2019年3月、ナサリン・ソトゥデ(Nasrin Sotoudeh)という人権弁護士に対して、38年の実刑および148回もの鞭打ち刑が宣告された。イランでの出来事である。女性の権利を守るべき活動してきた彼女だが、それが国家の安全を脅かし、国の最高指導者を侮辱していると判断されたようだ。
イランは女性の人権侵害の観点から、絶えず批判の的となってきた。2018年に世界経済フォーラムが発表した「世界男女格差年次報告書」によると、男女平等の項目は149か国中142位。1979年に起こったイラン革命(※1)後の数十年間は、保守派と革命派の両政権が、様々な法改正を通して、イランにおける女性の社会参画を主張してきており、同時に、女性への不当な扱いの解決にむけて取り組んできた。それでもなお、先のデータが示す通り、それらの努力は未だ実を結んでいないようである。

テヘランのデパートで買い物をする女性たち(写真:Maede Nasiri)
しかし、ここ数年、女性の権利問題解決に向けて、予想だにしなかった草の根運動が生まれつつあり、イラン女性当人たちによって、これまでは見られなかった変化が出てきた。この記事では、イランの女性たちが直面している諸々の問題と、それらを変えようとする運動の背景を明らかにしたい。
イランの女性たちに対する法的及び社会的な差別
イラン社会には歴然たる女性差別が存在する。法的及び社会的なレベルにおいて、女性の権利が著しく制限されているのだ。例えば結婚法。イランにおいて女性の初婚には、一人の女性につき一人の「男性保護者(※2)」による正式な承認が必要とされる。また、国内の全ての女性が、その宗教や国籍を問わず、すべて公の場において、イスラムの服装を身に着けなければならない。ルールを守らなければ刑事上の罪に問われるのだから、抵抗も難しいだろう。さらには移動の自由に関しても様々な制約が課されている。女性がパスポートの交付を受けるためには、「男性保護者」による正式な同意書が必要であり、いざ出国となれば、次は承諾書を得ないといけないのだ。このように、同国の民法や刑法には、女性に対する不当な権利制限が明文化されている。

女性が出国するために「男性保護者」がサインしなければいけない承諾書(写真:Maede Nasiri)
イランの女性たちは、国の伝統的な社会規範によっても縛られている。法と社会規範の線引きは曖昧だが、伝統ある規範はもはや法的拘束力を持つに等しい。この点、家庭内において男性よりも地位の低いものとして女性を捉えるイラン社会の家父長制が強い拘束力を持った不文律であることは明らかと言えるだろう。これまでに行われた法改正によって、男性が重婚や一時的な結婚を行う際は、女性パートナーによる同意または理解が必要と明示されるようになったが、まだまだ男性の意思だけが尊重されている実情がある。夫は妻を含む家族の誰に咎められることなく、妻が働くことや家を出ていくことを拒否することができるのにかかわらず。さらに、法の改正や違反者の処罰といった国家の努力も空しく、女性に対する家庭内暴力は、イランの田舎を中心に大きな問題として残存している。
女性の社会参画に対する支援は存在するものの、本質的な解決には至っていない。例年、イランの総合大学の新入生のうち60%は女性が占めているものの、卒業後、そのうち19%の女性しかフルタイムの職を得ていない。鉱物工学や道路工学といった特定の学問分野では、男子学生しか受け入れない国立大学が多く残る。さらに、水泳や体操といったスポーツ分野では、国内で練習することは許される(この表現を避け得ないことそのものが差別を感じさせる)が、服装規定やその他の障害のために、女性が公的イベントや公式の国際大会への参加することは認められていない。そもそも女性の入場が制限されている競技場もしばしば見受けられる。しかしながら、奇妙なことにそのような規制は法律上、全く存在していない。
スマホ、ソーシャルメディアと仕事の関係
女性が金銭的に自立できず、男性に依存してしまっている状況が、家庭内ひいては社会全体のおける彼女たちの立場を弱めている。多くの女性が定職を持たないイランだが、その理由の一つに、職場における男女間交流への規制がある。伝統的な規範が女性の社会進出を妨げていたのだ。そんな状況を変えたのが、テクノロジーの発展であった。
スマートフォンやソーシャルメディア。イランの女性たちはこれらを利用することによって、家から出ることなく収入を得る機会を手に入れた。フェイス・トゥ・フェイスのコミュニケーションでは男女間交流の規範に触れることがあるが、オンラインで完了するスマホやソーシャルメディアによって、規範を破り社会的に批判を受けることなく、経済的自立を図ることができるようになったのだ。
2017年のとある統計によると、8,000万人というイラン人口に対し、4,800万台のスマートフォンが国内で利用されているようだ。また、他の統計によると、53%もの成人がソーシャルメディアのアカウントを保有していると推測されている。FacebookやTwitterをはじめとしたソーシャルメディアの多くは規制がかかっているが、最高指導者を含む多くのイラン役人や、内閣や議員の人間までもがインターネットやソーシャルメディアで発信を続けている。事実、イランはInstagramの利用者が世界で7番目に多く、Telegram(※3)のユーザーは4,000万人を超える。
ビジネス的な観点からも見てみたい。経済制裁が課されるイランだが(※4)、それ故に有名な国際的ブランドが国内に存在しない。市場には、知名度のない小企業や個人事業主ばかりだが、彼らの商売にとって、いかに認知を広めるかが生命線となる。したがって、オンライン広告が消費者を惹きつける強力な手段となっているのだ。
これは、女性たちが家庭を保ちながらも、同時に市場に参画するための新しい手段を手に入れたことを意味している。ソーシャルメディアのアカウントを通して、手作りの手工業品や装飾品といった芸術作品、あるいは宝石、オーダーメイドのケーキなど、自身の商品を販売するために利用する人が増えている。テクノロジーが発展し、スマホやSNSという手段を得たことにより、イランの女性たちは社会的障壁を克服し、独立した収入源を得られるようになったのだ。養われる側から養う側へと立場が変化することで、イランにおける女性の地位向上が進んでいる。

スマートフォンが女性の地位を高める?(写真:Maede Nasiri)
テクノロジーによってもたらされたこの流れによって、女性たちが家庭を出て、社会においてより積極的な役割を求めるようになってきた。家庭内にいながらも、新しい収入源を持つことが、女性たちが社会に出て就職しようとする手助けとなっていると言えるだろう。国内の総労働人口のうち女性が占める割合は、2012年には14.5%だったが、2017年には17.9%へと増加していることがわかる。わずかな増加に見えるが、大きな可能性を秘めた一歩なのかもしれない。
女性の社会参画にむけた改革の要求
近頃のイランでは、女性差別の改善を目指した社会運動が多くなってきているのだが、これらは主に、女性のソーシャルメディア利用者によって組織化されたり、支持されている。例えば、国内で行われるスポーツへの参加問題。女性が不当な制限を受けることなく、自由にスポーツを楽しめるよう要求するこれらの運動は、大きな成果を生み出している。これまで男女差別の改善を目指して行われた活動は、立法府が主導して行ってきた。それは海外諸国からの圧力に渋々従ったり、政府で起こった不正から国民の目を逸らそうといった意図の下で行われていたこともあった。一方、1979年のイラン革命後に初めて起こった社会運動は一線を画すものであった。イランの女性たちはSNSを通して団結して運動を行ったのだ。
2018年6月、政府はテヘランの町のとある広告看板を変更することになった。街で最も賑わう広場に設置されていたそれには、2018年のFIFAワールドカップにおいて、イラン代表チームへの応援を盛り上げるため、伝統衣装に身を包んだイランの多様な民族がサポーターとして描かれていたのだが、描かれるサポーターの中に女性が含まれていないことに対して、多くのSNS利用者が非難を行ったのだ。これは男性主義的なイデオロギーを想起させる差別的な看板である、と。この結果、男性同様に、女性のサポーターが描かれている新しい看板が設置されることとなる。もともとの看板は、国内における少数民族間での団結の向上を意図したものであったのだが、SNSによって巻き起こったこの事件により、イランにおける男性優位主義の考え方が浮き彫りになってしまった。
看板をめぐる運動は、より本質的な議論を生む。そもそも、女性の競技場への立ち入りを禁止すべきか否かという議論である。オンライン上で、女性の不当な差別を非難する声が次々とあがり、イランの新聞やその他の報道機関では、この問題について、これまでなかったほど激しい議論が巻き起こった。
SNS上では、イランが女性によるサッカー観戦を世界で唯一禁止している国だという批判が行われた。その他にも、サウジアラビア(イランの地域的なライバルに当たる)がすでに女性に対する規制を廃止した事実が指摘され、SNSを通して広範囲に及ぶ圧力がイランにかけられることになった。2018年1月、イラン政府はついに折れざるを得なくなり、女性たちがアザディ・スタジアムに部分的に立ち入り、2018年10月のイラン対ボリビアの親善試合を観戦することを認めた。
最近の研究によれば、イラン国内において、女性のスポーツ観戦に対する考えが変化してきているようだ。60%以上の国民が、女性も制限なくスタジアムに立ち入ることができるようにすべきだ、いう意見に賛同している。それにも関わらず、スポーツ観戦における男女差別をなくすための明確な規定や法改正はいまだ存在しないのだが、昨今の動きにより、イラン国内の諸組織が、行政及び立法の点から、問題の解決に取り組むという変化をもたらしている。
イランの女性たちによる社会運動の限界
展開される社会運動によって、イランの女性たちの地位は徐々に向上してきた。努力が実を結んでいると言えるかもしれないが、上手くいっているのは、これらの運動が抜本的な変革、すなわち法的、社会的な改革には手を触れていないが故かもしれない。彼女たちは、根本的な解決に取り組まないまま、現行の法律を改正することや社会的障壁を克服することに焦点を当てている。SNSを手段とした運動は、広範囲の国際的な支援が得られるが、他方で、ヒジャブ(※5)の強制的な着用に対する反抗に見られるような問題で行き詰まる場合もある。
イスラム刑法典第5版638条によると、公の場にてヒジャブを着用しない女性に対しては2か月の投獄という重刑が課せられる。同639条によると、道徳に反する行い(ヒジャブに反対する主張を行うことも含む)を助長した者には更に重い罰が課せられる。だが、2014年に行われた調査では、イラン社会のうちほぼ半分の国民が女性の強制的なヒジャブ着用を支持していない。ヒジャブ着用義務への抗議はイランの前進的な運動の要素であり続けている。
ヒジャブの強制に反発する市民はその多くが逮捕されており、この記事の冒頭で触れた弁護士のように、抗議者たちを擁護しようとした人々は、さらに厳格な罰に処せられている。
イランでの児童婚の廃止を目的としたネット運動の失敗にも同様の行き詰まりが見られている。UNICEF(United Nations Children’s Fund:国際連合児童基金)によると、イランの女子のうち17%が、18歳に満たないうちに結婚しており、あまりにも幼すぎる児童婚の例もいくつか報告されている。この児童婚に関して、ネット上ではたくさんの非難の声が見られたが、13歳以下の女の子の結婚を禁止する決議が2018年まで議会を通過することはなかった。
活動の多くはオンライン上に限られているものの、ヒジャブ着用義務の場合は、スポーツの例と同じく、その動きが街頭抗議にも広まっている。現在、児童婚は世界における要改善事項となっており、多くの評論家や専門家たちは、オンライン上での国民の声を全面に押し出しながら、法改正への支持を示している。しかしながら、国の基礎をなす保守的な社会構造に変化を加えるあらゆる変化を避けようとする、イランの強硬な姿勢はいまだ変わりそうにない。

テヘランの建設現場を監督する女性エンジニア(写真:Maede Nasiri)
もちろん暗い話題ばかりではない。女性差別を撤廃しようとする活動が功を奏し、数多くの女性が、イランの行政や立法組織において高地位の公務に就任しはじめている。芸術や科学の最前線にいる女性も存在し、その数は限られているものの、男性優位の経済であるイランにおいて、経営者として積極的に活動する女性の輝かしいサクセスストーリーも生まれてきた。家庭レベルで見ても、SNSがもたらした新しい機会が、イラン女性の経済的自立を促し、家庭内におけるヒエラルキーが次第に変化してきているようだ。テクノロジーの発展を背景とした女性の経済的自立によって、権利侵害の改善を求めて女性たちは前例のない社会運動に取り組むようになった。同時に、イランの社会において、女性たちがより積極的な役割を担う意欲を高めることにも一役買っている。
これら全ての改革がイランの既存の枠組みや考え方の中で行われており、伝統的な構造を抜け出すための抜本的な法律改正要求や、司法の大幅改正には至っていない点には注目すべきであろう。女性の権利侵害改善を求める社会運動が生まれて日が浅く、まだまだ急進的な変化が生まれていないものの、大きな改革に向けて撒かれた種は確かに芽吹きはじめただろう。イラン女性の春はもうすぐそこかもしれない。
※1 イラン革命:アメリカが後ろ盾していた君主制から、イラン・イスラム共和国へと取って代わった一連の出来事。革命後、イランではイスラム法に基づいた新しい憲法が採択された。
※2 男性保護者:男性が家族の指揮をとり、女性の身の回りの世話や保護の責任を負うように定めた男性による保護者の制度。すべての女性が、人生において重要な決断を下す際には男性の保護者(通常は父親、夫、兄弟または息子)から承認を得ることが必要とされる。
※3 Telegram:メッセージを暗号化するソーシャルネットワークサービス。インスタントメッセージシステムであり、機密性が高いのが特徴。
※4 イランは核を用いた活動を行ったために、国連安全保障理事会と西洋諸国によって、イラン国外での経済活動を行えないような厳しい経済制裁が課された。通常イラン核合意として知られるJCPOA(Joint Comprehensive Plan of Action:包括的共同行動計画)の合意に至った交渉の後、2015年に国連安全保障理事会の制裁は解除された。しかしながら、2018年にドナルド・トランプ米大統領によってアメリカは一方的に離脱したため、イランおよびイランと取引をしている国際企業に対する制裁が有効となった。
※5 ヒジャブ:公の場でのムスリムの人の服に関する一連のルール。しかし、現在では通常、女性の服、特に頭に巻くスカーフを指すとされる。文字通りの意味は「カーテン」。
ライター: Tahereh Mohammadi
翻訳: Yuka Ikeda, Tadahiro Inoue
グラフィック: Saki Takeuchi
Twitterを通してサウジから亡命した女性や、Facebookを利用した#Me,too運動のように、SNSの普及によって社会的立場の弱い人が意見を言えるようになったのは非常に良い流れだと思う。根本的な問題解決は難しいが、イランの女性のように少しずつ社会的地位を回復していくことを願いたい。
誰でも気軽に利用できるSNSが女性の地位の向上につながるほど大きな力を持つ社会になっているのは興味深い。これからも社会をよくしていく方向に上手く使われればいいなと思いました。