52人という尊い命が犠牲となった2016年6月8日のテロ事件のことを知っているだろうか。中部アフリカのカメルーン、ナイジェリア国境近くの村ダラクにボコハラムが襲来し住民の家を焼き払い52人の漁師を銃殺した。ボコハラムとは2002年にナイジェリア北部で設立したイスラム教スンニ派組織である。「ボコハラム」の日本語訳は「西洋の教育は罪」であり、ナイジェリアにおけるシャーリア(※1)施行及びイスラム教育の実施が目的であるとうたっている。2009年に設立者であるモハメド・ユスフが殺害されてのち、急激に過激化した。活動領域はナイジェリア、カメルーン、ニジェール、チャドなどである。過去にはナイジェリアを一部領土支配したという経緯をもち、またIS (イスラム国)に忠誠を誓っている組織である。これまでに多くの罪なき民間人がボコハラムの起こしたテロ事件の犠牲になっている。経済平和研究所(The Institute for Economic and Peace、 IEP)によれば、2014年、ボコハラムとISによるテロ事件の死者数が国際的なテロ事件の51%をしめており、ボコハラムによるテロ事件の死者数は6,664人で、IS によるテロ事件の死者数(6,073人)を上回った。

ナイジェリア、ゴンべ、テロ事件発生直後 写真:Global Panorama(CCBY-SA2.0)
ボコハラムによるテロ事件と報道
日本ではボコハラムによるテロ事件についてメディアでどれくらいとりあげられているのだろうか。2016年において、ボコハラムが起こしたテロ事件は247件、その死者数は1,454人であった。しかし、このうち日本の大手新聞社3社(朝日、読売、毎日)で実際に記事として取り上げられた事件はたった6件、その総死者数は281人であった。最初にあげた、カメルーンでのボコハラムによるテロ事件は、3社の新聞のどこを見ても一度も記事として取り上げられていなかった。日本でこのテロについてほとんど知られていないのも無理はないだろう。一方、2016年のドイツベルリン中心部のクリスマスマーケットにトラックが突入したテロ、ベルギーブリュッセル中央駅で起きた爆発テロについて知らない、聞いたことがない人はという人はほとんどいないのではないだろうか。それぞれのテロの死者数は12人、17人と、死者数でいうとカメルーンで起きたテロ事件の死者数の半分にもみたない。しかしこの二つの事件、特にベルリンのテロについては新聞、テレビ等のメディアで大々的に取り上げられていた。日本におけるテロ報道は世界のテロ事件の発生状況を正確に反映できているのだろうか。
日本におけるテロに関する報道の傾向
日本におけるテロに関する報道の傾向を探るために、2015年の世界のテロ事件発生状況と実際に報道で取り上げられたテロ事件の地域別割合をみていく。以下は2015年に世界で起きたテロ事件の死者数の地域別割合を示すものである。(※2)
2015年に起きたテロによる死者数の約97%がアジア、アフリカ地域で起きたテロによる犠牲者であった。国別で一番死者数が多かったのはイラクで9,355人であった。次にアフガニスタン、ナイジェリアと続きそれぞれ6,469人、5,638人であった。紛争地域であるシリアのテロ事件による死者数は4,047人であった。一方、北米、ヨーロッパで起きたテロ事件による死者数はわずか全体の2.7%であった。そのうちの196人はフランスで起きたテロ事件による死者数であり、その中の130人がパリ同時多発テロ事件による死者であった。アメリカで起きたテロ事件の死者数は60人、ロシアで起きたテロ事件は21人であった。
次に実際に日本でニュースとして取り上げられたテロ事件の地域別割合をみていく。
テロ事件に関する報道の約50%がヨーロッパに関するものであった。アジアは23.6%、アフリカは12.4%、北米は7.8%であった。(※3) 死者数の地域別割合によれば、ヨーロッパと北米の割合はたった2.7%であるのにもかかわらず、実際のテロに関する報道のうち約6割をこの二つの地域で起きたテロ事件が占めている。死者数97%を占めるアジアとアフリカにおけるテロに関する報道は全体の36%であり全体の半分にもみたない。現在の日本の大手全国紙3社は世界のテロ事件発生状況を正確に反映できていないことが明白である。更に、北米、ヨーロッパで起きたテロ事件のほうがアジア、アフリカで起きたテロ事件よりも格段に報道されやすいということがわかる。また、新聞を通して世界を見ている人々に、テロ事件は北米やヨーロッパで発生しやすいという間違った認識を植え付けてしまっている。
2017年における報道の傾向と報道が偏る原因
2017年においても地域的偏りは依然としてあるのか、2017年に起きた4つのテロ事件の死者数と報道量を比較、分析することでより細かな傾向を探っていく。比較のために、2017年のテロ事件の中で最多の死者数であるソマリアの首都モガディシュで爆発物を積んだトラックが爆発したテロ事件、紛争地でないところで死者数が比較的に多かったブルキナファソの首都ワガドゥグーのレストランで起きた銃撃テロ事件とバルセロナのメインストリートに乗用車が突入したテロ事件と、そして、ヨーロッパで発生し、被害の少なったロンドンでの地下鉄爆破未遂事件をサンプルに選んだ。以下がその図である。
ロンドンでの死者数は0人であるのにも関わらず、報道量は4つの事件で一番多い。一方、19人が犠牲となったブルキナファソでのテロ事件は日本の大手全国紙3社(朝日、毎日、読売)では一切報道されていない。ロンドンの地下鉄テロ事件は多くの死者数がでたソマリアのテロ事件よりも同じ西欧諸国であり13人が犠牲となったバルセロナのテロ事件よりも報道量が多い。このような結果になる理由を考えていきたい。
新聞等メディアが記事にする事件を選ぶ際の一つの基準であろう「意外性」という観点から4つの事件の報道量を分析していく。「意外性」のある事件や事故はその特異性から人々の関心をひきやすいためメディアにとりあげられやすい。「紛争状態にない国ではテロ等の人が一度に複数人犠牲になる事件はそう起きないはずだ」という認識が人々にはあり、そのような認識の中で、紛争地域でない、平和であるはずのロンドンやバルセロナでテロ事件が起きるとその意外性からメディアに取り上げられやすいのだ。一方、ソマリアは紛争地域である。20年以上政府が存在しない無政府状態が続いている。首都を含む北部は国際連合が支援する暫定自治政府が治めており、比較的平和であるが、南部はアルカイダ系組織であるアルシャバブが事実上支配している。ソマリアで起きたテロ事件はここでいう「紛争状態にない国で起きたテロ事件」という「意外性」にはあたらないが、今年最大の死者数がでたテロ事件であり、ソマリア史上最悪のテロ事件と言われている点で話題性が高いのだろう。では、ブルキナファソで起きたテロ事件はどうであろうか。ブルキナファソは1960年にフランスから独立した共和政国家である。度重なる干ばつや天然資源に乏しいことが影響して他の西サハラの国に比べても大変貧しい国であるが、紛争が起きている国ではない。つまり、ブルキナファソで起きたテロ事件はここでいう「意外性」をもつテロ事件である。しかし、実際は全く報道されていない。

ブルキナファソ首都:ワガドゥグー 写真: Helge Fahrnberger(CC BY-SA 3.0)
ブルキナファソで起きたテロ事件がバルセロナやロンドンで起きたテロ事件と同様の「意外性」をもつのにも関わらず、報道されない理由を別の観点から考えていく。最初に、「共感しやすさ」という観点からみていこう。この「共感しやすさ」とはGNV「なぜ国際報道が偏るのか」で論じられているように、「報道対象者の人種、民族、言葉、文化、生活水準・生活スタイルが自分の状況に近ければ近いほど、その出来事を自分に重ねやすく、関心を持ちやすいという現象である」。日本にいる読者にとって、ブルキナファソというアフリカの貧困国で起きたテロ事件よりも、同じ生活水準を持つバルセロナやロンドンで起きたテロ事件の方が人々の関心を引きやすいとメディアが考えたということである。また、海外支局の有無という点でも説明できる。ブルキナファソには新聞大手3社の海外支局はない。そもそも、アフリカ支局は南アフリカ共和国のヨハネスブルクとエジプトのカイロにおかれているだけである。世界のテロの死者数の約3割を占めるアフリカ地域をこれだけの支局で網羅できるはずは到底なく、取材にすらいかない事件が多いのであろう。ブルキナファソのテロ事件について取材が行われた可能性も低いのではないだろうか。
最後に、イギリスとスペインという同じヨーロッパの国の中で報道量の差がでる理由を考えていきたい。ここでの報道量の差は、新聞社の海外支局の配置からうまれるものであると考えられる。ロンドンには朝日、読売、毎日3社の海外支局が存在する。しかし、バルセロナには3社の海外支局はなく、パリの支局がスペインも管轄している。海外支局がある国や都市で起きた事件や事故は報道されやすい。なぜなら物理的距離を理由に事件や事故発生直後に現場に取材しに行くことができ、また事件後しばらくたった後も何度もその場所で取材を行えるからである。ロンドンで起きた事件の方がバルセロナで起きた事件よりもより取材が行いやすく、記事としてとりあげられやすいのは必然であろう。
今回は海外で起きたテロに関する報道にのみ焦点をあててその地域の偏りについて考えてきたが、報道されているテロ事件の地域の偏りは大きく、日本の新聞は世界のテロ事件発生状況を正確に反映できていない。また、2015年におけるテロ事件の死者数と報道量を比べても、2017年の4つの事件についてみても、日本の大手全国紙3社のある事件を報道するかどうかの基準は「どれほどの人が犠牲になったか」という点にはおかれていない。メディアは読者である私たちの関心の対象を予想し、そこに基準を置いている。しかし、そのメディアの予想する私たち読者の関心の対象は、実際の私たちの関心の対象と一致しているのであろうか。そもそも、報道されていないから関心をもちにくいだけで、読者の中にはメディアによって切り捨てられるものに関心をもつ人もいるのではないだろうか。メディアは、私たち読者の関心の対象を狭めるような報道ではなく、世界情勢を正確に反映する報道をしていくべきではないだろうか。

写真:Kaboompics/ kaboompics.com(CC0 1.0)
脚注
※1:シャーリア法とはコーランと予言者ムハンマドの言行を方言とする法律である。
※2:地域は、UNSD(United Nations Statistics Division、国連統計部)の基準に従い、アジア アフリカ、オセアニア、ヨーロッパ、北米、中南米の6地域に分けた。
※3:GNVの国際報道の定義については「GNVデータ分析方法【PDF】」を参照
ライター:Satoko Tanaka