イタリアやギリシャなどの移民・難民の到着地となる国は、EU内での負担の分担を強く主張してきた。
そんな中で地中海での救助活動でも各国政府の足並みが揃わなくなっている。EUの救助活動が不十分であるため、地中海上で救助活動を行うNGOが存在しているが、その人道支援機関等の活動を阻止している国もある。というのも、民間の救助船の活動によりEUへの流入が成立し、それが移民・難民の渡航を促していると非難しているからである。イタリアは移民・難民の流入が増えると自国の負担が増えるため、救助船に強硬的な態度をとっており、2019年に民間の移民救助船のドイツ人船長を逮捕した。ギリシャでも同様に強硬な態度が見られ、ギリシャ沖で移民救出を行なったNGOの救助隊員が2018年に逮捕され、2023年に裁判が始まっている。
EUの国境管理強化
次に、EUの国境管理政策を見ていく。EU諸国を中心に、協定によりシェンゲン圏という出入国管理を不要とする領域を形成している。それゆえ、シェンゲン圏外の国との国境での入国管理が重要視される。EUの国境管理は国境警備を行うFrontexと、情報システムの管理を行う自由・安全・公正領域の大規模ITシステム運用管理のための欧州機関(eu-LISA)の2つの機関が主に担ってきた。
Frontexは2004年に設立され、EUの国境を監視、警備を行なってきた。2016年10月に権限が拡大、強化され、独自で国境管理活動を行なったり、独自の装備を購入、配備したりすることが可能になった。そのため、より迅速な管理業務が行えるようになっている。2021年には民間企業と契約を結び、無人ドローンを使った航空監視を開始している。

Frontexに抗議し、難民の歓迎を主張する人々(写真:Rasande Tyskar / Flickr [CC BY-NC 2.0])
一方、eu-LISAは移民管理や国境管理のために2012年に運用が開始され、2018年に権限強化が採択された。eu-LISAは移民管理や国境管理に関する情報システムを開発、管理し、加盟国の関係機関に提供している。加盟国の関係機関は提供された情報をもとに入国者の身元確認や犯罪捜査を行う。具体的には、EUは2016年に国境管理を効率化するためのヨーロッパ旅行情報認証システム(ETIAS)を導入し、ヨーロッパへの入国要件として情報入力を求めている。また、国境での入国審査を行う際に各国の当局が情報を入力するシェンゲン情報システム(SIS)も導入している。これらのシステムの開発、運営を行い、外国からシェンゲン域内に入る人を管理しているのがeu-LISAである。EUは2023年から非EU諸国民の入国の際に生体認証登録の導入も検討しており、さらなる個人の管理を進めている。
しかし、移民・難民の動きを技術で察知し、強制送還させるといった一元的な対処方法は、移民・難民に寄り添った対策とは言えないだろう。本来、紛争や人権侵害から逃れてやってきた人に対し、個別に聞き取りなどを行い、難民として保護を行うか否かを判断する義務を負う。しかし、EUの国境管理政策はそれを行う体制を強化することより、技術を用いてEU国境に近づかせないことを優先しているように考えられる。
また、EUはリビアを含む複数のアフリカの国に、難民審査を行うための施設を作る提案を検討してきている。EUは、ヨーロッパでの保護が必要かどうかの判断を渡航前に行うことで、地中海を渡る危険な航海に出るインセンティブを減らすための提案だと主張している。この提案は、まるでEUの国境をアフリカに移すかのようなものであり、アフリカ諸国や国連から批判されている。
国境産業複合体
EUが移民・難民に対する対策をとるなかで、国境管理を担ってきた機関の権限及び予算が強化されている。Frontexとeu-LISAはともに単独で国境管理業務を行なっているわけではなく、主に技術開発の面では民間業者にも委託している。それゆえ、一部の民間企業がEU機関による支出増加の受益者となっている。2014年から2020年までの間にFrontexは4億3,400万ユーロ、eu-LISAは15億ユーロをそれぞれ民間企業との契約に費やした。
Frontexの高額契約の多くは航空監視に関連しており、2014年から2020年までの期間に1億ユーロ以上を費やしたという。地中海上で移民・難民を乗せた船を無人のドローンで監視するために多額の契約を締結しており、ヨーロッパの防衛航空宇宙産業のコングロマリットであるエアバス(Airbus)と、イスラエルの武器会社であるエルビット・システムズ(Elbit Systems)にそれぞれ5,000万ユーロ支出している。この航空監視への支出は、リビアの沿岸警備隊に情報を提供し、移民・難民をリビアに戻すための投資とも言える。

地中海沿岸の衛星写真(写真:NASA Johnson / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
eu-LISAの高額契約は新しい生体認証照合システムに関連していた。出入国システムに生体認証登録を追加するために、eu-LISAは民間企業に3億ユーロの支出をしている。eu-LISAが関与する、ITシステムに関する契約は数が少ない分契約の規模が大きくなることが多い。それゆえ、巨大なテクノロジー企業による寡占が起きているとの指摘がある。また、寡占状態にあるため、データベースの更新、拡張の際にシステムを開発した企業とさらなる契約を結ぶことが多くなる。こうして一部の企業に複数の契約と多額の金銭が提供されている。
Frontexとeu-LISAの活動により、EU国境のデータ化が進んでいるとの指摘もある。EU機関は国境をデータとして管理しようとしているが、技術面で民間企業に依存している。また、EU機関と民間企業の連携が強まっており、国境産業複合体が形成されているとも言われている。つまり、移民・難民対策のためにEU機関が多額の支出をするようになり、技術提供を行う軍事、安全保障分野や、テクノロジー分野に大きな利益をあげる機会を提供している。
根本的原因への対策は?
ここまで移民・難民の流入に対するEUの対策を見てきたが、根本的な原因への対策はなされているのだろうか。移民・難民がヨーロッパを目指そうとするのは紛争や抑圧、極度の貧困から逃れようとするためである。これらの問題が解消されない限り、多くの人はヨーロッパに渡ろうとし続けるだろう。
EU諸国は、普段からアフリカにある程度の支援をしてきていた。しかし、移民・難民の増加を受けてこの問題に特化した支援も行い始めた。2015年に行われたEUとアフリカ諸国の首脳会談であるバレッタ・サミットでは、移民・難民問題の解決に向け行動計画を共同で発表した。計画の内容は移民・難民の発生の根本的原因への対処、正規移住の促進、移民・難民への保護強化、人身売買への対処、送還と再定住の協力の5点である。また、この会議を受けてEUはアフリカに対する緊急信託基金を設立した。この基金はアフリカ諸国の不安定な情勢を改善することにより、移民・難民が危険を犯してヨーロッパを目指さなくてよくなるようにすることを目的としている。
しかし、これらの支援は、難民が発生する原因である武力紛争をとめることができない。また、アフリカの貧困問題やヨーロッパとの大きな経済格差は「支援」だけでは解決されない。格差の背景には、アンフェアトレードや不法資本流出、債務問題などの世界経済の構造的な問題が大きく関わっている(詳しくはこちらを参照)。問題の解決にはアフリカへの支援ではなく、よりフェアな貿易ルールの制定が求められる。
また、この記事で見てきたEUの対策も、どれもEU域内への移民・難民の流入を食い止め、アフリカに送還することを重視しており、問題の根本的な解決を目指しているとは言い難い。今後、EUが根本的な対策に力を入れ、この問題が解決されることに期待したい。
ライター:Haruka Gonno
グラフィック:Hinako Hosokawa