2021年5月6日、ラマダン (断食月) の夜、モルディブの首都であるマレに激震が走った。元大統領で現在国会議長を務めるモハメド・ナシード氏の命を狙った爆破事件があったのだ。警察が計画的なテロ行為と表現したこの事件をナシード氏は生き延び、事件の数日後には4人の容疑者が逮捕された。さらに当局は別件の対テロ作戦で、イスラム過激派ネットワークに所属し、暗殺計画に関与した可能性のある8人を逮捕した。
モルディブでは宗教的急進主義(※1)がエスカレートしていると考えられているが、現職のイブラヒム・モハメド・ソリ大統領は徹底した調査を終えるまでは事件を急進派によるものとすることに慎重な姿勢を示している。実際、ナシード氏は華々しい政治経歴の裏でさまざまな政治的信条から多くの敵を作ってきた。一部では、ナシード氏の政敵が汚職事件に関与した可能性も指摘されており、事件のあった日、ナシード氏はツイッターで数百万ドルの汚職事件に関与した人物のリストを入手したと発表していた。この暗殺未遂事件はモルディブで台頭する宗教的急進主義の存在を明らかにしただけではない。気候変動による脅威や急速に変化する地政学的潮流への対応のための改革、そしてそれに翻弄される国の苦闘すらも浮き彫りにしている。

モルディブの首都マレ(写真:Jim Trodel / Flickr [CC BY-SA 2.0])
革新的な政治と改革
インド洋に位置するモルディブはインドやスリランカの南西にある1,000以上の島々からなり、豪華なビーチや海辺のリゾートで知られている人気の観光地である。2019年現在、居住可能な185の島に530,953人が住み、全人口の約30%が首都に住んでいる。住民はスンニ派イスラム教徒が圧倒的多数を占める。1965年にイギリスから独立したモルディブは、12世紀から続く個人支配であるスルタンによる政治統治体制を維持してきた。しかし、1968年の国民投票で80%の圧倒的多数によって君主制を廃止し、イブラヒム・ナシル元首相が初代大統領に就任して共和制国家を発足させた。10年後、ナシル氏は退任し諸島を統治していたイスラム学者のマウムーン・アブドル・ガユーム氏が大統領の座に就いた。ガユーム氏による統治はナシード氏の大統領就任までの30年間にわたり続いた。
2008年に行われたモルディブ初の複数政党による選挙では、人権活動家であるナシード氏が54%の得票率で大統領に選出された。ナシード氏はガユーム政権に終止符を打つべく、改革と民主化のメッセージを発信し、前例のない市場ベースの経済改革を約束した。「アネ・ディベヒ・ラージェ(Aneh Dhivehi Raajje)」と呼ばれる広範な改革は、全国的な交通システムの改善、住宅や生活、質の高い医療をより低コストで提供するための政策の導入、麻薬の取引と乱用の阻止などを目指していた。一方でナシード氏の当選は、宗派の影響を強く受けた権威的な支配を特徴とする独立後のモルディブの政治に新しい時代の到来を告げるものだった。世俗化を目指した政治方針は宗教的な不信感を招き、宗教と政治の分離を認めない保守的な右派を刺激することとなった。
ナシード氏の政敵は、彼をモルディブのイスラム教を破壊しようとする無宗教者とみなしていた。このような宗教的疑念は、宗教的保守派を刺激するような物議を醸すナシード氏の政策によってさらに悪化した。特に、(1)近隣国から寄贈された外国の偶像崇拝の彫像や非イスラム的デザインのモニュメントの受け入れ、(2)中等教育におけるイスラム教とディベヒ語(国語)の非必修化の提案、(3)イスラエルの航空会社であるエル・アル航空への着陸許可の付与、などが挙げられる。2010年から2011年にかけてインターネット上で公開された風刺画に描かれた宗教的に不敬なナシード氏のイメージは、先進的な改革者としてのイメージと同様に普及しており、今回の暗殺未遂が宗教的な動機によるものであることも十分に考えられる。

大統領時代のナシード氏 (写真:Presidency Maldives / Flickr [CC BY-NC 2.0])
しかし、ナシード政権は約3年という短い期間で終了した。引き金となったのは、2012年に前大統領の支持者とされる刑事裁判所の上級判事を汚職容疑で逮捕するよう命じたことである。野党はこれに抗議して数週間にわたる大規模なデモを行い、このデモは警察の反乱にまで発展した。ナシード氏はテレビ演説で「弾圧的に国を支配することはしたくない」と述べ、この状況下での最善の選択だとして退陣を選んだ。その後、2013年にアブドゥラ・ヤミーン氏が大統領に当選し、約10年にわたって宗教的保守主義を広めるような政策を行った。2015年、ナシード氏はテロの罪で13年の禁固刑を宣告された。しかし1年間の服役後、政府は病気療養のためにナシード氏のイギリス渡航を許可し、イギリスは彼の政治亡命を認めた。2018年に亡命先から帰国したナシード氏は2019年に国会議長に選出されて政界に復帰した。
政治の後退と宗教的急進主義
現在に至るまで、政教分離などを進める改革派のナシード氏が政治的に迫害されている理由として、ソリ現政権内に残るヤミーン前政権の人間や社会的に影響力のある保守的な宗教団体の強い抵抗の存在がある。また、モルディブ社会の制度や状況が諸島内での宗教的急進主義の増加を招いたことも影響している。ガユーム政権の下の1995年にはモルディブにおけるイスラム教以外の宗教を非合法化し、イスラム教を拒否する国民への迫害が成文化されていた。さらに、2004年のアジア大津波の後には、原理主義者らが自然災害という形で示される神の怒りを治めるという名目で、無宗教や非イスラム的な慣習を改めるよう布教活動や提唱活動を強化してきた。その後、ナシード氏に次いで大統領に就任したヤミーン氏は、モルディブのイスラム教の統一を守り国際的なイスラム教の連帯を促進することを政治信条としており、サウジアラビアやワッハーブ派と緊密な関係を構築した。ワッハーブ派とは、コーランをほとんど文字通りに解釈することを提唱するイスラム原理主義者のグループであり、「純粋」なイスラム教信仰への回帰を説いている。モルディブの教育カリキュラムや報道機関からは、過激なイデオロギーを広めたり、非ムスリムや「完全」なムスリムではないとされる人々に対する犯罪を容認・助長するような不処罰の文化を助長しかねないと懸念する声も多くある。
2015年、イラクやシリアの戦場でIS(イスラム国)の志願兵として約200人のモルディブ人が確認されたことで懸念はさらに広まった。 他国からの志願者数と比較するとその数は一見少ないように見えるが、約40万人(2015年当時)の総人口に対する志願者数で考えると、モルディブ人の1万人に5人がISの志願兵である可能性を示している。さらにここ数年でも宗教的急進主義の広まりを示す事例が多くある。2019年には国連人権特別報告者は、文化的・宗教的慣習や表現の多様性を持つモルディブ人を否定する危険な宗教的思想がモルディブ内で優勢であると報告した。同年、アメリカはモルディブ人のアハメド・アミーン氏を、モルディブ、アフガニスタン、シリアにおけるISの勧誘や関連活動の重要なリーダーと認定した。また、警察庁長官のモハメド・ハミード氏はモルディブに1,400人のイスラム過激派がいる可能性があることを明らかにした。こうした状況を受けて現職のソリ大統領は、モルディブにおける暴力的な過激主義の解決を政府の優先課題とし、2019年の国連演説で過激主義撲滅のための世界的な協調に積極的に関与する意思を示した。しかし、イスラム過激派グループによるとされるリベラル派の著名人殺害が未解決であることなどの問題も未だに残っている。
観光と略奪による経済
モルディブの社会経済もまた、宗教的急進主義が根付きやすい環境をつくっている。世界銀行は2020年のモルディブの貧困率を7.2%と推定しているが、モルディブ政府がモルディブのユニセフとオックスフォード貧困・人間開発イニシアチブの協力を得て行った2020年多次元貧困指数調査によると、全人口の28%、10人に3人が多次元的貧困状態、つまり健康や教育・情報へのアクセスを奪われ、低い生活水準で暮らしていることが分かった。このような厳しい社会の現実は、モルディブの晴れやかなイメージとは対照的である。2008年以降、平均して約6%の高い経済成長率を維持しているものの、経済成長が効率的な社会福祉や保障政策に結びついていない。さらに、GDPの4分の1を占める観光部門では、モルディブ経済を支配するエリートたちの汚職スキャンダルが頻発している。観光業によってもたらされた富は一部の層に独占され、モルディブの多くの人々は十分な富を得ることが出来ない状況にあるのだ。
ガユーム政権の30年に及ぶ「クオリティ・ツーリズム戦略」は、間違いなく目覚ましい経済的成果を残した。1980年に約4,500万米ドルだった同国のGDPは、2019年には56億4,000万米ドルにまで成長したのである。しかし、この豊かさは必ずしも国民の間で共有されたわけではない上、モルディブの観光は必ずしもモルディブ文化を反映したものとはいえない。ガユーム政権は、モルディブの文化と伝統を守るため、観光客や彼らの活動を地域社会から切り離すための綿密な「分離観光戦略」を実施した。この政策は効果的に見えたが、サービスの提供や収益性の高い観光事業から地域社会を排除することで観光業とその利益が地元から切り離されていることに気付き始めた人もいた。観光・芸術・文化省が2011年に発表した人材に関する報告書の草案では、外国人労働者数の多さに対して国の懸念が高まっていることも示されている。2008年には、外国人労働者の数はモルディブの総人口の25%を占めていた。観光分離戦略は、夢のような島々にいる観光客と、リゾート地の裏や観光地から遠く離れた環礁で劣悪な環境に置かれている地元の人々との、地理的・社会的な分離を促進さえもした。
また、リゾート島の所有権にも問題がある。島の所有権は政府にあり、民間への貸し出しは公募によってのみ行われている。2015年の時点では、全115島のうち67%にあたる77島を地元企業が所有し、18島が外国企業に、20島が地元企業と外国企業の合弁会社にリースされている。この仕組みにより、観光利益の大部分が民間企業や政府に直接還元され、地域社会の利益はほとんど奪われているのだ。また、この仕組みは汚職の原因にもなっている。ガユーム政権の特徴の一つは、大統領が観光産業を支配する経済エリートと密接な関係を持っていたことである。リゾート島は、大統領と直接つながりのある特定の家族や企業に貸し出されるのが一般的だった。
観光産業は、ヤミーン政権下が15億米ドルのマネーロンダリングに加担し、汚職取引に関与したとして非難を受けたことでさらに問題となった。2016年には、アハメド・アデブ副大統領とその部下が、国営会社であるモルディブ・マーケティング・アンド・パブリック・リレーションズ社(MMPRC)から約8,000万米ドルを横領したとして告発された。 アデブ氏とヤミーン氏はともに疑惑を否定したが、一方でヤミーン氏が主導する国会ではリゾート島のリースについて競争入札を完全に廃止する法案が可決された。2018年に改めて行われた調査では、少なくとも50の島のリースに関わる例外的あるいは違法な取引の詳細が明らかになった。この報告書では、これらの取引にヤミーン氏、アデブ氏、その他の高官、そしてシンガポールの億万長者であるオン・ベン・セン氏が直接関与しているとされた。2019年、アデブ氏は元上司であるヤミーン氏の汚職とマネーロンダリングについて証言した。翌年には、アデブ氏は汚職の罪で懲役20年が言い渡され、ヤミーン氏はマネーロンダリングの罪で懲役5年の判決を受けた。これらの汚職事件は、高官や著名人を巻き込んだものであったため、ナシード氏やソリ大統領が掲げるクリーンガバナンス改革の計画は、暴露されることや起訴を恐れる者たちによる暗殺計画の動機となるとも考えられる。とはいえ、数百万米ドル規模の汚職事件は、エリートによる経済の支配を意味し、政治機関が自らの利益のためにモルディブの一般市民の福祉を犠牲にできるような社会を維持するための手段と化していたことを示した。こうしたなかで既存の抑圧的なシステムや略奪的な経済を結果としてつくりだした現在の政治システムに対する懐疑心が広まり、宗教的な価値によって国を治める宗教的急進主義がそうした疑念をもった人々にとって魅力的な思想となっていったと考えられる。
気候変動と地政学的潮流
ソリ現政権の改革は、宗教的急進主義や汚職対策以外の目的もある。それがモルディブの存続を脅かす気候変動による重大な脅威への取り組みを強化するものである。アミナス・シャウナ環境・気候変動・技術大臣は2021年のインタビューで、今世紀末には海面が上昇し、海抜の低いモルディブ列島が消滅する可能性があると発表した。地球規模で起こる気候変動の問題に取り組むにはすべての関係者の協力が必要だが、一方で気候変動に関する問題は、モルディブの政治論争に国際的アクターを巻き込んでいる。政府は、防潮堤の建設や浮体式都市の建設など、気候変動に対応する戦略に資金が必要であることを認めているが、その資金調達が大きな障害となっている。2020年には、モルディブの資金不足を解消するために、気候変動の原因に寄与した国々に資金を求めるというアイデアが前環境大臣から出された。気候変動の問題は、モルディブの経済と世界全体の両方に関連しているため、モルディブの国際的なパートナーとその国々のモルディブに対する関わり方をみることで、モルディブの国力と開発戦略を図る一つの指標になると考えられる。

気候変動に関する国連のキャンペーンの一環として撮影されたナシード氏 (写真:Presidency Maldives / Flickr [CC BY-NC 2.0])
地理的にモルディブに近いインドとモルディブとの交流が深いヨーロッパは、同国の伝統的な政治的・経済的パートナーとなっている。実際、ヨーロッパからの渡航者はモルディブの入国者数の半数を占めており、ヨーロッパはモルディブの環境保護や持続可能な経済発展プログラムに積極的な資金援助を行っている。しかし2010年以降、モルディブを訪れる観光客に変化がみられた。中国人観光客が、他の国籍の訪問者数を上回り始めたのだ。2018年には28万3,116人の中国人がモルディブを訪れており、全体の19.1%を占めた。このような観光客の変化はモルディブを取り巻く地政学的潮流の変化を示している。ヤミーン政権は政治的・経済的なチャンスとして、中国寄りの姿勢を示したのだ。こうして、8億3,000万米ドルをかけ話題となった国際空港のアップグレードや空港と首都を結ぶ2.1kmの橋の建設など、中国からの多額の投資を受けたプロジェクトが次々に承認された。さらにヤーミン氏は首都近郊の無人島であるフェイデゥー・フィノルフ(Feydhoo Finolhu)を中国企業に400万米ドルで50年間リースした。2017年には中国との自由貿易協定(FTA)を締結、モルディブに10億米ドル以上の投資を行う外国企業による土地の永久所有を認める法案をわずか1日でモルディブ議会に承認させ署名をした。インドは、中国がこうした政策を利用してインド洋に軍事基地を建設するのではないかと懸念し、一連の政策は地域情勢を一層複雑にした。
2018年にヤミーン政権が退陣してからは、モルディブの外交は再度方針を転換した。新たに政権を担ったソリ氏は、モルディブに対する中国の経済的支配がさらに強まることを恐れて、2015年の外国人土地所有法を廃止し、前政権の中国とのFTA公約を撤回することを検討した。だがモルディブ政府は、政府間の融資や国営企業への融資などの結果、現在約31億米ドルの中国からの借金を抱えている。

中国からの資金援助を受け建設された橋 (写真:Panda 51 / Wikimedia Commons [CC BY-SA 4.0])
このようにヤミーン政権は、モルディブにおける中国の影響力がインドの役割や影響力を凌駕することを許してしまった。インドとモルディブの二国間関係に関するインド外務省の文書には、「2012年2月から2018年11月までの短い期間を除いて、関係は緊密で友好的かつ多次元的である」と明示されている。こうした状況の中で2018年、インドは中国の融資を相殺するために、ソリ政権に14億米ドルの援助を申し出た。 次の数年で、インドはさらに5億米ドルをかけてマレと近隣の島々を結ぶ6.7㎞の橋の建設にとりかかったが、これはモルディブのインフラプロジェクトで中国と競争するというインドの意思を示すものであった。安全保障面では、インドは2020年に「米国防省とモルディブ国防・安全保障関係の枠組み」を締結するというモルディブの決定を支持し、インドとモルディブのテロ対策協力を強化する協定に同意した。中国とインドの間の駆け引きは、モルディブの政治や国力、開発戦略に影響を与え続けている。
現段階で、ソリ大統領が取り組んでいる政策や改革を評価するのは時期尚早だろう。2020年から続くCOVID-19パンデミックはモルディブ経済に壊滅的な打撃を与えている。観光客数が半減した結果、GDPが前年比8%から17%縮小すると予測されており、本来予定していた政策の実行が困難になっているかもしれない。このような経済的困難は、宗教的急進主義や気候変動、国際レベルでの地政学的要因など、遍在する脅威によって悪化する可能性がある。モルディブの人々は、文字通りにも比喩的にも、自分たちが沈まないようにする方法を見つけなければならない。
※1 一般的に急進主義(radicalism)とは、社会体制・秩序の急激あるいは根本的な変革をめざす主張や立場のことである。なかでも宗教的急進主義(religious radicalism)とは、ここでは変革の基礎となる価値観が宗教的な思想に基づくものを指す。
ライター:Darren Mangado
翻訳:Yumi Ariyoshi
モルディブは観光地というイメージしかなかったのですが、その裏での政治面について詳しく書かれていて、とても面白い記事だと思いました!