2019年2月、ペルーのマドレ・デ・ディオス県のラ・パンパという町に警察官と軍司令官の合わせて約1,800人による突入作戦、「マーキュリー作戦」が実行された。この作戦で6,000人以上の人々がこの街から追放、数十人の人々が逮捕され、人身売買された50人以上の女性が救出された。これはこの町が金を違法に採掘するためにできた、約25,000人もの人々が住む町であり、犯罪の温床となっていたからだ。この記事では、このような町が出来た原因を探るとともに、その被害、問題への対応及び世界とのつながりについても言及していく。

マーキュリー作戦へと向かう軍隊(写真:Ministerio de Defensa del Perú/Flickr [CC BY 2.0])
ペルーのマドレ・デ・ディオス県
アマゾンの森は、世界最大の熱帯生態系(約670万平方キロメートル)である。ペルーのマドレ・デ・ディオス県はそんなアマゾンの中に位置し、多くの熱帯雨林と多種多様な生態が存在する自然豊かな地であり、約17万人の人々が住む。この県には珍しい草木、動物の生息するタンボパタ国立保護地区も存在している。またこの土地に住む小さな農場を維持し、何世代にもわたって彼らの森で釣りや狩りをしてきた、古くからの先住民もいた。ここは元々インカ帝国の一部であり、彼らはその住人の子孫である。また19世紀後半、ゴムや金を求めこの地に進出してきたスペイン系住民がこの地に定着し、その子孫は今もこの地で暮らしている。
この自然豊かな地で、ある問題が深刻になってきていた。それは金の違法な採掘である。マドレ・デ・ディオス県には、古くから多くの金が産出している。ペルー政府が認定した鉱業回廊という地域では合法な採掘が行われており、2019年の時点で100人以上の採掘権が認められている。しかしこの県には、許可をもらわずに、また政府の許可が出されていない場所で、金採掘を行う違法探鉱者が大量にいる。この違法な金採掘は金価格が2000年代に、中国やインドといった新興国の金需要が高まったことに加え、2008年のリーマンショックによる経済危機で、金需要が世界的に高まったことに合わせて加速した。
またマドレ・デ・ディオス県のルイス・オツカ前知事は元探鉱者であり、違法な採掘が取り締まられずに成長していくことを野放しにするだけでなく、森林保護のNGOの活動を妨げたりもしていた。このような要因から、マドレ・デ・ディオス県への輸送動脈となっている大洋間高速道路沿いに形成されていた町、ラ・パンパも急速な成長を遂げ、25,000人以上もの人々が暮らす本当の町のようになってしまった。ラ・パンパは、最初は金採掘のためのキャンプ場であったに過ぎないのにも関わらずだ。探鉱者たちには、もしわずかでも金が取れれば、自分のひと月の稼ぎの、何十、何百倍もの稼ぎを金で簡単に稼ぐことが出来るだろう。ラ・パンパはそれを夢見た違法探鉱者の巣窟となっていた。
違法採掘による環境破壊
金の違法採掘によって起こる大きな問題のひとつは環境破壊だ。採掘とはやり方によっては、森林を破壊してしまう危険性が極めて高い活動だ。露天掘りという採掘方法では、地表から直接地下に向かって掘っていく。大面積の掘削を行い、大量の鉱山廃棄物を出すが、大量の土砂から得られる金の量は非常に少ない。また採掘した岩石などから、沈殿を利用して不要なものを取り除くため、森林を排除した後、大量の水を流し込み池を作る。このように採掘には大量のエネルギーや水を使い、地域に大きな影響を与え、蓄積された鉱山廃棄物によって河川や土壌の汚染を引き起こすこともあるのだ。マドレ・デ・ディオス県では1985年から1,000平方キロメートル、シンガポールの面積を超える森林が破壊されており、約53.8平方キロメートルもの森が池へと変わってしまった。また、その破壊量は増加し続け、2017年から2018年にかけて破壊された森林量は車約25万台が排出した炭素を吸収できるほどの量であり、いかに環境に深刻な影響を与えていたかがわかる。もちろん、採掘は森林が邪魔であればそれを取り除いた上で行われる。
しかし、最大の原因は採掘に用いる水銀だ。水銀を利用した金採掘は、まず金が含まれていると思われる岩石を収拾し、砕いて容器の中に入れ、そこに水銀を注ぐことから始まる。それを混ぜると、岩石に金が入っている場合、金が水銀に付着してアマルガムと呼ばれる銀色の塊になる。これを熱せば金だけが残るという仕組みだ。これはガソリン式のウォーターポンプや、手作りの水門でできるとても安価な方法であり、毎年世界で約1,400トンもの水銀が採掘に用いられている。水銀は簡単に気体状態になることが出来、雨とともに世界中を移動して、各地に降り注ぐ。これらは数十年から数世紀の間持続する。
また水銀は、微生物の働きにより人体の神経などに悪影響を与えるメチル水銀となる。この水銀が、採掘によって出来た池や周辺の川に入り込み、そこに住む住民や、この水銀によって汚染された水や魚を口にする人々が、神経系などに影響が及ぼされ苦しんでいる。マドレ・デ・ディオス県の97の村で検査をしたところ、既に人々の40%以上が危険なレベルの水銀の量を吸収していた。水銀中毒は、慢性頭痛から腎臓の損傷などあらゆる被害をもたらすが、子供が永久的な脳障害を負うことが最も深刻だ。水銀が多く存在していると、作物などを育てても水銀が吸収される恐れがあり、この土地を新たな商業用の作物などを育てるために利用することが出来ない。
違法採掘による社会問題
金を違法に採掘するために発達したといっても過言ではない町、ラ・パンパはあらゆる犯罪の温床となっていた。この町は正規の手順を踏んでできた町ではなく、故に警察もいなければ裁判所もないからだ。組織犯罪や薬物売買、人身売買、人権侵害など幅広い犯罪が横行し、町は麻薬密売人や組織犯罪グループによる支配が続いていた。高い賃金やレストランでの働き口という偽情報で少女たちを連れてきた後、当初の説明では無料であったはずの食費代や宿代を請求し、払えない場合は彼女らの家族を襲うなどと脅迫して、無理やりに体を売らせるという恐ろしい犯罪も行われていた。
また先住民に対する人権侵害も深刻だ。もともと先住民たちが生きるために利用していた自然が破壊され、金を採掘するために、住んでいた土地に侵入されたりもしている。先住民と違法採掘者の間には対立が起こり、先住民に対する脅迫や殺人までもが起こってしまっていた。

違法に集まる人々(写真:Ministerio del Ambiente/Flickr [CC BY 2.0])
各問題に対する対応
マーキュリー作戦後、探鉱者たちが追い出され、これらの問題に対して自然の調査が十分にできるようになり、既に対応策がとられ始めている。この作戦は、違法金山問題を野放しにしていた前知事に代わり、2019年に知事に就任したルイス・イダルゴ・オキムラ知事 の力によるところも大きいだろう。彼は持続可能な開発が行われることと鉱業を税制に組み込むため、よりよく抑制し、合法化することを望んでいた。
この環境破壊からの回復を目指し、どこで、どの程度の森林が水銀により汚染池に変わってしまったのか。その中でも生き続けている木々の種類は何なのか。汚染によって変化させられてしまった生態系はどんな生き物によって現在形成されているのかといったことを確認し、ほかの植物が生息するための先駆者となる植物、そして修復、回復、再生していくためのプロセスを発見することが、この地を研究する人々に目指されている。
2019年の9月から10月には破壊された環境の回復を目指す研究者はドローンを用い、池の場所の非常に高画質の写真を撮影し、この地の雨季と乾季、環境の変化の関係に注目し始めた。また地球軌道上に打ち上げたナノサテライト(小さな衛星)から得られた画像を組み合わせた、森林被害を評価するための新しいアプローチを利用した研究も行われている。これにより、より詳細な空からの地上の映像を手に入れることが出来るようになり、新たな動植物の存在や、生息地の変化などを細かく記録することが可能になった。
またこのような調査に加え、劣化した地域の土壌質の改善、植物を育てる技術の向上、植林といった活動を作戦後に行い始め、環境の回復に成果を上げている。イダルゴ知事はこのような活動を行う研究者達や大学、NGOなどと協力し、よりよい採掘者との関係構築、より厳格な環境に対する評価を行っている。

マドレ・デ・ディオスで用いられるドローン(写真:Ministerio de Defensa del Perú/Flickr [CC BY 2.0])
社会問題に関しては、冒頭で述べた軍と警察による大規模な作戦、マーキュリー作戦が行われたことが大きな対応だった。この作戦が行われる前に、違法採掘者達には、違法な金採掘で環境を破壊していくのではなく、今までも採掘していた合法な金山をより深く掘り、金を手に入れていこうという考えに基づき、水銀なし、児童労働なし、人身売買なしという3つの条件を満たせば、県の指定した場所で採掘者として、まともな仕事を与えるという提案も行っていた。しかし、県の指定する場ではないこの場で、自分で好きなだけ金を採掘することによって得られる利益を望み、この提案を受け入れない人も多かった。マーキュリー作戦が断行されたのち、ラ・パンパはそのまま軍の監視下に置かれている。
ここで新たな問題となっているのが、違法な採掘者たちが他の場所で、再び同じようなことを繰り返す危険性だ。これはバルーン効果と呼ばれる。風船の中の空気が、風船を絞れば噴き出すように、ここから追い出された違法採掘者や、この地で活動していた麻薬密売人や、犯罪組織の人間たちが別の地域へと移動していく。また別の場所が犯罪の温床になることに繋がるかもしれない。特に、約8万5千人以上の人が住み、観光客も訪れるマドレ・デ・ディオス県の県都プエルト・マルドナードに彼らが流れ、犯罪を起こす可能性が大いに心配されている。実際、ラ・パンパに住んでいた住民全員に新たな仕事を与えるのは難しい。故に作戦後の持続開可能な採掘を目指し、農業、養殖、コーヒーやカカオの栽培への約140憶米ドルの支援をペルー政府は約束している。またエコツーリズムはすでに魅力的な事業として注目されており、毎年何万人という観光客がペルーのジャングルを訪れている。
しかしそれでも、ラ・パンパを一掃したはいいが、油断は許されないのが現状だ。これを解決するにはもちろん、違法な採掘に対する今まで述べた対応は必要なのは言うまでもないが、やはり根本的な貧困問題を解決する必要がある。現在、ペルーでは都市部に近い地域では経済は発展しているが、そこを離れれば依然として経済活動の中心は農業であり、南北に縦断するアンデス山脈の付近でも高地の厳しい環境に耐えながら、農業や、家畜を育てるなどして、生活している人々は多数いる。仕事を求め、都市へと向かうが全員を雇用する環境はなく、都市部周辺にスラムが形成されてしまっている。
このような場から、例え違法でも金採掘によるより良い収入を求めた人々が違法採掘者になってしまう。ペルーの現状が改善していかない限り、違法採掘者たちは現れ続けてしまう。実際ペルーは前向きな経済指標と、健全な財政政策により、過去5年間では、貧困問題に対して大きく結果を残している。しかし、まだまだ地域格差は存在している。
また先住民問題への対応も行われている。ペルーでは政府が林業や鉱業を優先してきた経緯があり、先住民が土地所有権を獲得するには、多量の官僚的手続きなどの時間と労力を要する。しかし、違法採掘をせず、また違法採掘を良しとしない先住民に土地所有権が認められれば、認められていなかったときに比べて、取り締まりなどで採掘者たちは確実に活動しづらくなるだろう。先住民が古くから続けてきた自然とともに生き、自然に助けてもらう伝統的な暮らし方は自然に害を与えることは少なくなるはずだ。またこれは炭素を吸収できる重要な森林が残されることに繋がるだろう。故に先住民に速やかに自分の住んでいる土地の土地所有権を所持してもらうことが重要だ。

マドレ・デ・ディオス県に暮らす先住民(写真:Yoly Gutierrez/Flickr [CC BY 2.0])
世界規模の問題である違法採掘
この違法な金採掘の問題には、他国から、その国で違法に採掘された金を輸入する各国も対応を迫られている。2019年に金生産量世界7位であるペルーからも産出された金の大半は世界の国々へと輸出され、その中には違法な金も含まれている。
金は人々の身近なところで用いられている。装飾品はもちろん、金箔や金歯、金塊などだ。さらに、金は最も伝導率の高い金属ではないが、その可鍛性、耐腐性は製品の寿命、精密さにとって非常に重要であるため、電化製品の部品の金メッキ、カメラやパソコンなどに接続するICチップなどにも用いられている。そして近年問題となっているのはスマートフォンにおける金の使用だ。スマートフォンの中には非常に微量であるが金が存在している。しかし、今やスマートフォンは世界中の人々が所持しており、例えば2019年には2億台近くのApple社のiPhoneが製造された。使われている金は膨大だ。
それに加えて、金を輸入し使用することは大きな問題を発生させている。各国では金を輸入するにあたって、その輸入した金の出所がわからないという問題だ。違法に採掘されたのか、合法的に採掘されたのか、どの企業もほとんどわかっていない。例えば調査によると、米国では金を輸入している1,300以上の企業のうち、23社しか資源の出所がはっきりとわかってはいない。輸入先がわからないということは、金が使用されているどの製品にも違法のものが含まれる可能性があり、その金が人々や環境に害を及ぼすような活動に使われる可能性も否めない。輸入先の判明に努めている企業もあるが、追い切れていないというのが現状だ。この中で、いくつかの金を使用するメーカーは、金の輸入先の判明に力を注ぐよりも、自社製品から金を取り出しリサイクルすることで、金の輸入量自体を減らしていくことに努めている。

数多くの人が用いるiphone(写真:Lucy Takakura/Flickr [CC BY 2.0])
このように金は世界中の人々が身近に使っているものである。また、世界中の金産出国に需要の高まる金を採掘しようとする違法な採掘者がいる。実際にペルーと似たような違法な採掘は、ルーマニア、ロシア、カナダ、ガーナ、中国、パプアニューギニア、コンゴ民主共和国などで起こっており、似たような問題が起こっている。パプアニューギニアのリヒル金鉱山では、2019年に500万トン以上の鉱山廃棄物が排出されたといった例があげられる。またコンゴ民主共和国では金の採掘が武力勢力にコントロールされ、武力紛争を助長させる要因になっている。合法であろうと違法であろうと、金の採掘による環境へのダメージはとても大きい。一つの結婚指輪を作る金を採掘するために約200トンもの土がふるいにかけられることもある。またこのようなゴールドリングを作るのに平均して約20トンの鉱山廃棄物が排出されてしまう。
ペルーでもマーキュリー作戦が断行され、ひとまずの障害を排除したとはいえるだろうが、第二のラ・パンパのような町が形成される危険は常にあり、環境問題、先住民問題も今まさに解決に向けて動き出したといっても過言ではない。このような問題は、金が取れない国の企業、人々にとってはイメージもわかないような縁遠い問題に思えるかもしれない。しかしながら、身近に金を所有することが、違法な金採掘の一端を担っているかもしれないという自覚を持つ必要があるのではないだろうか。
ライター:Hikaru Kato
グラフィック:Saki Takeuchi
タンボパタ国立公園の画像が衝撃的です。一年でそこまで森林が破壊されているなんて、想像もしていませんでした。
貧困で違法採掘をしていた人が貧困のままであればまた別の違法な方法で生計をたてていくかもしれないことを考えると、貧困の解消も同時に進めなければいけない問題だと思います。
before afterの河川の画像がわかりやすかったです。
バルーン効果、知らなかったです。
違法に取られた金と合法的に取られた金とでは質などに違いはあるんですか?
ここやね!
人間の欲望は限りないことがわかる・・・
ラパンパ公園地区
http://www.google.com/maps?daddr=-12.8940237,-69.9985335&z=17