2021年5月、マダガスカルで約114万人もの人々が深刻な食料不足に直面していることが明らかになった。国土の南部にて過去40年間で最も深刻な干ばつが発生し、人々は木の葉や土などを食べてしのいでいる状況である。なぜマダガスカルがこれほどまで厳しい食料不足に陥っているのか。その実態はどのようになっているのか。この記事ではマダガスカルの歴史や貧困問題等にも着目しながら、食料不足の背景に迫りたい。

干上がった川(写真:International Labour Organization ILO / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
マダガスカルの概況・歴史
マダガスカルはアフリカ大陸の南東部に位置し、インド洋に浮かぶ世界で4番目に大きい島国である。人口は約2,500万人で、農業や観光業、織物業、鉱業を主要産業としている。かつてマダガスカルではメリナ王国が15世紀頃から中央高原を中心に支配を広げていた。しかしメリナ王国による島全体の支配統一を目前に、以前よりマダガスカル島内で徐々に勢力を強めていたフランスが支配をさらに広げ、1896年にフランスによる植民地時代が始まった。後述するが、現在主要な輸出品となっているバニラはこの植民地時代にヨーロッパ諸国の人々によって取り入れられたものである。その後第二次世界大戦を経て、フランスの支配に対する反対の機運が高まり、独立運動へつながっていった。1947年に起きた反乱では多くの死者も出た。そして1960年についにフィルベール・ツィラナナ初代大統領の下、独立を果たした。しかしツィラナナ政権においてもフランスとの結びつきは未だ強く、国民からは不満の声が上がっていた。そしてツィラナナ氏の3選目を機に、大規模な暴動が発生。ツィラナナ氏に代わって、1972年にガブリエル・ラマナンツォア新政権が誕生した。ラマナンツォア氏は暴動の要因ともなったフランスとの外交関係を断ち切り、ソ連との関係構築を推し進めた。1975年にはディディエ・ラツィラカ氏が大統領に就任し、国営企業の推進など、社会主義化を進めた。
しかし経済状況は向上することなく、むしろ悪化し、ラツィラカ氏による抑圧的な政治が目立った。これに対し国民の反対の声も大きくなったため、ラツィラカ氏は経済自由化・憲法改定を始めとした民主化改革に取りかかるが、1992年の選挙でアルベール・ザフィ氏に敗れてしまい、その改革は中断された。しかしその後、ザフィ氏の汚職が発覚し、1997年に大統領に返り咲くことができた。その後2001年にラツィラカ氏とマーク・ラヴァルマナナ氏の間で大統領選挙が行われたが、開票結果を巡って膠着状態が続くこととなった。どちらが大統領に就任するのか決着がつかない期間が半年程続き、その間に武力衝突が起きた場面もあった。また同時期に発生したサイクロンの影響もあり、マダガスカルの経済は衰退した。最終的には憲法最高裁判所がマーク・ラヴァルマナナ氏の勝利を認めた。ラヴァルマナナ政権は経済の向上を図って海外からの投資を呼び込み、また債務半減にも貢献したが、貧困の緩和にはつながらなかった。
そのような状況の中、2006年にラヴァルマナナ氏は再選したものの、支持者ばかりではなかった。特に当時、首都アンタナナリボの市長であったアンドリー・ラジョエリナ氏はラヴァルマナナ政権に対して批判的な態度を示しており、ラヴァルマナナ氏の公的資金の横領や独裁的な政治に疑念を抱いていた。2008年末にはラヴァルマナナ氏がラジョエリナ氏運営のテレビ局を閉鎖したこと、ラヴァルマナナ氏の汚職の疑い、韓国の大宇財閥への大規模な土地売却をきっかけにゼネラル・ストライキが行われ、反対運動が加速した。発生したデモは一部暴徒化し、政府も武力で抑圧する場面があった。2009年3月には軍の支持を失った政権に対してクーデターが発生し、ラヴァルマナナ氏は南アフリカへ亡命する。ラジョエリナ氏率いる暫定政府が発足されたが、その正統性を問う声も多く、不安定な状況が続いた。実際ラジョエリナ氏は当時憲法に定められた被選挙年齢(40歳)を満たしていなかった。そのため2010年に制定した新しい憲法には被選挙年齢の引き下げが盛り込まれるなど、ラジョエリナ氏にとって都合の良い改定が行われた。2013年には2010年に制定された憲法に基づく選挙が行われ、ラジョエリナ氏は一度大統領の座を退くが、2019年の選挙で勝利し、現大統領職を担っている。

アンドリー・ラジョエリナ現大統領(写真:GovernmentZA / Flickr [CC BY-ND 2.0])
このようにマダガスカルは幾度かの政治的危機を経験してきた。この政治的不安定さから生じた様々な課題も抱えている。2021年6月の独立記念日に大統領の暗殺が計画されていたことが同年7月に明らかになったこともそれを物語っているだろう。政治不安に加えて、国内外の経済の仕組みはマダガスカルの貧困問題に歴史的に大きな影響を与えてきた。そして今現在、マダガスカルで続いてきた貧困の問題は食料危機を引き起こすだけでなく、その解決を妨げる要因にもなっている。食料不足の全体像を理解するためには、その脆弱な経済基盤も考慮する必要があるだろう。以下で複数の視点から見ていきたい。
バニラ農家の貧困
上述のように農業はマダガスカルの主要産業の1つであり、農業分野はGDPの24%を占めている。その中でも大きな収入源となっているのがバニラである。しかしバニラを生産する農家の多くは貧困状態にある。なぜバニラ農家が貧困に苦しんでいるのか、またバニラの生産をめぐり生じている問題について以下で説明していきたい。
世界で使用されているバニラの99%は人工のものであるが、近年自然食材の需要が高まり、その影響がバニラにも及んでいる。バニラは世界で2番目に高価な香辛料で、マダガスカルは天然のバニラの世界全体輸出量の80%を占めている。しかしアンフェアトレードのために農家にその収益がきちんと反映されていない。というのも、バニラ農家は取引価格の5%しか享受できていない。これは農家が出荷して国際市場に出るまでの間に存在する、仲買人や商社、原料を加工して商品化する企業が、農家に比べて強い権力を持っていることに起因する。そのため、農家の取り分が少なく、それ以外のアクターの取り分が大きくなってしまう。さらにバニラは年中収穫できる作物ではないため、生産と収穫にはオフシーズンが発生するが、農家は収入が低いためにオフシーズンの生活費まで賄うことができず、仲買人から次の収穫を担保として借金をする場合も多い。加えて、担保として定められていた収穫量を達成できなかったり、価格上昇によって返済不能となったりすることもあり、さらなる借金をせざるを得ず、借金地獄に陥ることもあるという。実際にバニラ農家の75%が1日1.9米ドル以下で生活する極度の貧困状態に陥っている。

バニラ生産の従事者(写真:The Barry Callebaut Group / Flickr [CC BY-NC 2.0])
また収入の低さから児童労働も発生している。バニラ生産の従事者の3分の1が12歳から17歳の子供とされている。特にバニラの生産は数多くの作業を伴い、受粉なども含めて全て手作業で行われ、人手が多く必要となる。そのため人件費が安く済む子供にも頼らざるを得ないのが現状である。しかしマダガスカルは国際労働機関(International Labor Organization: ILO)の児童労働条約に批准しており、国としても児童労働を法律上禁止している。また、バニラが高価であることから盗難も発生している。収穫直前に畑から盗まれるため、農家は一晩中見張りをせざるを得ない。しかし取引企業側はどのバニラが盗品か把握できていないため、盗品も正規の商品も見境なく取引されている状況だ。
鉱業における問題
アンフェアトレードはバニラに限らない。鉱物資源においても問題となっている。マダガスカルにおける鉱業はGDPの4.4%、輸出全体の4分の1、労働力の5分の1を占めている。マダガスカルで採取できる鉱物にはニッケルやコバルト、金、宝石等がある。その内、ニッケルとコバルト、イルメナイトは外資系企業によって採掘されている。大規模なニッケル開発事業であるアンバトビー(Ambatovy)は日本の住友商事と韓国の韓国鉱物資源公社が出資している。またイルメナイトはイギリスに本拠地を構える多国籍企業リオ・ティント(Rio Tinto)が80%を出資しているQITマダガスカル・ミネラルズによって採掘されている。
この外資系企業による開発事業で問題となるのがロイヤルティの低さである。ロイヤルティとは採掘する権利を得た企業側が、その鉱山で採掘して得た利益の内、鉱山所有者である政府に対して支払わなければならない割合のことを指す。ロイヤルティの割合が高ければ、鉱物資源開発で得られた利益を用いてより良い福祉・教育政策、インフラ整備への投資を行うなど、より安定した国づくりにつなげることも可能である。しかしロイヤルティが低く設定されている場合、鉱物資源を持つ国やその国の人々は資源の恩恵を受けることが難しくなってしまう。マダガスカルで鉱物資源にかかっているロイヤルティは2%に設定されており、採掘する企業が利益の大半を得る形となり、国内の経済に反映できていない。マダガスカル政府はロイヤルティの引き上げを図っているが、外資系企業の反対があり、実現していない。
一方、金やルビー・サファイア等の宝石は小規模採掘によって行われている。小規模採掘とは、大型の機械を使って企業のように組織化して行われるのではなく、手作業で個人が採掘する方法のことを指す。そして個人が採掘した資源は仲買人や商社に売られる。小規模採掘の場合、非公式で行われることが多く、採掘する場所や採掘する量、労働状況、収入、輸出のルートなどがきちんと管理されていない。そのため政府の収入にも含まれておらず、毎年何百万米ドルもの金額が不法取引として流出していると言われている。この採掘の方法は過去20年に及ぶ政治危機と同時期に増加しており、政治の不安定な状況から鉱業の労働環境を管理できない状況となってしまった結果であるという指摘もある。また小規模採掘の現場で働く労働者らは鉱物資源の査定に関する知識が浅いために、安価な値段で売ってしまい、収入を大きく増やすこともできずにいる。

金を採掘する人々(写真:David Denicolò / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
また鉱業による環境への負荷も懸念されている。特にニッケルは、掘り出す量に対して実際に使用できるニッケルの量がとても少ないため、廃棄物が大量に出てしまう。ニッケルはコバルト同様、電気自動車のバッテリー等に用いられ、その需要が高まっているが、「環境に優しい」とされる電気自動車の生産がかえって環境に悪影響を与えてしまっているという矛盾がマダガスカルにおいても見受けられる。鉱業による環境汚染以外に森林伐採も深刻な問題だ。環境を守るために保護地域を設定している場所もあるが、小規模採掘における労働者らは貧困に苦しんでいて、採掘を続ける以外に収入を得る手段がないため、保護地域でもやむを得ず、森林を伐採して採掘を続けてしまう場合がある。マダガスカルでは鉱業以外でも森林伐採が行われている。以下で引き続き詳しく見ていく。
森林伐採問題
マダガスカルでは毎年国土の森林の1から2%がなくなるほどの速さで森林伐採が進められている。その結果現在ではマダガスカルに元々あった森林の10%のみが残されている状況だ。その原因として、上記の鉱業以外に焼畑による影響が大きいことが挙げられる。焼畑農業において、一度焼き払った土地は土地の状態を回復させるために時間をおく必要があるが、マダガスカルでは人口の増加に対して農地が足りず、また貧困によってそれぞれが持っている土地も少ないため、十分に期間を空けることなく土地を耕してしまう。そのため土地を疲弊させることにつながる。さらにそもそもこれらの農地の使い道は、農家自身の食料の生産だけではなく、換金作物の生産や放牧場にも使われ、仲買人や外資系の商社が利益を得る。仲買人の中には政府関係者もおり、森林伐採を制限することがこれらの人物の個人的な利益につながらないため、対策を講じないという指摘もある。実際1987年には森林伐採が法律上禁止されたが、ほとんど機能していない状況である。

焼畑が行われた森林(写真:Frank Vassen / Flickr [CC BY 2.0])
加えて森林伐採の影響で多様な木々が絶滅の危機に瀕している。マダガスカルには木だけで2,900種もの固有種があると言われていたが、今では3分の2が絶滅の危機に陥っている。特に世界全体の生産量の3分の1をマダガスカルが占めているローズウッドやコクタンは貴重な木材であるが、違法な取引が横行し、その数も大きく減少している。違法伐採は貧困に苦しむ人々が止むを得ず従事してしまうという現状もある。ローズウッドは主に中国へ輸出されているが、ローズウッドの違法取引で得られた利益は、バニラの取引で合法的に得た収益と見立てられ、取引業者によってマネーロンダリングされている場合もある。ローズウッドやコクタンの減少は違法取引以外にも焼畑によって生息地自体が減少していることも大きな要因として考えられている。また木々に限らず、マダガスカルは固有種が多く存在する生物多様な地域であるが、森林伐採の影響でそれらの生息地も減少し、生物多様性が損なわれているという側面もある。そのような状況の中で、絶滅の危機に瀕している木々を保護するために、2017年より国連とマダガスカル政府が協力して植樹するプロジェクトも行われている。
食料不足
ここまでいくつかマダガスカルが抱えている課題について説明してきたが、冒頭で触れた食料不足は、上記の問題が複雑に絡まりあう社会状況と気象条件などが重なり合うことで悪化している。上述のように、2021年5月時点で約114万人もの人々が食料不足に直面しており、その中でも14,000人の人々は特に深刻な飢餓の状態にあるという。飢餓が特に深刻な地域は南部に集中している。特に5歳以下の子供の栄養状態が悪化しており、南部の地域では急性栄養不良の割合が16.5%を記録した。
南部は1896年以来16回もの飢饉を経験しており、その内の8回は直近40年間で発生している。この地域に住む人々のほとんどは農業を生業としているため、飢饉が発生すると自分たちの食料が不足するだけでなく収入も減少してしまう。2021年の食物収穫量は昨年より10から30%少なく、ここ5年平均より50から70%少なくなると予測されている。
食料が不足する原因として干ばつが挙げられる。南部は厳しい干ばつに直面していて、2020年から2021年にかけて発生した干ばつはここ数年続けて生じていたものと比べても特に深刻で、降雨量は例年の半分だったという。干ばつの発生は上記で述べた森林伐採も関連している。焼畑農業によって元々乾燥している地域がさらに悪化してしまうからだ。

焼畑農業による米栽培の様子(写真:Paul Atkinson / Wikimedia Commons [CC BY-SA 3.0])
さらに気候変動の影響で干ばつの頻度自体も増加していると言われている。マダガスカル南部は元々草木が生茂る生物多様性に富んだ土地で、農家は降雨に頼って農業を営んできた。しかし気候変動の影響で降雨量が激減したことに伴い、食物収穫量も大きく減少した。降雨量が少なくても育てられる作物や灌漑設備等が必要だが、貧困が蔓延しているマダガスカルではなかなか実現できていない状況である。また干ばつ以外にサイクロンや砂嵐、バッタの大群にも見舞われているが、これらも気候変動に伴って頻度が増加しているという。
食料不足により食料の価格自体も上昇している。価格の上昇は農家以外の貧困状態にある人々にとっても致命的である。上記でバニラ農家の貧困に焦点を当てたが、2019年の時点でマダガスカルの人口の75%は1日1.9米ドル以下の生活を強いられているという。つまり干ばつの発生がなかったとしても人々は極度の貧困状態で生活していたと言えるだろう。物価以外にインフラの問題も挙げられる。例えば道路が整備されていないために、市場へのアクセスが制限され、食料を買いに行くという選択も制限される。さらに85%の家庭は電気へのアクセスがないために食料を安全に保存する手段がない。
マダガスカルのこれからは?
2021年10月より収穫期に得た食料がなくなり始め、次の収穫期までの間食料が不足する期間(リーン・シーズン)が始まるが、同年は例年と比べても長く厳しい期間となると予測され、緊急の対策が迫られている。この状況に対し、世界食料機構(World Food Programme: WFP)は緊急食料支援や5歳以下の栄養失調に苦しむ子供に対する治療等を行っている。また国際連合食料農業機関(Food and Agriculture Organization: FAO)も2019年頃からマダガスカル政府やドイツ国際協力公社(German International Development Cooperation Agency)と協力して気候変動に強い体制を築くために、森林保護や農家のスキル向上に取り組んでいる。政府自身もサイクロンや洪水などの災害対策や農業技術の向上を図っているとしている。

干上がった川から水を汲む子供(写真:International Labour Organization ILO / Flickr [CC BY-NC-ND 2.0])
一方で、これらの対策が講じられ、現在直面している飢餓を乗り越えたとしても、根本的な解決とは言えない。今後マダガスカルでは干ばつのような危機に耐えられる強固な経済基盤を築かなければならないだろう。そのためには本記事で扱ったバニラや鉱物資源のアンフェアトレードによって引き起こされる貧困や、農業・鉱業における森林伐採、貴重な資源の違法取引、気候変動などの慢性的な課題に取り組んでいく必要があるのではないだろうか。これらの課題は決してマダガスカルだけの責任ではなく、アンフェアな国際貿易のシステムで利益を享受している企業や国々、また気候変動を引き起こしてきた国々にも責任があるだろう。それぞれが自身の行動を見直し、抜本的な改革が実現することを期待したい。
ライター:Maika Kajigaya
グラフィック:Minami Ono
政情不安、食糧不足、環境悪化、鉱業関連の悪循環、貧困問題が複合的に絡み合い負のスパイラルから中々抜け出せない状態にある事がよく分かり勉強になりました。
常に飢えに窮する国が同じ地球上にあること。フードロスの日本から見ると、とても心痛な思いです。
長期的な対策や支援を要するだけに、もっと多くの人にこれらの問題に目を向けてほしいと願います。これからも発信してください!
星の王子様で有名な木や珍しい動物など、生物があふれている印象があるマダガスカルで、生物多様性が脅かされ、森林伐採の問題が深刻化している現実に驚きました。