12億人の人口(世界第2位)を抱える大国、インド。IMF(国際通貨基金)の予測では、2020年にはGDP(国内総生産)がアメリカ・中国・日本・ドイツに次いで世界第5位となる見込みだ。そんな人口規模と経済規模の両者を兼ね備えるこの国は、世界に与える影響もますます拡大していくことだろう。
では、インドは日本の報道においてどのような姿として映っているのだろうか。日本における対インドの報道量とその内容を読み解いていく。

インドの都市ムンバイの様子(写真: Premshree Pillai /Flicker [CC BY-SA 2.0])
インドの基本情報
南アジアに位置する連邦共和制国家。その歴史は紀元前2600年のインダス文明にも遡り、中世にはムスリム王朝やモンゴル系の血を引くバーブルによって樹立したムガル帝国が栄えた。19世紀の欧米諸国による植民地時代を経て、1947年にイギリスから独立した。現在、12億人の人口を抱え、多種多様な民族、言語、宗教によって構成されている。連邦公用語はヒンディー語であるものの、英語の他にベンガル語やパンジャーブ語、タミル語など、23の言語が憲法で公認されている。
宗教においては、ヒンドゥー教徒は79.8%と最も多くを占め、イスラム教徒はインド全体の14.2%である。その他にバラモン教やシク教、ジャイナ教、ゾロアスター教など国民に信仰されている宗教は多岐にわたる。

インドの結婚式の衣装(写真:Adam Cohn /Flicker [CC BY-NC-ND 2.0])
インドの貧困問題
そんな多様な側面をもつインドにおいて、非常に有名なのが身分制度であるカースト制だ。憲法では禁止されているものの、農村部では未だにその影響が根強く残る。貧困格差はなかなか是正されず、子供への教育機会などは特にカースト(職業と収入)の影響を受けやすい。
また、国際食料政策研究所(IFPRI)が2017年10月に発表した「世界の飢餓指標(Global Hunger Index)」によると、インドは調査対象の119カ国のうち、北朝鮮より7ランク下の100位。2016年の国際復興開発銀行の調査によれば、1993年に45.3%だった貧困率は2017年には20%まで下がっているが、減少したとはいえ依然として2.7億人という莫大な貧困層を抱えている。このように深刻な格差問題を有しているのがインドという国だ。

インド貧困層の様子(写真:Sean Ellis /Flicker [CC BY 2.0])
報道「量」から読み取るインド
上記のように、経済大国、人口大国でありながら、深刻な貧困・格差問題も抱えている、さまざまな意味で多様な社会でもある。しかし、日本の報道ではどれほど伝わっているのだろうか。まずは報道量からみていこう。朝日・読売・毎日新聞における報道を分析してみた。
調査の結果、報道量全体に占めるインドの割合は僅か0.8%であることが明らかになった。政治的にも経済的にも密接な関係にあるアメリカや、世界一の貿易大国である中国、近隣諸国の韓国や北朝鮮と比べ、その報道量の差は歴然としている。
さらに、GDPと報道量の関係を分析してみた。こちらのグラフは、2017年のGDPランキングと、GDP上位各国の取り上げられた記事数を比較したものである。
上のグラフから読み取れる通り、アメリカと中国を除けば、フランス・ドイツ・イギリスといったヨーロッパの報道量が非常に多い。インドはイギリスとフランスにGDP数値で肩を並べるものの、報道量はその半数以下という状況だ。また、GDPで大きく上回るロシアにも、報道記事数で圧倒的な差をつけられている。国際社会におけるプレゼンスが高まっているインドであるが、日本メディアからの注目度は依然として低い。「GDPに応じて報道量を変化させるべき」という主張をするつもりはない。しかし、貧困問題や様々意味でのスケールの大きさに鑑みると、対インド報道の少なさは問題視するべきものであるといえよう。
報道「内容」から読み取るインド
一方、インドに関する記事の「内容」は具体的にどのようなものが多いのだろうか。まず、下の月別報道量推移(2015年〜2017年の記事数)グラフの中で、突出して増加した月が2015年12月、2016年11月、2017年9月と三つある。
当時起こった出来事の中でも、特に報道回数が多かった出来事を紹介する。
・2015年12月の出来事:12月11日~12月13日の3日間、日本の安倍首相がインドに訪問し、モディ首相と日印首脳会談が開催された。会談終了後,両首脳は「日印新時代」の道しるべとなる共同声明「日印ビジョン2025 特別戦略的グローバル・パートナーシップ,インド太平洋地域と世界の平和と繁栄のための協働」に署名した。
・2016年11月の出来事:インドとパキスタンの間でカシミール地方を巡った軍事衝突が起こり、緊張感が高まった。衝突はインド軍の「越境攻撃」に応戦したパキスタン軍に死者が出たことによる。ともに核保有国の印パの緊張は南アジア地域の安全保障や経済にも影を落とした。
・2017年9月の出来事:日本の小野寺防衛相はインドのジャイトリー国防相と防衛省で会談を行った。北朝鮮による核・ミサイル開発に対して、国際社会全体で圧力を強化する重要性を確認。共同訓練の拡大や装備品開発での協力推進でも一致した。北朝鮮との貿易額が国別で3位だったインドが、2017年4月に対北朝鮮貿易をほぼ全面停止した。
報道量増加の要因となった上記出来事のポイントは、日本政府が直接関わっている事項、または日本にとって重要とされている北朝鮮問題との関連については大きく取り上げられていることだ。また国境を超えたインドとパキスタンとの衝突に関しても大きく取り上げられる。しかし、インド内部での出来事に関しては、それほど突出した報道がなかった。
次に、ジャンル別の報道量を比較してみる。
このグラフから、「経済」や「社会/生活」などのテーマが半数以上を占めるということが読み取れる。GDPの急速な成長とインド経済への日本政府・企業の参入に伴い、インド経済への注目が特に高まっている。例えば、モディ首相の金利政策や近年政府が力を入れているIT改革についてだ。「社会/生活」の記事に関しては、メディア特派員によるプチコラムのようなものが主となっており、日本と異なる生活状況や祭りの様子などを取材している。ここにおける課題は、全体としてプラスの側面を伝える記事が多い一方で、貧困など負の側面に目を向けた報道が少ないことだ。2016年の朝日・読売・毎日新聞の3社において、貧困や格差に関する記事はインド記事全体の僅か2%ほどである。モディ首相の経済政策を評する報道は見られるものの、その裏にある格差の存在をメディアが報道することは少ない。

モディ首相(写真:Realpolitic / President of the Russian Federation [CC BY 4.0])
以上の分析が明らかにしてきた通り、インドは世界で存在感を発揮している国であるにもかかわらず、日本における同国についての報道は不十分といえる。特に、インド国内で起きている深刻な貧困・格差問題については、十分に映されているとは言い難い。経済「成長」とは聞こえはいいが、その影には「格差」という問題が存在する。偏重的な報道により国民の視点が凝り固まり、物事が持つ多様な側面が見えなくなるのは避けるべき事態である。情報発信者は、それを十分に伝える必要性があるのではないか。12億人の人口を有し、多様な人々が多様な社会生活を送るインド。その実情を客観的に映し出すために、日本主要メディアの改善が期待される。
ライター:Motoki Muto
グラフィック:Motoki Muto
市場規模や経済成長、IT技術の高さ等の理由で、ビジネスの世界では大きなターゲットとなっているインド。
しかしその背景には、貧困など多くの国際問題を抱えていることを知りました。
今後ますます影響力を強めてくるインドについて、ほとんどの日本人が理解していたいのは良くないと思いました。