「天災は、忘れた頃にやってくる。」これは、物理学者の寺田寅彦が残した言葉である。災害は、時に人知の及ばない規模で発生し、平穏な生活や家族の絆を引き裂き、多くの人々の命を奪ってしまう。自然の脅威は計り知れない。
しかしながら、天災は本当に「忘れた頃にやってくる」ものなのだろうか。UNISDR(国連防災戦略事務所)の報告によれば、2015年の1年間で 346の災害が地球上で発生している。その死者数は知られているだけで22,773人、被災者数に至っては延べ9,860万人に及ぶ。地球上のどこかで、1日に約62人が災害で亡くなり、日本の3大都市圏人口 の約1.5倍もの人数が1年間で被災していた計算だ。もちろん寺田寅彦は、災害の教訓として活かすためにこの言葉を残したのであろう。しかし、地球規模で見た場合に、災害は「常に発生」していると言っても過言ではない。ヒト・モノ・カネがグローバルに結びつく現代において、「本当の災害の姿」を知ることは、人道支援を考える上で、ひいてはビジネスの場面ですら大きなメリットとなるはずだ。
世界では、どこの人がどんな災害に直面し、どんな生活を強いられているのか。そして、日本の大手新聞社3社(朝日新聞、読売新聞、毎日新聞)は、その姿をどこまで描き出せているのだろうか。
まず、2015年には、一体どのような災害が起きていたのか。UNISDRが報告する、被災人口の多かった上位10か国を以下にまとめよう。
この報告によれば、最も被災人口が多かったのは北朝鮮である。北朝鮮は「100年に1度」ともいわれる深刻な干ばつに見舞われた。また8月にも、豪雨による災害が発生していた。
また、2位のインドは、5月に広い範囲で熱波に見舞われていた。この熱波はベンガル湾での活発な大気の運動が原因とみられるが、一方でその大気の活動は、7月下旬にサイクロンによる洪水をベンガル地方にもたらした。さらに11月上旬にも、ベンガル湾岸地域は暴風と大雨による被害を受けたほか、4月にネパールで発生した大地震の影響もインドは受けている。
では、ここで少し視点を変えて、世界ではどのような種類の災害が、2015年の1年間で最も人々に影響したのか、詳しく見てみよう。
UNISDRのデータ をもとに作成。
被災人口でみると、2015年は洪水や嵐といった「干ばつ」と「風水害」が大多数を占める。実は、過去10か年の平均を取ってみても、風水害と干ばつが世界で最も人々に影響している。これは、これらの災害が(通常は)寒波・熱波よりも人々に与えるダメージが深刻で、地震・津波よりも被害が広範囲にわたって生じやすく、発生頻度も比較的高いからだと推察される。なお、死者数でみると、2015年には地震・津波、寒波・熱波の順に多いとされるが、洪水や干ばつによる死者数が正確に特定できていない可能性がある点に注意したい。こうした災害について、日本の大手新聞社3社はどのような国際報道を行っていたのだろうか。
このグラフは、日本の大手新聞社3社の2015年の1年間に報じられた全ての国際報道(※1)のうち、気象・災害、及び環境・公害カテゴリーの記事をピックアップし、災害に関するものすべてについてまとめたものである。なお、分析尺度については、社会が混乱し情報の取得が難しい災害のさなかで「どれほど情報が多く伝えられているか」がわかる文字数を用いた。
このグラフによれば、これら3社はいずれも「地震・津波」に関する報道が圧倒的多数を占める。「地震大国、日本」とよく言われるが、国際報道においても、地震・津波といった「身近な」災害が注目されていることがわかる。
しかし、思い出してほしい。2015年に世界で起きた災害は、被災人口で見ると、圧倒的多数が「干ばつ」又は「風水害」によるものなのである。最も被災人口が多かったはずの「干ばつ」に至っては、多くても1年でたった1,200文字ほどの報道しかない。この記事がおよそ3,000字であるから、いかに地震・津波という災害が日本で「贔屓(ひいき)」されているか、わかっていただけるだろう。日本では、報道が災害の実情を全く反映出来ていないのだ。
UNISDRのデータをもとに作成。
なぜこのようなズレが生じているのだろうか。
おそらく、日本では、地震・津波は、干ばつや寒波・熱波よりも「身近」であることが、理由の一つだろう。干ばつは、単に雨が降らず水不足に陥ることではない。大地が干上がり土壌はやせた沙漠と化し、食糧生産が全く出来なくなるのである。また、極度の熱波や寒波に見舞われると、熱中症や凍傷の被害だけでなく、農作物の生育は深刻なダメージを受ける。熱波なら、鉄道のレールは膨張して歪み、道路のアスファルトは溶けて、交通インフラが麻痺するし、冷房等で電気使用が増大して、発電が間に合わず停電してしまうことすらあるのだ。これらは、馴染みのない人にとってはイメージしづらい。しかし、読者に身近な地震や津波は、読者のイメージが湧きやすく、読者の記事への関心を引き、同情を得やすいため、報道されやすいのではないだろうか。
また、干ばつや寒波・熱波といった災害は、長期間にわたって影響が続き、出来事としてとらえにくいことも理由として考えられる。風水害についても、「○時○分に暴風が吹き荒れ、洪水が町を押し流した」と言えるほど、出来事としての性格は強くない。一方で、地震・津波は、被害や災害のもたらす変化が劇的で、個々の記事として描きやすいのではないだろうか。

干ばつによりひび割れた大地:アフリカ、モーリタニア( CC BY-NC-ND 2.0)
いずれにせよ、この報道と現実のズレは、地震・津波以外の災害はわずかしか報道されないことになり、現実とかけ離れた災害イメージを導いてしまう。グローバルな視点で、被災した人々を効果的に支援しようとしても、支援しようとしている対象よりもさらに危機的な被害を引き起こしている「報道されない災害」が、ほかに発生しているかもしれない。そして、報道されない災害には支援が集まらず、被害者も死者もさらに増えてしまう、という負のスパイラルが生じてしまう。地球上の災害について、偏った内容のごくわずかな情報しか得られないという現状が、日本の報道には残念ながら存在している。
[脚注]
ライター:Yosuke Tomino
グラフィック:Miho Kono, Yosuke Tomino
地図ですが、エリトリアがエチオピアに併合されてます