2015年9月に、シリアからトルコへ難民として逃れてきた家族がギリシャのコス島を目指して海を渡る途中にボートが転覆し、ボートに乗っていた3歳の男児が溺死した状態で海岸に打ち上げられているのが発見された。打ち上げられた遺体の様子がカメラに捉えられ、この出来事は連日、新聞やテレビで大きく報道された。新聞やテレビで連日報道されたこのニュースに衝撃を受けた人は少なくないのではないだろうか。シリアでは、長引く戦争、ISIS(イスラム国)の活動などといった要因から難民が2015年に急増し、道中に亡くなる難民も少なくなかった。それに伴い、彼らが経由した、またはたどり着いた国、地域では難民への対応に迫られた。
こういった男児のニュースをはじめ、日本においては、シリア難民や彼らを受け入れるヨーロッパ諸国の対応に関連した報道が多くなされており、難民はシリアで発生し、その難民たちを受け入れているのはヨーロッパ諸国であるというイメージがあるのではないだろうか。果たしてこのイメージは、世界の難民問題の実態を反映しているのだろうか。

ヨルダンのシリア難民キャンプ 写真:World Bank Photo Collection/flickr( CC BY-NC-ND 2.0 )
UNHCR(国連難民高等弁務官事務所)によると、2015年、世界中で居住地を追われた人々の累計が過去最高の数となった。この年の終わりには、6,530万人もの人々が世界中で居住地を追われ、このうち難民は2,130万人、4,080万人は国内避難民、そして320万人は難民の申請が受理されるのを待つ人々である。この数は前年の2014年度と比較して530万人の増加となっている。
こういった状況の中で、世界各地で自らの居住地を追われた人々、そして彼らを受け入れる国々に関して、日本では報道を通してどのように伝えられているのだろうか。
難民はどこから来て、どこに住んでいる?
それでは、世界の難民は一体どこから来ているのだろうか。また、どこに逃れて生活しているのだろうか。(※1)
UNHCR のデータをもとに作成(※2)
上にあるように難民の出身地域として最も多い割合を占めているのは、アフリカ、中東であり、その次に多い難民の出身地域はアジアとなっている。各地域でなぜ難民がこれほど発生しているのだろうか。UNHCRによると、国別でみる2015年に発生した難民の出身は、累計でシリアが最も多く、次いでアフガニスタン、3位はソマリア、4位が南スーダンとなっている。2014年から2015年までの累計で難民出身国上位トップ10位までの国はほとんどが過去5年間常に主要な難民を排出する国となり続けている。
中東に含まれるシリアにおいては、ISISを含む数多くの武装勢力が活動しており、トルコ、イラン、アメリカ、ロシアなどの軍事介入もあり、大規模な紛争が難民を生む原因となっている。中東と並び、多くの割合を占めたアフリカに含まれるソマリアでは、長年の紛争や政情不安、そして干ばつなどの影響も市民への大きな打撃となっている。また2011年に独立した南スーダンにおいても権力闘争が紛争に発展し、多くの難民が発生している。アジアに含まれるアフガニスタンでは、2001年に始まったアメリカ等の軍事介入が続いており、政府軍とも戦っているタリバンの勢力範囲も拡大している。
では次に、難民はどういった地域に逃れていき、難民として暮らしているのだろうか。
UNHCR のデータをもとに作成(※2)
この図にある通り、最も難民を受け入れているのは、難民の出身国と同じく、アフリカ、中東地域であり、次いで、アジア地域である。ヨーロッパが難民を受け入れている割合は難民全体の11.7%にとどまる。<ahref="http://www.unhcr.org/statistics/unhcrstats/576408cd7/unhcr-global-trends-2015.html">UNHCRによると、2014年から2015年末までの累計難民受け入れ国のトップ6はトルコ、パキスタン、レバノン、イラン、エチオピア、ヨルダンとなっており、難民全体の86%は発展途上国で避難生活を送っている。また、世界最大の難民キャンプは、アフリカのウガンダにあり、<ahref="https://www.theguardian.com/global-development/2017/apr/03/uganda-at-breaking-point-bidi-bidi-becomes-worlds-largest-refugee-camp-south-sudan">最低でも27万人の南スーダンからの難民を抱えている。
日本では何が報道されているのか
それでは、2015年、日本では難民についてどのような報道がされたのだろうか。まずは朝日、毎日、読売の新聞各社の難民に関する報道を地域別にまとめた。2015年に特に日本で難民について大きく取り上げられたため、2015年の報道量を用いて説明していく。
この図に見られる通り、難民に関するニュース記事の半数以上がヨーロッパに関するもので占められている。難民の出身国、受入国ともに最も多い割合を示していた、中東地域に関する記事は全体の19.5%、アフリカに関する記事は、全体の4.6%にとどまった。中東、アフリカの難民に関して述べられた記事であっても、当事国としてヨーロッパや日本、その他先進国が登場する記事が30%程度含まれていた。
報道量だけでなく、難民に関する記事の中で多く焦点が当てられていたのは、受入国側の状況や受け入れ態勢であり、「どこの国が難民を受け入れた」や「この国や機関がこういった支援をした」、「この国が難民の対策のため、こういった法案を通過させた」というタイトルがついた記事が多くみられた。
また、中南米に関する難民の報道はわずか1記事であった。この地域の難民出身者数、受入数ともに1%程度にとどまっていることを考えると妥当な報道量に見えるかもしれない。しかし、この地域に含まれるコロンビアという国は、長年紛争が続いた地域であり、UNHCRによると、難民の出身国として10位に上がっている、決して難民と無縁な地域ではない。
報道で取り上げられる地域と、難民の現実
各円グラフで示した通り、地域別でみたとき、難民の出身国および受入国の比率はともに中東、アフリカに最も多くみられる。しかし、朝日、読売、毎日3新聞社の報道量を見ると、ヨーロッパに関連する記事が記事数の半分以上を占めている。つまり、2015年に関して言えば、難民の大多数を占めるヨーロッパ以外の全世界で暮らす難民の姿を見るより、ヨーロッパにいる難民の姿を報道で見ることが多かった。実際の難民の分布と地域別の難民に関する報道量には大きなずれがあり、難民の現実を反映していないのではないだろうか。
既にGNVでは貧困国と先進国では報道で取り上げられる頻度が異なるということを示してきた。例えば、GNVの記事「世界の貧困と日本の国際報道」では、日本の国際報道において、貧困国、貧困国が集まる地域について報道量が少ないと述べている。難民の報道についても同じことが言えるようだ。それ以外にも、貿易や観光などにおいて日本との関係が深い国や、報道機関の支局に近くアクセスしやすい国ということも報道量と関係しているだろう。このように世界の難民の中から、ヨーロッパに住むごく一部の難民が注目を浴びる。このような目線での難民の報道がなされているからこそ、難民の実情と日本における難民に対するイメージにずれが生じているのではないか。これは難民のおかれている状況を理解する妨げになっていると言っても過言ではない。この状況の中で、難民問題に対する適切な対策がとれるのだろうか。

帰還手続きをするアフガニスタンの難民 写真:European Union/ECHO/Pierre Prakash/flickr( CC BY-NC-ND 2.0 )
ライター:Yumiko Yoshida
グラフィック:Yumiko Yoshida
※1ここで扱う難民は、UNHCRが定める基準による、国外に逃れ、受け入れ先の国で難民として認定されているもののみとする。また、難民の数は2015年までに発生した難民数の累計。
※2地域の区分は、UNSD(国連統計部)の分け方に従う。なお、ここでは中東(西アジア)にシリア、トルコ、イラクなどの国を含み、アジアに、アフガニスタン、パキスタンなどの国を含む。