2020年10月、ジンバブエ証券取引所(ZSE)のCEOであるジャスティン・ボニが、ビットコインをはじめとした仮想通貨を上場することに対して前向きな姿勢を示した。仮想通貨とは暗号化された電子データであり、インターネットでの取引の際に利用可能な通貨である。ZSEのこの動きに対するジンバブエ政府の姿勢は未だはっきりとしない部分があるが、近年ジンバブエではこうした仮想通貨の利用が増えつつある。その背景には一体何があるのだろうか。また、仮想通貨はジンバブエの経済にどのような変化をもたらすことになるのだろうか。本記事で探っていく。
ジンバブエの歴史
ジンバブエで仮想通貨の使用が増加している背景として、ジンバブエの危機的な経済状況がある。どうしてジンバブエは経済危機に陥ってしまったのか、それを知るためにはまずジンバブエの歴史を遡らなければならない。ジンバブエはかつて南ローデシアと呼ばれたイギリスの植民地であった。イギリスからの入植者が多く、彼らは現地の農地を独占するようになった。また、当時は白人の少数派で構成される政府が南ローデシアを支配していた。1960年代、アフリカでの植民地が次から次へと独立を果たし、イギリスが南ローデシアの独立を認めるのは時間の問題となった。それを恐れた現地の指導者イアン・スミス氏が1965年に白人支配のまま一方的に独立を宣言した。宣言は国内外からの反感を買い、国内では白人支配に対する戦争が勃発した。戦争の末、1979年に和平合意が署名され停戦、翌年1980年に正式にジンバブエとして独立を果たした。また、独立を求めた主要勢力のひとつであるザヌの指導者ロバート・ムガベ氏が選挙で当選し、独立したジンバブエの最初の首相となった。当初ムガベ氏は野党勢力を軍事手段で制圧したものの国民の利益を重視する姿勢も見せ、教育や健康に関する取り組みを積極的に行っていた。また、国内では製造業と農産物の輸出が増加していた。そして後に議院内閣制から大統領制へと政体が移行し、1987年に大統領に就任した。

[Vemaps.comの地図を基に作成]
一見順調に思えたムガベ政権であったが、1990年代にムガベ大統領が行った政策が国内の経済状況を一変させてしまう。植民地支配により白人が土地の大半を持っていた当時の状況を改善することを目的とし、政府は農地改革を打ち出した。そして、その改革の一環として1992年に「土地取得法」を制定した。これは土地所有者からその土地を強制的に買い取ることができるというものであった。しかし、これは白人地主から強い反対を受けたうえに、ジンバブエがイギリスに対して求めていた土地再分配のための賠償金も拒否される事態を招いた。そこでムガベ大統領は強硬姿勢をとることにした。2000年に政府の後押しのもと、多くの独占戦争の退役軍人が白人の土地を占領し、土地所有者を追放したのである。ムガベ大統領が行ったこの農地改革により多くの白人地主が土地を放棄させられ、結果的に農業生産高は大幅に減少した。
また、1998年にコンゴ民主共和国での戦争へと軍を派遣したことも経済状況を悪化させる一因となった。さらにその後、2年間の不作と乾燥が原因で飢饉が引き起こされた。農業生産の低下に伴う輸出の減少によりジンバブエの財政は悪化し、中央銀行は輸入資金を調達するために紙幣を増刷したが、その結果インフレが起こってしまう。ジンバブエのインフレ率は急上昇しハイパーインフレとなり、2008年にはインフレ率が2億パーセントを超えピークに達することとなった。

1982年ジンバブエ大統領ロバート・ムガベ氏(写真:Hans van Dijk・Anefo/Wikimedia[CC0 1.0])
経済危機に陥ったジンバブエ
経済状況が悪化しインフレ率がピークに達したジンバブエは、2009年にとうとう通貨であるジンバブエドルを放棄することを決定した。そして主に米ドルを中心として、法律上で定められた9つの外貨(※1)を使用して取引を行うこととなった。この決定により経済は一旦回復の兆しを見せたが、長くは続かなかった。輸出の低下や投資の減少、さらに干ばつなどの影響もあり、ジンバブエ国内は再び深刻な経済危機に陥ったのである。ジンバブエ政府はこうした現金不足を緩和し、現金が国外に流出するのを防ぐために、2016年にボンドノートと呼ばれる債券の印刷を開始することを発表した。政府は当初、米ドルと同等の価値に固定したと述べていたが、国民からの信頼は得られずその価値は低下、再びインフレが問題となった。
そんな中、2017年に軍によるクーデターが発生した。結果、長年続いたムガベ政権が崩壊、当時93歳だったムガベ氏に変わり副大統領だったエマーソン・ムナンガグワ氏が大統領に就任した。その後、外貨での給与支払いを労働者組合が求めたが、2019年に政府は外貨の使用を禁止し再びジンバブエドルの導入を決定した。しかし、またもや通貨の価値は急落し再びインフレに陥ってしまった。インフレの影響で国内の物価は上昇し続け、特に燃料や食料、医療品などの不足や高騰が深刻化していった。そうした中で、悪化する国内の経済状況を改善することのできる手段として、期待が高まっていったのが仮想通貨だ。信頼を失いその価値が低下し続ける国内通貨よりもずっと安定した取引ができるとして、使う人が増加していったのである。

ジンバブエドルの10兆ドル札の札束を手に持つ女性(写真:DJANDYW.COM AKA NOBODY/Flickr[CCBY-SA2.0])
仮想通貨とは?
では、そもそも仮想通貨とはいったいどのようなものなのだろうか。仮想通貨とはインターネット上での取引を行う際に利用可能な通貨であり、通常の通貨とは違い物理的な形では存在していない。代表的な仮想通貨としては、ビットコインやイーサリアムなどが挙げられる。また、仮想通貨を理解するうえで重要なのがブロックチェーンという技術である。これは仮想通貨を支えるコア技術であり、仮想通貨での取引を記録する役目を担っている。このブロックチェーンという技術にはいくつかの特徴がある。
まず、最大の特徴として複数のコンピュータで分散して取引を管理しているという点がある。取引データをネットワーク上に公開することによりこの分散管理が可能となっており、複数のコンピュータで管理することで権限が1カ所に集中することなく管理できる。また、データの改ざんや不正な記録を排除することも容易になる。さらに、法定通貨の取引のように銀行や金融業者を介する必要がないため、取引の際に銀行や金融業者の介入を排除でき、取引にかかるコストを削減することが出来る。また、同様に政府の関与や政策による影響を防ぐことも出来るので安定した取引を行うことが可能である。加えて、仮想通貨はオンライン上の通貨であるため、物理的な通貨を製造する必要がない。
逆に仮想通貨の弱点として挙げられるのは、1つ目に、価値が変動しやすいという点である。仮想通貨は全体としての発行量が決まっており、それに対する需要と供給に応じて価格が決定される。そのため常に価格が変動している。加えて、多くの人々が仮想通貨を株式と同様に金融取引・投機の対象としているため、大きく価格が変動してしまうこともある。2つ目は、店舗が認めないと使えないという点である。法定通貨と異なり中央銀行の管理を受けていない仮想通貨は、実際に取引を行う店舗がその価値を認めないと決済手段として機能しない。決済手段として利用できる状況が限定されているのである。3つ目は規制が整備されていないという点である。仮想通貨は、詐欺やハッキング、マネーロンダリングなど悪用される危険性を孕んでいる。そうした危険性を回避するために規制や法を整備する必要があるが、仮想通貨についての制度が整っている国や地域は少なく、法的地位も不明な場合が多いため、仮想通貨の使用にリスクが伴ってしまう。このように仮想通貨は多くのメリットを有するが、利用するにあたって解決しなければならない課題も存在する。

仮想通貨の価格指数(写真:QuoteInspector[CC BY-ND 4.0])
ジンバブエにおける仮想通貨の増加
ジンバブエが危機的な経済状況に陥ってしまったことから、国民の間では仮想通貨が多く使用されるようになった。政府が推奨する通貨の価値は急落し、現金も不足している状況で仮想通貨の方がより安定した価値をもち、取引を行うことが出来ると人々は考えたのである。ではそうしたジンバブエ国内での仮想通貨導入の動きは、具体的にどのようなものがあるだろうか。注目すべき動きとしては、2018年にアフリカで仮想通貨取引のサービスを提供するゴリックス社 (Golix)によるビットコインATMの導入である。ビットコインATMとは、通常は仮想通貨取引所を利用して行われるビットコインの売買を行うことが出来るATMである。これにより国内での仮想通貨の使用はさらに加速するように思われたが、詐欺やマネーロンダリング、脱税などのリスクを危惧したジンバブエ銀行は仮想通貨の使用を禁止した。しかし、その後最高裁判所により禁止は一時的に解除された。結果的に仮想通貨の使用は減少するどころか、国内ではビットコイン以外にもいくつかの新たな仮想通貨が導入されつつある。
例えば、スパート(SPURT)という仮想通貨である。これはコミュニティーのために企画された共同プロジェクトで農作業や建設作業に参加する人が、現金ではなく、スパートを受け取る仕組みである(※2)。この仮想通貨は2019年時点で約4万人のジンバブエ国民に使用されているが、通貨としての価値を認めている店や企業が少なく、使える機会が限定されている。しかしコミュニティー内での購入は可能であり、そこでの取引において使用者に恩恵をもたらしている。また2019年に登場したジンボキャッシュ(Zimbocash)もジンバブエで注目されている仮想通貨の1つである。この仮想通貨は、外部からの投機による激しい価値変動を防止するためにジンバブエ人のみが登録し使用することが可能であり、登録するとはじめに一定額の仮想通貨を無償で受け取ることが可能である。これにより多くのジンバブエ人がこの仮想通貨を使用することに前向きになり、利用が普及することでその通貨の価値を安定させることができるという仕組みである。このようにジンバブエ国内では政府や銀行に認可されたはいないものの、様々な仮想通貨が登場し使用されるようになってきている。

ジンバブエ準備銀行(写真:Baynham Goredema/Wikimedia[CC BY 2.0])
仮想通貨はジンバブエを救えるか
仮想通貨は経済危機にあるジンバブエで人気がありその使用率を上昇させてはいるが、本記事で言及したような価格の不安定さや規制の不整備などの問題点を解決しない限り、ジンバブエの経済状況を改善する策とはなり得ないだろう。世界ではこうした問題の解決に向かう1つの大きな動きとして、アメリカで2019年に金融活動作業部会(Financial Action Task Force:FATF)が仮想通貨の使用に関する新たな国際基準を設定、発表した。これを受けて世界各国が仮想通貨導入の動きを見せ始めている。2018年に仮想通貨の使用を禁止したジンバブエも、2020年10月に企業が国の金融規制に準拠し銀行との取引を許可されるための暗号通貨の規制を準備していることを発表した。各国がこのように仮想通貨の導入を前向きに考え規制の整備などを進めており、仮想通貨が金融の主流になる可能性が高まっている。
仮想通貨の問題点は徐々に改善へと向かいつつあり、様々な国が仮想通貨の正式な導入へと歩みを進めていくことだろう。そして、ジンバブエもそうした国のうちの1つである。しかし仮に仮想通貨が国内で認可され正式に導入されたとして、ジンバブエが危機的な経済状況を脱することが出来るわけではない。仮想通貨は解決への1つの足がかりとして期待されてはいるが、ジンバブエの経済状況を解決するためには仮想通貨の導入や政策だけでなく、経済活動そのものの改善が必要であることを忘れてはならない。
※1 9つの通貨は、米ドル、オーストラリアドル、南アフリカランド、ボツワナプラ、ユーロ、英ポンド、日本円、中国元、インドルピー。
※2 スパートはサウンドプロスペリティという会社が管理しており、この会社のプロジェクトに携わった時間に応じて報酬としてスパートが支払われる。
ライター:Hisahiro Furukawa
グラフィック:Yumi Ariyoshi
取材協力:山本仁実(Xtheta)
仮想通貨についての勉強になりました。
仮想通貨が経済危機に瀕している国を救うきっかけになりうるというのは新しい視点でした。
仮想通貨そのものについても丁寧に説明されていたのでとても分かりやすかったです!
仮想通貨がどんなものなのかイメージが難しかったですが、アフリカの国がビットコインなどの新しい通貨を導入している実態に驚きました。安全性などが不安ですが、経済的発展を促す一つの契機になればいいな、と思いました。