2019年6月29日、カタールの首都ドーハにて、アフガニスタン戦争の終結に向けた和平交渉が開始された。この戦争の主要アクターは政府軍と反政府武装勢力「タリバン」。しかし、今回タリバンの交渉相手は、アフガニスタン政府ではなくアメリカ政府だ。アメリカ政府と対等に話し合うタリバンとはどのような組織なのだろうのか。2001年にアメリカが率いる連合軍がアフガニスタンに侵攻して以降、一時期消滅したかのように思われたタリバンだが、実際はそうではなかった。今回の記事ではタリバンの復活に焦点を当て、アフガニスタンの状況を見ていきたい。

「タリバン」の人々 (写真:Aslan Media/Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
そもそもタリバンとは?
1979年から1989年まで続いたソ連軍の侵攻(※1)が終わり、軍が撤退した後のアフガニスタン国内では支配権をめぐって武力衝突が頻発していた。そのさなかの1994年にパキスタンとアフガニスタンの国境でタリバンは組織された。厳格なシャーリア法(※2)の適応によって、武力紛争に疲弊した国土・人々の立て直しを訴えた武装勢力だった。「タリバン」とはアラビア語で「神学生」を意味しており、これはイスラム神学校の生徒によって構成されていたことに由来する。その後は、国内少数民族の武装勢力を中心に次々と下して、最終的には首都カブールを制圧、1996年には「アフガニスタン・イスラム首長国」の樹立を宣言した。これほどまでに勢いを増した背景には、パキスタン軍部の支援があったとされている。その後も着実に勢力範囲を拡大し、1997年には国際テロ組織アルカイダ(※3)の初代リーダーのオサマ・ビン・ラディンらを保護下に入れている。しかし2001年9月米国同時多発テロ事件の際に、実行の中心的存在とされたビン・ラディンの身柄引き渡しについて、無条件の引き渡し(※4)を拒否したところ、同年10月からアメリカとその同盟国がアフガニスタンへの攻撃を開始した。連合軍による激闘の末に「タリバン」政権は、同年12月に最後の拠点であるカンダハールを放棄して崩壊した。
たしかにタリバン政権は一時崩壊した。しかしその後、アフガニスタンは新政府の下で安定するどころか、タリバンが復活してしだいに勢力を拡大し、現在では全国の地区の12%を掌握している、もしくは勢力圏内に入れるに至っており、さらに34%は政府との間で争われている。タリバンの存在感は世界一を誇る軍事大国アメリカを17年間苦しめるほどである。タリバンの復活と拡大、これらの成功要因はどこにあるのだろうか。ハード面とソフト面の両面からみていきたい。
軍事・体制の要素
まずは軍事的拡大に注目したい。アメリカの介入後、米兵が本土に駐在していることもあり、行き場をなくしたタリバンは安全な避難地としてパキスタンに身を寄せていた。しかし、2002年にはタリバン勢力は武装活動を再開し、徐々にアフガニスタン東部から南部にかけて勢力を拡大させていった。活動地域を拡大させることができた背景は以下の3点があったと考えらえる。まずは、膨大な資金援助によって政府軍が本来の仕事よりも自身の利益を優先するといった腐敗状態に陥ったため、外部からの侵攻が比較的容易になっていたこと。次に、2014年のNATO軍撤退によってアフガニスタンにいる外国軍の数が減少することでタリバンが相対的に強くなったこと。そして最後に、タリバンから独立した最有力一派とされる反政府武装勢力組織ハッカニ・ネットワーク(Haqquani Network)との同盟関係を強化したことである。石油を扱うアラブ系人々との繋がりからの資金が潤沢な上に、軍事的にも非常に優れた集団である同集団は、国内の支持基盤拡大を重要視するタリバンにとって、有力な協力者となった。

墓地に立つタリバン民兵 (写真:Gerard Van der Leun / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
軍事力と同様に、持続的な活動を維持するために欠かせないのが活動資金だろう。タリバンの年間収入は15億米ドルに達するとも言われ、これらの資金は、外国からの資金調達、鉱物販売、徴税からも調達される。しかし最大の資金源はケシから作られるアヘンおよびヘロイン(※5)の生産と密輸である。実は、アフガニスタンは世界全体の80%ものアヘンやヘロインを生産しており、それによって年間30億米ドルの収入を得ているとされている。ケシは安価で栽培が容易な上に売値が高いことから、荒廃した戦闘地域に適した産業だ。さらに、アフガニスタンは特に栽培に適した土壌だったこともあり、現在では国内で生産された農作物の大多数を占めるほどの重要産業となっている。タリバンは長年、支配地域のケシ農家から利益の約20%にあたる徴税を行ってきたが、最近では、自らの研究所及び工場を持つ動きが見られる。モルヒネやヘロインへと加工する方が、徴税よりも大きな利益が得られるためだ。
ここで注目したいのは、タリバンにとってケシ栽培奨励行為は、資金源の確保であると同時に、支持基盤拡大行為でもあったということだ。ケシ栽培を根絶しようと働きかけるアフガニスタン政府やアメリカ軍とは異なって、現地住民から好意的に受け入れられた。なぜなら、タリバンは地元農家からすると、生活基盤を守ってくれた勢力とみなされたからであった。

ケシ畑に立つアメリカ兵 (写真:Cpl. John M. McCall, U.S. Marine Corps / Wikimedia Commons)
司法制度でもタリバンは住民の支持を得ている。国家や州による公的な裁判は、汚職が横行して不透明なうえに時間がかかる。西洋の制度をそのまま導入している点も地域との不和を起こす原因の一つとも考えられる。他方、タリバンによる裁判は、主観的なコーランの解釈によって残忍な処罰を下す場合もあるが、それ以上に「迅速かつ公正」だとして信頼をよせる住人も少なくない。政府の場合は1千米ドル以上の費用を弁護士に支払っていたにも関わらず解決策は提示されないままだったことが多い一方で、タリバンは数日以内に賄賂や手数料なしに問題解決が図られたなどの例が尽きない。国土の大部分がタリバンの統治下にあることも相まって、タリバンによる裁判制度に従う国民は多い。
悪印象の改善
かつてアフガニスタンを治めたタリバン政府は、女性の抑圧があまりに厳しすぎるとして悪名高かった。では政権が崩壊した後に、評価はどのように変化したのだろうか。タリバン統治下時代のアフガニスタンでは、女子教育および女性による労働が禁止されていた。しかし、タリバン政権が崩壊した2001年以降、アフガニスタン全体の制約が徐々に緩和し女性の社会進出が進み、タリバンの女性に対する考え方も比較的穏やかになったとされる。現在では数百万人の女生徒が学校で学び、屋外で働く女性もいる。近年では、シャーリア法の厳格な解釈の範囲内で、女性の権利を保障すると示唆した発言もなされている。ある意味でこれらの動きは民衆の支持を得るためのタリバンによる戦略だともとれる。

カンダハール州にて連合軍の航空機を見上げる少女 (写真:DVIDSHUB / Flickr [CC BY 2.0 ])
さらに、国内での支持基盤拡大にとどまらず、国外に対する外交活動も盛んだ。この動きは、閉鎖的で国際的に孤立していたタリバン政権掌握時の外交とは完全に異なる。タリバンはカタールに外交用の政治事務所を設置し、アシュラフ・ガニ大統領が行っている反テロ対策に対抗して、ロシア、中国、イラン、そして中央アジアや中東の国々へと存在をアピールすることで外交関係を強化している。そう考えると冒頭で紹介したアメリカとの交渉も、外交活動の一環ともとれる。しかし一方で、国内の重要アクターである中央政府に対しては、アメリカの操り人形とみなしていることから、直接交渉することを拒否している。そのため、回りくどいようだがアメリカとの和平交渉を進めているのだろう。
和平合意は達成される?
以上で見てきた通り、タリバンは一時政権を握るほどの勢力をふるったが後に急速に減退し、その後再び復活するという経緯をたどって今に至る。そして現在ではアフガニスタンの政局をも揺らがす重要なアクターとして中央政府と肩を並べている。近日話題に上るのがアメリカとの和平交渉であり、これからタリバンがいかにしてアフガニスタンの政局に関わっていくかが注目される。駐留米軍の撤退を条件にテロ対策や停戦への対策をとるとしているが、話し合いは難航している。果たして、これからタリバンはどのような立ち位置でアフガニスタンの政局に関わっていくのか、関心が高まる。

座ってこちらを見つめる親子 (写真:ArmyAmber / Pixabay)
※1 アフガニスタン侵攻:アフガニスタン内の紛争に乗じて1979年末から開始されたソ連軍による侵攻。ソ連としては、アフガニスタンがアメリカを中心とした資本主義陣営に取り込まれないようにする狙いがあった。政治体制の改革運動であるペレストロイカがソビエト連邦で開始した後の1988~89年にかけて軍は撤退。
※2 シャーリア法:イスラム教の聖典であるコーランに記された内容を基本として、学者たちの解釈を加えて作り上げられた法体系のこと。信仰や儀礼の方法や、国家の行政や家族、商取引など日常生活に関わるあらゆる分野の規範となっている。
※3 アルカイダ(Al-Qaeda):国際テロリズム支援組織。「アルカイダ」は「拠点」の意。1998年のケニアとタンザニアでのアメリカ大使館同時爆破事件や2001年のアメリカ同時多発テロにて中心的な役割を果たしたとされる。一時期スーダンに拠点を移したが、1996年からはタリバン支配下のアフガニスタンに戻る。タリバンは土着の組織であるという点で、国際ネットワーク組織であるアルカイダとは大きく異なる。
※4 ビン・ラディンが同事件への関与を証明する証拠が提示されれば、引き渡す用意があるとタリバンは表明したが、アメリカはこれを拒否し無条件での引き渡しを求めた。
※5 ケシ、アヘン、ヘロイン、モルヒネの関係:一般的には、ケシの実から採取された果汁を乾燥させたものがアヘンとされ、アヘンを抽出・精製するとより純度の高いモルヒネやヘロインとなる。アヘンに比べてモルヒネやヘロインの方が高値が付く。
訂正:タリバンによる掌握もしくは勢力圏内に入れている地域の割合に関する記載について誤りがありましたので、訂正しています。(2019/12/17)
ライター:Yuka Ikeda
グラフィック:Saki Takeuchi
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「現在では全国の地区の46.2%を掌握している、もしくは勢力圏内に入れるに至っている」の根拠が分かりません。例えばP72の図を見ましたが「掌握している、もしくは勢力圏内に入れるに至っている」のは3+9=12%にすぎません。Contestの34%を加算するのはオカシイと思います。
ご指摘いただきありがとうございます。ご指摘の件につきましては、確認の結果、誤りが見受けられましたので、訂正しております。