民主主義社会において、報道は、権力や富が集中する政府や企業を監視したり、弱者を代弁したりする役割を担うべきだとされている。報道関係者を対象に行われた過去の調査によると、日本のジャーナリストもこうした報道の役割を意識しており、その役割をある程度果たせていると考えている。
しかし、日本の国際報道に関して言えば、日本の主要報道機関による報道内容に鑑みると、冒頭の報道機関の在るべき姿からは程遠いと言わざるを得ない。まず、国際報道の対象となるのは主に政治・経済のエリートである。また、外交問題を伴う刑事事件、環境問題、国際協力といったトピックを扱う報道に関しては、日本政府やアメリカ政府が注目してから報道機関が注目し始め、事象の捉え方において当該政府の立場を復唱する傾向がある。世界で深刻化する貧困や拡大する格差を話題にする報道が極めて少ない。また、国外での腐敗疑惑や搾取など、日本企業にとっての都合の悪い情報は取り上げられず、国連の持続可能な開発目標(SDGs)の名目で行う活動など、企業が世界問題の解消に貢献している姿勢が強調されるという傾向もみられる。
戦争報道においても、エリートの関心が集まるロシア・ウクライナやイスラエル・パレスチナが連日絶え間なく報じられ、報道の中で死者数も強調されるが、死者においてこれら2つの戦争を上回るイエメンやコンゴ民主共和国での戦争の実態はおろか、同諸国の存在すら言及されることはほとんどない。
報道の理想と現実とのギャップは、なぜ生じるのだろうか。本記事では、その解明に役立つ「プロパガンダ・モデル」という概念を紹介しながら、探る。

日印の首相による記者会見、日本東京(写真:MEAphotogallery / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0 DEED])
プロパガンダ・モデルとは?
日本の国際報道における課題を理解するのに、エドワード・S・ハーマンとノーム・チョムスキーが共著した1988年の書籍『マニュファクチャリング・コンセント:マスメディアの政治経済学』(和訳有り)が手掛かりとなる。冷戦中のアメリカを題材にした書籍であり、「同意の捏造(マニュファクチャリング・コンセント)」とも解釈される。同書の内容は次のとおりである。アメリカでは、言論の自由や報道の自由が憲法で保障されており、明白な検閲によって言論や報道が抑圧されたり、報道内容が強要されたりはしない「はず」である。それにもかかわらず、主要報道機関は、揃って政治や経済のエリートの問題意識や意向を追うように、エリートが問題視する問題ばかりに注目し、報道においてその見解を復唱する傾向にある。また、エリートにとっての都合の悪い情報や異論の多くは、排除される。つまり、アメリカの主要報道機関は、政府や大手企業などにとっての都合の良い情報環境を構築しており、政府や企業のプロパガンダを普及させる役割を果たしている(つまり、プロパガンダ・モデル)、というのがハーマン氏とチョムスキー氏の主張である。
報道において、この「同意の捏造」という現象がなぜ生じるのかを説明するために、ハーマン氏とチョムスキー氏は「プロパガンダ・モデル」と呼ばれる仕組みを提示する。このモデルでは、報道活動において5つの「フィルター」が存在し、これらのフィルターを通して情報の取捨選択が行われているという。(1)第1のフィルターが、マスメディアの規模、所有者、利益志向、(2)第2のフィルターが、広告という営業認可装置、(3)第3のフィルターがマスメディアの情報源、(4)第4のフィルターが、「集中砲火」とその仕掛け人、(5)第5のフィルターが、制御メカニズムとしての反共思想、である。
各フィルターの内容を簡単にまとめると、次のとおりである。(1)、(2)報道活動には資本金や運営資金が必要であり、これを確保し続けるために、報道の内容は、報道機関のオーナー、株主、スポンサー企業など経済エリートの影響を受ける。(3)報道機関にとって政治・経済エリートが主要な情報源となるため、報道機関がその影響を受けたり、情報源を確保し続けるための忖度もする。(4)エリートは、自分たちの見解から「逸脱」したとみなされる報道に対して、規制を実施またはほのめかすこともでき、また、その他の影響力のある組織や個人が報道機関に批判をあびせることもある。(5)共通の敵の存在や社会に浸透しているイデオロギーも報道に影響をする。これらの仕組みを見渡すと、「同意の捏造」という報道における現象は、エリートによるコントロール、検閲、強制、陰謀などが要因となっているとは言えない。運営資金・情報源をエリートに頼っているという報道機関の立場や、政治・経済のエリートと報道機関の経営者の利害が一致していることから生じる。
同書ではプロパガンダ・モデルが外交問題に当てはめられている。例えば、他国での戦争をめぐる報道において、その犠牲者が敵国の攻撃によるものか、自国あるいは同志国によるものかによって、報じ方が変わるという。敵国の攻撃であれば、犠牲者は同情に値する「価値のある犠牲者」として大きく取り上げられるが、自国あるいは同志国の攻撃であれば、敵国の犠牲者は同情に値せず、犠牲になっていることが報じられることもほとんどない。
同書は、発売当初の1988年以降、世界各地で注目されるようになり、報道のあり方に関する考え方に影響を与えた。しかし、出版されてからすでに30年以上経過している。その間、冷戦が終焉し、技術が発展し、インターネットやSNSが社会に急速に普及した。同書が示したプロパガンダ・モデルは、国際情勢も情報環境も大きく変わった現在にも当てはまるのだろうか。実は、このプロパガンダ・モデルは現在も幅広く適応されており、北米、中南米、西欧などの多くの国に当てはめる書籍が、2018年に発刊されている。

NHKスタジオ、日本広島市(写真:THINK Global School / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0 DEED])
では、このプロパガンダ・モデルは日本における国際報道にも当てはまるのだろうか。以下で、プロパガンダ・モデルであげられている5つのフィルターの表現を単純化し、第1のフィルター:企業としての報道機関、第2のフィルター:広告、第3のフィルター:情報源、第4のフィルター:「集中砲火」、第5のフィルター:共通の敵・イデオロギー、と区分し、検討していく。
第1のフィルター:企業としての報道機関
報道の自由が憲法で保障されている他の民主主義国家と同じように、日本では報道活動は巨大な複合企業(メディア・コングロマリット)が担い手の中心となっている。インターネットやSNSの普及などに伴い、ニュースメディアのビジネスモデルが近年損なわれつつある側面があるものの、テレビニュースや活字メディアを扱うメディア・コングロマリットの事業および資本の規模が未だに大きい。また、受信料で成り立っている公共放送であるNHKを除き、大手報道機関はすべて株式会社である。株が公開取引されている報道機関もある。
報道機関の運営からも、各報道機関のエリート企業としてのアイデンティティが垣間見える。例えば、これらの企業の多くは報道以外の業界でも経済活動を行っている。例えば、読売新聞グループは野球チームや遊園地の運営もしており、一方朝日新聞社は不動産・ビル管理や通販も行っている。それ以外にも、政府が主催した2020年東京オリンピックでは、多くの報道機関が報道活動を超え、イベントのパートナーやスポンサーとなった。この立場が報道にも影響があったと示唆する専門家の分析もある。
運営トップの人事からも、エリートとの距離が窺える。報道機関の役員の多くは報道業界出身だが、経営の助言などのために社外取締役を設けている機関もある。例えば、朝日放送グループホールディングスにはガスや文房具・事務機器の大手企業などから社外取締役を置く。また、報道業界の領域を超える役員もいる。例えば、渡辺恒雄・読売新聞グループ本社会長(元)は、2007年の自民党・民主党の大連立構想などの政局に関与したとされている。
それぞれの報道機関には、「番犬役」と言われる報道の使命感を持つ報道関係者が多く所属しているかもしれない。しかし、メディア・コングロマリットの一環であること、利益志向で動いていることも少なからず報道のアウトプットに影響を及ぼしているとは考えられる。

読売放送局、日本大阪市(写真:Mc681 / Wikimedia [CC BY-SA 4.0 DEED])
第2のフィルター:広告
2021年にインターネット広告費がテレビや新聞での広告費を上回るようになったが、従来型の報道機関にとって、広告は現在も重要な収入源となっている。例えば、広告は新聞の販売などを含む全収入源の約20%となっており、紙面の約30%を占める。
そうした中、報道機関が広告収入を失うことを恐れ、スポンサーにとって都合の悪い情報を報じないというインセンティブが働きやすくなる。しかし、このようなスポンサーからの見えない圧力がどれほど存在するか、そして報道機関がそのような圧力に屈しているのかに関する証拠は掴みづらい。それにもかかわらず、日本の国際報道において、スポンサーにとって都合の悪いと思われる情報が扱われないという事例は数多く存在する。
例えば、近年、アメリカ政府が気候変動対策の一環で、電気自動車の普及を推し進めようとしている。このような政策を阻止しようと、トヨタ自動車がアメリカ政府とその関係者に積極的に働きかけをしていると、2021年7月にニューヨーク・タイムズ紙が報じた。同紙は、トヨタ自動車が電気自動車の開発において他の自動車メーカーより遅れをとっているためだとした。同記事がきっかけとなり、他の米メディアもトヨタ自動車の働きかけに注目したが、日本の大手メディアは報じなかった。朝日新聞、読売新聞などは、同時期に国際報道の中でトヨタ自動車を取り上げたが、いずれも販売が好調であるといったポジティブな見方を示す報道内容だった。トヨタ自動車は、普段から、日本企業の中で広告宣伝費1位に上るほどメディアに多くの広告を提供してきている。
その他にも、他国のメディアは複数の日本企業が関与したとされる国外での人権、腐敗、環境関連の問題を報じるが、一方、日本の報道機関がこれらの報道に非常に消極的だという傾向も確認できた。また、新型コロナウイルスの世界的蔓延など保健医療問題において、医薬品業界に対して数々の問題が指摘されてきたが、医薬品業界の問題に関する報道が極めて少ない。アルコールやたばこが世界各地で引き起こす問題についても、ほとんど報道されない。ちなみに、医薬品、アルコール飲料、たばこ関連のメーカーのいずれも、日本では広告宣伝費ランキングの上位に入る。
先述の通り、これらの業界における問題を指摘しようとしないメディアと関連企業の広告提供との因果関係は簡単には証明できない。また、以下で紹介するナショナリズムなどのイデオロギーなど、他の要因が影響している可能性も否定できない。それにもかかわらず、報道の対象になりうる企業が報道機関の収入源にもなっているという仕組みから、報道機関への影響があるという推測も否定できない。

ネオン広告が並ぶ渋谷、日本(写真:Richard Schneider / Flickr [CC BY-NC 2.0 DEED])
第3のフィルター:情報源
日本の国際報道にみられるエリート志向の傾向は、報道の対象となる主体の傾向からもみてとれる。GNVの調査(2015年〜2020年)では、国際報道の約57%では、国内外の中央政府や国際機関が報道の対象となる主体となっていた。地方政府など中央に限らない政府関係者や企業を含むと、67%にも上る。この傾向は情報源とも関係している。つまり、報道番組のゲストの所属や、報道で引用される有識者の見解の発信源でみても、政府関係者などが中心となっている。
例えば、日本テレビの深層ニュースの3ヶ月分(2023年8月〜10月)の番組にゲスト出演した延べ105人の現在及び出演者の過去の所属を分類してみると、54%は現役、もしくは元の政府関係者である。この期間中はロシア・ウクライナやイスラエル・パレスチナでの戦争が、番組の内容を独占していたこともあり、特に自衛隊関係者が多く含まれた。
新聞報道からも、類似の傾向がみられる。例えば、2023年4月にスーダンの首都ハルツームで勃発した武力紛争に関する報道をあげることができる。GNVでは、朝日新聞において、スーダンでの紛争関連報道が初めてみられた4月16日から同月29日の2週間分の関連記事を調査し、記事に登場する取材対象者の主張や発言などの、直接的、または間接的な引用回数(計119回)を分類した。引用の87%が政府または国連の関係者ということが明らかになった。また、関連記事の大半は、スーダンでの紛争そのものに関する内容ではなく、スーダンからの日本人の退避状況など、日本人に関連のある内容であった。結果、同調査期間中の関連記事における取材対象者の引用の30%が日本政府の関係者によるものであり、その他にアメリカ政府(18%)、国連関係者(13%)となった。記者が現地入りしなかったことに関係してか、スーダン政府(8%)、スーダンの反政府勢力(4%)、犠牲者となるスーダンの国民(1%)による主張や発言は、合わせて引用の13%に過ぎなかった。
このように、日本の国際報道においては、日本政府とその関係者が最も重要な情報源として扱われていることは明らかである。政府からの情報源に頼ることは、報道機関が労力とコストをかけることなく、アクセスしやすいが一方で、様々な問題を伴う。まず、ある事象の報道価値や報じ方に関する判断を政府に委ね、政府の問題意識や意向に寄り添う状態を作りかねない。また、報道機関が、政府の発信するプロパガンダや偽情報を問題として追求せずにそのまま復唱することで、プロパガンダや偽情報を普及させてしまう危険性も高まる。さらに、報道機関が、情報源が絶たれることを恐れ、国家権力の政策や姿勢に対して異論を唱えにくくなる危険も孕んでいる。

北朝鮮について記者に話す日本国連大使、国連本部(写真:United Nations Photo / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0 DEED])
第4のフィルター:「集中砲火」
国家権力や大手企業などのエリートに対して報道機関が批判的な姿勢を示すと、エリートなどがそれを抑えようと、報道機関に対していわゆる「集中砲火」を始める。その手法は多岐にわたる。国家権力やその関係者は、報道機関に対し放送ライセンスを剥奪することをはじめ、報道機関の規制をしたり、あるいは規制する意向をほのめかしたりすることができる。また、国家権力やその関係者はスポンサー企業やビッグテック企業に圧力をかけ、報道活動や報道の配信を妨げることもできる。政府関係者に限らず、シンクタンクや研究機関の関係者をはじめ、SNS上で影響力のある個人も、「逸脱」したとみなされる報道機関に「集中砲火」をあびせることも多々ある。シンクタンクや研究機関の関係者やインフルエンサーも政府に近い場合もある。
国際問題において、日本の報道機関は、自国政府や企業を批判することが必ずしも多くない。しかし、安全保障関連などの外交政策や国内の政策に対しては批判を強め、エリートの「集中砲火」をあびることがある。例えば、放送における「政治的公平」をめぐり、当時総理補佐官であった礒崎陽輔氏が2015年3月に総務省幹部らに対して「けしからん番組は取り締まるスタンスを示す必要があるだろう」と働きかけていたことが2023年3月に明らかになった。また、同年に開催された与党自民党の若手・中堅議員の勉強会では「マスコミを懲らしめるには広告収入がなくなることが一番だ」や「沖縄の2つの新聞はつぶさないといけない」といった発言が参加した政治家からあった。こうした報道機関に対する「取り締まり」についての政府関係者の発言が、報道機関に対する萎縮効果を引き起こしたという見解もある。
一般に、政府は、間接的にも報道機関に対して「取り締まり」を行うことも可能である。報道の社会への普及においてSNSのプラットフォーム企業が大きな役割を担うようになったが、政府はこれらのプラットフォーム企業に圧力をかけ、その配信を制限させたりアカウントを停止させたりすることもある。例えば、アメリカ政府内の複数の機関がツイッター社(現在のX社)などに圧力をかけていたことが2022〜2023年の同社の内部文書流出、いわゆる「ツイッター・ファイルズ」によって明らかになった。その圧力には、投稿やアカウントの制限や削除が含まれており、その中に報道機関の記事も含まれていた。
X社自身も「集中砲火」の対象にもなることがある。アメリカのジョセフ・バイデン政権に対して批判的な態度をとっているイーロン・マスク氏が、2022年に同社(当時ツイッター)を買収した後、アメリカ政府による同社への圧力が増えたとされている。また、X上で拡散される偽情報がマスク氏による同社買収後に増えたという主張を名目に、プラットフォーム上での言論の自由に対する規制を求める声が増えている。こうした見解は日本の研究者などによっても復唱されている。

ツイッターのログイン画面(写真:Rawpixel [CC0 1.0 DEED])
第5のフィルター:共通の敵・イデオロギー
西側諸国における共通の敵はもはや共産圏諸国ではないが、「共通の敵」として扱われる対象が時代とともに変化する。2001年に生起したアメリカでの同時多発テロ以降は、「テロとの戦い」がジョージ・W・ブッシュ政権(当時)によって宣言され、特定の敵国ではなく、武力の手法が敵視されるようになった。しかし実質的には、中央アジア、中東、アフリカなどの特定の政権や勢力が「敵」となった。2001年の同時多発テロ以降、アメリカが主導した戦争によって450万もの人が命を奪われた。日本政府はアメリカが主導した戦争に対して支持を表明していた。同時に、イスラム教もその標的となった側面もあり、日本の報道においても、イスラム教と暴力を結び付ける傾向がみられた。
2022年2月のロシアによるウクライナ侵攻以降、欧米や日本などいわゆる西側諸国にとって、ロシアが実質的に「共通の敵」として扱われるようになっている。そのせいか、日本の関連報道において偏重する傾向が目立つ。例えば、ロシアもウクライナもクラスター爆弾を戦争で使用しているが、日本の報道ではその使用について指摘・批判されるのはロシア側のみとなっている。また、根拠や確認がないまま、日本の報道機関がロシアが化学兵器を用意している可能性について報じたり、ロシアとドイツを結ぶ海底天然ガス・パイプラインであるノルドストリームの爆破事件がロシアの仕業だとほのめかす報道もみられた。このように、ある国家や勢力が「共通の敵」だとされたときには、報道機関は、真実の追求よりも、「我が国」あるいは西側諸国を含む「我々の側」の解釈に沿ったストーリーで報道するようになりやすい。
しかし「共通の敵」という存在の有無に関わらず、自国中心主義やナショナリズムといったイデオロギーは、平時から国際報道に大きく影響を与える。国際報道が、自国政府や企業が引き起こす問題を軽視したり、他国に対する自国による支援を過剰評価したりする傾向にもつながる。アメリカをはじめとする日本にとっての同盟国や同志国が「民主主義国家として正しいことをする国」だという日本の報道にみられるイメージも、このようなイデオロギーから生まれる。これは、日本の報道機関がアメリカ政府から発信されるプロパガンダや偽情報を問題として追求せずに復唱することの原因のひとつとも考えられる。

シリアの一部を占領する米軍の様子(写真:The National Guard / Flickr [CC BY 2.0 DEED])
改善は個々のジャーナリストから?
本稿では、プロパガンダ・モデルの5つのフィルターを日本の国際報道に当てはめて検討してきた。日本政府や大手企業などのエリートの問題意識や意向に沿った、日本の国際報道の傾向は、5つのフィルターの理論によって説明できるとも解釈できよう。言うまでもなく、日本では国際報道において、日本の報道機関が「番犬」としてまったく機能していないわけではない。日本の報道機関も腐敗事件などに関わったとされる日本の政府や企業に所属する個人に対して、報道によって追求する場合がある。しかし、報道が権力を監視する、または問題の根本にある政治や経済のシステムを問うべき場面において、日本の報道機関は本来の「番犬」の役割を十分果たしているとは言い難い。
権力や富に寄り添った報道を行う背景には、組織同士の利害関係があるが、報道機関で働く個々のジャーナリストの多くは無意識のうちに加担しているとも言える。ノーム・チョムスキー氏は、1996年にイギリスBBCの番組でプロパガンダ・モデルについてインタビューを受けた。インタビュアーはプロパガンダ・モデルについて異議を唱え、自分自身がジャーナリストとして自己検閲はしていないと主張した。これに対し、チョムスキー氏は次のように答えた。「あなたが自己検閲をしていると言っているのではない。あなたは[ジャーナリストとしての]自分の発言を信じて疑わないだろう。もし、あなたが別の思想をもっていたとすれば、この場にはいないだろう」。
つまり、権力や大手企業などのエリートと密接な関係にある報道機関において、権力の意向に反するような思想を持つ者は、大手報道機関のジャーナリストにすらなれないという主張である。たとえ、彼らがジャーナリストとして報道機関に就職できたとしても、権力の意向に反する思想に基づいて作成するニュース番組の企画が採用されるかどうか、記事が掲載されるかどうか、昇進できるかどうかなどについて、彼らは悩むことになる。ジャーナリスト個々人がこのように社内の空気を読み、内面化することで、権力に寄り添うプロパガンダ・モデルの仕組みが維持・構築されていく。
一方、事象の性質や編集者の姿勢などによっては、個々のジャーナリストが、プロパガンダ・モデルの示す影響や制約を乗り越え、報道を通じて権力を監視する機会が存在する。勇敢なジャーナリストが、そのような機会を活用し、本来のジャーナリズムの役割を担った報道が増加することを期待したい。

取材対象者にマイクを向けるジャーナリスト(写真:Kristin Wolff / Flickr [CC BY 2.0 DEED])
ライター:Virgil Hawkins