世界には人間の健康や生命を脅かすものが無数に存在する。その多くは生活環境と密接に結びついており、医療の力だけで解決できるものは決して少なくはない。また、グローバル化が進み、越境する感染症やその他の保健医療上の問題も増えており、保健医療問題は世界を視野に入れた上で考えなければいけない。では、世界に関する重要な情報源となっているメディアは保健医療問題をどのように取り上げているのだろうか?
世界の最大の死因とは
まず、どのような問題が人間の生命を脅かしているのだろうか。先進国では平均寿命は長いものの、未だに克服できないさまざまな病気に直面している。低所得国では、感染症、災害、武力紛争等で命を落とす人は依然多いと想像できるだろう。このような中で現在、世界の死の原因は何が一番なのか。
2017年10月医学雑誌The Lancetは、2015年に世界で若い人々を最も多く死に至らしめた要因は(大気、水、土壌)汚染だとする調査結果を載せた。その数なんと900万人にも上る。これはHIV/AIDS(後天性免疫不全症候群)、TB(結核)、マラリアの三大感染症を死因とした数の合計値の3倍に当たり、紛争やそのほかの暴力的要因で死亡する数と比べれば15倍以上である。さらにWHOは所得水準が違うと死因に差がある、との情報を示した。上位3つの死因は順に、高所得国では、虚血性心疾患、脳卒中、アルツハイマー病その他の認知症となっている。一方低所得国では、下気道感染症、下痢性疾患、脳卒中の順だ。また、低所得国でトップの下気道感染症は高所得国でも5番目の死因に位置しており所得水準を超えて広く死をもたらす要因となっている。

デリの空気汚染(インド) 写真/alvpics[ [CC BY-NC-ND 1.0]]
保健医療の報道量と報道内容
では、そんな現状を持つ世界の保健医療の様子を日本の新聞はどこをどのように切り取って報道しているのだろうか。今回は保健医療の分野で焦点を絞り、日本大手新聞3社(朝日・毎日・読売)に関してGNVが収集したデータベース2015年版と2016年版のデータを元に分析していく。
まず、紙面の中で保健医療に関する記事はどのくらいあるのか。対象とした2015年と2016年の2年間で、保健医療に分類された国際報道の記事数は3社合計で300件であった。これは国際報道全体の総記事数(3社)のうちたった0.8%である。この極めて小さな数字から保健医療が国際報道の中では注目度が非常に低い分野であるとわかる。では、この限られた記事数の中で何が報道されているのであろうか。以下の円グラフを参考にみていく。
グラフでまず注目すべきは、少ない記事数のなかで半数を、3つの病気のみで占められたことだろう。内訳をみると、約4分の1の24%が2015年大きく話題になったMERS(中東呼吸器症候群)、次にジカ熱が15%、エボラ出血熱が13%と続き、3つで合計が52%という結果だ。では残り48%にはどのような内容が書かれていたのか。まず先進国の保健医療の現状や対策が5%を占めた。その中には、2016年のアメリカ大統領選挙の関連で話題となったアメリカの国民皆保険制度(オバマケア)が数度登場している。他にはイギリスの国営医療サービス事業であるNHS(国民保健サービス)など、国家が施行する保健医療制度に関する記事が見られた。その他、の項目は1~5件単位で非常に様々な内容を含み、インフルエンザやワクチンやがんに関する記事に加えて、体外受精や遺伝子、介護、アメリカの母乳バンクなど、現代独特の記事も見受けられた。
MERS,ジカ熱,エボラ熱,はなぜ注目されたのか
なぜ数少ない保健医療報道の中でMERS、ジカ熱、エボラ出血熱、の3つが寡占状態になったのか。これらの病気についてさらに少し深く探っていく。そこで病気の原因と症状や、被害の大きかった国や地域を切り口として参考にする。
MERS(中東呼吸器症候群)
MERSはコロナウイルスの感染による病気である。主にラクダとの接触、ラクダの未加熱肉や未殺菌乳の摂取を感染原因であるが、感染者との密接接触や排泄物を介して移ることもある。症状は発熱や咳を初めとし、突発な肺炎など呼吸器症状を主とする。重症例には下痢などの消化器症状、腎臓など多臓器不全や敗血性ショックなども確認されている。サウジアラビアやアラブ首長国連邦など中東地域で広く発生することが有名であった。しかし、2015年5月、韓国で、バーレーンなど中東国家に半月滞在した男性の帰国後発症を契機に、関与した医療従事者や病院内、感染者との接触により感染が拡大し、6月上旬時点で国内64件の事例が確認される事態となった。これを受けて、対象とした2年間で報道されたMERSに関する記事は、一部病気自体の解説記事や中国への感染拡大内容を除き、ほとんどが韓国内で起きたMERS感染事態に関連していた。報道内容の内訳は、大きく韓国内の動きや現状報告と、韓国外での国や機関の動きに関する報道に分けられ、そのうち93%が韓国内の動きや現状報告であった。日本の隣国という地理的な近さや渡航で影響を受ける可能性の高さを理由に多く取り上げられたといえる。
ジカ熱
ジカウイルスを蚊が媒介し感染する。発熱、発疹、関節痛・関節炎、結膜充血が主な症状である。ブラジルでは妊婦が感染し胎児が小頭症児になる事例も多数報告された。2015年にはブラジル、コロンビアを含む南アメリカ大陸で流行し、2016年までに中央・南アメリカ大陸やカリブ海地域の20の国や地域で症例が多く確認された。ジカ熱はアメリカやオリンピック開催地域で流行したことが大きな特徴である。オリンピック参加者や関係者はもちろん、旅行先としても多くの日本人が接触可能性を持つことが考えられる、つまり日本との関連性の強さが影響し、報道が特に集中したと考えられる。
エボラ出血熱(EVD)
エボラウイルスを原因として血液や体液接触を介してヒトからヒトへ感染する。突発的な発熱、強い脱力感、筋肉や頭や喉の痛みを発端とし、嘔吐、下痢、発疹、肝・腎機能の異常がおこる。症状が悪化すると、身体のいろいろな部分から出血する。致死率が非常に高い特徴をもつ。ギニア・シエラレオネ・リベリアなど西アフリカで2014年ごろから流行し始め、過去にはコンゴ共和国・ガボン、ウガンダ等でも事例が報告された。ジカ熱やMERSと比べると、エボラ熱出血熱は日本と関係度の高い国・地域で流行しているわけではない。しかし、人から人へ感染することを考えると、人の移動により日本にウイルスが入る可能性は十分にある。その懸念とともに症状の悲惨さや致死率の高さ、が注目に値したのではないだろうか。

西アフリカでのエボラ熱 写真/Global Panorama/Flickr[CC BY-NC-SA 2.0]
これらを踏まえると、近年やタイムリーに発生した、致死性がある、あまり認知されていない新しい病気、といった話題性のある目新しい種類の病気に、保健医療の国際報道は関心を寄せる傾向が認められる。加えて、その実際の被害規模よりも、新規性や感染経路の身近さから、病気に対して未知の恐怖を感じ取り上げられていることが考えられる。
報道されていない保健医療の話題
ここまでは、実際に日本の大手新聞社が報道している中身やその分量について言及してきた。しかし、冒頭で触れた、世界で実際に人々の命に対して猛威を振るう汚染やその健康被害に焦点にあてた報道は対象の2年間でほぼみられなかった。また実際の死因上位に上がる下気道感染症、感染症として有名なHIV/AIDSやマラリアや結核などに関する報道は、ほとんどなかった。HIV/AIDSが4件、下痢や結核は一度も報道されなかった。世界で大きく話題に上り、日本との関連性が考えられる事情を除いた場合、世界で影響を実際に及ぼす物事を記事対象にするというよりは、読み手が身近と感じる病気が取り上げられている。
新聞はメディアとして世界の情報を伝える大切な媒体である。世界の保健医療問題に関する報道が乏しいことはまず問題だが、その報道の内容においてもバランスはとれていると言えるのだろうか。目新しい病気に気が取られ、人類をもっとも脅かしている保健医療上の問題に対する報道が少ない。また、世界がますます密接につながっている現在、海外の病気や被害がいつ自国や自身にかかわりを持つかはわからない。身近な情報にとどまらず、世界全体の状況を伝える情報と機会をより多く提供することは、グローバル化する現代においては、健康や安全な生命維持のためにも重要であろう。また、保健医療を扱った国際報道は、被害の現状を伝える内容が多くを占めていた。しかし、事態の改善・予防は世界共通の重要案件ともいえる。その後の防止や改善の取り組みまで伝えることで、2次被害や再発防止、さらには改善の一手も可能になるはずだ。報道が世界の情報を伝えることに加えて、世界の前向きな動きを伝え、認知を広げる役割をも担うことを期待したい。

ケニアでの難民向け健康モニタリング運動 ,2011年9月 写真/IHH Humanitarian Relief Foundation/Flickr [CC BY-NC-SA 2.0]
ライター:Aki Horino
グラフィック:Yosuke Tomino