21世紀に入ってから、モンゴルの経済は急成長している。2011年には世界で最も成長している国と言われ、約17%の経済成長が見られた。その背景には鉱物資源の採掘と輸出の存在が大きい。モンゴルは2003年の約6.2億米ドル相当の輸出額から、2019年時点では約76. 1億米ドル相当まで拡大している。その輸出の約8割は鉱物だ。銅鉱石、金鉱石、石炭を対象にした大規模な鉱山は複数あるが、他にも銀鉱石、鉄鉱石、タングステン、ウラニウム、蛍石、レアアース、石油等様々な鉱物の採掘も行われている。現在、モンゴルの経済を支えているのは鉱山と言っても過言ではないだろう。しかし、鉱物資源は本当にモンゴルを豊かにしているのだろうか。繁栄の裏には様々な問題も存在する。租税回避、汚職、環境汚染により、モンゴルの人々の生活に悪影響を及ばしている面もある。この記事ではモンゴルでの鉱業の実態を紐解いていきたい。

モンゴルの鉱山風景(写真:bazarsadbayarsaikhan / Pixabay [Pixabay License])
モンゴルの歴史と鉱業
モンゴルはロシアと中国に挟まれた内陸国だ。南部はゴビ砂漠、北西部は寒冷な山脈に覆われており、その他は高原地帯である。主に山で囲まれているため、雨風が遮断され、年間250日の晴天に恵まれている。冬は非常に長くて寒く、11月から4月下旬まで続く。また、人口は約322万人で、世界で最も人口密度の低い国の一つとなっている。モンゴルには古くから遊牧民の歴史があり、主に羊やヤギ、ラクダが飼養されている。
モンゴル帝国は13世紀から14世紀にかけて広大な領土を獲得し、ユーラシア大陸の大部分を支配していた。その後、帝国が分解され、後退していく。17世紀にはモンゴルは中国の清朝の一部となった。1900年代からは石炭の採掘が始まっている。1911年の清朝崩壊後モンゴルは独立を宣言し、1921年にロシアの援助を受けて独立を達成した。1924年にはモンゴル人民共和国という社会主義国家となった。この時代のモンゴル経済は主に遊牧民の牧畜で支えられており、経済が低迷していた。1989年のソ連崩壊まではソ連の衛星国として、経済、軍事、政治的援助に大きく依存した。ソ連は経済援助の一部として1970年代にモンゴルと共同で銅採掘を始めた。
ソ連崩壊後、モンゴルも民主主義へと移行し、市場経済化した。これによって国外から鉱業への投資も始まった。国外からの投資により牧畜と農業に依存していたモンゴル経済は大きく変貌した。1990年代以降、外資系企業が参入し、調査、採掘をし始めた。

石炭を集める鉱山労働者(写真:ILO Asia-Pacific / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
主要な鉱山
現在、どこでどのような鉱業が行われているのだろうか。以下に主要な鉱山をまとめている。
まず、主要な炭鉱はタバントルゴイ、ナリンスハイト、バガヌール、シベオボにある。2006年にタバントルゴイ炭鉱で採掘が始まった。64億トンほどの炭鉱床があると推定されており、2018年前半で690万トンの石炭を輸出した。また、モンゴルが輸出している原料炭の約70%はタバントルゴイ炭鉱から生産されており、中国へ輸出されている。現在は政府と民間所有のタバントルゴイ合併会社、100%民間所有のエネルギーリソース有限責任会社、100%政府所有のエルデネスタバントルゴイ合併会社が採掘権を持っている。
ナリンスハイト炭鉱(別名オブートトルゴイ炭鉱)では石炭の採掘が2008年に開始された。3.8億トンほどの炭鉱床があるとされている。現在採掘権を持っているのはモンゴルのモンゴリンアルト有限責任会社とウスフズース有限責任会社、中国とモンゴルのジョイントベンチャーの青花MAKナリンスハイト有限責任会社、カナダの南ゴビサンド有限責任会社だ。中国が主な輸出先で、炭鉱から中国との国境を繋げる鉄道が2007年に建設された。
バガヌール炭鉱は1997年から採掘が行われている。採掘権はバガヌール合併会社が持っており、政府75%、民間企業25%のシェアとなっている。炭鉱は日本の国際協力機構(JICA)と世界銀行からの資金で開発されている。2020年には405万トンの石炭が採掘された。
シべオボ炭鉱も1997年から採掘が始まっており、採掘権はシべオボ合併会社、エルデネス・モンゴル有限責任会社、エイクソラ有限責任会社が持っており、そのシェアは政府90%、民間企業10%となっている。シべオボ炭鉱もJICAと世界銀行からの資金で開発されている。2021年から年間30万トンの石炭が採掘される予定だ。現在はシべオボ炭鉱で採掘された石炭を発電に利用するため、シべオボ炭鉱の隣に石炭発電所を建設するという計画もある。建設は2023年に開始する予定で、モンゴル国内と中国に電力を供給すると考えられている。
モンゴルでは金も採掘されている。ボルー金鉱は2003年にカナダのセンテラゴールド鉱業会社により採掘が始まった。現在も採掘が続いているが、2018年からシンガポールのOZDグループに採掘権が移っている。2004年から2017年で56.7トンの金が採掘された。
銅も主要な鉱産物だ。1978年にモンゴルとソ連の政府間協定に基づき、エルデネト鉱業会社が設立され、エルデネト銅鉱山の採掘が始まり、現在も採掘が続いている。年間約3,200万トンの銅鉱石と53万トンの銅精鉱が採掘されている。オユトルゴイ鉱山では世界最大級の銅鉱床と金鉱床が発見されている。2011年にイギリスとオーストラリアを本拠地とおく多国籍企業リオ・ティント社が露天採鉱を始めた。2022年1月から地下採掘も始め、最大で年間50万トンの銅鉱石を採掘する予定だ。
石炭、金、銅の他に、蛍石、ウラン等の鉱床も存在する。蛍石はアルミニウム製錬や冶金等に使用される鉱物であり、モンゴルは2011年には世界で3番目に大きい蛍石の生産国だった。また、南東部に位置するドルノゴビ県ではウラン鉱床が発見されており、フランス政府所有のオラノ鉱業グループや日本の三菱商事が現在調査採掘を行っている。
経済への影響
2000年では鉱業はGDPの約10%を占めていたが、2021年には約25%と大幅に増加している。また、国外投資の中で鉱業が占める割合は2000年に44%だったが、2019年には73%にまで増加している。そして、2016年から2021年の間では鉱業はモンゴルの輸出総額の約70%となっている。鉱業は人口の3.6%を雇用しており、鉱山労働者や鉱産物を運輸するトラック運転手はモンゴルの平均収入の2倍~3倍の収入を得ることができる。
モンゴルでは鉱業が主な産業になって以来、好景気と不景気のサイクルを繰り返しながら経済成長を続けてきた。2004年には経済が前年から約10%成長し、2011年には経済成長率が17%という最高値を叩き出して、2015年まで急成長が続いた。その背景には中国からの鉱物の需要が大きかったが、2016年には中国の経済成長の伸び悩みの影響で、モンゴルの鉱業の成長も落ちていった。モンゴルの通貨トゥグルグも2013年から2017年にかけて、米ドルに対し約80%下落し、国債も増え、財政危機にまで陥った。2017年には国際通貨基金(IMF)による財政援助が認められた。現在もモンゴルの鉱業は中国経済に左右されやすい傾向にある。2020年時点で石炭や銅の95%以上は中国へと輸出されている。
国債が増加した原因は中国の不景気だけではない。もう一つは選挙前の散財である。鉱業の発達前(1998年から2003年)と発達後(2004年から2019年)の公共支出の調査によると、鉱業発達後の2008年、2012年、2016年の選挙年には公共投資、福祉、公務員の給与や年金への支出が例年より増加していることが分かった。特に2016年には経済が伸び悩んだため、一部の追加支出は借入金で賄われたと言われている。鉱産物輸出の利益の大半が与党による選挙対策に使用されている場合、安定した経済発展にはつながりにくいだろう。

モンゴル南部にある露天掘り石炭鉱山(写真:Bankwatch / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
政治経済課題
鉱物資源は他にもモンゴルの政治的、経済的問題とも絡んでいる。まずは鉱業事業に参入している外資系企業などによる租税回避だ。例えば、オユトルゴイ鉱山の場合、リオ・ティント社はタックスヘイブンであるルクセンブルクへの利益移転を行うなどで租税回避を行っているとされている。ルクセンブルクを拠点とする金融企業を通してローンを組み、投資を進めていた。ローンを返済する時に支払う利息がルクセンブルグの利益とされるため、優遇措置により企業は非常に低い税率で税金を支払うことが可能になる。その上、モンゴル国内でも優遇措置の対象にもなっており、リオ・ティント社の納税額をさらに下げることができた。モンゴル政府がオユトルゴイ鉱山から得られるはずの税収が大幅に減少している状態となっている。
また、鉱業における政府の不透明性も問題となっている。現在、鉱山の採掘権はどの企業が持っているのかという情報は公開されている。しかし、鉱山での採掘のために設立されている企業が多く、最終的にその企業の受益所有権を持つのは誰なのかという情報は公にされていない。汚職防止のために一体誰が鉱山から利益を得ているのか公開する必要があると指摘されている。
不透明性は企業の活動にも影響を及ぼしている。一例として、2013年に汚職で有罪となった政府役人が付与した106件の採掘許可が取り消された。これらの採掘許可の多くが不正なものであった可能性はあるが、実際違法だったかは証明されていない。妥当な理由なく採掘許可が取り消されてしまうと、合法なルートで採掘権を得た企業も採掘を中断せざるを得なくなる。
また、政府や企業の違法行為や腐敗を暴露するのは危険な行為となる。活動家やジャーナリストが違法行為等を公にしようとすると、尾行、脅迫や罰則を受けることがある。2015年には自然保護活動家の死体が自宅から約2,000キロ離れた場所で発見された。警察は溺死自殺と公表したが、動物の保護をめぐり対立していた鉱業会社の関与が疑われている。このように、モンゴルの鉱業の裏には暗い側面も存在するようだ。

モンゴル国家鉱物資源政策会と採取産業透明化イニシアティブ(EITI)の会談(写真:The EITI / Flickr [CC BY-SA 2.0])
環境問題・市民の生活への影響
鉱業がもたらす最大の悪影響の一つは環境問題である。その中で最も深刻化しているのが水問題だ。そもそも鉱業開発が活発になる以前からモンゴルは砂漠化や干ばつにより水不足の状態だった。気候変動等の結果、多くの湖や川が干上がり、特にゴビ砂漠周辺では著しく砂漠化が進んでいる。また、モンゴルの多くの地表水資源は北部に集中しているため、より乾燥が激しい中部や南部には水源にアクセスしにくい。そのため、モンゴルが利用する淡水資源のうち地下水資源は約80%を占めている。
貴重な水資源は人々の生活だけでなく牧畜や鉱山にとっても重要な資源であるため、水資源の競り合いが起こることもある。しかし鉱業では鉱石から鉱物を採取するためなどに大量の水が使用される。モンゴルの北部に位置する川から多くの鉱山がある南部へ水をパイプラインを使って輸送する計画が存在するが、高額な費用がかかり、持続可能ではないと懸念されていることによって、現実的ではないと言われている。
現在、南部に位置するオユトルゴイ鉱山では飲用に適しない塩水のグニイフーロイ帯水層の水を利用しているが、地域住民が使用する淡水に影響していると思われている。帯水層の水を引き出すためにリオ・ティント社は鉱山の周りに試錐孔を堀ったが、その試錐孔の設計ミスにより住民が使用する淡水が帯水層へ流れ込み、地域住民の井戸が枯れていると思われているケースも存在する。また、帯水層の水だけでなく、川の水も鉱山に使用されている。リオ・ティント社は鉱山に利用するために、鉱山の周辺に存在するウンダイ川の方向を転換したことも住民の井戸が枯れている要因とされている。また、直接ウンダイ川からの水を集め、トラックで運んでいる様子も記録されている。
水不足の深刻化以外にも、水汚染も確認されている。オユトルゴイ鉱山やタバントルゴイ炭鉱の周りの土はヒ素濃度が非常に高く、水汚染につながっている。ヒ素は硫化鉱物の風化、酸化、浸食により自然と環境に放出される。また銅や金は硫化鉱床で発見されることがある。オユトルゴイ鉱山で発掘されている銅鉱石や金鉱石を抽出した際に残った硫化物が適切に処理されておらず、土壌のヒ素濃度が高くなっている可能性が指摘されている。またヒ素は石炭にも含まれている。タバントルゴイ鉱山で採掘された石炭に含まれているヒ素も土壌を汚染している可能性があるとされている。
また、エルデネト銅鉱山ではヒ素以外にも銅等の鉱山廃棄物で土壌や水が汚染されていることが判明している。銅などの鉱産物は鉱山から風で飛ばされ、周辺の土壌や水に影響を及ぼしているとされている。シべオボ炭鉱の周辺の水資源調査からもモンゴル政府と世界保健機関(WHO)の安全基準値を上回る鉱産物濃度値が発見された。ボルー金鉱山周辺でも高いヒ素や鉱産物濃度が明確になっており、様々な鉱山周辺の汚染が明らかとなっている。

ラクダの群れと井戸にて(写真:Bankwatch / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
水汚染も鉱山の近くで暮らす住民の生活に悪影響をもたらしている。被毒された水を飲んだヤギやラクダには先天的異常の子が生まれるケースがある。また、ウラン鉱床の周りの水は特に危険で、人間にも影響がある。ウランで汚染された水資源を飲んでしまうと、腎臓病等の原因となる可能性がある。妊婦が汚染された水を飲用した影響で、未熟児や障害を持つ子供が生まれたともいわれている。
水不足や水汚染以外にも鉱業の影響で地域住民の生活に問題を与えているのが土埃問題だ。整備されていない道路を何百台のトラックが通ると、ひどい土埃がまい、現地の人々や牧畜の健康に影響がある。この道路は放牧を行っている地域を通るため、牧草地の劣化にもつながっている。トラックが直接牧畜に衝突することも少なくない。また、鉱山の拡張により、昔から暮らしてきた土地からの移住を余儀なくされている場合もある。例えば、オユトルゴイ鉱山の周辺住民は放牧するための土地を失っている。移動の際に一定程度の損害賠償が提供されているが、提示される金額に問題がある。2012年に周辺住民の移住が求められたとき、失う牧草地の大きさではなく、鉱山からの距離に基づいた低レベルの補償を受け入れるよう強要されていた。

オユトルゴイ鉱山の影響で再定住した父と娘(写真:Bankwatch / Flickr [CC BY-NC-SA 2.0])
改善の道へ
様々な環境問題や生活に関する問題がある中、住民が自ら声を上げている事例もある。2000年代前半には金採掘による水の枯渇や汚染に対抗するためにオンギ川運動が始まった。周辺住民の牧畜や生活に悪影響を及ぼしていたため、移住せざるを得なくなっていた。しかし、住民は団結し、採掘許可を下す政府に訴えたり、鉱業の実態を公にしようと報道機関を巻き込んだりした。2007年にはオンギ川周辺で行われていた37の採掘作業のうち、35の事業を作業中止に導くことに成功した。
また、オユトルゴイ鉱山の採掘のやり方に対して、権利を守るために団結している住民もいる。周辺住民が立ち上げたゴビソイル(Gobi Soil)という団体がオユトルゴイ鉱山の採掘権をめぐった問題を法廷に持ち込んだ。4年かけてリオ・ティント社を訴え続けた結果、2017年に住民の権利が考慮されたと思われる合意に達した。合意では妥当な補償金、失った家畜の補償、水資源の保護、地域住民の子供の学費を提供するなど、多面的に地域住民をサポートすることを促している。合意が完全に反映されるのは2024年までかかるが、住民の生活向上が期待されている。
ここまで見てきたように、モンゴルの鉱山は経済成長を支えている一方で、様々な問題も抱えていることが明確になっている。モンゴルの鉱業は変動する中国での需要に依存しているため、安定していない状態だ。さらには租税回避、政府の不透明性、環境問題により、モンゴルの資源がどこまで国民のためになっているのかについて疑問が残る。しかし、住民が声を上げて環境や自分たちの生活の為に闘い続けることによって、状況を改善することも可能だと見られている。鉱業が災難をもたらすのではなく、繁栄につながることを願うばかりだ。
ライター:Namie Wilson
グラフィック:Takumi Kuriyama
普段まず報道されないモンゴルの事情を紹介いただきありがとうございました。鉱物資源をめぐる光と闇の部分はどこの地域でも同様に発生するものですね。経済的に豊かになること=幸福なのか?ということも改めて考えさせられる記事でした。
モンゴルにおける鉱山の功罪について解説されており、大変勉強になりました。
日本のJICAや三菱も権益を持つ石炭やウランの鉱山。
鉱物採掘をめぐる汚職や環境破壊と聞くと、どうも遠いように感じてしまいます。
ですが、回り回って日本の私の生活に関係していると思うと、自分には何ができるのか?と問われる記事でした。
直接にできることは何もありませんが、関心を持ってフォローしたいと思います。
大変重要な記事をありがとうございました。