HIV/AIDS(※1)は、かねてから人々が戦い続ける難病の1つだ。かつては死を逃れられない病とされ、1996年から2001年まで毎年300万人以上の人々が感染していた。しかし、様々なHIV対策が行われたことで、2001年以降新規感染者は減少を続け、2019年には200万人を下回り、状況は改善しているかに見えた。しかし、残念なことにここ数年、再びHIV/AIDSの脅威が増してきている。特に感染者の多いアフリカでは、一時期効果の高いHIV/AIDS対策が実行されていたが、昨今はかつてほどの効果が表れていない。アフリカ、そして世界で一体何が起こっているのだろうか。

HIV/AIDSの啓発ポスターを眺める子供達 (写真:Jeff James / Flickr [CC BY 2.0])
HIV/AIDS(エイズ)とは
そもそもHIV/AIDSとは一体どのような病気なのだろうか。まずHIV(ヒト免疫不全ウイルス)というウイルスがある。このウイルスが人に感染することで起こる病気がAIDS(後天性免疫不全症候群)だ。このウイルスは、ヒトの体内の免疫システムに後天的に損傷を与える性質を持つ。ヒトの免疫系は、あらゆる病気や病原体を撃退する役割を担っているため、これが傷つけられると普段かからないようなあらゆる病気にかかってしまうのだ。HIVの感染経路としては、感染者の体液が粘膜を介して体内に入ることによる性的接触、感染者の血液が傷口や粘膜を通じて体内に入ることによる血液感染、母親が感染していると、妊娠、出産、授乳を通じてその子供にウイルスが移る母子感染(※2)の3つがある。しかし、HIVに感染してからも、免疫系とHIVそのものが拮抗する期間があり、AIDS発症までに約1年から10年の期間を要する。この期間中に、知らない内にHIV/AIDSが広まってしまうのだ。
ヒトへのHIV感染は、中央アフリカのチンパンジーからもたらされたものであり、ハンターがこのチンパンジーを狩り、食したことが始まりだとされている。研究によると、1800年代後半にはヒトへの感染が確認されていた可能性があるという。HIVは数十年かけてアフリカに広がり、その後、世界の他の地域に広がっていった。そして1981年にアメリカでこの病気が初めて正式に認知され、その1年後、AIDSという病名が名づけられた。
HIV/AIDSの世界への拡大
では、このHIV/AIDSは起源であるアフリカから世界中にどのように広まっていったのだろうか。そもそもアフリカにおいてHIVが大きく広まった時期は20世紀前後だとされている。植民地時代のアフリカで、人が集まり都市化が進んでいくと共にHIVの感染も拡大していったのだ。2020年には、世界のHIV陽性者数は約3,770万人を記録し、死者数は約68万人にも上る。
中でも感染者の数はやはりアフリカが群を抜いており、被害が深刻なサハラ以南のアフリカにおいて、2021年には約2,560万人の感染者がいた。特に感染者の多い国としては、世界のHIV感染者数上位3カ国に数えられる720万人の南アフリカ、320万人のナイジェリア、160万人のケニアといった国が挙げられる。
なぜアフリカに感染者が多いのか
しかし一体どうして、アフリカ諸国でのHIV感染はこれほどまでに多いのだろうか。これに関して、いくつかの主な要因を紹介していく。アフリカがこの感染症の起源の地であるということはまず挙げられるだろう。上記のように、大陸内で感染が広まる期間が長かった。しかし、1980年代以降の広まりを説明するのには別の理由を考慮する必要もある。
この謎を解明するために注目されてきた一つの原因として、アフリカでは他の地域より極度の貧困が蔓延していることが関係しているとされている。HIV/AIDSを含む感染症は免疫力の弱い人にこそ伝染る傾向があり、栄養が不足すると免疫力が弱まるということが確認されている。貧困が原因で栄養不足となり、HIVに感染しやすいということがアフリカでHIVが広がった要因だと示唆する研究も存在している。
貧困には、別の意味でアフリカでのHIV感染を助長した側面もある。それは治療薬の普及における格差が関連すると考えられている。治療薬への早期アクセスは、HIV/AIDSの致死率を下げるだけでなく、感染者の中での感染力を低下させることにも繋がる。HIV感染が急増した1990年代には治療薬が開発されていった(下記参照)が、開発した製薬会社が極めて高価な価格設定を行い、他社がジェネリックなどの薬を製薬できないよう特許の保持を譲らなかった。アフリカ諸国の一人当たりの平均所得は年間800米ドル以下であったのに対し、その治療には年間約36,000米ドルが必要だったという時期もあったのだ。そのため、高所得国では治療薬の普及がみられたが、アフリカ諸国のような低所得国において感染者の治療薬へのアクセスはほとんどなかった。低所得国からの働きかけがあって、2000年代に入ってからようやく、アフリカでも治療薬の普及が始まった。
社会構成や文化が非常に多様なこの大陸を「アフリカ」というひとくくりにすることは難しいが、社会文化的な要因も指摘される。HIVの主要な感染ルートが性的行為である以上、予防するために性行為についてオープンに話し合える環境が重要となってくる。これはけっしてアフリカ限定の現象ではない、かつ、近年変わってきているが、伝統的に多くのアフリカのコミュニティーでは、性について話し合うことが恥として見なされ、十分に話し合える環境が整っていないという傾向が指摘されてきた。この問題がまたHIV/AIDSに対するスティグマ(偏見)を生む。差別を受けることなどの恐怖から、感染の疑いがあってもHIV検査を受けなかったり、感染していることがわかっていても、自身や家族がHIVに感染していることを認めたり、治療を求めたりせずにいる人が大勢いるとされているのだ。これは、HIV感染が広まった当初には特に問題視されていた。
性的行為に関する傾向において地域による違いの有無も研究の対象にもなってきた。しかし、多くの偏見やステレオタイプを伴う根拠となっているものも多く、他の地域との決定的な違いが確認されているとは言い難い。

HIV/AIDSによって取り残された子供達 (写真:Steve Evans / Flickr [CC BY-NC 2.0])
HIV/AIDSによって生まれる問題
HIV/AIDSが拡大することによって生まれる様々な問題がある。多くの命が失われていくことが最大の問題だというのが言うまでもない。持病として抱えていく人数がまたさらに数多くいる。また、若い世代が特にこの病気で命を落とすことも様々な社会問題につながる。
そのひとつがHIV/AIDSによる孤児の問題である。HIV感染者である両親の死により残されたHIV/AIDS孤児の数は、2018年において1,220万人に上る。特にアフリカにおいてこの被害は顕著だ。アフリカの孤児は親族が面倒を見るのが一般的だが、スティグマによりHIV/AIDSを恐れ、引き取ってもらえない子供達がいるのだ。加えて、HIV/AIDSによる大人の死が多いため、子供達の面倒を見る親戚自体が少なくなってきていることもある。さらにアフリカには貧しい家庭が多く、金銭的に子供を引き取っても生活が苦しくなる問題がある。教育部門への影響もある。HIV感染者の家族の世話をしたり、働いたりするために子供たちが学校を中退する場合が少なくない。
そして、このように若い世代にHIV/AIDSが悪影響を及ぼすことで、経済の停滞を引き起こす。働き手が減り、国の産業、労働市場に影響を及ぼすのだ。例えば、ある調査によると南アフリカでは、2005 年までに労働力の 10.8% を失い、2020 年までに 24.9%を失うとされていた。また、被害の大きいアフリカ全体では、国の経済成長率を年間2〜4%低下させ、労働供給、生産性率、輸入への依存に波及効果をもたらす大きな要因となっている。
世界規模でのHIV/AIDSへの対処
上述のように、HIV/AIDSの感染者はその数を増加させていったが、様々な取り組みも長きに渡って行われ続けてきた。まず挙げられるのは、やはり治療薬の研究だ。初めての治療薬は1987年に発売されたアジドチミジン(AZT)と呼ばれる画期的な薬だった。これはHIVが増殖するのを阻害する効果を持つ。しかし、この薬にあまり高い効果はなく、重い副作用も備わっていた。加えて、ウイルスが時間の経過とともに薬に対する耐性を備えることも大きな問題だった。次に大きな効果をもたらしたのは、サキナビル、そしてネビラピンという薬だった。これらは、AZTとは異なった方向からHIVウイルスの増殖を阻害することが出来、複数の薬を併用すること(ART:多剤併用療法)を可能にし、多方向からHIVの増殖を抑え、感染者の寿命を大幅に伸ばすことに成功した。しかし、これにも多くの錠剤を服用する必要があるという欠点が存在した。これらの歴史を経て、現在は約30種類の抗HIV/AIDS薬が市場に出回っており、感染者も薬を服用すれば健常者と同様の生活が可能である。
治療薬の研究の他に挙げられる取り組みとしては、1996年に設立された国際連合HIV/AIDS合同計画(UNAIDS)がある。これは11の他の国連組織と協力し、資源や労力を結集させてHIV/AIDSに立ち向かう共同事業である。HIV/AIDSに関する国際会合を定期的に開催しながら、各国のHIV/AIDS財源に関する支援、HIV感染の予防、治療等を行っている。また、国際的なHIV/AIDSのデータを収集しており、国別のHIV/AIDSを食い止めるための戦略提供等も行っている。例として、HIV流行終結の為の戦略策定や、政策支援、技術向上を目的としたUNAIDSによる各国への技術提供がある。
それらに加え、UNAIDSと国連加盟国、NGOが協力し、治療、予防、ケアサービスを通じて、HIV感染者へのスティグマ(偏見)を無くすための取り組みも行っている。
他にUNAIDSの活動において特筆されるのは、2030年までに国連加盟国、国連の他の組織と協力し、HIV/AIDSの流行を終わらせるという目標を掲げていることだ。2030年までに概算される2,800 万人近くの新たな HIV 感染と 2,100 万人の AIDS 関連の死亡を防ぐことを目指している。

HIV/AIDSに関する国際会議の様子 (写真:World Bank Photo Collection / Flickr[CC BY 2.0]
アフリカでのHIVの対処
HIV/AIDSが拡大する初期の頃から感染者が存在していたアフリカ各国でも、それぞれのHIV/AIDS対策が早期から行われてきた。例えば、ブルキナファソでは、1987年という非常に早い段階からHIVへの対策が本格的に行われた。HIV治療薬への多額の投資や、病人や孤児への支援基金の開設、大規模な医療従事者のトレーニング、及びコンドームの配布等が行われた。2000年におけるこの国のHIVの有病率は6%であり、この地域でも最も低い国の1つだった。
ウガンダでは、1993年以降HIV感染率が大幅に低下した。1986年という早期から、保健省がHIV/AIDS感染の防止を国民に呼びかけていたのだ。その内容は、「禁酒をして慎ましく生活をすること、配偶者への忠誠を誓うこと、コンドームの使用」だった。ウガンダは、HIV/AIDS感染が性的な問題を孕む扱いづらいものでありながらも、それを逆にスローガンとして国民に広め対応を進めた。結果、1990年には人口の約18%がHIV感染者という状況から、2000年にはそれを5%まで低下させることに成功した。
ケニアではHIV教育の義務化が行われた。2003年以来、ケニアではそれらが学校でのカリキュラムとして義務化され、多くの寄付も行われている。加えて、HIV治療薬の供給も行われたことで、新規感染者も大幅に減少した。2008年から2010年においては、HIV対策の資金を倍増させ、より一層HIV撲滅に力を注いできた。
エチオピアでは、アメリカの支援を受け、無料のHIV治療薬の配布が行われ、2005年以来続けられている。また、患者へのサービスの提供、僻地の村での医療スタッフの充実、インフラ整備、医療施設の建設なども行われた。加えて、約2,500の診療所が、母子感染を防ぐために妊婦のケアを行っており、2013 年から 2014 年の間に、約 960 万人 (エチオピア人の 10 人に 1 人)がHIV/AIDS の検査を受けた。エチオピアのHIV/AIDS対策はモデルとして扱われており、2020年には15歳から49歳の国民のHIV感染率が0.9%を記録した。
HIV/AIDS対策の失速とこれからの希望
順調に見えたかに思われたHIV/AIDS対策であるが、近年になってその効果が小さくなってきている。2022年に発表された国連のデータによると、HIVの新規感染者の減少が失速しているのだ。世界的に見ると、2020年から2021年にかけて新規感染者数は3.6%しか減少せず、これは2016年以来最も低い数値であるとUNAIDSは発表している。
アフリカでも同様にHIV/AIDS対策の鈍化が発生している。この大きな原因は、新型コロナウイルス(COVID-19)が蔓延したことである。各国は、HIV/AIDS対策よりもCOVID-19対策の優先度を上げることにしたのだ。また、COVID-19による人々の医療機関へのアクセス制限、航空インフラの閉鎖による治療薬の運搬停止などもHIV/AIDS対策に大きな影響を与えた。加えてこの失速により、上述している2030年までにHIV/AIDSを撲滅するというUNAIDSの目標の達成が非常に困難なものとなった。
今現在、HIV/AIDS対策は世界的に失速しているが、HIVを撲滅するための新たな希望も生まれている。その内の1つがHIV治療のさらなる画期的な進化だ。2021年、「長時間作用型抗レトロウイルス薬(ARV)注射剤」という治療薬の使用が、一部の国で承認された。これはHIV治療薬を1〜2カ月に1回、注射器で投与するものであり、体内に長く薬剤が残るため、複数の錠剤を毎日服用しなくても、より継続した効果を得ることが出来る。欧州連合、アメリカ、カナダ、イギリスで使用が承認されている、もしくは使用が承認される予定であり、アフリカでは、2021年10月にウガンダで約500人が参加する治験が開始された。
また、これまでとは異なる永続的に効果をもたらすHIV治療薬の研究も進められている。これは、ウイルスや細菌などの病原体に対する抗体であるB型白血球を利用して、病気の原因となるHIVウイルスに対する中和抗体を放出させる技術を考案したものである。これが実現すれば、1回の注射でHIV/AIDSを治療することも可能となり、ワクチンにもなりうるとされている。
治療薬だけでなく、教育においても新たな取り組みがなされている。5 つの国連機関が協力して、サハラ以南のアフリカのすべての少女と少年が 2025 年までに無料の中等教育に平等にアクセスできるようにし、HIV の予防に貢献するための新しい計画 「エデュケーション・プラス」を立ち上げた。10代の女性はHIV感染のリスクが非常に高く、就学がこのリスクを大きく下げることが確認されている。COVID-19が発生する前、サハラ以南のアフリカでは約3,400万人の中等教育年齢の少女が十分な教育を受けることができず、15~24歳の若い女性の内、24%が教育、訓練、職業についていないと推定されていた。これはそんな彼女達を救う為の計画であり、既にベニン、カメルーン、ガボン、レソト、シエラレオネの5カ国が計画に署名している。
まとめ
以上のように、HIV/AIDSと人々の戦いはアフリカを中心として、長きに渡って世界中で行われてきた。2000年代に入ってから対策は大きく進んできていたが、COVID-19の影響により大きく阻害されてしまった。しかしこの困難に、各国が緊密に連携を取りながら、医療に留まらない広い領域で立ち向かってゆく必要があるだろう。2030年までにHIV/AIDSで苦しむ人々を無くすためこれらを実践すべく、人々が意識を変えてゆくことが急務である。
※1 HIV(ヒト免疫不全ウイルス)とは、ヒトの体の免疫系を攻撃するウイルスである。病気が進むと、免疫系が攻撃により作用しなくなり、普段かからないような病原体に感染するといった症状を引き起こす。 AIDS(後天性免疫不全症候群)は、HIV感染の最も深刻な段階である。保有しているウイルス量は多く、免疫系は著しく損傷している。
※2 HIV/AIDSの母子感染は、妊娠期間中におけるHIV/AIDS治療薬の投薬、及び授乳を避けることで予防することが出来る。
ライター:Hikaru Kato
グラフィック:Koki Morita