2021年5月10日、イスラエルとパレスチナ自治区ガザ地区を実効支配するハマスの衝突が勃発し、21日の停戦合意まで続いた。この11日間の抗争は、日本に限らず世界の各地で大々的に報道された。しかし、人命の観点から見れば、同時期にイスラエル・パレスチナ紛争をはるかに上回る死者数を引き起こしている紛争が数多くある。そんな中、この紛争がなぜこれほどまでに報道されるのだろうか。紛争の規模と報道の量を比較しながら、その理由を解説していく。

抗争勃発から2日目のイスラエル警察(写真:Israel Police / Wikimedia Commons[CC BY-SA 3.0])
世界の紛争の規模
イスラエル・パレスチナ紛争は、死者数の規模において、世界の紛争と比較してどのような位置づけにあるのだろうか。世界で報告されたすべての政治的暴力と抗議活動の詳細をまとめている研究組織ACLEDのデータを用い、2021年前半(※1)の各紛争の規模を比較してみた。
同期間のそれぞれの紛争を死者数の多い順に並べると、上位10か国として、アフガニスタン、イエメン、ナイジェリア、メキシコ、シリア、ミャンマー、エチオピア、ブラジル、コンゴ民主共和国、ソマリアが挙げられる。死者数が21,572人と、最も多いアフガニスタンでは、政府および2021年に完全撤退が決まったアメリカ軍と反政府勢力タリバンとの対立が現在も激しい。また、9,198人と、2番目に死者数が多いイエメンでは、反政府勢力フーシ派、サウジアラビアが率いる連合軍や政府など、多くの当事者が関わっている武力紛争が2014年から続いている。そのほか、5,024人と3番目に死者数が多いナイジェリアの北東部では、政府が反政府勢力ボコ・ハラムやIS(イスラム国)の支部と戦っており、テロ行為などによる死者も相次いでいる。
一方で、イスラエル・パレスチナにおける紛争の規模はどうだろうか。同期間の死者数は、290人であり、死者数の多い順に並べてみると26位に位置する。これは1,800人で10位のソマリアと比較しても6分の1の死者数である。紛争による犠牲者が1人でもいることは悲劇に変わりないが、世界で起こっている他の紛争との比較で見れば、イスラエル・パレスチナは比較的に小規模なものである。
どれほど報道されているのか
では、同期間に、イスラエル・パレスチナ紛争に関する報道量はどれほどあったのだろうか。紛争の規模と報道の量においてどれほどのバランスがとれているのだろうか。今回、各国の紛争に関する記事数(※2)を調べ、グラフに表した。まずは、死者数が多い紛争を抱えている上位10か国を基準にして、報道量と比較したのが以下のグラフである。
グラフからわかるように、死者数が最も多いアフガニスタンに関しての報道は、ミャンマーを除く他の死者数の多い10の紛争と比較すると、ある程度されていた。しかし、死者数が2番目に多いイエメンは報道量が少なく、13記事しかない。また、3位のナイジェリアは2記事の報道にとどまっている。そのほか、死者数のトップ10に入るほどの紛争でありながら、報道が全くない国も3か国みられる。一方で、10か国よりも死者数がはるかに少ないイスラエル・パレスチナ紛争に関する記事は83記事と、2021年にクーデターの発生や紛争が激化したミャンマーに続いて2番目に多い。紛争自体は11日間しか続かなかったにも関わらず、調査対象期間前から紛争が継続している他の紛争や、死者数が最も多いアフガニスタンを大きく上回る記事の量だ。
報道量の多い国と紛争と死者数の関係性を確認するため、紛争に関連して報道される国を記事数の多い順に10か国を表し(※3)、その紛争による死者数も記載したグラフを作成した。
この2つのグラフを合わせて見ると、必ずしも報道される紛争とその死者数が比例していないことがさらに分かる。記事数の上位10か国の中で、死者数の上位10か国にも入っている国は、ミャンマー、アフガニスタン、シリア、イエメンの4か国だけである。規模や人命以外に紛争が注目される理由が他にもある。例えば、ミャンマーであれば、日本の企業が多く進出しており、経済的な関わりが深いことが理由として挙げられる。また、アフガニスタンに関する記事は比較的多いものの、その内容としてはアフガニスタンの情勢よりもアメリカ軍の撤退に関する記事がほとんどを占めていた。そんな中、紛争報道量で2位にランクインしているのはイスラエル・パレスチナである。先ほどのグラフで示したように、死者数では26 位であり、かつ激化した期間が短期間であるにも関わらず、なぜこれほどまでに報道されているのか疑問が浮かぶ。
イスラエル・パレスチナへの過度の注目は、日本だけで見られているわけではない。世界の多くの報道機関では、イスラエル・パレスチナ紛争に関する報道を積極的に行っており、見出しにイスラエル・パレスチナ関連の報道が並ぶような事態も起こっている。報道量の多さ故か、この問題の報道のされ方へも注目が集まっている。その例としてあげられるのが、それぞれのメディアによる報道が、イスラエルかパレスチナどちらかに肩入れしているのではないか、という視点であり、アメリカ
、イギリス、日本などで批判がなされている。しかしGNVではあえて、内容に偏向があるかどうかの問題ではなく、そもそもこの紛争より人命への影響がはるかに大きい他の多くの紛争が注目されず、イスラエル・パレスチナ紛争がこれほどまでに注目される理由を探る。

2013年当時のイスラエル首相とアメリカ国務長官と取り囲むメディア(写真:U.S. Embassy Jerusalem / Flickr[CC BY-SA 2.0])
歴史的な関心と報道量の関係
世界の紛争への注目はどのようにして形成され、日本のメディアによって大きく報道されるのか。これを理解するには、日本の報道だけではなく、政府関係者およびそのまわりの政治・経済エリートにおける政治的関心(※4)を幅広く探る必要がある。政治的関心も報道的関心も、歴史の積み重ねや、長年をかけて形成された政府や国民の認識によって作り上げられるものだからだ。一般的に、報道機関は自国中心主義の立場から、自国の国益の観点から報道する傾向にあり、自国の政治的関心が報道の関心に反映されている。この自国中心的、そして国益を重視した報道の傾向は日本においても例外ではない。そして、日本のイスラエル・パレスチナに関する報道を考察する際に欠かすことができないのが、欧米諸国の政治的関心である。なぜならば、これまでGNVでも見てきたように日本のメディアは欧米の政治的、メディア的関心から大きく影響を受けているからである。
ではまず、イスラエル・パレスチナの問題に欧米諸国の政治的関心が集まってきた歴史的背景を探るため、イスラエルの建国と欧米諸国との関係性に遡る。第一次世界大戦後にヨーロッパ諸国が現在のイスラエル・パレスチナがある地域を分割して委任統治しており、アメリカやイギリス、フランスは、1948年のイスラエルの建国に大きく関わっている。中でもアメリカは、建国以来、継続してイスラエルに対して莫大な軍事支援を行ってきた歴史もある。さらに、アメリカは、1979年にエジプトなどの周辺諸国がイスラエルとの和平を結ぶと、それらの国に対しても軍事的な資金支援を行ってきた。加えて、国際連合安全保障理事会(以下、安保理)においても、アメリカはイスラエルが各国から批判や経済制裁などの対象にならないように、拒否権を多数行使しており、その数は、1972年から2020年までで少なくとも53回に上る。
イスラエルとの強い結びつきを持つアメリカと同盟関係を結び、強固な経済関係を築いている日本は、アメリカの動向に非常に敏感に察知する。その結果、政治家や官僚がアメリカの動きに迎合し、アメリカの政治的関心が日本の政治的関心になる。そうすると、報道機関もアメリカにおいて関心の高い事柄は、日本にとっても大事だと考え、報道も増える。これが、イスラエル・パレスチナ紛争に関する報道量の多さの一因であると言える。加えて、日本政府はイスラエル・パレスチナに対して独自の利害関係を持っていると捉えてきた。例えば、外務省は、中東地域からの原油の確保や国際テロ問題などの一環として、イスラエル・パレスチナは「中東和平問題の中核」だとしている。その上でこの地域をめぐり、「中東和平問題は中東地域の平和と安定の鍵ともいうべき問題」だと主張してきた。
外務省がイスラエル・パレスチナ紛争と原油を結びつけて考える背景には、約50年前の出来事があると考えられる。1973年にシリア軍とエジプト軍が領土奪還を目指してイスラエルを攻撃したことで始まった第四次中東戦争をきっかけとするオイルショックは、日本国内でも様々な混乱を引き起こし、日本政府および国民の記憶に強く刷り込まれた。それゆえ、イスラエル・パレスチナの情勢悪化が、石油の価格高騰や供給そのものに影響し、日本経済の混乱に結びつくのではないかという認識が根深く刻まれている。

イスラエルによる空爆を受けたガザ地区(写真:United Nations Photo / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
現在のアメリカに密接に根付くイスラエル・パレスチナ紛争
日本のイスラエル・パレスチナ報道の多さの背景には、歴史的に形成されてきたアメリカの政治的関心があることを先述した。これは過去の出来事などではなく、今現在もアメリカ政治において非常に重要な視点となっている。2020年には、アメリカはイスラエルに対し、3.8億米ドルの軍事支援を行っている。また、2021年5月の紛争の再発の際にも、イスラエルが不利な状況に陥らないように安保理で拒否権を発動している。では、歴史の結びつき以外に、なぜアメリカはイスラエル・パレスチナ紛争をこれほどまでに重要視するのだろうか。
アメリカとイスラエルの強い結びつきを生み出している要因の一つとして、親イスラエル派のイスラエル・ロビー(※5)の強さが挙げられる。イスラエル・ロビーとは、一部のユダヤ系アメリカ人や、聖地エルサレムの防衛が新約聖書の実現に不可欠だと考えているキリスト教福音派など、イスラエル政府の立場を支持する人々によって構成されているロビー団体である。活動内容としては、イスラエル政府を支持するアメリカの政治家への政治献金を行ったり、政府やシンクタンク、学界や報道機関などに働きかけ、政策や世論の形成に影響を与えたりしている。中でも、アメリカ・イスラエル公共問題委員会(AIPAC)は、アメリカとイスラエルの一層強固な関係構築を目指して活動しており、アメリカの政策に非常に強い影響力を及ぼす団体として知られている。幅広いネットワークを活かし、イスラエルの利益になる政策に資金的援助を行い、2014年以降は、毎年、ロビー活動に300万米ドル以上を費やしてきたとも言われている。また、政治家自身も会員として所属していたり、トップ政治家や専門家などが定期的に会合に参加する機会を設けていたりすることもあり、現在のアメリカの政策決定に大きな影響力を与える存在となっている。

2017年にワシントンD.C.で開かれたAIPAC政策会議(写真:Paul Kagame / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また、勢力としては未だ比較的小さいものの、イスラム教徒や左派の政治勢力などの親パレスチナ派もアメリカの中で力を付けている。2021年5月の抗争の際には、アメリカ中の主要都市にパレスチナを支持する人々が集結し、イスラエル軍の激しい空爆により死者数が増加している悲惨な現状を非難する大規模なデモを行った。このように、イスラエルを支持する勢力だけでなく、パレスチナを支持する勢力を加えた双方の活動が、イスラエル・パレスチナ紛争に対する政治的関心をより一層高めている。
このように国内政治や世論、教育など社会の様々な側面に影響を与えるイスラエル・パレスチナ紛争について、アメリカメディアの関心も高く、報道量も多い。それに加え、イスラエル・ロビーが報道に直接的に影響を与えようとすることもある。例えば、イスラエルの政策を批判的に捉えた内容を報じたメディアに対しては、投稿やSNS上のキャンペーンやデモ、ボイコットなどを行う。または、報道機関自らが、政界やビジネスなどのあらゆる場で巨大な影響力を持つイスラエル・ロビーに対して忖度し、イスラエルに利益をもたらす報道を行ったりすることもある。これはアメリカだけに限らず、イギリスやカナダなどでも行われており、背景にはイスラエルを支持するロビー団体の影響力が強いとされている。
さらにイスラエルが首都であると主張するエルサレムはイスラム教、キリスト教、ユダヤ教の聖地である。そのため、イスラエル・パレスチナ紛争はこれらの宗教にとっても重要な意味を持っている。アメリカにはそれぞれの信者が多く、2020年には合わせて人口の約67%を占めている。また、アメリカにおけるユダヤ教信者とイスラム教信者の数は、非キリスト教の信者数では上位2位となっている。このように、イスラエル・パレスチナ紛争は、これら3つの宗教が関わる紛争であるため、当事者意識を持つ一般市民も多い。また、この紛争が激化すれば、アメリカ国内に限らず世界の他の場所でも、信者同士の軋轢に繋がる可能性があり、より世界的に関心が集まるのではないかと考えられる。したがってアメリカ3大宗教に関する観点も、現在のアメリカがイスラエル・パレスチナ紛争に関心を持つ理由の一つとなりうる。
そのほか、宗教以外にも、読者・視聴者がその報道の対象者に共感できる他の要素もある。イスラエルは、アメリカと類似の生活水準に属し、形式的には民主主義の国であるという共通点がある。また、安全保障面においても、共にイランや過激派イスラム組織に対抗するという共通認識を持つ人も少なくない。そのため、アメリカ政府や国民の共感を呼びやすく、報道における取り扱いも大きくなると言える。

カナダのモントリオールでデモを行うパレスチナ支持派の人々(写真:Heri Rakotomalala / Flickr[CC BY-NC-ND 2.0])
現在の日本で関心が集まる要因
日本において、現在もイスラエル・パレスチナ紛争に関心が集まり、大きく報道される理由には何があるだろうか。一つには、現在も、先述したアメリカの関心による影響を受け続けている点が挙げられる。しかし、日本独自の要因もあるといえるだろう。以前から、日本政府が原油をめぐりイスラエル・パレスチナに対し格別の関心を寄せてきたことは、前述した通りである。それに伴って、メディアもイスラエル・パレスチナを重要視してきたと言える。そして、イスラエル・パレスチナの動向が日本のエネルギー資源に大きく関係しているという日本政府の認識は現在も変わっておらず、依然としてイスラエル・パレスチナ報道が集まり続ける大きな要因となっている。
しかし、この日本政府の認識とイスラエル・パレスチナの現状には、ずれが生じていると言える。そもそも、イスラエル・パレスチナには営利化された油田がないにも関わらず、日本政府は、石油輸出国がイスラエル・パレスチナ紛争に巻き込まれた場合、石油の供給に支障が出ると懸念している。一方、実情としては、40年以上そのような状況は発生しておらず、エジプトのように1970年代に和平合意を結んだり、アラブ首長国連邦のように国交正常化を進めたりしている例などもみられる。また、イスラエル・パレスチナとの間に抗争が起きた際にも、周辺国が仲裁に入ることもあり、紛争が長期化しにくくなっている。事実、2021年に紛争が激化したときにも、石油の価格に変動はなかった。さらに、イスラエルの株式市場においても、近年のイスラエル・パレスチナの紛争の激化は価格の変動にすらほとんどつながらない。すなわち、イスラエルとパレスチナの間の争いは、勃発したとしても短期間で終結する局地的なものだという認識が一般的になっているのだ。アメリカのメディアでイスラエル・パレスチナ報道が多いことを指摘する解説記事においても、原油の供給への影響が理由として挙げられることは見られない。

読売新聞オンラインの報道(写真:Akane Kusaba)
一方、日本政府もメディアも注目をしているとは言えないイエメン紛争の方が、日本に対する石油供給に影響を与える可能性が高いだろう。それは、イエメンの紛争に、より主要な石油産出国が直接的に絡んでいるからだ。例えば、2021年3月、イランが支援する反政府勢力フーシ派がサウジアラビアの石油関連施設2か所を攻撃すると、石油価格は翌日には14%上昇した。このように、イスラエル・パレスチナ紛争以上に、石油の供給や価格に影響を与えうる紛争は他にもあるが、日本の政府や報道は、イスラエル・パレスチナ紛争の石油への影響を依然として強調し、今も昔も目が離せない重要な紛争として捉え続けているのである。
また、イスラエルが日本と同じ高所得国に属していることも、日本においてイスラエル・パレスチナ報道が多い要因の一つとして挙げられる。日本のメディアでは、高所得国のトピックを優先的に報道する傾向にあるため、アメリカと同様の生活水準にあるイスラエルの動向を報じるのかもしれない。加えて、貿易やビジネスにおいては、ITやセキュリティ技術の分野に強いイスラエルに日本政府や企業からの大きな関心が集まっている。
さらに、聖地エルサレムが、イスラエル・パレスチナ紛争に絡んでいるという観点も、わずかながら日本の報道にも影響を与えている。日本におけるキリスト教・ユダヤ教・イスラム教の信者数は少ないものの、他国・他地域ともつながる問題として捉えている側面がある。

3つの宗教の聖地エルサレム(写真:696188 [Pixabay License])
報道されてきたから報道される?
現在の報道は過去の報道から切り離すことができない。イスラエル・パレスチナの問題は、これまで報道されてきたから報道の土台が出来上がり、それが現在も世界で報道されやすくなっている要因になっているとも言える。これまで説明してきたように、各国は歴史的背景や国益上イスラエル・パレスチナ紛争に注目してきた過去がある。だからこそ、それを疑問視することなく、現在も世界のメディアは重要なトピックだとして、これからも優先的に取り上げるべきだという考えが根付いているのだ。報道のしやすさの現れとしては、継続的に取材活動ができる支局の配置が挙げられる。日本の大手メディアはエルサレムに支局を構えており、報道しやすい体制が整っている。
また、世界の報道機関からの関心が強いことを受けて、イスラエル政府はメディア対応にも力を入れている。例えば、他国のメディアに対し情報や映像を提供することで、各地にある支局から、最新の情報をイスラエルの視点から報道させることが可能である。このように、イスラエル政府の情報発信能力や情報伝達のスピードの速さもメディアのイスラエル・パレスチナ報道に一役買っている。
また、重要視されてきたからこそ、その歴史を学ぶことも推奨されてきた。イスラエル・パレスチナ紛争は歴史の教科書にも大きく掲載されており、比較的長い時間をかけて詳細を勉強する。例えば、日本のある教科書(※6)では、第二次世界大戦後のイスラエルの建国や4度の中東戦争すべてについて言及されている上、イスラエル・パレスチナ紛争に関係する内容は、第二次世界大戦後の戦争・武力紛争に関する記述の約16%を占めている。そのため、読者・視聴者には、イスラエル・パレスチナ紛争に関する知識のベースがあるとも言える。ある程度の読者・視聴者の理解を期待することができ、関心があるだろうとされる問題は報道機関にとっても、報道しやすいという側面がある。
一方、コンゴ民主共和国の紛争のように、世界最大級の規模でありながら、全く教科書に掲載されず、報道もされない紛争もある。このような紛争は、情報の提供が少ない分、一般の人々の知識に定着しておらず、長い間重要視されてこなかった。だからこそ、報道価値が低いとみなされ、現地の付近に報道支局も設置されず、一層読者や視聴者に提供できる情報が希薄になっていくという、イスラエル・パレスチナ紛争とは逆の循環が生まれてしまっている。
以上からわかる通り、イスラエル・パレスチナ紛争のように、「報道されてきたから」「より深く学んできたから」これからも報道するという循環が生じることがある。その一方で、何も知らないことが無関心につながり、報道されずに、より一層情報が得られない状況を作り出されてしまっている紛争も非常に多いことが分かる。

ガザ地区での報道取材(写真:ガザ地区での報道取材(hosny_salah [Pixabay License])
ここまで、イスラエル・パレスチナが他の紛争よりも圧倒的に注目され、日本で報道される理由を探ってきた。規模を死者数で測った分析では、世界の事象を完全に客観的に見ることは出来ないうえ、メディアが報道量を決める基準は、紛争の規模以外にもあるだろう。しかし、現在の報道における価値判断は人命の重要性をあまりにもないがしろにされている。さらに、原油供給の問題が示しているように、日本の国益の観点から報道するにしても、実情と認識の乖離が見られる。国益や高所得国の視点に偏った報道を見つめ直し、読者や視聴者が世界の紛争の実情を俯瞰的に見られるような伝え方をしていくことが大切だ。
※1 データの公開の遅れのため、2021年1月1日から6月25日までのデータとなった。
※2 2021年1月1日から6月30日までの半年間で、読売新聞の朝刊及び夕刊で 報道された国際報道のうち、武力紛争に関する記事を対象にしている。なお記事検索の際には国名で検索し、その中から武力紛争に関わるものを抽出した。
※3 期間の死者数が50人以上の国の中から報道量の多い上位10か国を抽出
※4 「政治的関心」は国民の政治に対する関心という意味合いで使われることがあるが、ここでは、政府内および周辺の勢力の間で重要視されている話題を表す。
※5 ロビー活動とは、企業や業界団体、市民団体などが、政策や政治的判断を自分たちに有利な方向へ進んでいくようにするため、議会外の場で政治家にはたらきかけることである。
※6 GNVの記事「世界史と国際報道:悪循環から脱出できるか」において参照している「詳説世界史B/山川出版社」
ライター:Akane Kusaba
グラフィック:Minami Ono
なんとなくよく報道されているなと感じていたイスラエル・パレスチナ紛争について、データを用いて他の紛争との比較を示し、なぜこのような報道がされるのかについて詳しく考察されていて、とても考えさせられる記事でした。
紛争によって報道量にここまで大きな格差があることに驚きました。とても興味深い記事でした!
死者数と記事数のグラフはかなりインパクトがあった。日本国内のニュースは死者数や被害の規模が優先順位に大きく関連するような印象を受けるが、国外となると物差しが変わってしまう。ではどういったニュースの取捨選択が良いのかと聞かれると難しいが、大手で報道されていることだけが全てだと思わず、広くアンテナを張っておきたいと感じた。